IS 灰色兎は高く飛ぶ   作:グラタンサイダー

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22.ちぐはぐスタートライン ②

  結論から言おう。

「汀 静穂のIS学園入学試験を開始する」

 ……この3日間、汀の事を鑑みた結論だ。

 今の奴に、IS学園の生徒に足る資質があるかどうか。

「始め!」

 答えはNOだ。

 事実、奴は喉元のISを扱えないでいる。

 それはIS学園規範とも言えるIS適正の低下を意味している。

 千冬はこのランク分けを快く思っていない。自身が最高位とされているので迷惑とも思えるし、なによりその人間の可能性を潰しているからだ。

 IS適正のランク付けは変動する。それこそ習熟がものを言うのを千冬は知っていた。

 実際に教え子の中には入学最低基準のCランクから上り詰め代表候補生に選ばれた者もいる。というかランク否定の為に鍛え上げた面もある。もっとも彼女の場合は適正としてはCに落ちついていたがそれには理由があったという例外でもある。逆に言えば例外が存在する区分など必要ないのだと千冬は言いたかった。

 汀もそうだ。

 道具に文字通り踊らされる様は滑稽だ。動かせるだけのDランク、巷で男相手にふんぞり返る雑多な連中と同じレベルだ。

 だからこそ確かめたかった。

 奇しくも弟が動かし、その弟と同年代、ましてや共通の知人までいるという奇跡を通り越して裏の糸を勘ぐってしまうような偶然に選ばれた奴が、

「……そう簡単に落ちぶれはしないか」

 画面の中で汀はグレネードの銃口を、山田先生の喉元に突きつけて勝利を決めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事の発端は汀の身体を精査している時の事だ。

 物がモノだけに地上の検査だけでの解析は頓挫、汀には厳重に口を紡ぐよう言って聞かせ、地下施設に連れ込んだ。

 秘密基地。年頃の男子はこういう言葉に憧れるものだ。

 そこに向かうエレベーターでは眼差しが童心に帰った汀を弟のように眺める山田 真耶がいた。

 高揚感が冷めやらず、それでいて自身の危険性を知っている汀に苦笑しながら真耶は所定の位置に彼を立たせて精査を掛けていく。

 後は機械に任せて結果待ち、暇になったところで、ふと真耶に疑問が湧いた。

「汀さんのIS適正ってどのくらいなんでしょう?」

 織斑先生はこの手の話を嫌うがIS適正自体は学園の入学基準となっている。いわば(ふるい)だ。入学試験の実戦試験で彼も知っている筈。

 真耶は実際に聞いてみた。するととんでもない答えが返ってきたではないか。

 

――そういえば知らないです――

 

 調べてみれば汀の受験した場所、試験官、すべてが虚偽。

 まさかの裏口入学。

 本人もまさかそんな工作がされていたとは知らなかったようで、

「え、退学? ……、退学!? 実験材料ですか!?」

「汀さん落ち着いて! 大丈夫ですから!」

「嫌だ! 脳缶はいやだ! 戦術AIの代わりはいやだぁ!?」

「汀さん!?」

「窓に! 窓に!」

 ――また倒して落ち着かせた。

 改めて検査をしてみればランクはB。平均的だが織斑 一夏と同じで入学には問題ない。

 ではなぜこうもISに振り回されるのか。

 織斑先生に相談したところ、

「丁度いい。試してみましょう」

 こうして汀の入学試験と銘打った賭けが始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『重ね着しています。油断も容赦もしないでください』

「わかりました」

 短く切る。そうだ、今の自分に余裕はない。

 これは試験だ。彼の人生、運命すら自分との試合、勝負で決まってしまう。

 手は抜けない。そんなものは失礼だ。

『これより――』

 機体は双方ラファール。そして彼は、

(間違いなく初手はハンドガン!)

『始め!』

 双方の抜き撃ちは真耶が勝った。

 アサルトライフルの斉射は正しく汀に命中。対して汀はハンドガンも呼び出せず逃げる。

(ごめんなさい汀さん。でも撃たせてもらいます!)

