IS 灰色兎は高く飛ぶ   作:グラタンサイダー

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17.彼に優しくなどはなく ①

 単純な作業の繰り返しは時に人を落ち着かせる効果があるらしい。

 と言ってもただの裁縫だが。

(それなのになぜ出来ないのだお前たちは……!)

 箒は憤慨する。

 学年別クラスマッチを明日に控え1組の面々は応援グッズ作成に忙しかった。

 ノボリに鉢巻、団扇に半被にと、アイドルグループの追っかけと遜色のない規模で物品の種類を増やしていく。

 ……計画だけ。

 1年1組、企画立案はさておき生産には疎かった。

 要するに裁縫作業のできる人数が3割以下だったのだ。箒はその3割に入っている。

 男とはかくあるべしという指針を持つ箒にとって、この騒ぎ方は好ましくない。

 だが周囲に、

 

――織斑君が頑張る所ってカッコいいと思うな――

 

 ……これも惚れた弱味なのだろうか。

 一夏の白式に合わせた白を基調とする半被に針を通していく。手元に狂いこそ表れていないが、内心では別物で、

(今頃オルコットは一夏と二人きりで……!)

 二人きりで明日に備え最終調整に勤しんでいるだろう。すれ違ったまま。

 今すぐ駆け出したい衝動を抑え糸を切る。いくら鈍感とはいえ一夏が靡く可能性が1%でもある以上、頼みの綱は静穂しかいない。

 今、静穂はこの教室にはいない。彼もぎこちないけれど3割に入っていたが、訓練機の抽選に当たりそちらを優先している。IS学園にいる以上、少しでもISには触れるべきだ。

 彼の性格上、約束事に重きを置く筈。ならば今頃は二人に付かず離れずの位置で監視しているのではないか。その期待が箒をこの場に留めている。

 一着拵えて、次に手を掛ける。随分とサイズが大きいのは静穂用なのか。彼は中身が男だからか身長が一夏並みにある。それでもこれでは鳶(和装コートの一種)だ。

 クラスメイトの岸原 理子がその疑問を勝手に解消してくれた。

「それね、セシリアからの注文なの」

「オルコットの?」

「そう。静穂っちが普段から着られて、閉じて肌が隠せるように、って」

 水泳で着替える時に使った、ゴム紐つきの大型タオルのようなものだろうか。

 確かにこれまでの半被と異なり制服の外観を踏襲している。改造制服として通すつもりか。

 彼女の静穂に対する優しさの表れだろう。箒の中でセシリアに対する妙な敵愾心が少しだが解けた気がする。

 しかし、

「……なぜこの形に」

「マントが半被に引き寄せられました」

 足して2で割った形に着地したらしい。

 仮縫い用の糸に替えて針を通す。すると理子が、

 

――ねえ、子供の頃の織斑君ってどうだったの?――

 

 空気が張りつめた。

()()聞くのか!?」

「いーじゃん何回聞いても違う所あるんだから」

 言葉に詰まる。助けはない。こればかりは静穂も相手側に回る案件だ。

 他所で団扇貼りに専念していたグループも横断幕をデザインしていた連中も寄り集まってきた。このクラスはまず対象の逃げ道を塞ぐ所から事を始める。チームプレーに長けていた。変な方向で。

 違う箇所があるのは思い出す度に新しい発見があるからだ。それだけ昔から一夏の事を思っていた事の裏返しでもあり、その都度胸が熱くなる。

 とは言えこれ以上、自分の思い出を切り売りするような真似はしたくない。

 それに何より、恥ずかしい。

「いや、もう話す事はない」

 本心であり、事実だ。

「そっかー残念」

「じゃ~みぎーは~?」

 膨れながらも納得する理子とは別方向、ミシン作業に当たっていた本音が口を出す。

 ミシンは丁寧に生地を縫い上げていく。普段の着ぐるみも自作なのだろうか。

 それにしても予想外な所から予想外な名前を聞いたものだ。

 何故彼女が、どうして静穂を?

