IS 灰色兎は高く飛ぶ   作:グラタンサイダー

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16.熱がなければ振り回される

「さて、納得のいく説明をしてもらおうかしら?」

 

――オルコットさん?――

 

 1年1組魔女裁判。今度は師が生贄である。

 態々机まで移動させて円陣を敷き、椅子で周囲を覆って被告人セシリアの逃げ道を塞ぐ。

 根掘り葉掘り聞き出すまで輪の口が開くことはないだろう。

 裁判長の立ち位置に見える女子、鷹月 静寐が進行していくつもりらしい。

 弟子の経験した苦境を師も同じように感じているかは知らないが、セシリア自身が事態を少し重く見ているらしく神妙な面持ちだ。

 2組代表の交代と宣戦布告。今朝のうちに鳳 鈴音が起した旋風はクラス内に吹き荒れその勢いは放課後になって最高潮。

 しかも原因は先日、楽しそうな再会を果たしていた我らが織斑 一夏と、早くも彼に懸想するセシリア・オルコットにあるというのだからさあ大変。

 一夏は織斑先生の都合で席を外し、さらに弟子の姿もない。クラスの数人が静穂を呼びに行ったがそれは別の理由から。だが居てくれさえすれば援護射撃も期待できたのだろうか。静穂が心配りに気を掛け過ぎるという認識は1組全体のものになってしまっている。同室の相手の為に風邪をひいたという事実がそうさせた。実際は話しかける度胸がなかっただけなのだが。

 元より彼女の関わりはないと一時だけ切り捨てて、最初の問いかけにセシリアは応じた。

「昨日の事を知ってらっしゃる篠ノ之さんもいますし、正直に申し上げますわ。

 実は昨日、この本を読みましたの」

 セシリアは持っていた本を鷹月に手渡す。周囲が群がって目を遣れば、

「英語ね」

「LOVEしかわかんない」

「それだけで十分でしょ」

「その通り、わたくしが本国から取り寄せた指南書です」

 それを読んだ直後に、彼女は行動に移したそうだ。

 

 ――恋のスタートラインは千差万別。その殿方を貴女が想った時点で、他者も同じ地点にいる事はまずあり得ない。

 貴女が手をこまねいている間に他の競争相手は貴女よりもずっと差を開け、逆に殿方との距離を縮めている。

 遠回しなアピールなど自殺行為。追いつき追い越す為にはストレートな意思表示が必要なのだ――

 

 ……といった具合の内容らしい。

 懸想も早ければ情報収集も早い。セシリアは指南本を手に入れる前から実践していた。

 しかし、

「……運よく一夏さんは部屋に一人。わたくしは思い切って想いを打ち明けようとしました」

 ……同級生の恋話である。少女達は聞かずにいられず前のめり。ただ一人、箒のみが眉間を寄せている。

「ですがその直前に篠ノ之さんと鳳さんが飛び込んで来ました。そして――」

 

――一夏!? だれよその女!――

 

「――そのまま鳳さんは爆発するように怒り狂い、以前のわたくしとの焼き増しのように一夏さんも返答してしまい……」

 売り言葉に買い言葉。カッとなったら直ぐ着火してしまった。

 うわぁ……と窄んでいた輪が元の大きさに広がっていく。少女達は思い思いに口にした。

「鳳さんって見た目通り…………活発なのね」

「織斑君もちょっと喧嘩っ早い?」

「男子って熱しやすくて冷めやすいっていうけど」

「確かに今日の織斑君、仲直りしようとしてた」

「確かに早い!」

 後になって後悔するのはよくある話。だが即座に行動できる人間というのはあまりいないようで。

 一夏の切り返しは概ね高評価という事で締め括られ、セシリアは安堵した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「連れてきたよ!」

「丁度良くジャージだったから楽で良かったわ」

「何!? 今度は何!? あ、どうもラージグレイです」

『無理にボケなくていいから』

 あれー? と首を傾げる静穂の両腕を、女子がおっかなびっくりといった具合に抱き寄せ、指に指を絡めて行動を阻害し連れてきた。

 拘束を解かれて輪の中へ。女子が離れていく際にそっと肩に手を置いて行った行為に意図はあるのだろうか。

(生贄なの!? あさま山荘なの!?)