 容赦はしない。斉射は止めずグレネード銃を呼び出し即座に撃つ。汀は瞬時加速を使用、彼我の距離はそのまま、回避する。

(瞬時加速を使いこなす、今年の一年生は優秀ですね)

 本当に今年の一年は粒ぞろいだ。将来が楽しみであり、同時に責任も強く感じる。

 しかし、今自分が行っている事はその芽を摘み取る行為なのかもしれない。

 だとしても墜とす。

(容赦は、しません!)

 グレネードの引き金を絞る。直撃。姿勢を崩しているところに鉛弾を当てていく。確実に削る。何度も何度も。粒ぞろいの一年、その一人といえどまだ弱い。

(そろそろ最後……)

 計算。大丈夫。()()()も踏まえて。

「汀さん、死なないで!」

 引き金。汀は方向転換だろうか身体をひねりに入っている。少し速いが悪手だ。それでは不用意に身体を痛めるだけだ。

 幾度と当てたグレネードが尾を引いて、真っ直ぐ汀の鼻先に、

 

――そのまま脇、腰、膝、(くるぶし)を通って抜けた――

 

「!?」

 避けた。確かにアサルトライフルの銃弾よりもグレネードは弾速に劣る。それでも避けるには今の一年生の技量ではそれこそ周回軌道のような最高速の近似値か瞬時加速が必要。

 それを、

(あんな曲芸みたいに!)

 身体をひねり弾道から接触する部分を避けて進む。その行動の意味は、

 ――真耶の意表を突く。

(そうか!)

 今まで汀は銃を呼び出しすらさせてもらえなかった。だが今なら。

 気づいた時にはもう遅く、汀はお得意のハンドガンを拡張領域から呼び出し――

 

――そのまま天に向かって放り投げた――

 

「あっ」

「えっ」

 激突した。

 ヘッドバットからの錐もみ飛行。こうなるとハイパーセンサーでも視界は処理しきれない。

 追突事故からアリーナの壁際に。奇しくも汀が覆いかぶさる体勢。意味を間違えて定着した壁ドンの体勢。

 真耶はいち早くライフルを持ち上げた。その腕を汀が銃ごと脇に抱えるように封じる。

 さらにもう一方のグレネード銃を汀は掴み、真耶の喉元へ、引き金に指の上から指を掛けた。

 指先に力が入る。認証なしに他者の銃火器は発射できない。汀は使用者本人に引き金を()()()()()()()()()()()()()()

「……すごいですね、汀さん」

 本当に、驚かされる。

(まさか銃をかく乱に使うなんて)

 真耶は汀の投げた銃に注意を逸らされ、その隙に瞬時加速で突撃。肉薄する事で銃身の長いライフルを封じ込めもう一方のグレネードで選択を強いる。

 すなわち自爆か、降伏か。

 普段ならば自爆だ。だがこれは試験。

「合格です」

 それ以前に賭けだ。

 迷わず引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 揺さぶられた頭をもたげて起き上がる。身体の重石がひどく苦しい。

 ……なぜ彼女は横たわっているのだろう。

 遠くから声が聞こえてくる。

「合格だ。その結果、山田先生は惜しい事になったがな」

 なにを言っているのだろう。

「わからないという顔だな。一度は経験したことだろう」

 ……本当に?

「――すべて貴様のせいだ。山田先生も。貴様の大事だった彼女も」

 私は重石を切り離し、すべてを忘れたように跳びかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……まったく」

