IS 灰色兎は高く飛ぶ   作:グラタンサイダー

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20.彼に優しくなどはなく ④

――一夏ぁっ!!――

 

「!?」

「っ走れ!」

 遠くから、防音性も何もかも失われたピット内に声が響く。

 知らない声だった。外でも何かあったらしい。

 ……それよりも今は更識妹をなんとかしないといけない。

 この女装男は走れと言った。というか叫んだ。

 実際に更識妹はボロボロの出口に向かい走り出していた。

(野郎!)

 余計な真似をする。予測はできただろうに私はそれをしなかった。

 一か月、奴を見てきたのに。行動も、分かっていたと思っていたのに。

 いつもどこかで一線引いて、それでも結局引き回されて。

 今回は逆だ。

 更識妹が逆に巻き込まれた。

 だから守ろうとするのか。私が狙っているのは自分だというのに。

 必死な顔してバカみたいだ。

 私の姉さんを殺しておいて、

 ――今更真人間みたいな事をするな!!

 ――この人殺しが!!

 

 

 吼える加畑が掛けてくる威圧感は簪の足を止めかねかい程だった。

 盾になるように静穂は動く。牽制に焔備を撃ち切りつつ空いている手を伸ばす。

「――パス!」

 彼女は一瞬肩を震わせて、それでも2度目は難なく銃が飛んでくる。

 もう一丁の焔備。銃の上部分を掴み、スナップで回転、正しく持ち替える。エアガンで手慰みにやっていた遊びが実を結んだ瞬間である。

 開いた腕は戻さない。そのまま次の動作に進む。

 加畑は正直分かりやすい。

 ……それこそどうして代表候補生にまでなれたのか不思議な程に。

 いや単純な動作を突き詰めていったからこそなのか、それともこの威圧感の持ち主だからなのか。そんな事、今の静穂には考えもしないが。

 加畑は瞬時加速で突っ込んで来るがそこには限度があった。

 ある程度の距離まで来ると瞬時加速から通常速度に戻りつつ回転を始めるのだ。

 近づくまで盾として扱っていた大剣を剣として扱い、最大限の破壊力を乗せるための決まった動作。

 単純だが極めて練度の高いそれは、今回も同じだった。

 静穂は開いた腕を、肩ごとぶつけに行った。

 瞬時加速で速度の乗った加畑とPICのみの低速移動ラリアットがぶつかり合う。双方のシールドが削れ静穂は身体を引き込むように巻き付いた。

 瞬時加速中の方向転換は身体に負担がかかるのは急ブレーキ中に身体が前に持っていかれる時の力が怪我をするレベルだからだ。

 加畑は瞬時加速直後。さらに静穂という重石が加わり、速度が乗った暴れ独楽はシールドを消耗させた。

 静穂は回転中に脚を出す。床と接触して火花を散らし、結果彼は優位に立つ。

 

――マウントポジション――

 

「野郎!」

 下で喚くのを無視して静穂は拡張領域から2リットルペットボトルふた回り以上の筒を呼び出す。

 その金属製の物体を出口に投げ、発砲。

 着弾後数瞬おいてけたたましい音と共に破裂する。クアッド・ファランクスの予備弾倉は加畑の注意を引く鳴子にも重宝した。

 今回はかんぬき。爆発は空いていた入口を崩し瓦礫で埋める。

 そして最後。

 取り出した弾倉を加畑の耳元に突きつけた。床とぶつかり鈍い音を出すそれに銃口を向ける。

「降伏しろ」

「…………は?」

「確かにわたしは貴女のお姉さんを殺した。でもそれは先にわたしが大切な人をそうされたから」

「何言って――」

「別に説得したい訳じゃない。わたしはもう殺したくない。全部終わって、時間が経っても、人の死に様ってずっと頭にこびりつくんだ。正気が削られていくんだ。そんなのは卓上だけで十分なんだよ」

 もっとも――

「あの人はもういないんだ。一人も二人も一緒だけれども」

 目の前でセーフティを外し、引き金に指をかけてやる。

 演技だ。実際に撃ったとして誘爆すればシールドの残量からして静穂自身も危険だ。

 ただ少しの間だけ時間が稼げればいい。

 そうすれば簪は逃げられる。上手くいけば救援も来るかもしれない。

 それに嘘は言っていない。セシリアが聞けば驚きはするだろうが。

 自分のせいで彼女は死んだ。自分ひとりが生きて残った。

(そうだ、思い出した)