 自問しても答えなど出ない。一方で輪に加わった女子達の箇所では、

「どうだった?」

「うん、かなり凄いわ」

「ジャージ越しでもぎゅってすればうっすら分かるくらいかな」

「手もマメというかタコというか」

「ボロッボロ」

「それは……」

「やりがいがありそうね……」

 とヒントになりそうな会話があったが静穂には届かず、目線は前方。中央の席と、そこから腰を浮かすセシリアに向けられている。

「お待ちしてましたわ、さ、こちらに」

 呼ばれるがまま座り、周囲を見回す。ひそひそと聞こえそうで聞こえない他人同士の会話は耳に障る。

 経験はある。慣れてはいないが。

 良くない予兆だ。経験上。

 

 

「では静穂さん、リラックスしてくださいな」

「机が要るよね」

「汀さん腕捲って」

「顔もいっとく?」

「ヘアバンドあるよー」

「だれかオリーブオイル――」

「普通にメイク落としあるから」

「オリーブあるよー」

『あるの!?』

 

 

 ちょっと待って、と言う隙間もなく、座らされ机を置かれ髪たくし上げられて固定され捲るどころか脱がされて――、

「引くくらいならやらないでよ……」

 生々しさにクラスが引いた。

 女性は血に強いとはよく言われるが傷痕とは別のようだ、このクラスに限っては。

「洗濯板かと思ったら縦横無尽」

「膨れてる部分はどうする?」

「遠目で見えなければそれでいいと思う」

「それよりも手よ」

「指細い。付根にタコあるのはなんで?」

「親指と人差し指の間は何をやったらこんなにパックリいくのよ……」

 ……適応も早いが。

「ちょっと待って!」

 何回目か忘れた頃に、周囲が気付く。

 え、何? という表情を向けられる。「何がどうしてこうなってるの!? 病み上がりでTシャツ一枚にされて春先は辛いんだけど!?」

「じゃあこれでいいよね~」

 間髪入れずに後ろから何かが圧し掛かった。ゆったりし過ぎている袖で抱き付き程よい温かさと弾力とを持って肌着一枚の静穂を温めにかかる彼女の名は、

「本音さん!?」

「みんな続行~」

「お待ちになって。説明致します」

 抱きつかれたままでいいのか迷ったが腕もクラスメイトに取られたままなのでどうしようもない。振りほどくのも双方の怪我なしには無理だろう。

 話をしようとするセシリアも気にしていないようだ。

「休まれている間、静穂さんの傷が話題になりまして」

「はあ」

「一体どれ程の熱意と執念でこの学園に入学されたのかと」

 ……はい?

「まだ先週の事ですわね。一夏さんと試合をする前にわたくしは貴女に基を知識面から教授しました。それも一週間すべて。

 そう、すべて座学に費やす事ができたのです。ISの操縦は惜しくも叶いませんでしたが、戦闘技術、銃の扱いも予定していました。ですがその必要はありませんでした。何故でしょうか? と」

「いや師匠? わたしサバゲで多少は心得があるからね?」

 他に目的があったとしても、静穂にとってサバイバルゲームは趣味・スポーツとして楽しんでいた。例えとはいえどISの操縦を考えてそこまで先を見て行動するなど今はまだしもその時は無理だ。

 だが彼女の色眼鏡は度が合っていない。

「そう、サバイバルゲーム。

 わたくしが調べるにこの国でのサバイバルゲームのプレイ人口は他のスポーツと比べると、言いにくい事ですが低い」

「バッサリ斬ったね師匠」

「銃器に触れるというだけで意識が高いように思われます。加えてラファールのプログラミング。あれはわたくしの講義でもあまり触れていません」

「そうだっけ?」

「良くてそういうやり方がある、という程度でした。最後にあの手榴弾」

「野蛮とか言わなかった?」

「実際に試したところ、有用でした。ミサイルでしたが」

 爆発物、としか共通点はないように思えるが、殊ISにおいては本当に誘導性くらいしか差がない。絶対防御とシールドエネルギーが操縦者への負担を極限にまで減らすからだ。静穂もそれは知識で理解していた。