「みぎーも同級生だったんでしょ~?」

「確かにそうだが」

「おりむーは良くてみぎーはダメなの~?」

 そんな理由、特にはないが。

「そうではない。なぜ奴の事を聞きたいのかが分からない」

「あ、私聞きたい」

「!?」

「私も」

「私も」

「!? !?」

 理子が食いついた。全員食いついた。

「だって……ねえ?」

「銃の腕前とか、()()はいつからとか」

「やっぱり幼年兵?」

「特殊工作員」

「セレブな女王様のペット」

「実は野生児」

 正解がないのは間違いない。

 箒は考えた。実は静穂についてよく知らないのだ。

 そもそも箒の知る彼と今の彼とでは差異が大きすぎる。よく女子に弄ばれて逃げ回っていたとしか覚えていない。それもSPから自分と同じ要人保護対象と聞かされてから気に掛けただけで。

 保護対象の部分は伏せる。自分も情報を整理するつもりでいこう。

「……私が中学2年の時に転校してからの同級生だ。その時から奴の身体はああだった」

 夏場でもジャージ着用、制服では七分丈のTシャツなどで目立たない程度に注意していた。男子女子関係なく気遣われていた気がする。男子は着替える時に見ていたのだろうが女子はいつ見たか謎だ。

「銃はサバイバルゲームで培った技術だろう。住んでいた場所の近くにそれ用の広場があった。大人に交じって大会に出て賞を取ったらしい」

 以前に織斑先生にも話した事だ。サバイバルゲームにどんな賞があるかは知らないが自分が剣道で優勝した時も周囲から大変祝われた。同じ位の賞賛には値するだろう。

 …………。

「それだけだ」

 座ったまま転ぶ芸当はどこで覚えるのだろうか。

「それだけ!?」

「もっとないの!?」

「おりむーの時と情報量がまるで違うよ~」

「10分の1もないじゃない!」

(それ程違うのか!?)

 あの頃の自分に他人を気にする程の余裕があっただろうか。いやない。

 これだけでも随分と覚えているものだと自画自賛ものだったのだが周囲は一夏との開きが激しすぎるらしい。

 これが想い人とその他の違いである。被保護下という共通点があったからこそこの程度は覚えていたわけで。

 仕方なく頭から掘り起こそうとする。剣の道に邁進した中学時代。一夏の事ばかり考えていた頃から別の男の風景を取り出す作業は意外と簡単に実を結ぶ。

「……サイコロ」

「え?」

「人垣の中でサイコロを振っていた。目が出る度に周囲が一喜一憂していたと思う」

 テーブルトーク()ロール()プレイング()ゲーム()。そんな単語を知る由もない箒にはこの表現が限界だった。

 本当にもう出せるものがない。そう白状して話を切り上げ、仮縫いを再開する。

 

「サイコロだって」

「ツボ振り……?」

「博打打ちかー」

「なるほど」

「納得しちゃうの?」

「刃傷沙汰で出来た身体なのね……」

「それなら懐に爆弾入れても怖くないわ」

 

 新しい候補が出来上がっていくが箒には届かない。

 手元の一着を縫い終わり、ミシン担当に預けて次に取り掛かる。

 まだ半被の部品はあるのだ。早くしないと一夏の所に行くことは叶わない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 静穂は逃げていた。

(どうしたらこうなるの何が原因でこうなるのわたしはただただ飛びたいだけなの逃げ出したいのお空がこんなに青いのに透明な蓋で檻のよう……馬鹿かわたしは)

 自己嫌悪で現実に戻ってくる。

「静穂。俺達一体どうしたらいいんだ?」

「とりあえず待っていた方が無難だね」

 弟子と意中の相手を放り出してセシリアは何をしているのかというと、

「で・す・か・ら、これは1組の練習ですので2組の代表はお引き取り願いたいと言っているのが分かりませんの!?」

「代表以前にあたしは一夏の幼馴染よ! そんなふざけた練習させられる訳ないでしょ!?」

 青と赤の対決が繰り広げられるのを、ISを装着した男二人が見守る構図が出来上がっていた。片方は女装だが。

 IS学園には専用アリーナが複数あるが、一日に貸し出される機体と照らし合わせると収容能力には大分の余裕がある。

 アリーナ毎に特徴や用途が異なるそうだが、多くは多目的というか、授業でもよく使われる場所が自主練習に於いても人気だ。

 静穂が休んでいる間の授業で一夏はこのグラウンドに大穴を開けたらしい。何をしたんだ一体。

 