 女の園に入れられて、男とバレないか必死で、

 友達が出来て、こうして迷惑を掛けて、

 目まぐるしい生活が続いてすっかり忘れていた。

(お姉ちゃん、()は――)

「お前ホントに何言ってんの?」

「へ――」

 咄嗟に引き金を引き、手の弾倉が爆発する。

 乱れ飛ぶ25mm弾をよそに天井へ背中から激突した。

 天地が逆転した視界で加畑が回転を終了している。

(お姉ちゃ)

「人殺しの理屈なんて知るかぁっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬時加速で押し上げて回転時の減速で引き剥がす。

 天井からのバウンドに合わせ回転。野球のストレートを打つように渾身の力でフルスイングを決めた。

 これ以上はない全力の叩きつけだった。IS越しでも効いている筈だ。

 現にまだ動かない。

「…………」

 用心しつつ床に降りる。気持ちのいい一撃で加畑の頭は冴えてきていた。自分を釣る演技かもしれない。

 更識妹に関しては頭から飛んでいた。どの道もうどうしようもない。逃がした魚は大きかった。

 近づく。切っ先で腕をつつく。反応がないので掴んで持ち上げる。

 ……ISの機能は停止。静穂の頭はだらしなく後ろにぶら下がっていた。

 手を離すと糸の切れた操り人形のように崩れ落ちる。

 息を吐いて、嘔吐()く。……しばらくして乾いた笑いがこみ上げてくる。

「は……は、やった。やった」

 仇を討った。大好きだった姉の仇を。

 姉がいなくなって、苗字を変え名前を変え、自分を捨てた母を恨み、辛く当たった父を憎んだ。

 周囲を蹴散らしてIS学園に入り、父には一度も会っていない。

 代表候補生に選ばれ、同じ時期に専用機を貸与された年下を生意気に思い、

 仇に出会った。

 その仇はもう動かない。自分の目的は達成された。

 それなのに、何故。

 

――動いて欲しいと思うのか――

 

 膝をつく。仇の肩を抱いて起こす。

 正面に向かわせても首は180度後ろに落ちている。

「起きなさいよ。まだ私、死んでも降参してもいないのよ」

 軽く揺する。動かない。人としての温もりが、少しづつ冷めていく。

「起きなさいよ、ねえ、起きなさいよ!」

 強く、揺する。背中で頭が踊っている。

「なんでよ。さっきまで生意気だったでしょ! あの威勢はどうしたのよ!」

 何かないか。()()を動かす何かはないか。

 探して灯台下暗し。足元には壊れたハンドガン。

 誰かが壊してそのままにしたそれを静穂の手に握らせる。

「ほら拳銃! お前これ上手いんでしょこれさえあれば強いんでしょもう一回よもう一回もう一回勝負よやるったらやるのやるんだから起きなさいよ!!」

 首の位置が悪いのだと髪を掴んですげ直す。手を離すと今度は胸にぶら下がり、自分のマニピュレータに静穂の髪の毛が数本残っていた。

 支えていた方の腕から力が抜け、倒れる静穂はそのままに、残った髪の毛から目が離せない。

「……どうしよう」

 次に出てきた言葉はそれだった。

 乾いた笑いがまたこみ上げる。いや違う。横隔膜が痙攣している。

 だめだ。これ以上は駄目だいけない。

 そうやってこらえようとするが意思とは逆に目から水が零れだした。

「やっちゃった」

 零れだして止まらない。覚悟していた筈だ。決めていた筈だ。

 なのに、

「助けて」

 助けてほしい。救ってほしい。

 この言いようのない苦しみから抜け出させてほしい。

「……お姉ちゃん」

 今はもう亡き姉の姿。それを求めて声が出る。

「お姉ちゃん!」

 呼び続ける。叫び続ける。誰も聞いていないのに。

「ーーーーーーーーー!」

 声にならない助けを呼ぶ音。

 それを聞いてはいないのだろうが、

 遮るようにして壁が、砕けて散って吹き飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 打ちのめされた壁の向こうで、私は見た。

 首の曲がったビスクドール。

 私が寄り添う彼女が愛した、

 

――愛された彼の、見たくはなかった結果の姿――

 

 私は必死になった。

 壁を破って外に飛び出して自由にならない自分を呪いながら彼の元にすがりつく。

 覗き込むように彼の顔を見て私は、

 ――迷う事などなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「離れていろ」

 そう言うと織斑先生は少し腰を落とし、

「ッ」

 簡単に隔壁を三角にくり抜いた。

(ふち)に気を付けろ。切れるかもしれん」

 そして蹴りを入れ開通させる。

(厚さ30センチ以上、それも合金製でしょうに……)