 今年の一年は世話が焼ける。

 一夏という餌に釣られ各国は代表候補生の転入願いを提出し続けて一夏を籠絡し囲い込もうとしてくる。

 ただでさえその試験内容の選定、並びにふるい落としに時間を割かれているというのに日本国内からはこんな隠し玉だ。正直いい加減にしてほしい。

 明日からはまた今まで以上に面倒が増える。片づけられるなら何としてでもだ。

 一夏といい汀といい男性操縦者は面倒を増やす。

 だが汀はもう大丈夫だろうと考える。

 今回さえ解決すれば、千冬に降りかかる面倒事の中で、少なくとも汀関連のものはなくなる。

 そうなれば此奴は手隙だ。地下も知ってしまった分、手伝わせるのも一興。むしろ手伝わせて山田先生の苦労を軽減させるよう一役買わせる。

 そう決めた、そして。

「悪いが保護者同伴は認めていない」

 パンツスーツに葵を構え、一閃。

 袈裟に振り下ろしたその先に蹴りを加え、山田先生の近くに汀を押し戻した。

 髪も手も脚も投げ出す様は正に糸の切れた人形だ。なまじっか容貌もいいからタチが悪い。

「山田先生、後は頼みます」

 演技とはいえ喉元で自爆した山田先生はのそりと起き上がる。

「うう、まだふらふらします……」

 だったらなぜ引き金を引いたのか。

「それだけ汀さんの本気が感じ取れたからです! この学園にいたいという強い意思を!」

 それがなぜ自爆と死んだふりに結びつくのか。

 いきなり通信で打合せが来た時は驚いた。

 ――それはそうと、

「山田先生」

「なんでしょうか?」

「ISの機能が停止して汀が死んでいます。シールドエネルギーの補給をお願いしたいのですが」

「ーーーーーーーーー!?」

 慌てて予定の作業に入る山田先生を見つつ千冬は思う。

(一夏の方もこの程度で終わればいいのだが)

 問題を一人分解決して、一時だけ姉に戻っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 思い出すのはいつもこの場面からだ。

 火が回り通常よりも明るく照らされた駐車場。

 急いで角を曲がり壁を探す。扉を探す。

 飛んで行って、優しく開く。安心させようと、怖がらないようにと。

 飛びついてくる彼には一本の傷。可哀想に、涙と煤で化粧が落ちて――

 ――ちょっと待て。

 

――どうしてわたしが僕を見ているんだ?――

 

 

 

 ……目を開くと間近に山田先生の泣き顔があった。

(かわいい)

「良かった、私が分かりますか?」

「……ボケたらどうなります?」

「地下で封印処理です」

「山田先生! わたしたちの頼れる副担任の山田 真耶先生です!」

「汀さん」

「はい!?」

「いくらお世辞でもそんな、頼れるだなんて……」

(心に響いた!?)

 こんなに簡単で大丈夫だろうか、色々と。

「動けるか?」

「織斑先生! 強くて強くて強い織斑先生!」

「私はいい。それよりも」

 身体の支配はできているのか、だそうだ。

 静穂は試しに手を握ったり開いたり、腕を振り回して地にぶつけたり、

 久しぶりに()()()()()()()()

「地面が陥没しません」

 元の身体が戻ってきたようだ。

 織斑先生は、ふ、と息を切って、

「汀」

「はい」

「ISの機体名は分かるか?」

 それがどうしたというのか。

 ハイパーセンサーを網膜に反映させて項目を開いていく。今まではどうあがいても不可能だったスムーズなISの反応に感動を覚えつつ探査を掛けていき、

「グレイ・ラビット」

 静穂の身体を包み動かしてきたIS、その名前を見つけ出した。

 灰色を基調とした全身装甲型、首から指先、つま先まで覆い隠し、制服の中に着用でき、パッと見ただけではそれがISスーツかダイビングスーツかわからないそれがIS。

 名前を聞いた織斑先生は頭に手をやった。美人というのは頭を抱える仕草すら絵になるようだ。実際に山田先生がうっとりとした顔で頬に手をやっている。

「束め、ここまで来ると笑えんぞ」

「あの、織斑先生?」

 何が笑えないのか。

「汀」

「はい」

「とりあえずISスーツの代わりにでもしておけ。丁度いいだろう」

 確かに傷痕を隠すには丁度いい。費用対効果はISコアの貴重性から考えたくもないが。

 機体名を知ってからの織斑先生は明らかに心が離れている。興味を失った風ではない。揺さぶられていると表現するのが近い。

 ふと静穂は、ここで聞いてもいいのかと考えた。

 何より自分自身に関わる事だ。癌の宣告なら静穂は他者ではなく自分自身が聞きたい。

 その気持ちを酌んでかは知らず、答えの方から表に出てきた。

 