 

 さておき事は約一ヶ月前、鈴の宣戦布告直後にまで遡る。

 クラスマッチを控えて1組は一夏の強化に重点を置いた。

 さしあたって一夏は全くの素人。小学生時分に鍛えた剣の腕も家庭の事情で錆びつき、先日の試合が終わってその問題が顕著になっていた。

 そこでクラスは考えた。他のクラスと差をつけてデザート半年無料パスを手に入れるにはどうしたらいいか。

 ――意外と簡単に答えは転がっていたりするものだ。

 静穂とセシリア。この師弟こそ他のクラスにない絶対的優位性だ。

 ISのプログラム面からのアプローチに成功し数日とはいえ休んでいた授業の空隙を微塵も感じさせない知識量。2回目の操縦で中級技術をも再現させるテクニック。

 ほんの一週間足らず師事した弟子がここまでやってのけるのならば、一ヶ月もあればどうなるか。

 箒は勿論反対した。「一ヶ月も二人きりでなにかあったらどうする!?」

 弟子も手を挙げた。「彼を廃人にするつもりか!?」

 箒の言葉は私事が入っていたが静穂の言葉で身を案じる意味にとられたようだ。

 何しろ師匠の授業は圧倒的詰め込み型。膨大な集中力と精神力を前提に成り立つものだった。静穂の自爆戦法も解放されるストレスから来たものではないかという説も出ている。

 一夏の場合、……30分と持たなかった。

 結果、一夏には被験者静穂監修の元で()()()マイルドに調整された補習授業が行われた。

 成果は、まあ、それなりに。

 そして今日は総括の日。運良く静穂もラファールの抽選を引当て二人揃って最後の授業だったのだが、

「一夏! シズも一緒じゃない!」

 鈴襲来。

 これに対してセシリアの機嫌が良い筈もなく、静穂としてはどうしたものかと頭を悩ます事になった。

 弟子の立場と友人の立場で板挟み。箒か鈴かセシリアか。

 一夏に懸想する女子で最も彼に近いのはこの3人。全員が静穂と面識があり、少しばかり他よりも親密だ。

 箒とはちょっとした契約がある。彼女は今席を外しているが、彼女の恨み言は説教に発展すると一夏の言。面倒なので避けたい。

 セシリアは友人を超え師弟の関係。ここ数週間は図書館や寮で一夏用カリキュラム作成を行ったりと仲は箒より深いかも知れない。……彼女と同室の女子には同情する。

 鈴は3人の中では新参だ。だが彼女のひた向きな姿勢には共感ではないが心を動かされる何かを感じる。イジメは勘違いだがそれでも彼女の行動はありがたかった。友人として尊敬できる。蔑ろにはしたくない。

 静穂は悩んでいる間、とりあえず一夏の近くにいればいいやと思考を投げていたがセシリアに軽く引っ張られ、

「静穂さん、貴女が最後にわたくしに頼んだ仕上げを行います。その間、彼女をお願いしますわ」

 そう言って一夏に寄っていくセシリアの耳は赤い。

(やる気だ!)

 その時点で立ち位置は決まった。

「鈴のISは赤いんだな」

「ふっふーん、どう? ウチの国の第3世代機」

「なんていうか、鈴っぽいな!」

「それ褒めてるつもり?」

「一夏さん!」

 セシリアが割って入った。

「セシリア、もう打ち合わせはいいのか?」

「ええ。その結果、最後の仕上げに入った方がいいと結論が出ましたわ」

(出てない出てない)

