IS 灰色兎は高く飛ぶ   作:グラタンサイダー

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30.嵐の前のざわめき ①

 いつになく静かなピット内で、箒は場違いを思わせる疎外感に包まれていた。

 

「推進器の段階調節はこれでいいとして」

「武装面は正直どこから手を付ければいいのこれ?」

「私も分からない。とりあえず荷電粒子砲の方は基部が出来たから収束させるだけなんだけど」

「いっそ拡散させるとか、スプリンクラーみたいに」

「ISのシールドには石礫くらいのダメージかも。消費具合からみても割に合わない」

「ならホースみたいに口を窄めるだけじゃダメ? それとも実体弾みたいにライフリングを刻んで回転させてみたら」

「螺旋状に広がっていくだけだと思う。それに粒子が溝で暴発するかも」

「考えが尽きたぁ。ミサイルは何が問題なの」

「マルチロックオンシステム」

「某時空要塞のアレみたいな? 最新作みたいにアイボールセンサーを使うとか枠を設定してその中に対象を収めるとか」

「実はそれ以前の問題。システム面がまっさら」

「……1から? 取っ掛かりなし!?」

「どう思う?」

「どこかから参考になるプログラムを引っ張ってくるしかないと思う」

「わたしもそう考えた。けどISの急加減速度と回避運動についていけるものは存在しなくて」

「……詰んでるね」

「うん、詰んでる」

 

 溜息を吐く二人。箒も三人目に加わりたい気分だ。

 先日の相談をしようと静穂を捜し、人伝でアリーナに隣接するこのピットに来てみれば4組の代表とIS談義に花を咲かせている彼がいた。

 正直に言って箒には異国の言葉となんら代わりのないものだった。

 いや日本語で話されている分さらに箒の頭を混乱させる。

 

「次に……ここ。ここで詰まってる。通常の打鉄の数値を参考にしてみたけど全く違うみたいで」

「テンペスタのを見てみたけれどそれとも全然違うのかな」

「テンペスタはかなり独特の走らせ方でプログラムが組まれてるからはっきり言って参考にはならないと思……テンペスタ?」

「どうかした?」

「ラファールじゃないの?」

「今日当選したのがテンペスタ」

「拘りないんだ」

「別に初めてでもないよ。搭乗時間が稼げるならなんでもいいって師匠が言ってた」

「敵を知り己を知れば……」

「百戦危うからず。それも言ってた」

「オルコットさんってイギリス人だよね?」

「日本に来る前に勉強したんじゃない?」

「……あの授業で?」

「あの授業で!?」

 

 セシリアの教え方が公然の事実と化している事を知りつつ箒は静穂を呼びつけた。

「何の話をしている?」

「簪ちゃんのISについて色々と」

 ISの目の前で話しているのだからそれは分かる。逆にそれしか分からない。

「箒ちゃんは何の用? 練習機の抽選に当たった?」

「今日は外れた」

「?」と静穂は首を傾げる。本当にそういった仕草が堂に入っている。これ程でなければ性別は偽れないのだろう。

「じゃあなんで?」

 静穂自身に用があるとは考えないのだろうか。

「先日に話した相談がしたくてな」

 あぁ、と静穂は納得したようだ。

「トーナメントに勝つ方法だっけ?」

 箒は頷いた。

 前途は多難。如何にして勝つか。

 箒は一夏と誓った。自分がトーナメントで優勝したらつき合ってもらうと。

 不退転に近い決意と覚悟で箒は誓ったのに、

「でもどこからの噂だろうね? 優勝商品が一夏君だなんて」

 どうして皆の権利となってしまっているのか。

(一夏と付き合えるのは私一人なのに!)