――貴様の義姉の機体名だ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 久し振りに帰ってきた寮の廊下を歩く。

 クラスからのプレゼントだった外套の制服は着ず、従来の制服に袖を通している。というよりもう表では着られないほど損傷が酷いのだ。ちゃんと洗濯し保管しているが。だがそれももう必要ないのかもしれない。

 とりあえずで静穂は手の皮をつねる。グレー基調のよく分からない材質が伸びるわけでもなく指がかからないわけでもなく体温は感じずただ気持ち良い。

 

――グレイ・ラビット――

 

 かつて義姉が駆り、命を落とし、巡り巡って未確認機としてIS学園に。

 そして静穂を繋ぎ止める命綱としてここに在る。

 記憶の中ではこんな外観、形状ではなかった。打鉄に近いものがあったがその名残は露程も見受けられず。

 これも篠ノ之博士によるものなのか。彼女の思考傾向を知る織斑先生はただ「私も知らん」と言ったのみ。

 最も博士と近しい人物にも彼女の目論見は読めないらしい、だからこそ世界中が目を皿のようにしても未だ行方不明を貫けるのだろうが。

 山田先生からも悩まないように促され、専用機持ちになったと思えばいいとも言われた。

 正直あまり実感は湧かない。誰かが自身を認めた上での譲渡でもなく、剥奪されれば命が奪われる現状ではおいそれと人には言えない。

 そういう点ではこの形状は救いだ。名も知らぬ企業の型落ちとでも言っておけばISスーツとして扱えるのだから。

 以前、義姉は言っていた。静穂は悩みだすとキリがないから適度に前向きに切り替えろ、と。

 切り替える、切り替える。

 それまでバレた場合を脳内シミュレートしていた頭を持ち上げて、改めて扉に目を向けた。

(そういえば)

 あれから簪と全く連絡を取っていなかった。

 あれからとは事件以降。医務室に運ばれ部屋に戻りシャワーを浴び織斑先生に呼ばれるままついて行って以降。

 1組と4組、違いはあれど一日は24時間。顔を合わせる事など簡単にできただろうに。

(怒ってるよね?)

 可愛い顔して頑固な彼女の事だ。ましてや命のやり取りをした直後から音沙汰なく。彼女の性格からして自分からは接触し辛かった筈だ。

(でも制御できなかったしパワーオブゴリラだったし怪我させちゃったかもしれないし)

 そこで静穂は気付く。ここまでの道中は平穏無事だったが、

(まだ完全に内なるゴリラを抑えきれていなかったら!?)

 何かの拍子に簪に触れた途端、今度は彼女が静穂のような目に逢うかもしれない。

(帰る!? どこに? 医務室? 今更!?)

「静穂?」

 声の先に振り向く。簪がそこにいる。

 両手には籠。中には洗濯物が綺麗に畳まれていて。

「あー、えー、と」

「……開けて?」

 言われるがまま静穂は鍵を差し込み扉を開ける。エスコートされるような形で簪は中に入り、

「入らないの?」

「いや、入るけど」

 何と言っていいのか分からない。

 かれこれ数日振りの再会だ。ルームメイトとしての自覚はあるのか。

 ……少なくとも彼女の方にはあるようだ。

「…………ただいま?」

 それは最適解だった。

「ただいま……」

「お帰り」

 そう言って部屋に向く彼女の横顔には笑みが浮かんでいた。

(気にすることなかったのか)

 簪はルームメイトで、友達。

 物怖じする必要もなく、難しく構える必要もなかった。

 そうして静穂は踏み出した。

 

――汀 静穂。改めてIS学園に入学――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば今まで何してたの?」

「……黙秘権を行使――」

「駄目」






 主人公機を登場させました。
 本当はもっと遅く、原作に絡ませようとも考えましたが早く出すなら原作に絡まないうちに、と思い、前回と今回を無理矢理挿入しました。
 行き当たりばったりですが次回もよろしくお願いします。

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