 硬度・重量ともに世界水準を超えるであろうIS学園の隔壁を借り物の剣でやってのける技量。

(これが世界最強ですのね……)

 それを何度も見せられるものだからセシリアはただ舌を巻くばかりだった。

 段々とセシリアの感覚が麻痺していく。だから何事もなかったように壁が戻っていく様子は逆に新鮮に感じた。

 向こうから見えたのは一人の女子。確か一夏の次の試合に出るために静穂が付き添っていた人物。

「更識?」

 と言うらしい。織斑先生を見て彼女はその場に座りこんでしまった。

 織斑先生の後を追って駆け寄る。

「更識、何があった?」

 簡潔な問いかけに更識は、

「第3ピットに静穂が!」

「オルコット!」

「先行致します!」

 即座にブルー・ティアーズを展開。先ほどよりも通りやすい通路を往く。

 

 

 無理矢理こじ開けられた隔壁を抜けると、そこだけ削岩機が暴れ回ったような惨状だった。

 壁は尽く破壊され瓦礫は山と積まれていた。片方の壁に辛うじて第3ピットと見つけていなければ立ち往生するところだ。

 入口の瓦礫を自律兵装で崩していく。ハイパーセンサーで人影を検知し、そこに破片が行かないよう注意する。

(早く、早く!)

 焦る。それでもティアーズは正確に動作する。

 〆とばかりに光学ライフルで入口を作り、叫んだ。

「静穂さん!」

 彼女はすぐに見つかった。仰向けに倒れクラスの総意でプレゼントした外套は表面積を著しく失っている。艶やかな肌は煤で汚れているが外傷はなさそうだ。

 無事で良かったと安心し駆け寄ったがそれはぬか喜びだ。

(呼吸がない!?)

 即座に心音を確認。脈はある。

(気道がおかしいんですの!?)

 後ろから抱きかかえ静穂の腹部で手を組む。丸まった背に胸を押しつけ、引くように圧迫した。

「静穂さん! 起きてください!」

 加減した力では駄目なのか、今度はブルー・ティアーズのパワーアシストも併用して強く引く。

「静穂さん!!」

「…………っ」

 こふっ、と咳が出て、そこからは早かった。

 呼吸を阻害していた血の塊が咳で押し出されていく。助けるように背中を叩き、落ち着いたところで寝かせる。

 荒い呼吸が穏やかに変じていくのを確認して、真っ赤に染まった口元を軽くハンカチで拭ってやる。

「静穂さん。わたくしが分かりますか?」

「……師匠?」

 薄っすらと開ける彼女の目は赤い。余程の怖い目に逢ったか危険な目に遭遇したか。同じかもしれないが。

「ええ、助けに参りましたわ」

「…………」

 ぼんやりと彼女は上を見上げ、

「簪ちゃんは?」

 思わず抱きしめそうになった。自分が死にそうになったのにまだ他人の方が大事だとは。とりあえず安心させるべく手を取って、

「更識さんの事ですのね? 大丈夫、織斑先生が一緒ですわ」

 そっか。そう言って彼女は続けた。

「ありがとう師匠……。PICの飛び方、あれで助かったよ……」

 今度こそ抱きしめた。彼女が腕を回すことはなかったが、委ねてくれるのが分かって、力を強めた。

 彼女には今後、己自身の大切さを説く必要があるとセシリアは強く思った。

 

 

 ――オルコットを先に行かせたのは正解だったようだ。

 彼女は既に汀を見つけ安静な状態にしている。少し離してもう一人も同じように寝かせているのは彼女が事情を知らないからだろう。

 千冬はオルコットに加畑の拘束を命じた。更識 簪から聞いた情報をかいつまんで説明すると、彼女は眼を見開きながらも指示に従う。

(それにしても派手にやったものだ)

