IS 灰色兎は高く飛ぶ   作:グラタンサイダー

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26.中心になる2人目、震源地の2人目 ②

「すごいね一夏。料理できたんだ」

「まあ家事全般の一つって程度だけどな。今回は出番なかったけど」

「給仕さんだったものね」

「今回凄かったのは静穂だろ。料理して指示飛ばして、一人何役だった?」

「その辺りはオルコットさんの指導のお蔭じゃないかな? 指揮の内容も習ってるみたいだったし」

 今をときめく男性操縦者二人の話題に取り上げられた当人は机に突っ伏して動かない。

(おなか、すいた)

 静穂は今朝も食事抜きだった。

 詰まる所、昨日食堂のおばちゃんたちは職務放棄した訳ではなく、静穂たちに任せ自分たちの仕事に取り掛かっていたという事だった。

 食堂は冷蔵庫の故障を皮切りに複数の問題が露見し、その修理、改善案を会議で詰めていく一方、生徒たちには任せきれない食事を別室で担当していた。おもにアレルギーやハラール関係などだ。

 今朝の食堂は開いていなかった。改めて問題箇所の洗い出しなど諸々の事情があるらしい。

 そうなったら朝食はどうなるのか。購買しかない。

 購買には生徒が殺到。イナゴのようにパンから菓子類まで買い占めてしまった。昨日の事である。

 後片付けで最後まで残っていた静穂は現在まで水しか飲んでいない。昨日は食事を摂る余裕もなく、今朝補充される筈だった購買は交通事故による渋滞からいつ到着するか目下不明。

 皆も他人に渡す余裕などなかった。たとえそれが昨日の救世主だったとしても。現実は非情。今更ではある。実際は料理の中心人物が食べ損ねるなど思いもしないからだが。

 昨日の静穂は眠れなかった。織斑先生に自分から出席簿を貰いに行く程だ。

 とにかく空腹。目は回らないが。

(普通だったら倒れてるよね……)

 朝起きたら即座に目が冴えるのと同じく、体内のISが体調管理でもしているのだろう。どうせなら空腹も満たしてほしいものだ。燃料不足を訴えない機械も少ないだろうが。

 

 

 ……空腹で頭が回らなかったからだろうか。事件が起こってもまるで対岸の火事。その場にいない、観客のような感覚を覚えるのは。

 目の前で一夏が知らない女子に頬を張られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでアンタなにもしなかったわけ!?」

「しなかったのではありません! 敢えて行動を起こさなかったというのが正しい表現ですわ!」

「この間の麻耶ちゃんと闘ってから牙が折れたんじゃないの!? 臆病者!」

「どこかの常時剥き出しの狂犬と一緒にしないでいただけません事!? 使いどころを弁えていると言ってください!」

(まだやってるの?)

 二人目の転校生、ラウラ・ボーデヴィッヒ。

 初対面の一夏にビンタを浴びせた銀髪の少女が巻き起こした旋風は、アリーナに移動してもまだ吹き止む事なく。静穂が山田先生と一緒にISを搬入しても鈴とセシリアの口論は止まっていない。

 腹は減っても意識はしっかり。山田先生から「以前に運転した事があるんですか?」と褒められる程のハンドルさばきでIS数機を搭載したターレットトラックを持ち出してきた静穂に1・2組合同の視線が飛ぶ。

 

――そろそろ止めて! 織斑先生が来る前に!――

 

(死ねと!?)

 この二人を止めたいなら一夏という特効薬があるだろうに。そう考えて静穂は思い直す。当の特効薬が渦中なのだ。一夏の周囲はいつものように人だかりができ彼を労わっている。箒はしっかりと隣をキープ。もう契約はいらないのではないだろうか。

 とにかく一夏は対応できない。となると共通の友人が槍玉に挙げられる訳で。

 ……静穂はターレットを停めて二人に声をかける。

「二人ともさ、よければISを降ろすの手伝ってくれない?」

「シズ! アンタの師匠とんだボンクラじゃない! 今からでも師事する相手変えなさいよ!!」

「静穂さんが貴女のような粗雑な方を師事すれば10回は壊れてしまいますわ!」

「そう言ってるけどアンタはもうシズを一回ぶっ壊してるじゃない!」

「わたくしの指導があったからこそあの程度で済んだのです! それになにより静穂さんが貴女を選ぶ理由が欠片も見当たりませんわ!」

(あー、……ダメだこれ)

 諦めたほうが早かった。というのも、

「静かにしろ、莫迦者共」

 ……織斑先生が出席簿を振り上げていたから。

 普段は主に一夏から聞こえてくる激突音を二度聞いて、アリーナにはようやくの静寂がやってきた。

「貴様らはいつまで遊んでいるつもりだ! 専用機持ちは前に出ろ! 他の者は整列! 汀!」

 はひぃ! と静穂は背筋を伸ばす。

「搭乗と飛行を許可する! さっさと等間隔に並べろ!」

 ――昨日の料理の時といい、一度方向性が決まれば話は早い。

 静穂は取り急ぎISに飛びつく。簡素に装着・固定し、システムの初期動作をいくつかスキップして後方に背中から飛び出した。

 スキューバダイビングよろしくエントリーを決めた静穂は、勢いを殺し固定された残りの機体へ。ロックを外し、一機ずつ慎重に抱え上げ先に山田先生が並べていた列に合わせていく。

