IS 灰色兎は高く飛ぶ   作:グラタンサイダー

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3.嘘つきは生存戦略の始まり ①

 突込絞(つっこみじめ)という技が柔道には存在する。

 相手の上に馬乗りになることで動きを封じ、両襟を掴んで腕を交叉させる。

 すると相手の首が簡単に締まるというものだが、

「一夏はともかくお前までISを動かすとはどういうことだ……!」

「っ~~~~! …………!」

 馬乗りではないが箒の詰問は正しくそれだった。身長170㎝を超える静穂だが、心なしか踵が浮いているような気がする。

「どうした何か言ってみろ!」

(無理です!)

 首に握り拳が嵌っている状態で何を話せというのか。先程までの一夏に対する態度とは別物である。それ程に関係が深い訳でもないが。

 箒の腕をタップし続けるのを見て箒はようやく理解したらしい。ハッと気づいて技を解くと静穂は打ち上げられたダイオウイカの如く髪を散らしてダウン。手を突く余裕などないらしい。

 殺す気かと目線で訴えた。「いや、すまん」と返ってきた。

(もういいやそれで)

「……それで、説明はあるんだろうな?」

 

 ――男のお前がどうして女装(そんなかっこう)でここにいるのかも――

 

 良くはなかった。まだ命が危ない。

「する、するから」

 起こして、と試しに頼んでみる。箒は渋々と静穂の脇に手を差し込み、仰向けに転がし、上体を起してくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事の起りは2月初旬になる。

 高校受験も既にやり切ったという早すぎる自負のある静穂に、世界が震撼した事件が耳に入るのは丁度試験が終わり帰宅したばかりの事だった。

 男子初のIS適合者発見。

 静穂がどう調べてもその件で持ち切りだった。やれ救世主だやれ女性に対する権利侵害だ。主に後者。

 そして世界中で強制男子一斉検査が行われる事となり、その網に静穂は見事に引っかかってしまった。

(ここ、どこ?)

 ISを起動させたその足で静穂はある一室に連行されていた。

 よくはわからないがホテルなのは間違いない。乗せられたエレベータは二桁の階数まで表示できるそれだった。床は美しいマットが敷き詰められており、テーブル、椅子、その他調度品も一目で一級品だとわかる。運ばれてきた食事はなんとフルコース。

 窓のない部屋で静穂は数冊の本に目を通していく。IS関連の教本、参考書、IS関連企業のパンフレット。他にも数冊。

 すべて扉の前に立つスーツの男性が持ち込んでくれたものだ。別に頼んでいないのに。スーツの男性が室内に二人。扉の前に一人、壁際に一人。トイレに行きたいと訴えて室外に出た時、スーツの女性が一人、男性が二人。

 中学3年生にこれだけのSPが付くというのは大仰ではないだろうか。無言で立たれるのは少し怖いものがある。VIP待遇されるほどのことなのか。

 食べるものも食べ、ベッドはない。そのまま静穂はソファで眠った。男性に起こされた時、安物の腕時計は午前3時を指していた。

 移動、ではないらしい。静穂をここに呼んだ人物がようやく到着したと男性が言う。

 重役出勤とは違うがここまで人を拘束できる人物が一般人というわけがない。現時点で善悪の区別はつけられないが、フルコースは絶品だった。その分の礼くらいは言うべきと考え、静穂は服装を正した。

 ソファから立ち上がり、相手を待つ。扉が開き、口が開く。

 静穂を呼んだのはメディアでよく見る顔だった。

「こんな時間までお待たせして申し訳ない。阿毛(あもう)です」

 阿毛(あもう) 達郎(たつろう)。元総理大臣にして現志民党総裁。

 前回の選挙で野党側に回ってしまった、いわば落ち目の代表である。

 芸能人などと比べ物にならない大物と握手を交わし、座るように勧められて、ようやく静穂の口は閉じた。

 阿毛はSPを部屋から出るよう指示し、静穂に顔を向ける。

 値踏みとは違う人の見方だ。覗くとも違う。概要をざっと見ているような、向けられている当人にはわからない。

「まずはこう言わせてもらおう、おめでとう、そしてありがとう」

「ISの……ですか」

「そうだね」と言って阿毛は皮肉っぽく笑った。「私達の総意だよ」

「総意ですか」

「私を含めた老害達のね」

 そう言うと阿毛は笑った。静穂置いてきぼりである。

「あの、ご馳走様でした」

 静穂は早めに目標を達成した。もう帰りたい。

「気にする必要はない、お詫びだよ。なにせ野党になっても講演会が減る訳じゃなくむしろ増えるんだから堪らない」

 私は客寄せパンダなんだ、と言ってまた笑う。また置いて行かれる。

 さて、と阿毛は切り替えて、

「君にはIS学園に入学してもらうことになる。君の為にも、私達の為にも」

「どういうことですか?」

 お互いの為、とは。

「……君には謝ってばかりになりそうだ」

 白髪染めをしてしばらく経ったであろう頭を掻く阿毛。顔を上げるとそこに笑顔はない。

 仕事の顔だ。鉄面皮だ。何があっても崩さない確固たる意志の表れだ。

「辛く難しい話になる。それでも聞いてほしい。私達の党は、正確にはまだ私を含め数人程だが、君を政治の道具にしようとしている」

「道具ですか」

 正直に言われるとなかなかクるものがある。一人の人間をいいように扱うと言っている。それも自分をだ。

「まあ私のように客寄せパンダとしてだ。トップモデル……、広告塔、と言ってもいいかもしれない」

 静穂にとっては歌って踊らなくていいのが救いだろうか。

「今のが私達の目的だ。世界で二人目の男性IS操縦者が支持する政党。そうなれば私達の地位は盤石、つまりそう簡単に落選しない、与党で在り続けられると私達は考えている」

「僕はまだ選挙権なんて持っていません」

「いずれ持つ時が来る、それは君が思っているよりもずっと早く。で、だ。これは私達の為という部分。次は君の為という部分の話だ。こちらの方が()も重要かつ重大と言える」

「…………」

「まずこの草案が出来上がった経緯から。最初は君も知っている織斑一夏君の発見があった日。新聞でも言っていた通り彼の処遇について臨時会が開かれたのはその二日後だった。一日の空白、その間与党は、内閣は何をしていたか」

 

――織斑一夏に関する情報の隠蔽工作――

 

「いんぺい?」

「簡単に言うと彼の存在を隠そうとした。ISを動かした事だけじゃない。戸籍から何から何まで。存在そのものを握り潰そうとした。並行して国際IS委員会への報告義務も無視しある場所と連絡を取っていた」

「何処に……ですか」

「中国。()()()()()()()()()()()()()()()()


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