 独占欲からではない。約束したのが箒だけ、という意味だ。

 人の口に戸は立てられず、ただ危機感が積もっていく。

 優勝すれば何処の誰とも知れぬ輩が一夏の隣に立つ。その危険が生じてしまったのだ。

 このトーナメント、何としても勝たねばならなくなった。

 ……といってもどうすれば優勝できるかなどと、そんな魔法がある筈もなく箒はただ刀を振り続けて練習に明け暮れるのみ。

 同室のクラスメイトからは「気合入りすぎ」と言われる程だがまだ足りないと箒は考える。

 ISに搭乗している時間は平均的な方だ。専用機のない生徒ではこればかりは運も絡む。箒も少なくは無い。乗っている方だ。

 だが足りない。決定力が欲しい。

 自信をつける何かが。

 織斑先生に扱き使われている静穂なら何かいい案でも浮かぶかと思ったのだが、

「対戦相手に毒を盛る」

「相手ISのネジを1本抜いておく、もしくは関係ないネジを隠し持っておく」

「なにそれ」

「相手に見せて、これなんだ、って」

「簪ちゃん怖い! それ怖い!」

「真面目に考えろお前ら!」

 いつの間にか4組代表も入り込んでいるのは何故か。

「静穂を勝手に連れ出したのは貴女。私はただ探しに来ただけ」

 探すとは言うが彼女のISとは数メートル程度も離れていないのだが。

 ……箒と4組代表とはあまり接触がなく、それ以前に会話した事など一夏と鈴の一件以来二度目だ。

 それでも相手の機微を触りくらいは感じ取れるようだ。

 箒はまた静穂を引き寄せた。

「彼女、機嫌が悪くないか?」

 あー、と静穂は目を泳がせつつ、

「どうにもわたしが役立たずだったから」

「それはどういう事だ」

「プライバシーの問題上言えないけれど、わたしは簪ちゃんの力にはなれなかったんだよ」

 それもそうだと箒は思う。いくらセシリアの授業で知識が付いていても付け焼き刃では本職には遠く及ばない。

「……」箒は息を吐く。「やはりお前でも難しいか」

 言ってしまえば勝つ方法など、素人集団の1年では何も浮かばないだろう。静穂が先生方に頼られているから頭一つ抜けているとも思ったが、自分とあまり変わらないようだ。

 やはり他人に頼るなど間違いだったのだ。なまじっか頼れる人間がいてしまった分、弱気になっていた。

 気にするな、と箒は言おうとして、

「そんな事はない」

『!?』

 4組代表のインターセプト。散るように二人は離れ正三角形の距離感。

「静穂は凄い。気を使ってくれるし意見も受け入れやすいし何よりやる気が貴女と違う。今度のトーナメントでも上位に入る。確実に」

「簪ちゃん!? いきなり何!?」

「静穂」4組代表は息を切って告げる。「私は彼女に怒っている」

 ……箒にはその言葉を受け入れるのに時間を要した。

 

 

 

「一夏はどうしたのよ」

「織斑先生に連れていかれましたわ」

「そう」

「ええ」

 暫し、沈黙。

 セシリアと鈴、代表候補生が専用機を展開して並び立つ様は、絵になると同時に畏怖も振りまいている。

 練習機の群れる中で異質。アリーナに異なる色彩を落としその異彩は羨望を集約する。

 赤と青。そこに加わる筈の白が抜けてしまい、二色は虚脱感を得ていた。

 学園はトーナメントに向けて色めき立っている。鈴とセシリアも似たようなもので、行動理念も似通ったものになっていた。

 

――意中の相手が活躍する様を見たい――

 

 あわよくば彼との距離を近づけたいという邪な部分もあるにはある。だが彼に頑張って貰いたいのも事実。

 風の噂の優勝商品がトーナメントに参加する事自体に問題があるのではないかとは学園全体が熱に絆されて麻痺している今、誰も思わない。

 その熱に最もやられている二人は肩透かしを食らったような感覚だった。

「どうしよっか」

「静穂さんも今日はいませんし」

 二人共通の友人は人間関係に重きを置く。今頃はルームメイトのディスカッション相手としてその手腕を振るっているだろう。

「アンタと二人ってのもね」

「いけませんの?」

「慣れすぎちゃって」

「……成程」

 1組と2組は合同授業が多い。その度に注目を惹き、先導する立場になるのは代表候補生の二人だ。

 授業ではもうこの二人で一組という扱いも多かった。他に例を挙げるとなると用意する静穂と後片付けの一夏。後者は罰としてだが。

 ISに搭乗するいつもの二人。今更の会話もある筈がなく。

「じゃ、やろっか」と鈴が青竜刀を呼び出し、

「そうですわね」とセシリアはライフルを構える。

 暇さえあれば稼働時間を確保する。専用機持ちの義務であり職務であり職業病である。

 そうして互いに距離を取り、何とはなしに推進器を吹かす。

 セシリアの放つ銃撃を大まかに避けつつ鈴が肉薄したところで、

 

