IS 灰色兎は高く飛ぶ   作:グラタンサイダー

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12.試合のある日は試合が終わってからが長い

 肌を叩く粒は暖かく、セシリアは頬に張り付いた髪をかき上げる。流石にまだ慣れない土地での2戦は少しの疲労を感じさせた。

 一つ二つ敷居を挟んだシャワーには静穂がいた筈だ。肌を見られたくないというのは承知しているが、間隔を開けられるというのはまだ信頼関係が成っていないのか、

(いいえ、そうではないでしょう)

 むしろそう信じたい。彼女は周囲の人間を慮る性格の持ち主だ。

(気にかけてしまわれたのでしょうね)

 今セシリアの中で織斑 一夏の存在は大きくなっていた。それを彼女は察したのだろう。

 つかず離れず奥ゆかしく、それでいて彼女自身の事など気にさせまいと先に出ていった彼女には謝罪と感謝を。そしてフォローを。

 

 

 身嗜みを整えて控え室に戻れば、備え付けのベンチに静穂がいて、紙コップ内の冷えたミネラルウォーターを右頬に当てている。

 声を掛けると肩を震わせて驚いた。思案中だったのか気を逸らしていただけなのか。

「ゆっくりしてもよかったのに」

 本当に気遣いのできる人間だとセシリアは溜息を漏らす。セシリアは普段ならもっと時間を掛けてセットするモノが多々ある。

 それを極限まで妥協して急いだのだがむしろ気遣いを無にしてしまったようで申し訳ない。

 謝罪ばかりが浮かんでくるが、それらを告げても静穂を困らせるだけだろうし、逆に労ったとしても嫌味に取られるかもしれない。彼女はそう思わないだろうがセシリア自身にそう思ってしまう負い目があった。

 ここは共通の話題で切り替える。

 となればやはりあの男しかいない。

 

――織斑一夏――

 

 シャワーを浴びつつ考えての結果、何も纏まらないという、

(一体、何なのでしょう)

 静穂の隣に座り、断りを入れる。彼女の快諾をもらってから、語りだした。今は他者の視点が必要だ。

 今回の事は自分の過去と経験からくる男性不信に因るもので、その中で織斑 一夏という男子は自分が今まで見てきた男に全く当てはまらない稀有な例であると。

 

 

 ……頭の中で予めスピーチ状にまとめておけば良かったとセシリアは少し後悔したが、聞き手が上手だったのか滑るように熱弁していたようだ。時間にしてほんの数分程度だが我を忘れていた。

 静穂から手渡されたミネラルウォーターを口に含む。張り付いた喉が解れるような感触がした。

 セシリアは静穂の意見を聞きたかった。彼女は織斑 一夏についてどう思っているのか、他人の機微を感じ取る事に長けている彼女にはあの男はどう映るのか。

「師匠ってさ」

 苦笑する静穂の口からは信じられない言葉が飛び出した。

 

 

「まるで一夏くんのことが好きみたいだね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食堂でちょっとした祭が開かれた。

『織斑君、クラス代表おめでとー!!』

 放物線を描く紙テープ、チャフのように散るギンガム、優しくぶつかる紙コップ。

 1年1組クラス代表就任記念パーティー。

 嬌声で耳が痛い。静穂は使い終わったクラッカーを置いて後悔していた。

 素直に耳を塞いでおけばよかったと考えるがそれだとクラッカーが持てず。ジュースの入った紙コップを持っていれば、それだと隣の主賓と被るから視線がこちらまで来る。正直、もう目立ちたくない。

(わたしまで針の筵にぃ……)

 それどころか一緒に壇上へ上げられてワッショイワッショイ担がれているようなものである。

 どうしてこうなったかと言うと、昼の試合のあとセシリアが代表を辞退。順繰りに一夏が代表と決定し、あれよあれよとこのパーティーが整っていた。本題の中心に居ながら置いてけぼりである。

 メインは勿論一夏。その脇をセシリアと静穂が陣取り周囲をクラスメイトが囲む。

 逃げようにもブロックが厚い。マラドーナの3倍は立ち回りと切り返しの技術が必要だ。

 主役の一夏はぎこちなくも周囲の激励に返事をし、向こうのセシリアはクラスメイトと話に花を咲かせている。

 自分はといえば二人から少し離れてエビフライを中濃でいくかタルタルでいくか悩んでいた。

(あれ? 一人だけ浮いてる?)