 ツッコミを表に出さず鈴の側に移動、ISの機動にはまだ慣れない。

 ぐるりと周るように鈴の所へ。気付いた鈴が手を出してくれる。ありがたく手を掴むと、くいっと簡単に引き寄せられる。

「PICだけで飛べるなんて上出来じゃない」

「ありがと」

「仕上げってなに?」

「これでわたしは飛べるようになりました」

 嘘ではない。けれど怖い。

「一夏さん。これまでで一夏さんは以前とは見違えるような進歩を遂げられました。ですがご自身だけでは完璧には分からない感覚、というものがあります」

「感覚って何だ?」

「簡単ですわ。『飛ぶ』という事です」

 その答えに一夏は首を傾げて、

「白式なら結構うまく飛べてると思うぞ?」

「そうですわね、そこには同意します。ですが一夏さんの『飛ぶ』には一夏さんだけしかいないのです」

 結論が分かっている静穂には回りくどいが、それを聞いている一夏も鈴も何故か引き込まれている。何故か。

「今の一夏さんには比較対象がありません。それと比べてみてどうか、あの時の間隔はこうだった、というトライアンドエラーが必要です」

「え、でもそれだと練習の最初のうちにやらないといけないんじゃないか?」

「その時の一夏さんはそ、そうそこまで行うレベルにまで達していませんでした。静穂さんも最後になるまで行いませんでしたから」

 静穂の名前を出してセシリアはこちらに目をやる。自然と静穂は鈴の肩に手を置いた。

(来る! 来る!)

 確認したセシリアは踏み込んだ。

「では仕上げを行いましょう」

 腕を上げ、胸を開く。

「さあ全てをわたくしに委ねてくださいな。わたくしと愛機ブルー・ティアーズの華麗な飛行をその身に刻み込んで頂きますわ!」

「ちょっと待てぇえええええ!!」

 

 

 ――そして現在に至る。

「で・す・か・ら、これは1組の練習ですので2組の代表はお引き取り願いたいと言っているのが分かりませんの!?」

「代表以前にあたしは一夏の幼馴染よ! そんなふざけた練習させられる訳ないでしょ!?」

「ふざけているのは貴女でしょう!? 折角落ち着くようにと側に寄ってくださった静穂さんを放り投げるなんて失礼にも程がありますわ!」

 駆け寄った一夏の隣で静穂は頭の土を払っていたり。

「あの子の性格からしてアンタがやらせたんでしょ!? 静穂は女子でも一夏は男! そんなだだだだだ抱きつくなんて幼馴染以外許されないわよ!」

 それだと箒も許可されるのだがいいのか。

「さっきから何の話で喧嘩してるんだろうな」

「…………きっとどっちが先に一夏くんと飛ぶかだろうね」

 この男は話が見えているのかいないのか。いや見えないから鈍感なのか。

(いや鈍感だから見えない?)

「なんだそんなことか」

「へ?」

 嘆息の後二人に向かう一夏。どうしてか静穂の手を持って。

「ならこうすればいいだろ」

「一夏さん?」

「えっ一夏?」

「わたしも?」

 あれよあれよと輪になった。一夏の左にセシリア、右に鈴、セシリアと鈴の間に静穂。

 毒気を抜かれたというか手だけで満足してしまったのか。二人が一気に沈静化していく。

(さっきまでの剣幕はどこ!?)

「難しいならみんなで教えてくれ。セシリアも静穂も鈴の飛び方は知らないだろうから一緒でいいよな?」

「は、はい……」

「あたしは別に……いいけど」

「いいの? いいけど」

 その後各々が順番に他3人を牽いて飛んだ。一夏と静穂の番で墜落しかけたが有意義な練習だったと思われる。

 

 

 土を被る経験はよくあったがそのままにしていい筈もなく。静穂は簡単にシャワーを浴びてから帰る事にした。3人は先に帰った。鈴など喧嘩していたことも忘れて手をつないで飛んでいたのだから一夏の魅力が凄まじい……のだろうか。

 今回は化粧道具も用意してある。顔の傷も問題なく処理を済ませ、織斑先生と鉢合わせた。

「こんにちはー」

「逃げるな。用がある」

 頭を下げつつ通り過ぎ、襟首掴まれ戻される。

 紙を一枚手渡された。

「クラスマッチの試合日程だ。恐らく更識は知らんだろう」

 言われて簪の名前を探す。3組対4組、初日第2試合。

1組(ウチ)の次ですね」

「試合の間に30分はあるが、第1試合の前にはピットに入っていてもらいたい」

「ピット?」

「貴様が模擬戦で使ったカタパルトのある部屋だ」織斑先生はもう一枚取り出す。「3番ピットに連れてこい」

 アリーナの地図には貴賓席など細かく書かれている。来客用なのか。

「質問はあるか」

「4組の人ではいけない理由など」

「4組はこの行事に消極的だ。それに貴様なら更識を強引に連れ出せるだろう」

 それはないと静穂は思う。声を掛けにくくて整備室で一晩明かした経験がある。

 それを織斑先生は「だからだ」と言った。

「それで貴様は倒れた。更識には負い目がある。最悪それを使え」

 嫌な切り札である。

「わかりました。質問はありません」

「では最後に」

 何かあるのかと身構えそうになった。

「一度教室に戻っておけ。優しい師匠からのプレゼントが出来上がっているぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日、初めて同居人を迷惑に思った。