 計五機のISが並べ終わった時、静穂に出席簿が落ちた。

「動きは及第点だが初動が遅い! 次は仲裁よりも先に作業を済ませておけ!」

 その言葉は本人が起きている時に言ってあげるべきだと皆は思ったが口には出せず。

 

 

「いいか貴様ら。本来は汀以外もあの程度は可能な筈だったが先の襲撃事件でカリキュラムに遅れが出ている。今日は歩行訓練だ」

 話に挙げられて嬉しいやら恥ずかしいやら。

「専用機持ちがサポートを行うが決して先程のように男子に集中しないように。授業の妨げになるからな。返事は!」

 数十名の女子が一斉に返事を返す。まるで軍隊だ。

「では始めろ」

 号令とも取れる一言で1組2組合同授業が始まる。

 静穂は当然というか何というかセシリア列。理由は師匠の列でラファールだったから。

 セシリアに手伝ってもらいながらラファールを立ち上げて、少し早足気味に歩く。飛行可能なISという機械でわざわざ歩く動作を行うというのは飛ぶより逆に難しいものだった。

「静穂さんの補助はもう何度目でしょうね」

 そう言って微笑むセシリア。嫌味の類いではなく、まるで親が子の成長記録を見返しているような表情だった。静穂には別の意味も含まれていそうだと深読みし、

「一夏くんと練習できなくて残念だったね」

「……今日は初めてわたくしの立場を恨みましたわ」

 それでいいのか代表候補生。

 最後の方は完全に走って当初の位置に戻ってくる。よっこいしょ、と膝立ちの姿勢になり、機体を解除。ぽん、と押し出されるようにISから離れた。

 それぞれの列が数名歩き終わると、黄色い悲鳴が上がった。

 その先を見れば一夏が本音を抱えて持ち上げている。

 なんともお姫様抱っこが絵になる男だ、と静穂は思った。

 次に金属音が聞こえた方向に目をやれば、鈴が青龍刀を地面に突き刺し、セシリアがライフルを展開している。

(見てない見てない)

 周囲の目が静穂に向けられる。止めなくていいのか、と。

 見ていなければ関わりはない。今の二人に関わってはいけない。

 他人アピールを貫徹していると「汀」と声がした。

「織斑先生?」

「ボーデヴィッヒの所を手伝ってこい。あそこだけ遅々として進まん」

 見るとそこだけ列が澱んでいる。それもそうだ。顔を合わせた直後に一夏にビンタを浴びせるような気性の人間が相手となるのだから。自分は張られないという証拠がどこにあるのか。

「分かりました……」本当はやりたくない。痛いのは嫌だ。

「任せる。何か言ってきたら私の名を出せ」

「先生のですか?」

「それで大人しくなる」

 確かに織斑先生なら名前だけでそこらの怪獣超獣宇宙人でも借りてきた子犬程度になりそうだ。

「ゅ――――何も言ってないですよ!?」

「失礼な事を考えたからだ。言わなかった分の手加減はした」

(確かに気絶はしてないけれど! してないけれど!)

 出席簿で心の自由まで奪うのは勘弁願いたい頭いたい。

 

 

 痛む頭を押さえて向かうと、救いを求める目線が飛んでくる。今日は悲喜こもごもといった視線をよく浴びる日だ。

「何の用だ」

 そう言う転校生の目線は鋭い。視線だけでメスのように肉が切れそうだ。

 早速だが切り札を切る。授業時間には限りがあるのだ。また出席簿は嫌なので。

「織斑先生が、わたしと代われってさ」

「教官がか?」

 教官? ……それよりも出席簿回避だと切り替えて、

「進みが遅いらしいけどどうしたの?」

「一人が乗った。するとこの連中はそれから乗ろうとしない」

 静穂はISに目をやる。イギリス製第2世代機メイルシュトロームが凛と直立している。

 静穂も搭乗の経験がある。その時はセンサー類が繊細すぎて少しばかり手を焼いた。あれくらい敏感でないと狙撃機体として成り立たないのだろうと理解はできるが、命中率の世界記録は日本製打鉄のパッケージに奪われているのは皮肉だろうか。

 だが授業の遅れは機体性能が原因ではない。歩く程度、入学前の静穂でもできただろう。問題はその状態にある。

 直立したISは同じ位置からでは搭乗できない。背丈の問題だった。

 織斑先生はそういう事を踏まえて専用機持ちに担当させたのだが、

(お姫さま抱っことか、……やらないよねぇ)

 今も彼女は腕組みしたまま動こうとしない。ならば静穂がやればいいのだろうか。男子の静穂が抱きかかえたとてISと同じ身長、座高ではないので届かない。それに下手するとセクハラ、男子とバレる危険もある。ラビットのお蔭で傷隠しや引ん剝かれる恐れこそ消えたがそれで飛ぶなどありえない。所属不明機を所持しているのがバレたら生きたまま解剖されてしまう。ちなみに体格では何故かバレていない。ため息や同情の目で見られるがバレていない。何故か。

