IS 灰色兎は高く飛ぶ   作:グラタンサイダー

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24.迷探偵お鈴

確かに状況が変わってほしいと願ったのは静穂本人だが。

(変わりすぎ)

 揺れる程の嬌声から少し経ち、それでもまだ狂ったような熱気が冷める事はなく。

「他にもISに乗れる男はいる可能性があるって聞いてはいたけど同い年で学園に来るなんて思わなかった! よろしくデュノア!」

「こちらこそよろしく。シャルルでいいよ。気兼ねする必要もないから」

「本当に助かるよ、なにせ男一人で緊張しっぱなしだったからさ」

(緊張してたの?)

 静穂の記憶内で彼は満喫していたようにしか見えない。

 とにかく静穂の周囲だけは事態が好転した。表向きは世界で二人目の男子。それも一夏と異なるタイプの美形とくれば放っておくのはその存在にあまり興味のない、例を挙げるなら一夏に懸想している女子くらいなものだ。まあ一夏も普段あまり見せない表情を見せているのだからそれに引き寄せられているが。

 

 

 ケースから数発掴んで取り出し、空になった弾倉に押し込んでいく。雷管にはあまり触れないよう注意して。

 規定数を入れたら銃把に差し込み、遊底を引く。初弾を薬室に送り込み、構える。

 静穂の場合では持った腕の反対側の足、右手に拳銃を持っていれば左足で踏ん張るように半身を切る。左手は銃把の底に。右手ごと包んで押さえる。

 狙う、撃つ。十字のほぼ中央に着弾、繰り返す。

 黒い人型の外観に十字と円で作られた的に撃ち続ける。

 ……これらの動作を一つとして今は4巡目だろうか。

 今自分が手に持つものは人の命を簡単に奪う事のできるものだ。そんなものを扱う時には雑念を振り払うべきだ。

 故に先程から背中をつついてくる存在は気にしてはいけない。

 それが蹴りに変わろうとしたら話は別だが。

「お鈴、それは危険だから。わたし今危険なもの持ってるから!」

「あんたが無視するのが悪いのよ!」

「これ! これ!」

 ゴーグル付ヘッドセットを外しつつ静穂はとある張り紙を指さす。

 

――危険ですので射撃レンジ内に複数人での立ち入りは禁止されています――

 

 追撃のアナウンス。

「そこのちみっ子ー。常連さんの言うこと聞いて離れなさーい」

「だれがちみっ子よ!」

「アンタだアンター。ISなしで銃弾受ければ死ぬのは当然よー」

「そんなの知って――」

「分かった出よう! 先輩も煽らないで危険だから!」

 本当は後始末の諸々があるがアナウンスの彼女に丸投げして鈴と射撃場を後にする。

 後ろからの「またどうぞー」と間延びした声に鈴が激昂したが無理矢理引き摺って食堂へと向かった。

 

 

 気休めというかとりあえず甘いもので気を紛らわせようと、静穂は鈴にクリームソーダを奢った。朝の御返しというのもある。ラーメンと同じ値段では角が立ちそうだから譲歩して。ちなみに自分にはホットレモンティー。

「……随分先輩っぽい人と親しかったじゃない」

 開口一番これである。スイーツでは気がおさまらないのかそれともクリームソーダはスイーツに入らないのか。

「ちょっと前まで抽選にあぶれたら絶対に寄ってたからねぇ」

「それだけで一々1年の顔を覚えるような人には思えなかったけど?」

「9mm弾を消費するのがわたしだけみたいで。他の人はアサルトライフルばっかりなんだってさ」

「確かに練習機はライフルが基本だしね」

 近距離型と位置付けられている打鉄も標準装備には焔備というアサルトライフルが設定されている。練習するならそれに近しいものをと思うのは当然だ。

 ……そういえば、と。

「何か用だったんじゃないの?」

 彼女の専用機の性質上ライフルを練習する必要を感じない。用があるとすれば静穂にだ。

「あんたの事、ちょっと気になってね」

 静穂の何が気になるのか。

「新しい男子と学園巡りとかしないの?」

 そういう事か、と静穂は納得する。

 世界二人目の男性操縦者、食いつかない女子は少ない。

 静穂自身が彼らに近いのもあり、あまりにも興味がなさすぎるように見えるのだろう。

「まあ同じクラスだし大勢で行って警戒されても困るし学園はわざわざ見学する事もあんまりないし」

 地下施設の存在も知っている彼には見学など今更すぎた。

 それを聞いた鈴はクリームソーダのアイスをストローでつんつんしている。そのうち蹴られるのではないか。

(……。……ホッホッホ。お嬢さんは私を溶かしてまろやかになったのがお好きかな? しかし私とソーダの境目の味もまた格別な何かがあるとは思いませんかな?)

「……あんたさ」

「っ!? なにさ!?」

「また無理してない?」

「…………」

 へ?