 最初は互いに不干渉を貫いて、いつしか一緒にビデオ鑑賞会を開き、勉強して、風邪の看病をする様にまでなった。

 それでも基本は相手に踏み込まない。そんな関係だったのだが、

 今日、彼女は大会に出場するように言ってきた。

 織斑先生からのメッセンジャーだが関係ない。自分勝手だが彼女ならそんな役割突っぱねてくれるだろうと想像した。

 しかしあの先生は上手だった。

 彼女はいま姿見の前でくるくると回っている。

 マントの改造制服はクラスからのプレゼントだと言う。彼女のコンプレックス克服を願ってのものだろう。

 彼女は同室になって以来の上機嫌で、こちらの事まで気が回らない様子だった。いつもの彼女ではなかったのだ。

 だから先生からの伝言を伝えると顔色が反転した。プレゼントに話題を切り替えさせてからは上向きに戻ったけれど。

 ……弟が弟なら姉も姉か。

 事実、言われるまでは出ようなどと考えもしなかった。

 結局作業は間に合わず、限界も感じ、彼女でなければ当り散らしていたかもしれない。

 もしもボイコットしたらどうなるだろうか。

 クラスは問題ない。では彼女は。

 ……責められるだろう。役割を果たさなかったと見なされるだろう。

 くるくる回る彼女は明日が待ち遠しい。

 そんな彼女の機嫌を損ねたくないと思うのは、機体についての諦めがつき、余裕が出来たからだろうか。

 ……………………。

 彼女の為に、言う事を聞こう。

 先生の意思は、関係ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日が来た。

 一夏と鈴にとってはこれまでの蟠りに決着をつける場ともなるだろうが、他の生徒からすればお祭り騒ぎと変わりない。

 静穂とて多分に漏れず、寧ろ中心に近い。

 クラスから受け取った改造制服を着て心躍らせる隣には神妙な面持ちの簪が歩いている。言ってから彼女の実情を思い出し後悔したが、こうして案内に促されてくれるのは素直に嬉しい。道順など分かっている筈だろうに。

 だが心配なのは簪の専用機だ。未完成である以上、彼女には訓練機しか手段がない。

 聞いてもいいのか悩んでいると、一ヶ月で培われた間柄か読まれてしまった。

「大丈夫、打鉄を使うから」

「打鉄ってことは接近戦?」

(あおい)を外してその分に焔備(ほむらび)を入れるつもり。打鉄なのは一応の義理があるから」

 未完成をポイッと渡されておいて義理があるのだろうか。

 会話を弾ませながら到着するとここからでも観客が湧き上がるのを耳にした。

「始まった?」

「うん、だと思う」

 携帯電話の時計は試合開始時刻を過ぎていた。戻るとしても5分はかかる。

「それじゃあ」

「まった」

「何?」

「専用機、今度見せてね」

「! ……わかった」

 簪はピットに入って行った。

(……まずかったかな?)

 専用機はタブーだと分かっていたが、道中の彼女を見ていたら、今のうちに言っておかなければと思ったのだ。

 簪のISについては特に締切などはないのだから、次の機会に間に合わせればいいという考えからの一言だった。次というと学年別トーナメントか夏の合宿か。

 他にも「頑張れ」など言えたが静穂の立場でそれを言うのは、

(ダメだよねぇ)

 静穂は1組、簪は4組。さらに1組の代表は簪の専用機を実質奪っていった一夏だ。友人としての「頑張れ」と受け取ってくれるか定かではない。

 というか他人が言う「頑張れ」と言う言葉は無責任に受け取られるというのは本当だろうか。

 ならばせめて、二人の間だけで共通の、それでいて緊張を解せるような言葉、

 

――専用機はとりあえず置いといて、今は試合で楽しく飛ぶ所を見せて――

 

(なんであんなに短縮したああ!?)