 中濃ソースを少量かけて静穂は気付く。パーティーが始まってこの方まだ誰とも話していない。

 IS学園での友人といえば箒、セシリア、簪、…………、少ない?

 箒は一夏の近くにいる。セシリアも同様。簪は他のクラスなので不参加。

 ……これでいいのだ。目立たなくて済む。空しくはない。ないったらない。

 と静穂が取り皿に唐揚げを運んでいると高らかな声で、

「はいはーい! 新聞部の黛です! 取材させてくださーい!!」

 その制服には黄色のリボン。黛さんと名乗る上級生がカメラとレコーダーを持って乱入。

 人海ブロックを掻き分け掻き分け主賓席へやってくる黛さん。静穂はここぞとばかりに場所を入れ替わろうと企むがそれを阻むキツネ。

(キツネ!?)

 キツネの着ぐるみを着た少女が静穂の腕にしがみつき止めた。

「どこ行くの~? みぎ~?」

「それだとわたしはエイリアンの類なんですが。いやねそこのね揚げ春巻きを取りにですね?」

「はいどうぞ~」

「……これはどうも」

 取り皿に載せられてしまった。美味しい。

「せっかくのパーティーなんだから、逃げちゃだめだよ~」

「いやせっかくがどうこうってのは分かるんですがキツネさん、取材とかはちょっ――」

「本音だよ~」

「では本音さん? もう一度言いますが取材とかは――」

「敬語禁止~」

「……ごめん逃がして」

「だめ~」

 のんびりとした調子で逃げ道を塞がれた静穂。隣に座られさらにぐいぐい押してくる。

 腕にしがみつかれた時に気付いたが彼女、

(柔らかい柔らかいこっち来ないでこのキツネさんわたしで遊んでないか!?)

 横にずらされ元の位置。一夏が近いがキツネはもっと近い。ぐいぐい。

 学園に来る以前から中性的を跨いで女性に近いと言われ続けてきた静穂は、本来、異性からのこの程度のスキンシップは茶飯事で複雑ながら今更どうとも無いのだが、現状ではそうもいかない。

 何故なら女装してこの学園にいる訳で。触られるとバレる箇所が幾つかある訳で。

 余裕がなければ色々と感じ取るものが鋭敏になるのか過剰に反応してしまう。

 肩とか手とか太腿とか、触れるすべてが柔らかい。

「さあ最後に汀さん行ってみようか!」

 やいのやいのと押して押されてを繰り広げていた静穂に恐れていたインタビュアーが襲いかかる。

「さあイギリス代表候補生の弟子にして初の対男子経験者でもある汀さん! 今のお気持ちは!?」

「帰りたいです!」

「正直だねー。緊張してる?」

「わたしよりもそっちの二人を取材したほうがいいですよ、絶対」

「織斑君は普通すぎてオルコットさんは長すぎたからでっち上げる以外ないの」

「……パパラッチ志望?」

「素直にマスゴミって言わない辺り優しいわね貴女」

 先に取材を受けた二人を見る。二人ともどこか心配そうだ。

「それで、何かない? 意気込みとか、綺麗なバラにはトゲがある、みたいなセリフ」

 黛さんに促され二人の視線が強くなって、

「じゃあわたしもでっち上げで」

「オッケー任せて!」

 他人のズッコケ芸を見るのは二度目だっただろうか。

「いいのか静穂!?」

「そうですわ! このままでは一体どんな尾ひれがつくか分かったものではありません!」

 イギリスにも噂に尾ひれという表現はあるのだろうかと疑問に思いつつ、

「二人とも息ピッタリだねぇ」

 爆弾を投下した。

 師匠は慌てて一夏はキョトンとした表情。

(うわぁ……)

 静穂は内心で愕然とした。(これはもう、本当、完璧に、アレだ)

 その後、新聞用の記念撮影などを行ってパーティーは終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自動販売機でウーロン茶のボタンを押していると、箒がいた。