――着弾コースを砲弾が過ぎていった――

 

「何!? 不意打ち!?」

 瞬時加速であらぬ方向に回避した鈴が怒鳴る。

「の、ようですわね……」

 対してセシリアは冷えた声色で、

「まあ、相手など高が知れていますけれど」

 砲撃の先。相手はその場から動いていない。

「丁度いい。手袋はないが相手をしてもらおう」

 二人が望まぬ色がその場にいた。

「今の私は機嫌が悪い」

 

 

 

 どうしてこうなったのか。

 全て自分がいけないのか。

 大切な同居人でもある友人は、鈴の一件以来の苛立ちを見せ、

 中学からの気が許せる友人は、いつにない表情で固まっている。

 静穂には分からない。どうして簪が憤っているのか。なぜ箒に矛先が向くのか。

「私は篠ノ之 箒、貴女に怒っている」

「簪ちゃん?」

 呼びかけても返っては来ず、憤りは他者に向く。

 困惑が晴れない。その憤りは自分に向けてではないのか。まともな意見の出せない自分に対してではないのか。

「静穂を貴女のわがままに引き込まないで」

 その感情を箒に向けるのは筋違いではないのかと言いたくて、口にできない。簪は知らないだろうが箒とはそういう約束をしているのだと、互いに助け合う契約をしているのだと。

 言いたくて、口にできない。

「織斑 一夏が欲しいのなら一人でやればいい」

「なんだそれは」

「静穂と織斑 一夏は関係ない」

「だから、」

「本気で頑張っている人間を引き込むのは間違ってる」

「更識」

「勝つ努力もしないで他人に頼るのは間違ってる」

「――っ!」

(だめだ箒ちゃんそれ以上はだめだだめだだめだだめだだめだ……)

 言うなと願う。口にも出せた。

「だ」

 だが遅い。

「わがままはお前ではないのか。出来もしない事に静穂を巻き込んでいるのではないのか」

 簪の肩が震えた。

「……何それ」

「箒ちゃん」

「ISというのは大企業が必死になって漸く出来上がるものだ。それを()()()()()()()()()()()()()()

「箒ちゃん!!」

 

――静穂ちゃん!――

 

 ピットの扉が開ききるのも待てず、滑り込むように入ってきた少女が叫ぶ。

「助けて!」

「っ」頭の切り替えを余儀なくされ、静穂は突然の第三者に顔を向けた。「相川さん」

「静穂ちゃん助けて!」

 涙ぐむ彼女を宥めるように肩を抑える。「深呼吸!」

 彼女が胸を大きく上下させたのを確認してから、「説明!」

「セシリアと鈴ちゃんがラウラに殺されちゃう!」

「!?」

「静寐も一夏君を探してるけど何処にいるか分かんなくて……!」

「----------!」

 急ぎレンタルした練習機に飛び乗る。立ち上げと装備を確認する中で静穂は相川 清香に指示を出す。

「相川さんは鷹月さんに連絡して! 私が時間を稼ぐから急いでって!」

「分かった!」

「場所は!?」

「第2アリーナ!」

「別の所か……!」

 苦虫を噛み潰したような顔になる。練習機が一機ではアリーナのバリアは破れない。

 だとしたら正式ルートを超高速で往くしかない。

「静穂! 私も――」

「箒ちゃんは相川さんとここにいて!」逸る箒を抑え付けるように声を張る。「簪ちゃんも!」

 たじろぐ箒と俯いて動かない簪を見て、

「――すぐ、戻ってくるから」

 一言だけ言って飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ピットを飛び出し通路を飛び抜け外に出て、第2アリーナの通用口から飛び込んだ。