 ため息を一つ吐いて、静穂は行動に移る。

「はい次の人」

 自分が代わる外はない。

 躊躇う女子においでおいでとジェスチャーを送る。おずおずとやってくる彼女の顔は浮かない。

 静穂は彼女とISに挟まれる位置で腰を落とし、片方の膝を彼女に向ける。

「人間階段でいこう。太腿から肩に行って、そうしたら乗れる筈」

「え、でも」彼女は人を踏むのに抵抗があるようだ。

「いいから、時間ないよ」

 ……彼女はおっかなびっくりといった様子で静穂の太腿に体重を掛け、肩にもう片足を乗せると、踏み込んで自身を押し上げた。

 静穂は自分に掛かるささやかな負担が消えるのを確認してから立ち上がる。ISに腕を通している彼女が些か心配になっている。普段はちゃんと食事を摂っているのかどうか。自分は食べていない。これが終われば真っ直ぐに食堂に駆け込む心の準備が出来ている。だから授業に遅れが出るような事は避けたいのだ。絶対。

「よし」

「準備出来た?」

「ありがとう汀さん。ありがとうついでにコツとかあったら教えてほしいな」

(コツ?)

 それらしい例えでも出せばいいのかと思い、最初の頃の率直な感想を引き出した。

「手放しで竹馬に乗ってる感じ?」

「それで何となく解るのは妙な気分ね……」

 とにかくありがとう、とだけ言うと彼女は決められた位置まで進んでいった。

 

 

 ……それからは概ね順調だった。

 時折りISを立たせたまま降りる女子も見受けられたがその都度静穂が押し上げたり登らせたりといった手段で授業を進めていく。

 もうすぐ終わりが見えたところで、ただ見ていただけのボーデヴィッヒが口を開いた。

「随分と優しいものだな」

「へ?」

「最初の貴様の操縦技術を見れば、こんなもの児戯と変わりないだろう。態々付き合う必要もない筈だ」

 黙っていたと思っていたら注目されていたのか、静穂は妙な心持になった。

「まるで嫌味を言われているようだな」

「嫌味? わたしが?」

 そうだ、とボーデヴィッヒは頷き、

「強者が弱者に付き合う、それも踏み台になるなど逆に見下されているのと同じだ」

「…………」

 そういう見方もある、という事なのか。

 言い返すにしても静穂には彼女の言葉、その意味がうまく反芻できない。

(強者が誰で弱者がなんだって?)

 頭を捻る。難しいとかそういう理由ではない。ただ何を言っているのかわからない。中二病で難しい単語を使っているのでもなく、静穂にとっては回りくどくて分かりづらい。それ程回ってもいないのだが。

 静穂は当たり障りのない言葉を選んで返答した。

「まあ授業だし」

「それだけでスーツを汚すような真似をするのか?」

「織斑先生の指示だし」

「成程」

(納得が早い!)

 本当に先生の名前が必殺兵器になりつつある。

 ボーデヴィッヒは何度も頷きながら、

「確かに織斑教官の指示は素晴らしいものがある」

(信者かこの子!?)

 IS学園9割を占めると噂される織斑 千冬をこよなく敬愛する信者の一人だったのか。

 聞いた話では彼女ドイツの代表候補生だという。態々学園に転校してくるのだからその熱は相当なものだろう。

(レベル高いなぁ。いろいろと)

「貴様は教官によく使われているようだな」

(何か食いついてきた)

 好きなものにはとことんのめり込むタイプのようだ。

「ああ、まあ、成り行き、かな?」

「そうか、その成り行きを大切にするといい」

 

――教官が我が国(ドイツ)に戻られるまでッッ!?――

 

「織斑先生!?」

「授業を妨げるな、莫迦者」

 恐らくは睨み付けておきたかったであろうボーデヴィッヒがのたうち回る様は滑稽を通り越して可哀想だ。

「ボーデヴィッヒ。態々代役を出してやったのだ、片づけは貴様も手伝え」

「……了解しました、きょうか――ッ!?」

 ボーデヴィッヒ、沈黙。

「――ここでは織斑先生だ。汀、ここはもういい。トラックを片づけておけ」

「へ? トラックだけですか?」

「罰には丁度いい。そしてターレット式は山田先生の指導を受けた貴様しか使えん」

(それ程難しくはなかったけれど)

「汀」

「はい」

「貴様が戻ってきたら授業を〆る。食堂がそろそろ開くぞ」

「すぐ戻ります!」

 もうボーデヴィッヒなどどうでもいい。とにかくこの空腹を満たしたい。

 その欲望に背中を押されターレットのエンジンを始動させていると、箒が近づいてくる。

(箒ちゃん?)

 一夏に抱きかかえられてご満悦だった彼女が一体何用だろうか。

「静穂、少しいいか?」

「何?」

「食事の時に話がしたい。どうだ?」

「分かった。動かすから離れて」

 彼女が離れるのを確認してから静穂はハンドルを回していく。

 頭は食事の事で一杯に膨れ上がっていた。




 毎回サブタイトルと最後の部分で悩みます。

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