「まだ飲むのか」

「飲む?」

「いらない」

 言葉にトゲがある箒を見て、静穂は溜息を押し殺す。

 冷たい缶を頬に当て、相手の言葉を待つ。アタリはついているけれど。

「さっきのオルコット、その、」

「師匠の?」と促す。

「あの態度はどういうことだ」

 予測は的中した。

「だから、その、これまでと全く逆ではないか」

「そうだね、入学して一週間くらいは経ったし、角がとれてきたんじゃない?」

 誰かさんと違って、と言わないのは怖いから。

「そうではない! あれでは一夏に」

 そこで止まってしまった。

 仕方ないのでこちらから言ってしまおう。認めたくないのだろうし言うのも憚られるなどと思っているのだろうが現実を直視させよう。

(もうちょっと見ていたいけど)

 中学時代は正に武芸者然としていた箒の少女らしい部分である。可愛らしさ4、面白さ6の割合で。

「好きになっちゃったんだろうねぇ、一夏くんの事」

 箒が壁に手をつき項垂れる。

 当人も分かっていたうえで、他人に指摘され否定出来なくなった彼女の反応は日光猿軍団だった。

 そんな箒から「またか……」と漏れ出した。

 また?

「一夏は私が引っ越す前からああだった。気付けばクラスを超えて教師まで……」

「惚れちゃっていた、と」

「ーーーーーーーー」

 箒はその手の言葉が言えないらしい。奥ゆかしいのか何なのか。以前の(おとこ)らしさはどうした。女だけど、少女だけど。

 とにかく彼、一夏は随分と昔から異性の気を惹く性質だったようだ。

 別に箒だけではないと知って、静穂はどこか納得した。なんとなく、そんな感じなのかと。

 とは言えど、

「大丈夫じゃない? 一夏くん自身はそういうの気付いてないみたいだったし」

 そう、一夏はセシリアの好意に気付いていない。

 つい今朝方まで対立していた人間が思想を反転させて懸想に至るなど普通では思わないだろう。

 しかし箒はそうは思わないようで、

「昔はそうだった。小学校の頃はそれで良かった。けれど私達はもう高校生だぞ? 身体だって、まあ、大人に近くなっているじゃないか」

 つまり箒は一夏が二次性徴を終えた少女たちのうんぬんかんぬんに現を抜かしてしまうのではないかと言いたい訳だ。

 だったら自分もそのうんぬんを使ったらどうだ、とは言えない。静穂ではセクハラになる。女性優位社会の恐ろしさよ。

「じゃあ告白」

「できるか! そんなもの! そういうのは男のすることだろう!」

(前時代的だ!)

 頭の中が現代社会についていってなかった。剣術ばかりをかまけていたばかりに一部のみ成長したのか少女の皮を着たこの武士(もののふ)は。

「大体一夏が気付かないのが悪いのだ。一週間も稽古に付き合ってやったというのに私の気持ちに気づかないとは」

(武士だ、間違いない)

 剣を通じて分かり合えとかどうしろと。今時の道場でやったら閑古鳥が鳴く。

「で、どうするの、これから」

 ぬるくなり始めたウーロン茶で遊びながら静穂は結論を急いだ。他人の色恋は飽きるのも早い。

「……手伝え」

「へ?」

 何て言った?

「いや、手伝ってほしい。一夏に私の気持ちをはっきりと伝えたい。手伝ってくれ」

 眼差しが凛々しく静穂に刺さる。静穂は声も出せず目を大きく開いたままだ。

「こちらもお前に手を貸そう。お前がこの学園にいる間、正体がバレることのないよう手伝う。どうだ」

 ……なにがあったらその結論に達するのか。

 今の今まで告白という単語も言えなかった武士が恋する乙女に豹変、思いを伝えたいとまで言い出した。

 男子三日会わざればどうこうと言うが箒は女子で変化は一瞬だった。なのに男子の静穂よりも男らしいのはどういう事だ。

(いや、わたしが基準なのはダメだって分かってはいるけど)

「まあ、いいけど」

 そうか! と喜ぶ箒。この時だけは年相応の女の子だった。

(その表情を一夏くんに見せればいいだけだと思う)

 それを言えないというのは静穂もときめいたのだろうか。

「ではまず何をすればいい?」

「気が早すぎ。とりあえず――」

 