 天井を這うように体勢を維持し、他の学生が伏せてできた空間を突き進む。

 天地が逆転した空間から空いている扉を選び滑り込むと、

 

――喉元を掴まれてもがく友の姿があった――

 

 その姿を見て静穂は瞬時加速。友を掴む腕を蹴り込み拘束を解く。

「何?」

「ボーデヴィッヒぃっ!!」

 ゆっくりと倒れ込むセシリアに構ってはいられない。ボーデヴィッヒは勢いに呑まれた訳ではなく現状確認の為に後退してくれたのだろうが、未だ彼女との距離が近すぎる。

 旋回半径を最小に抑え武装を展開。テンペスタの刃物を構え再度の瞬時加速。

 対するボーデヴィッヒは無造作に右の掌を静穂に向けた。

()!」

「っ!」

 側面から飛んでくる指示に、静穂の体は反応しきった。静穂はボーデヴィッヒの遥か頭上を抜けて、ボーデヴィッヒの罠には代わりに鈴が拘束される。

「お鈴!」

「邪魔だ」

 彼女の手元から伸びる輝きを以て鈴がセシリアの位置に吹き飛ばされる。シュヴァルツェア・レーゲンのプラズマ手刀。

「次は貴様だ」

「次、…………っ!」

 激情ではない。だが確実に自分を突き動かす衝動のまま、静穂は自身を地面に向けた。

「ほう……」

 ボーデヴィッヒが笑みを漏らす。自分から墜落するように下降した静穂は激突の寸前で這う程の低姿勢を取りボーデヴィッヒに向かっていく。

 仕切り直しの大一番。ボーデヴィッヒは鈴の動きを封じた右手を振りかざす。

 ……瞬時加速に歯止めは利かない。無理に軌道を逸らす事は怪我に繋がる危険行為である。

 それでも鈴は静穂にそう促した。それは自身が盾となり、ボーデヴィッヒの罠、その有効範囲を静穂に伝える結果となった。

 静穂は、その厚意を蔑ろにするような軟な教育を受けてはいない。

 躊躇いも無く瞬時加速を敢行。追突覚悟の正面突破。

 表情の変わらないボーデヴィッヒの鼻を明かすように、

 

――左にフェイントを掛け、掌が釣られた空隙を縫い、鏡写しの『6』を逆から描いて頭上を抜けて――

 

 長く伸びる砲身にテンペスタの大鎌を引っ掛けた。

「!?」

 大鎌を引きボーデヴィッヒを仰け反らせ砲身を抱えるように瞬時加速で押し倒す。

 テンペスタの推進器を噴かし押さえ込みつつもう一つの武装を展開、銃口を向けると同時、引金を引く。

 初期装備のサブマシンガンが震える。至近距離で胸部と頭部。シールド由来の兆弾を考えなければ外しようがない。

 だがそのまま撃たれ続けてくれる相手など居る筈がない。

 レーゲンのワイヤーブレードが射出された。胸元に6本の鋼線が集い、静穂を跳ね上げる。

 静穂が姿勢制御で手こずっている間に、ボーデヴィッヒが体制を立て直す。

「静穂さん!」

「シズ!」

 外野がうるさい。

「マガジン2つ分は撃ったのにまだ動く!」その場で射撃を止めず叫ぶ。「どれだけ硬いの!?」

 ボーデヴィッヒは悠々と回避運動を取りブレードの牽制から右肩のレールカノンを狙ってくる。

 砲撃を跳ね上がるように回避しつつ叫ぶ。

「ひょっとして最初から減ってない!?」

 その回答は外野から返ってきた。

「すみません……! わたくし達ではどうにも相性が悪くて!」

「ドイツがAICを実用化させてるなんて聞いてなかったのよ……!」

 そのAICとやらに二人は封殺されたらしい。右手の罠はそういう名前かと。

「知られたところで何も変わらん!」

 牽制に使われていたボーデヴィッヒのワイヤーブレードが一層の厳しさを増す。回避運動が間に合わなくなってくる。

 そして、

「貴様のフェイントは教本通りすぎる!」

 静穂の片足脚部装甲に鋼線が巻きついた。テンペスタにとっては致命的状況に陥った。

 速度はあるが装甲は薄く、平均推力はあれど瞬間馬力は打鉄に劣る。それがテンペスタというISだ。

 つまり力勝負では勝つのは難しいのだ。シュヴァルツェア・レーゲンのような中・重量機にはまず勝てない。

 ――よって振り回される。

「へっ――」

「返すぞ」

 大きく円を描いて地に落とされる。以前に一夏がクレーターを作った原因を静穂は理解した。

『――! ――――!』

 外野が何か言っている。耳鳴りが酷く聞こえない。

(――瞬時加速、使いすぎた……)