 第3ピットだった空間を見て千冬は思う。

 更識 簪の策はベターな選択ではあった。

 現在のISは兵器という立ち位置であり、それを使って命のやり取りをする場合、汀のような素人上がりには作戦など実行できる訳もなく。

 そんなときは単純作業だけやらせればいい。

 今回の場合はクアッド・ファランクスの引き金を引き続けるという作業だ。

 汀が習熟していればISを乗り換えたり二人で連携を組むなどできただろうが、捕らぬ狸の皮算用。生きていただけ十分だ。

 ……今後の指導速度を考えていると、大きく開いた壁からISが2機、緩やかな速度で侵入してきた。

 一夏と鳳だ。

「千冬姉!? セシリアに静穂!?」

「ちょっとなにこの部屋!? ボロッボロじゃない!」

「織斑先生、だ莫迦者。あの機体はどうした?」

「俺と鈴でここの壁に吹っ飛ばした。煙が晴れたら居なかったんで中に逃げたと思ったんだけど……」

「逃げた?」

 周囲を見渡す。影も形もどこにもない。

「転送で逃げたか」

 ISコアの転送による消失はどの研究所でも確認されていない。だが奴ならやるだろう。

 面白最優先で生徒を殺されかけては堪らないのだが言ったところで奴は変わらない。

 頭を痛めていると、通路から重いものが落ちる音がする。

「織斑先生? これは?」

「綿貫か」

 隔壁数枚分こちらが早かったらしい。

「救護班はいるか」

「後ろに」

「要救助者2名、内1名を拘束。担架で医務室だ。帰りは私の通った道を使え。幾分かは通りやすい」

 指示を出して各方面へ連絡を入れる。通信妨害もいつの間にか消えて、隔壁もそのうち開いていくだろう。

 運ばれていく汀の周囲にはISで嵩張った人だかりが出来ていた。

「まだセンサーの表記が見えるよー……」

「それだけ集中していたという事ですわ」

「静穂、私、私……」

「シズ、あんた一体なにやったのよ?」

「鈴、静穂がやったとは限らないだろ?」

「ゴメンわたしがやった」

『ホントになにがあった!?』

 あの連中にも緘口令を敷かないとならない。

 ……意味を理解してくれればいいが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果としては大惨事と言える。

 IS学園はセキュリティの全面見直しを余儀なくされ、被害総額は頭を抱える程だそうだ。

 クラスマッチは中止。以後は通常授業に戻る。明日からはまたヒヨッコ共を叩き直す授業が始まる訳だが、千冬は目の前にごまんとできた問題の処理に頭を抱えそうだ。

 アリーナ地下。

 学園内では七不思議扱いされている極秘施設の一室に入る。中では山田先生が2本の腕と共にいた。

「どうですか、山田先生」

 山田先生はため息を吐く。それは感嘆とも嘆きとも取れた。

「腕だけでも恐ろしいですね。簡単なスキャンを掛けましたが表層部分だけでも学会で賞を総なめにできます」

「新技術の塊ですか」

「十中八九、篠ノ之博士の作品ですね」

 二人で唸る。篠ノ之 束の目的は何か。結果腕だけが残された訳だが、奴の残していった結果はこれまでの()()から見て微々たるものだ。

 ふと山田先生がこちらを見る。

「織斑先生? その手のものは何ですか?」

 千冬の手には一冊の本。革張りのカバーが施されたそれは、

「加畑の部屋から押収した日記です。今回の犯行に至った経緯が書かれています」

「日記ですか……」

 山田先生は沈痛な面持ちだ。生徒の命が、また別の生徒に狙われるなど誰が事前に想像できるだろうか。イジメで不意にという場合ならあるだろうが、千冬が教鞭を執ってからは少なくともない。

「汀さんに関係するんですか?」

「加畑本人のものではありませんでした。ですが」

「織斑先生?」

「気持ちのいい内容では決してありませんでした」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 浴びるシャワーは温かい。珠となって肌を滑る水は、時折り傷跡で方向を変える。

 鏡に映る顔には目から直下に一筋の切り傷跡がくっきりと見えた。肌を温めると浮き出てくるそれは、いつもは化粧で隠している。

 そっと撫でるように触れる。上からなぞって頬の下に。

 顎を通り越して、指は喉元に触れた。

 静穂の肌は比較的白い。中学時代はよく男子にもからかわれた。その白さが女子を呼び寄せるのか!? と。知らないよそんなの。

 だが今の肌はシャワーを浴びて上気しほんのり桜色だ。だからコントラストが異様に目につく。

 静穂の首は変色していた。青白いを通り越してグレーに。

 傷跡の中にそんな色に変化した蚯蚓腫れのような箇所もあるにはある。だが。

(こんな広く怪我の痕ってあったっけ?)