「正直あんたを見てるとついこの間までのあたしを見てるみたいで心配なのよ」

「この間?」

「あたしが代表候補に選ばれるまでの事なんだけどね。そりゃもう苦労したのよ」

 確かに今の彼女の地位までたった1年で辿り着くにはどれ程の努力があったかなど想像に難くない。

「それでそのあとぶっ倒れちゃってね」

「倒れた!?」

「うん、知恵熱。勉強なんて感覚でやってて高得点とってたからまともに向き合うとああも辛いなんて」

(本物の天才じゃないか!?)

 努力の天才像が瓦解する瞬間だった。

「担当官が勉学に励む真摯な態度も重要だって言うから机に噛り付いたけど、あんな拷問よく続けられるわよね?」

「……まあ、確かに」

 師匠の圧縮授業も苦行ではあった。今はもうあれでないと頭に入らない。

「で、アンタよ」

「わたしですか」

「アンタの場合、解放されてぶっ倒れる前にぶっ壊れた、違う?」

「へ? なにそれ」

「白を切り通すつもりね、いいわ、だったら突き付けてあげる。

 まずアンタは学園に入るまでかなりの努力を続けてきた。きっと代表候補に選ばれる為もあった筈よ」

「待って前提からおかしい!」

「待たない。で、念願叶って入学。それであたしなら緊張が切れて倒れるところ、アンタはそこで踏みとどまった。まだ代表候補に選ばれていなかったから。そこでアンタはセシリアに目を付けた。同じ日本の4組代表は自分の機体製作で忙しいから教わるのは心苦しいし、なにより同じカリキュラムで自分は選ばれなかったんだから同じ事をしても意味がないと思ったから」

「…………」

 開いた口がふさがらない。

「図星ね。そしてその考えは見事に的中。師弟関係を通り越して友情まで生まれたアンタは一夏との仲と取り持つ中でそれでも訓練を怠らなかった。その結果、1回目のダウン」

 ……2回目があるのだろうか。

「風邪の原因ははっきり言ってオーバーワーク。クラスの連中に振り回されてセシリアと箒と一夏の三角関係に頭を悩まされて同室の4組代表まで気遣ってさらに自分の練習までしないといけない。張りつめた糸は切れやすいのよ」

 ここは否定できないがそんな時に乗り込んできたキレやすい人に言われたくない。

「でもアンタは立ち上がった。ブランクを埋めるように今まで以上に頑張った。一夏を鍛えるっていうセシリアの案はアンタにとっても絶好の機会だった。一夏と一緒に自分も鍛えられるから。うらやましい」

 ……セシリアの授業が、ではないのは確かだ。

「最後にクラスマッチ。あたしと一夏の試合の時。アンタは限界が来た」

(あ、そろそろ終わりそう)

 現実はどこだ、いや、事実はどこだ。

「アンタは織斑先生に頼まれて4組代表に付き添った。本当ならもう応援に行っても良かったけどアンタは独りになる4組代表を心配して一緒にいて、閉じ込められた」

(この辺は完全にフィクション入ってるね)

「そんな中でアンタ達は必死に助けを呼んだんでしょうね、きっと照明も落ちて不安だっただろうから。そしてアンタは大きな音で気づかせようと暴れ回った。そして限界が来た」

 クライマックスが始まるらしい。

「肉体疲労と精神疲労が極限状況で爆発した。アンタの性質からして大爆発なんてものじゃないくらいため込んでたんでしょ。気絶して倒れて4組代表はアンタの開けた穴から脱出して助けを求めにいった。ちなみに気絶の原因はあたしと一夏が不明機をブッ飛ばした時の衝撃波。アンタの存在が分かってたらやらなかった、ゴメン」

「ああ、うん……」

 許すも何も鈴とは全く関係のない理由で死んでいたのだが。

「それでアンタは検査入院から帰ってくる。すると爆発した後遺症が残っていた」

(おかわり入りました!?)

 まさかの続編突入。いやここからが本題だったのやも。

「アンタ、飛べなくなってたんでしょ?」

 ここにきてまさかの問いかけである。

 正直どう答えろと。というか何の話だ。

「だんまりは肯定と受け取るわよ。

 ……アンタのIS適正はおそらくBとCのスレスレ部分。そこを見られてアンタは代表候補に選ばれなかった。そのIS適正がDかE、つまり学園に居られるかどうかすら怪しくなっていたのよ」