 発声練習は大事だ。あと度胸も。

 後悔しつつも応援席に行かなければ。1組の応援席はここからでは遠い、アリーナ4分の1は距離がある。

(一応言ってはおいたけど、遅刻なんだよね)

 とにかく客席に上がる必要がある。幸い周囲には先輩の女子が一人いる程度、走っても迷惑は掛からない。

 走りだす、その一歩目で、

 

 

――目の前に女子が立ち塞がった――

 

 

「――こんなに早くとは思わなかった」

「……へっ?」

 リボンの色は3年を示す赤。静穂に3年の知人はいない。

 それでも彼女は確かに静穂の進行方向を塞いでいる。

「ここにいるとも思わなかった」

「先輩?」

 名前も知らないのに、顔も見た覚えがないのに。

 ……雰囲気だけは知っている。身体の芯が判っている。

 相手が憎くてたまらない、消えて欲しくて身が焦げそうな、

(なんでこんな、)

 ――敵意を向けられなければならないのか。

「だってそうでしょ?」

 

――男がどうしてIS学園(ここ)にいるの?――

 

「っ!?」

 先輩少女が虚空から剣を取り出す。ISの拡張領域。

 分厚く長く幅広い。重量も相当であろうそれを片腕のみに展開したISで見せつけるように静穂へと向ける。

 床の段差でたたらを踏む。大質量からくる威圧感と、身体の奥底から噴き出す既視感が静穂を進みも下がらせもしない。

「5年前」

 切先が持ち上がる。天井を割り砕き破片が落ちてくる。

「ちゃんと覚えてるでしょ?」

「何をですか……?」

「忘れたなんて言わせないっっ!!」

 怒気を孕んでいる声に身じろぐ。

「お前のせいで姉さんは狂った。お前さえいなければ姉さんはあんなことしなかった。お前さえいなければ辛い思いもしなかった」

 声色とともに大剣が震える。

「――――死ね」

「静穂!」

 振り下ろされる大剣は静穂を潰さなかった。

 先程躓いた段差はガイドレール。左右の壁から合金製の壁が通路を遮断した。激突音がくぐもって連続する。

「……え、え?」

「来て!」

 ただ呆然と手を引かれるまますぐ近くの部屋に連れ込まれる。

 引かれていた手が自由になると、静穂はその場に崩れ落ちた。

(殺され、えっ? 5年前? あの人はどこかで? 見た? いつ?)

 

 ()()()

 

「静穂!!」

「っわ!」

 耳元で簪に叫ばれてようやくの正気。

「簪ちゃん? え、ここどこ?」

「さっきの第3ピット。大きい声がして、出てみれたら静穂と加畑(かばた)先輩がいて、加畑先輩はISを展開してるし」

 あの先輩は加畑と言うらしい。

 簪と加畑先輩とは知り合いなのだろうか。

「同じ日本の代表候補生」

 納得した。それなら専用機を持っていても説明がつく。それでもあの大剣は人に向けていい代物ではないだろうが、

(やるだけの理由はある。わたしでも、この理由があれば絶対にやる……!)

「静穂」

 肩に手を置かれて、目を合わせて、

「話して」

 簡潔で分かり易い。そして一番困る言葉だった。

 目を逸らせない。彼女の真剣な眼差しがそうさせるのか、それとも静穂の幾分もない男の部分が惹きつけられているのか。

 迷った。加畑が自分と関わりがある以上、執るべき態度は一つと決まっているのに。

 自分の口を開いて飛び出したのは、意思と全く逆の羅列だった。

「……本当は言えない。わたしは国の要人保護プログラムを受けていて、これはプログラムに抵触する。簪ちゃんの自由には監視が付く」

「…………」

 無言。沈黙。肯定された。

 せめて眉一つ動いてくれればやっぱりダメだと拒絶も出来ただろう。師匠曰く代表候補生という存在は認定される際に様々な教練が課されるという。

 彼女は日本の代表候補生だ。

「……わたしは、あの人の、」

 

 

――お姉さんを、殺した事がある――


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