やはり男とはこの程度なのか、とセシリアは嘆息する。
一夏をブルー・ティアーズでお手玉のようにあしらいながらセシリアはふと思い出していた。
思い出すのは父の顔、血縁と名乗る知らぬ顔。
どの顔も好印象的な一面など存在しなかった。
セシリアの両親がこの世の者でなくなった途端に血縁連中が押し寄せた、その時からだろうか。
――男というものを嫌悪するようになったのは――
婿養子だからと母に媚び諂いその一方で周囲から疎まれるほど業務に長け、オルコット家の資産を何倍にも膨れ上がらせた父。
それが幼かったセシリアには不満だった。
家では立場が弱いのに外では他者を頭ごなしに叱りつける。
内弁慶か外弁慶。いったいどちらが本物の父なのか。
幼少の子供にはその二面性が不愉快だった。
セシリアがよく見るのは家での父で、それはそれは厭なものだった。
小動物のように怯えている父。母の一挙一動に肩を震わせる父。
ISが発表されてからの父はそれに輪をかけて……。
その後男女の立場が逆転し、会社の頭を母に変えて、父が社長だった頃の成長はなりを潜めたが、それでも家の資産は緩やかに増え続け、
父は。そして母は。
……その直後、まだ埋葬も済んでいないというのにセシリアの周囲を下卑た表情が取り囲んでいた。
必死になって両親の遺したすべてを護りきったのはなぜだろうか。
親族すべて返り討ち、会社の権利を売り払い、生家と友人である使用人を一生の間どころか末代まで何不自由なく養って余りある状態に落ち着いて、セシリアはようやく泣いた。泣く事を許された。
唯一無二の友、その腕の中で、葬儀からそれまで自分に向けられた表情がフラッシュバックしていた。
怒号と嘲笑と媚びた笑み。最後が父と被ってしまう。
父の顔が思い出せなくなっていた。否、男の顔が全て同じように見えていた。
だのに、
(どうして)
「どうして笑っていられますの!?」
セシリアの見る一夏の顔はとても爽やかで、見たことのない男の顔だった。
「山田先生」
「何ですか汀さん!」
「……師匠が逃げ回ってますがこれも作戦ですか?」
「いえ、織斑君がすごいんです!」
そうなのか、と静穂は平坦に感心する。一方で山田先生は手に汗握る表情で食い入るようにモニターを見ていた。
一夏が押している。セシリアはブルー・ティアーズの操作とライフルを使い分け距離を離そうと躍起だ。
一夏は後方からの射撃に反応が遅れているがそれでも直撃を避け始めている。というか、
「あ、後ろの斬った」
反撃した。一夏は振り返るとティアーズの一基に向かい切り落とした。
「まさか!」
「他の3個は陽動! 本命は後ろの一個! 当たりだな!」
「すごいすごい織斑君すごいですよ!」
「はぁ」
「オルコットさんも第3世代兵装を使いこなしています! それなのに一矢報いるなんて!」
「はぁ」
「どうして反応低いんですか!」
「山田先生が代わりに騒いでるじゃないですか」
実際は凄さが実感できないのだ。
静穂が動くISを初めてまともに見たのはセシリアで、静穂にとってのIS技術の基準はセシリアに設定されている。自分は入学試験をしたと書類に記載されているだけで実際はほぼ裏口。ISの操縦は本当に今日が初めてだった。
もちろん映像としてのISを見たことはある。だがそれは映画のアクションシーンのようにしか感じられなかった。静穂が男だというのもあるのだろうか。
生で見て感じた初めての相手が脳の奥の奥に焼き付いて揺るがないのだ。
自由に飛べて当たり前。精度が高くて当たり前。
そんな高すぎる基準点の上か下かでしか静穂は判断できない。
自分はもちろん下。
果たして一夏は上か、下か。
(わたしよりかは大分上かぁ)
でも、
(師匠よりかはちょっと下? 凄いのこれ?)
さらに一基が斬られた。焦りがティアーズの機動を鈍らせたからだ。
第3世代兵装に利用されるイメージ・インターフェイスは悪循環を嫌う。切り替えが必要なのだ、スイッチのオンオフといった具合に瞬時に割り切る心構えが。
残念だがセシリアはまだそこまで大人ではない。
すぐに動揺し、頭に血がのぼる。
「調子づくのもいい加減に……」
「一々足が止まってるのに余裕だな!」
「な、」
「お前は子機を動かしてる間は自分が動けない、違うか!?」
セシリアは息を呑んだ。見抜かれるとは思わなかった。
思い返せば静穂の疑似
(洞察力が高い!? どんな目をしてますの!?)
セシリアは急ぎティアーズを手元に戻そうとする。
そこに一夏が突っ込んだ。「もらった!」
強引にティアーズの射撃を潜り抜け、
――爆発した――
煙の中から先にセシリアが飛び出す。
「……この手、意外と使えますわね」
静穂を真似た自爆戦法。
(ブルー・ティアーズは4基だけではありませんわ)
ブルー・ティアーズは全6基。残りの2基に搭載されたミサイルは確かに一夏へと命中した。
「…………!」
それなのに。
「本当に、俺は最高の姉を持ったよ」
直前よりシャープになった外観、光り輝く刀身。
胴薙ぎに切り裂かれたブルー・ティアーズのシールドが消し飛ぶように減少する。
(今まで初期状態で、さらにこの威力!?)
「よし、入った!」
「いい加減にしていただきますわ!」
手元まで戻していたティアーズを斉射させる。結果、足が止まる。
そこを一夏は見逃さず火線をかい潜り、
「もらっ――」
「インターセプター!」
――ISの武装は呼べば出る。呼ばずに拡張領域から取り出すのは訓練とその武装の理解が必要だ。
セシリアは呼び出しつつその剣を振った。そうしなければ逆に斬られると判断したほど一夏の剣閃が速かったから。
事実上の抜き撃ち、居合斬りの形となったセシリアの剣は、先に一夏のシールドを0に。一夏の剣は輝く刀身を失いセシリアの眼前で静止している。
勝者、セシリア・オルコット。
一夏が身体を引き一息吐いた。
「ああ、悔しいな」
そう言う一夏の表情は汗で輝き晴れ晴れとしていて、
「国のことは俺も言い過ぎた。すまん」
自ら出てきたピットに戻っていく背中をセシリアは茫然を見た。
「織斑 一夏…………」
呟いてみて、判ったことがある。
(少なくとも、)
彼は自分の杓子定規には当てはまらないようだ。