 静穂は頭が痛み始めた。

 何がどう積み重なればこれ程の妄想が展開されるのか。

 彼女の妄想全開の持論は止まらない。

「イップス、ってヤツね。アンタはここ数日それの克服に専念していた。違う?」

 違う、と言い切れるのか。根本こそ違うがその工程は似たようなものかもしれない。

 以前の自分を取り戻し、元の状態に戻す。それは自分の肉体かIS技術かの違い。

 その点で悩んでいると、その反応に鈴は満足げな表情で、

「ま、もう大丈夫みたいで安心したわ。アンタがいなくなるのは寂しいし」

 おおう、と静穂はのけ反った。明け透けな好意に嬉しいやら恥かしいやら。

「せっかくセシリアとスーツの新調で気を紛らわせようとか話したのに」

「共同正犯!?」

 カタログ十二単は二人の共謀によるものだった。

「朝に会ったらケロッとしてるもんだから解決したんでしょ?」

「まあ一応は解決したけど」

 完全にではないが解決はした。したのだが、

「なんでスーツ?」

 イップスの気晴らしになぜISスーツの新調が必要なのか。そもそも関係があるのか。

 聞くと鈴もまたクラスメイトと同じ反応をした。

「ISスーツって言ったら一張羅よ? 気合入れなきゃダメでしょうが」

 確かにISスーツで表に出る場合はISの試合以外ではほぼ無い訳で、ISの試合には各国の要人が注目しない事は無いと断言してもいい。

 なにせ昨今ISの立ち位置は新時代の兵器だ。操縦者の選別は急務であり必須。数だけのアイドルグループを鼻で蹴飛ばす人気もあり、国家代表ともなれば相当の知名度、将来も約束される。

(暗殺とかもされなくなるだろうなぁ)

 影響力も考えればそれの機会も増えるだろうがハイリスクが過ぎる。慣れてしまいそうな静穂の経験数にも変動はありそうだ。

「そういう訳で、セシリアとあれこれ話して、結果、アンタには女の子としての自覚が足りないってことになったのよ」

 そりゃそうだ。静穂は男子なのだから。

 さらにルームメイトは女子力の塊、なにこの可愛い生き物、である。

 あれに近づくのは無理と早々に判断した静穂は正しいと言える。

 無理に真似しようものならボロが簡単に出かねない。

「まあ何を考えてISにのめり込むのかはいつか聞くとして」

(聞くんだ?)

 二人のというか周囲の見解ほど自分は頑張っていないけれど、と静穂は考える。

「正直もったいないのよアンタ、同性のあたしから見ても可愛いし」

(ふ、複雑……)

「それに……」

「?」

 急に言葉尻が弱くなり、鈴は静穂の目から段々と下に目線をやる。

「アンタとはこれまで以上に仲良くできそうなのよ……」

(胸か!)

 熱くなる顔を隠すように紅茶に口をつける。程よく温かい。

 一々パッドを着けたり外したりが面倒そうだからとそのままを選択して生来の特徴を気にする異性から同情もしくは共感されるのは良心が痛む。

 それ以前にその手の話題は恥かしかった。同性か年の離れた相手とそういう話題はしたにはしたが、同年代の異性に振られると、正直困る。全く別物だ。

 で、だ。

「なんでISスーツとイップス? が関係あるの?」

 改めて本題の方向へ。

「イップスって心の在り様なのよ。気が滅入ってたりすると心だけじゃなく実際の結果もどんどん落ち込んでいくの」

「経験したみたいな言い方だね」

「……セシリアもあたしも知らないうちに何人も蹴落としていまの地位にいるわ。その時にね、目につくのよ。そういう風に潰れていくヤツって」

 二人で相談し熟考した結論、という事らしい。前提から間違っているけれど。

「もちろん復活したヤツも見た事あるわよ? ソイツらのやってきた手段の中から一番タイムリーな方法が今回のスーツ新調ってわけ」

 スーツ状の物体に振り回されたのだが言わぬが華か。

 ――静穂はじっと手を見る。

 首元から命をわしづかみにされつい昨日まで素人操作のマリオネットよろしく振り回してくれた、義姉の乗機だったもの。その展開状態が指先まで包んでいる。

(……お前のせいで)

 お前、と呼んでいいのか分からずも、言いたい事は山とある。聞きたいこともたんとある。

(お前のせい、と言っていいのかわからないけど、)

 

――お前のせいで。わたしは――

 

「でも流石ね。こっちが動くより先に新調して完璧に乗り越えてくるんだから」

(――また変な勘違いされちゃったじゃないかぁあああ!!)

 しきりに頷く鈴はクリームソーダだったものを手早く飲み干――

「静穂さんっ!!」

 しきれず顔にかかった。

「師匠?」

 空中に退避させたレモンティーを置くや否や、即座に手を掴まれる。

 おっかなびっくりでISスーツに似たISを着た静穂の手を握るセシリアの顔は近い。

「何すんのよ!」

「静穂さん! 料理はできますか!?」

「聞きなさいよ!」

 外野は怒っているが内野も混乱している。

「え、一応、切って焼くだけなら――」

 

――わたくしに料理を教えてくださいませ!――

 

「――はひ?」

「無視すんな!!」


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