「ですが通常、自らのエネルギーを減らす自殺行為は致しませんし、したとしても至近での爆発は、その、少々怖くもありました、ええ」

 セシリアがプライドを飲み込んだ。

「ティアーズには元からミサイルを搭載してありましたが静穂さんは態々手榴弾を選択し、あろうことか心臓に近い胸部に隠し持つその度胸」

 

「女の武器を利用するとは」

「正に策士」

「みぎーは怖いもの知らずだ~」

「私も胸がなければ……!」

「嫌味か貴様」

 

「待って皆何かがおかしい」

「それらを前提に話し合った結果、静穂さんには女性としての所作が足りていないのではという結論になりました」

 足りないのは事実である。男子なので。

 と、いう事で。

「丁度いい機会ですので静穂さんに皆でメイク術を御教授しようという結論に至りましたわ!」

「本当にどうしてそうなる!?」

 抗議の一つでも飛ばそうかと思えば既に、

「もう塗ってる!?」

「まずアルコールで綺麗にしてから」

「そのあと下地ね」

「顔も~」

 圧し掛かっていた本音が顔を冷たい感触で擦ってくる。

(的確に化粧が厚めのところを!?)

 ――そこから先は止め処のない女子力の洗礼だった。

 やれ普段はどこの化粧品をつかっているのか手入れはどうしているのかクラス一丸となって一夏を盛り上げると決めたとかその為にまず静穂がやり玉に挙がったとか。

 かいつまんでみるとこちらの気を遣っての行動らしいがそれは大人数で同時に行ってはいけないもののようだ。デリカシーに欠ける、と言っても良いのかもしれない。

 静穂もそれぞれの質問に一言ずつではあったが返していくうちに疲れが出てきた。

 元々静穂自身があまり気にしていないというのもあり、透けにくい長袖さえ着ていればそれでよしとしていた位のものだ。一番大事な部分は近づかれたとしてもほぼ隠せる程に痕が薄くなったし、今まではそれで十分だったのだが、この女子力ゆでたまご理論達はそうは問屋が卸さないらしい。

 塗っては落としを繰り返し、静穂の見えない所で何やら化粧品同士の調合にまで及んでいるらしい。出来るのか。やっていいのか。

 それでも中学時代よりは幾分かマシだと静穂は思う。

 あの頃は着たくもない衣装を強いられたりいきなり脱がされて身体を見られ逆に泣かれたり泣いた相手と一緒くたに慰められたり。

 特に際どい衣装がないだけいいと納得させる。サバイバルゲームで鍛えた走破性を全力で駆使した事もあった。陸上部のエース相手には何度も泣かされた。勝利の。

(ま、まあ腕さえ消えれば皆も満足するよね?)

 と楽観していられる筈がない。

 

「いい感じじゃない?」

「そっちはどう?」

「配合比率メモ完成」

「量産入りまーす」

「お腹まわりまで足りる?」

「何言ってんの脚までやらなきゃ」

「流石にやりすぎなんじゃ……」

「上半身だけだと思う?」

「……A級スナイパー並みだと思う」

「それじゃ~みぎー」

「裾上げるわね」

「いっそ脱いで」

(満足して! お願いだから!?)

 

 

――何してんの、アンタ達――

 