 最初は気のせいだと思った。コンクリートの粉末か何かだろう、と。

 しかしこうして色合いの違いを見せつけられては認識せざるを得ない。

 静穂の身体はこうした痕ばかりだ。しかしだからと言って首全体の変色を見過ごす事はない筈だ。

(なんだろうね、これ)

「静穂?」

(!)

「何? 簪ちゃん」

 扉越しに簪がいる。拙い。バレる。いろいろと。

「珍しく長いから心配になって。その……、色々あったし」

「そう? 問題ないよ。今出る」

 返事に満足したのか簪の気配が部屋に戻っていく。

 ため息を吐く。久しぶりの危険は頭を切り替えさせてくれた。

 手早く着替え髪の水気をタオルでふき取りつつ明日の朝食を考えていると、

「上がったか汀」

 織斑先生が凛々しく立っていらっしゃった。

「貴様はいつもシャワーは早いと聞いたので待たせてもらった。もっとも、」

 今日は珍しいようだな、と微笑んで見せる。

 静穂は簪を見る。申し訳なさそうに縮こまっていた。様子を見に行かされ拒否権はなかったらしい。

「すまんが制服を着てついてこい」

(すまないという気持ちゼロだ!)

 

 

 ついていくと医務室だった。

 そのまま中に。医務室ゆえに保健の先生と、なぜかカチコチに固まっている山田先生がいた。

 促されるまま丸椅子に腰かける。

 とりあえず切り出さないと始まらないようだ。

「あの、何の御用でしょうか? というかなにを話せばよろしいのでしょうか?」

「協力的で助かるな。聞きたい件についてはあまりない。こちらから伝える事がありあまり他人に聞かれたくないというだけだ」

 それを聞いて静穂は肩の力を抜く。

「まず加畑が貴様を狙うに至った理由を知らせておきたい」

 理由?

 そう聞くと織斑先生は一冊の本を取り出し手渡した。

「加畑の姉の日記だ」

「!? でもそれって」

「ああ、本来ならば警察が押収していてもおかしくない。加畑本人は何故まぎれていたのか分からないそうだ」

「加畑先輩は今どこに?」

「拘束し幽閉中だ。場所は教えられない」

 ISを用いた犯罪は極めて重い。これでも軽い方だろう。別に会いたい訳でもない。もう一度は勘弁願いたいだけだ。

 日記をめくる。それは憎悪が詰め込まれていた。

 

 

 

 

 今日、ゴミが触れてきた。汚れた部分をブラシで擦り続けたせいで血が出た。

 もう何度目だろうか。あれと血がつながっているとかあり得ない。

 流れる血がどす黒く汚れている気がしてさらに擦った。

 気持ち悪い。

 

 

 妹がかわいい。でもゴミで遊ぶのは勘弁してほしい。

 私の力で簡単に壊れそうなあの子から汚れを引き剥がすのは簡単ではないのだ。

 匂いもひどくなる。一緒に眠れないじゃないか。

 

 

 神様は私たちに救いを与えて下さった。

 そう思えるほどに今日は素敵な日だ。

 インフィニット・ストラトス。

 私たち人間でなければ扱えない、まさに正義の力だ。

 本来は宇宙開発用だというがそれでもかまわない。

 私たちだけで違う世界に旅立つのもいい。

 このまま兵器としてゴミ共を根絶やしにしてもいい。

 最高だ。

 絶対に手に入れてやる。

 

 

 日記も書けないほど遠い処から帰ってきた。

 結論だけ書く。

 認められた。

 明日から代表キャンプ入りだ。

 

 

 この日をどれだけ待ち望んだことか。

 現在この世界で最も美しい人と出会った。

 織斑 千冬。第一回モンド・グロッソ優勝者。

 ブリュンヒルデと呼ぶ人もいるが、そんなのは無粋だ。

 彼女を一言で表すならばこうだ。

 「汚れた女神」

 いつかその汚れを削り取ってあげる。

 

 

 はらわたが煮えくり返るとはこのことだろう。

 落ち着くために日記を書く。

 同じ会のメンバーから秘密の手紙が来た。

 同封された写真には子供が写っていた。

 最初はなんて可愛らしくて可哀想な女の子だろうと思った。

 顔に一本の傷があった。

 ゴミのせいでこんな目にとおもったが愕然とした。

 これがゴミだという。

 しかもこのゴミは私たち人間の権利を奪う存在だという。

 許せない。

 明日。会のメンバーと落ち合う。

 一秒でも早くなんとかしなくては。

 落ち着け。明日のために休むんだ。

 

 