 正確には瞬時加速で無理な曲線を2度も描いたツケが一気に回ってきたのだ。瞬時加速中に曲がる上級技術には理由が存在する。知識のみでは習得した事にはならないのだ。

 そしてその影響は肉体だけでなく機体にも。

 静穂と同じようにガタが来ている。ここまでの道程に瞬時加速に回避運動と、機動にエネルギーを使いすぎた。装甲の薄さが災いし、たった一度の攻撃でダメージ進度がBを示している。

 もう一度はまずい。

 そう思うと静穂は早く行動した。コンソールを呼び出し操作する。

 鋼線を以て持ち上げられ、体が完全に地面から離れた瞬間に脚部装甲を脱ぎ捨て推進器を噴かす。

 虚を突いて距離をとる。

「なかなかやるが、まだ!」

 レーゲンの砲撃が飛んでくる。静穂はふらつく頭で回避運動を行い、

 

――瞬時加速で自分から激突した――

 

 

 

『!?』

 静穂以外、全員が驚いた行動は、砲弾をあらぬ方向に跳ね飛ばし、静穂を墜落させた。

「……成程。庇ったか」

 ラウラは早くも合点がいった。

 ……自身が放った砲弾は静穂の進路を予測してのものだった。

 もちろん当てるつもりだった、避けられる予測もあった。

 だがその弾道は自らの意思とは関係なく、

 先の二人に直撃するものだったのだ。

 素直に関心する。ISがある以上、死ぬ事は稀だ。ありえないとは言えないが、各国の粋を集めた専用機ではその確立は練習機より低い。

 それでも仲間を優先し、尚且つ、

「まだ盾になる……!」

 彼女達を射線から隠すように立つ静穂がそこにいた。

 片足を脱いでいた彼女は装甲のない方が浮かんでいる。PICで姿勢を保っているようだ。時折揺らぐのは脳震盪か機体の動作不良か。

 どちらでも構わない。盾になるというならその意図を汲むのみだ。

 レールカノンを発射。胸のど真ん中に命中した。

 慣性に負けまいと推進器を噴かす彼女を何がそうさせるのか。

 もう1発。結果は同じ。

「シズ! いいから戦いなさい!」

「わたくし達は大丈夫ですから!」

「……大丈夫、大丈夫……」

 後ろの連中は何も分かっていないのか。

 少なくとも彼女の方が状況も理解しているようだ。

 そう、この場合、

「……私の負けだな」

 その証左とばかりにアリーナ搬入口から織斑教官も姿を現した。

 それよりも先に観客席のバリア、その一部が爆発し白いISが突入してきたが。

 時間稼ぎにまんまと乗せられたのだ。

(師弟ごっこの賜物か)

「ラウラぁ!!」

 激しい剣幕で教官の弟が向かってくる。対してラウラは構えもせず、ただ織斑教官を見つめている。

 その視線を察してかは知らず、織斑教官は得物を振り投げた。

 他所で刀身と刀身がぶつかり合う。ぶつけられた相手が怒りの声を上げた。

「何すんだ千冬姉!」

「――今この時よりトーナメント終了まで、一切の私闘を禁止する!」

 織斑教官はそう宣言した。

「ボーデヴィッヒ。貴様もそれでいいな?」

 ……織斑教官の命令ならば吝かではない。

 誰に一瞥をくれるでもなく、ラウラはその場を後にする。

 扉に着いた頃になって、彼女を呼ぶ声が聞こえてきた。

(私が出て行くまで立っていたか)

 本当にタフネスだけは師を越えている。

 師弟ごっこも役には立つようだ。


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