 ――今朝吹き荒れた台風が、Uターンして戻ってきた。

 彼女は大きく息を吐き、ずかずかと輪の中へ。

 中心の手を掴み、言い放つ。

「アンタ達、最低よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アンタ2組に来なさい」

「だから脈絡、……もういいや」

 静穂はもう諦めた。投げやりになっていると自分でも思う。

 二人で着替えの制服を取りに戻って、顔を洗う。

 タオルを鈴から受け取って、文句の一つでも言えばいいのかとも考えたが、どうでもよくなっていた。

 女装がバレる危険から結果として救ってくれたのだ。それは良しとしても、彼女の強引さはなんとなく分かった。

「2組にくればアンタを虐めるような奴はいないわ。いたとしてもあたしがさせない」

「イジメねぇ」

 連帯感が強いとは思う。だがそこまで断言できるかは分からない。イジメというよりかは善意の空回りだろう。中学時代の面白全部にかき回された時とはまた違う何かだ。

「イジメではないよ」

「イジメよ」

「どこがさ」

「あんた射撃場で練習してたみたいじゃない。それをいきなり連れ去られておいてまだ庇うわけ?」

 言われてみればそうなのだろう。

 静穂は実弾で射撃練習ができると知って喜び勇んで射撃場に乗り込んだ。

 最初は何処の外国だ、とか思いもしたが、いざやってみたところモデルガンとは違う反動に感動を覚えた。IS越しでも使ったが、素手での感触は別物だった。

 とにかく撃った。沢山撃った。念のためジャージに着替えておいて正解だったと思うくらい、硝煙の香りに包まれて納得した時に丁度お呼びが掛かった訳で、終わろうとしていた頃合のナイスタイミングだった。

「確かに説明は欲しかったかな?」

 そうすれば覚悟やら対策やら出来ただろうに。

 しかしそれを聞いた鈴はそれ見た事かとしたり顔で。

 ほんの少し、腹が立ったので、

「分かった。あの時は確かにイジメだった。でもさ、わたしは明日もあの教室に行かなきゃいけないんだよ? イジメがエスカレートするとは思わない?」

「2組に来ればいいじゃない」

 当然、という顔だった。

「クラス変更をそう簡単に許可されるの? ウチの担任、()()織斑先生だけど」

 ぴしっ、という音が聞こえた気がした。

(かわいい?)

「自分でなんとかしろって言われたりしたら大変だなー。誰かさんのお蔭で大変だなー」

「ーーーーーーーー!」

 瞬間沸騰。

(面白いんだ!)

「このっ」

「ふぇっ?」

「昨日もそうだけど、アンタに何が分かるのよ……っ!」

 飛びかかられたのは理解した。そこから先はまるで分からない。

 首に手を掛けられたと思えばそこから腕の下を潜って背中に張り付かれヘッドロック。

 痛くはない、ちょっと苦しい。巻き付いた腕が柔らかい。整髪料だろうかいい香りもする。

 本人もスキンシップのつもりなのだろう。年頃の女子同士でやるものではないだろうが。

(でも地獄です!)

 後ろからだっこちゃん人形のように鈴が張り付いているのだが、足が問題だった。

 静穂の腰に脚が掛っているのだが、その足に()()()()()()()()()()()()()

 ……とりあえず騒いでみた。

「きゃー! きゃー!」

「あはははロデオロデオ!」

 喜ばれ逆効果だった。さらに締まる。

「……近くで見るとよくわかるわね」

「!」

 顔が近い。目線は合わない。静穂の目の下、頬の部分。

 片頬を大きく分割するように、縦に、まっすぐに。

 化粧で隠れていた大物が露わになっていた。

()()はイジメじゃないの?」

「……生まれつきです」

「虐められなかった?」

「カッコいいとか、可哀そうとか、優しくされたりはあったけど」

「あたしは虐められた。日本語が話せないってだけで」

 言葉に詰まった。そして理解した。

 彼女は自身の過去と照らし合わせたのだ。

「一夏と会ったのもその時よ」

「助けてくれたんだ」

「カッコ良かった」

 ロックが解ける。自然とおんぶの形に。

「篠ノ之も、アンタの師匠もなんでしょ?」

「みたいだね」

「アンタは?」

「特に何も。次は勝ちたいとは思うけど」

 男が男に惚れるのは如何なものか。その生き様だというなら未だしも。

 静穂の答えに鈴は大層驚いたようで、

「初めて見た。一夏に惚れない子」

 目と目を合わせた瞬間に籠絡しているのかあの男は。

 

 

 着替えこそしたが、

「化粧道具忘れた」

「顔どうする?」

「冷やせば少しは……」

 手で隠すと逆に目立ちそうだと思いそのまま早足。

 共用通路は上級生も使う。転校してきた代表候補生を背負って移動する様は何というか、こう、

「何故降りない!?」

「居心地よくて」

「ありがとう降りて! 3年の人が二度見してたから!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………見つけた」


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