 明日、決行する。

 血がかゆい。

 まるでゴミの部分を押し流したいようだ。

 それが出来ればどんなに素晴らしいだろうか。

 人の気も知らないで代表メンバーが相談に乗ると言ってきた。

 元警察という彼女の言葉は正直魅力的だ。

 だがそれは後でいい。

 いまはゴミ掃除だ。

 

 

 

 

「本当は、見せるべきか迷ったがな」

 そういって織斑先生は缶コーヒーを人数分配った。

 静穂は受け取って頬の傷跡にあてる。

 冷たくて気持ちよかった。

「正式に」

「?」

「代表になっていたんですね、お姉ちゃん」

 肩が震える。言葉が震える。

 第2回モンド・グロッソの開催する2か月ほど前。代表メンバーが二人脱退した。メンバーリストは当時まだ発表されていなかったので公に上ることはなかった。

「……同じ高校のOGだった」

「へ?」

「先輩は言っていた。――帰りを待っている年下の男の子がいる。その子にトロフィーを持って帰って、うんと一緒に遊んでやるんだ――」

「!」

 震えが止まらない。涙などいつ振りだろうか。

 挟み込まれた自分の幼少時代に、ぽたぽたと落ちた。

「……先輩の件は、残念だった」

 堰が切れた。

 誰にも言えなかった。誰もわかってくれないと思っていた。

 自分の事などよりも、彼女を失った事の方が遥かに辛くて、

 彼女の事を誰も言わず、誰も知らず、最初からいなかったようで。

 つい自分まで、忘れそうだった。怖かった。

 大切な人だった筈なのに。こうも簡単に忘れてしまうのかと怖くなった。

 理解してほしかったのかもしれない。共有してほしかったのかもしれない。

 でもそれが許されないと思っていた。

 それは、

 彼女が死んだのは自分のせいだと思っていたから。

 そして、

 今、許された気がした。

 

 

 一しきり頭を抱えるように泣き終わっても、抱き付いてきて一緒になって泣いてくれた山田先生は離れようとしなかった。

 正直恥かしくなってきた。男子とバレた以上、スキンシップは一定の距離を置くべきではないだろうか。

 諦めたのだろう織斑先生は保健の先生にバトンタッチした。

「汀さん――面倒だからそのままさん付けでいくわね? 汀さんが男子なのにISを動かせるってだけですごいんだけど」保健の先生はパソコンの電源を入れて、「もう織斑君を超えて貴方にはあり得ない事が起きている」

 そういって彼女はCG画像を中空に投影した。

「なんです、これ?」

「貴方を検査した結果、私は医者を辞めたくなった」

 人の頭部のようだ。髪を剃った人の肩から上の立体画像。

「貴方の身体を再現したものよ」

 保健の先生がパソコンを操作する。画像が透過処理されていき、骨格と、体中に伸びる枝のようなものだけになる。首元だけ画像にブレが生じている。

「骨と、神経系だけ残したの。……問題の箇所に丸を付けるわ」

 それは静穂の予想通り、首元だった。

 首の骨が数か所。目に見る位置だと上は顎の付け根部分から下は鎖骨を少し下、頸椎のあたりまで。

「この部分がレントゲンにも写らなかった。他の検査を思いつく限りやってみたけど、ヒットしたのは一つだけ」

「何ですか?」

「ISコア同士のネットワーク構築プログラム」

 ……は?

「ISコアは本来自己進化を効率よく進行させていくために周囲の仲間(コア)と情報の共有を自発的に行おうとする。練習機にはそのプログラムを意図的に停止させている」

 織斑先生が注釈を入れてくれたが尚更分からない。

「なんでわたしの首からそんなプログラムの反応が出てるんです? インプラントの類もやったことありませんよ」

「……貴様は知らんだろうが織斑と鳳の試合中に所属不明機が乱入、これを2名が撃墜した。その機体の墜落地点は第3ピット。しかも両名のIS行動記録から機体は無人機と推測され、撃墜したISのコアはまだ見つかっていない。機体の一部を除きすべて一緒に」

(…………嘘でしょ?)

 信じたくない予想が頭に浮かぶ。否定してほしいと織斑先生を見る。

「汀。貴様は一度死に、そして」

 

――その命はいま、未確認機のコアでつながっている――




 これにて原作一巻分を終了とさせていただきます。
 活動報告なども書きました。
 これからも拙作を宜しくお願い申し上げます。
 では2巻で。

 …………どうしよう。色々と。

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