 

「ちょっとアンタ達!」

 

 

 快活な声色が割り込んできた。

 目線をやればツインテールに大きなバッグ一つの少女が一人。

(小さい)

 静穂の第一印象がそれだった。IS学園に中等部はないので高校生らしい。リボンの色から同学年と分かる。

「悪いんだけど学園の受付ってどこだか分かる?」

「受付?」と静穂が返すと、

「あと5分程で閉まるな」と箒。

「ヤバッ!」と少女が驚くと、

 ガシッ! と静穂が掴まれる。「へっ?」

「ごめん道教えて!」

 

 

 息も絶え絶えに壁へと寄り掛かる。すでにぬるくなったウーロン茶を飲み干して、静穂は息を整えている。

 バッグの重みに加え、されるがままの静穂を引き回して走り続けた少女は時間内に間に合ってご満悦の様子。

(何よりだよ、うん、うん)

 どうしてあの二人のうち自分だったのかと質問したい。したいけれど、

「ありがと、なんとか間に合った」

「そう……。よかった……」

 体力が持たなかった。サバイバルゲームで少なからず体力に自信があってもこの元気印の快活少女には足元も及ばなかったという事か。

(いや、食べ過ぎた……)

「あたし(ファン) 鈴音(リンイン)。中国の代表候補生。(リン)でいいわ。アンタかなりいい奴みたいだし」

「汀 静穂です」息が整った。「それはどうも」

「ねえ、アンタ何組?」

 間髪入れずの質問が飛んできた。

「一組だよ」

「残念。お隣か。あたしは二組に転入するの」本当に残念そうな辺り静穂は鈴と名乗る少女に好感が持てた。「あ、そうだ。織斑 一夏も一組よね?」

「うん、そうだね」

 一夏についての情報は世界中に知れ渡っている。鈴にしても只の確認だろう。

「どうだった?」

「?」

(どうって?)

「えーと、あの、」

 ……デジャヴを感じるのは気のせいだろうか?

(多分試合の事だろうな)

 それならあの時に自分が選ばれたのも納得がいく。対男子戦の感想を聞きたいのだろう。あの場に他の組が入り込む余地はなかっただろうし、当時者の生の声は貴重だ。

 静穂はデジャヴを気のせいと断じた。

「強かったよ」

「え!? 戦ったの!?」

「うん、負けても惚れ惚れした」

「そっか…………」

 鈴の表情が温かく柔らかく解れていく。

(あ、気のせいじゃなかった)

 一層元気一杯になった鈴は静穂の内情など知らず、

「じゃあ明日そっちに寄るから! これからよろしく!」

 と言って走り去ってしまった。

「…………出席簿が落ちなきゃいいけど」

 受付のシャッターがゆっくりと閉まっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 箒と合流の後、寮でまた別れて自室に向かう。

(負けたんだよな……)

 改めて振り返ると自分はどうなのだろうか。

 一夏に負け、師匠と仰ぐセシリアとは完全なレッスンの形だった。

 一夏の時とは異なり小手先なし作戦なしの真っ向勝負。

 一つ一つ丁寧に先を読まれ反撃を潰され、格の違いは当たり前だが経験不足を目の当たりにされた。

 たった3ケ月の差がここまで大きい。

(ISって難しい)

 何より一発二発の被弾で終わりではないのが大きい。

 サバイバルゲームでは体のどこか一部分でも被弾すればアウト。死亡扱いというルールの適用が多い。静穂の主体はそこにある。一方ISはシールドエネルギーが0になるまで続く。HPバーの存在する、いわば格闘ゲームのような感覚だった。

(ボ○ブとかセン○ロに近いのかな)

 自分がそのキャラクターになるというのか。

 とにかく、これからISに乗って試合をするというのは意識を切り替える必要がある。

 たった一回の被弾で集中を切らしてはいけないのだ。

「前途多難だ……」

 呟いた頃には自室の前。

 ただいま、と挨拶して部屋に帰れば、すでに簪が部屋にいて「おかえり」とだけ返してくれる、

 その筈だった。

 

――おかえり。…………聞いても、いい?――

 

 一日がまだ、終わらない。


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