IS 灰色兎は高く飛ぶ   作:グラタンサイダー

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10.槍衾と矢面 ③

「やったな一夏!」

「箒! 勝ったぞ俺!」

 戻ってくるなりこの喜び様である。頭を抱えつつ千冬は叱る。出席簿を落とさないのは次の試合に響かせないためだ。弟の初勝利で心が躍っているからではない、多分。きっと。

「織斑、白式のシールドエネルギーが回復次第すぐに次の試合だ。できるな?」

「ああ、もちろんだぜ千冬姉!」

 落とした。

「……!」

「織斑先生だ、馬鹿者」

 何度やればこの悶絶している弟は学習するのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

瞬時加速(イグニッション・ブースト)ですか」

「はい。織斑君は瞬時加速を使って汀さんごと爆発から逃れつつの一撃になったんです」

 静穂の戻った控え室は人数が増えていた。山田先生である。

 何でも静穂の偽乳自爆を見て飛んできたとセシリアが言うのだが。

(目が怖い目が怖い目が怖い!)

「あの、師匠?」

「……」

 山田先生からの執拗な視診を受けつつセシリアの機嫌を伺ってみる。時折に山田先生がこちらの顔を両手でゲームスティックのように動かすものだから目を向けるのも一苦労。

 山田先生も山田先生でシールドエネルギーと絶対防御がある以上そう簡単に怪我などしないものだが、

「爆風の衝撃が完全に殺がれる訳ではありません! せめて確認だけはさせてもらいます! これは何本ですか?」

「バルカンサイン」

「脳検査ですね」

「4本! 4本です!」

 正しくは5本。

「静穂さん」

静穂だけでなく山田先生まで居住まいを正した。

「確かに相手が瞬時加速を()()()()使用できたのは予想外でしたが」

「でしたが?」

「あんな無茶をするなんてさらに予想外ですわ!」

「近い師匠近い」

 睫毛まではっきりと見える位置から押し戻す。潤んだ眼差し高揚した頬。一夏にでも向ければコロッといくのでは? 静穂には毒にしかならないが。

 近づかれては女装がバレる可能性があるからだ。試合で汗をかいているから化粧を直す必要も。とにかくまずい。我が身が可愛い。

「綺麗に飛ぶなとは言いましたがあのような危険で粗雑な……」

「粗雑……?」

 隣では山田先生が何か納得した表情。

「とにかく、次のわたくしとではしっかりとしてください。わたくしの手腕が問われかねますので」

「はい、師匠」

 静穂は真摯に頷いて見せる。……形だけ。

 それでも満足したセシリアはブルー・ティアーズを展開した。

「では後ほど」

「オルコットさん頑張って!」

「仇を討ってー!」

 二人に軽く手を振りセシリアが飛んでいく。

「山田先生」

「何でしょう?」

「雑でしたかね?」

「男らしさがありましたね」

「えぇー?」

(喜んでいいの? ダメ? あれ? どっち?)

 女装していて男らしいのはどうなのか。

 IS学園に来る以前から数えて人生で初の『男らしい』評価に静穂は沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『逃げずに来たことは褒めて差し上げますわ』

『当然だろ。ここまで来て引き下がれるかよ』

 モニターにはセシリアと一夏。静穂と山田先生が観戦中。

『この度はイギリス代表候補生としてあるまじき言動、申し訳ありませんでした』

『え? 何だよいきなり』

『けじめです。こうしておけば気兼ねなく貴方を叩き伏せられると静穂さんが』

 山田先生の目線に静穂は首を大きく横に振る。ぶんぶん。ぶんぶん。

『わたくしの本心としても言い過ぎでしたし本国や友人に迷惑をかけるのは嫌ですから』

 なぜ山田先生はまた静穂を見てくるのか。

『――意外だな』

『何がですの?』

『お嬢様ってのは常に一人で優雅なものだとおもってたよ』

『……静穂さんの言った通り、気兼ねなく出来て良かったですわ』

 セシリアがライフルを取り出し、一夏がブレードを構えた。

 織斑先生の号令が響く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オルコットさんに何を言ったんですか?」

「とりあえず謝っといた方が後々都合がいいんじゃない? って程度だったと思うんですけど……」

 どんな解釈、というか聞き間違いというか。日本語って難しい。静穂は身に染みた。

 初めの会話は互いに挑発と受け取ってしまったらしい。

 試合展開はセシリアが優位だ。セシリアの光学ライフルが的確に一夏を捉え続けている。

 一方の一夏は回避で精一杯といった所だろうか。

「さすが代表候補生。近づけさせませんね」

「ほぇー、すっごい」

 回避と攻撃を織り交ぜ一定の距離を維持し続ける。

 まるで静穂に手本でも見せているかのような。

 

『静穂の時とまるで違う!?』

『当然ですわ!』

 それでも一夏の目が次第に慣れてきたのか、双方がニアミスする回数が増えていく。

 

「織斑君、いいようにされっぱなしですね」

「?」

 山田先生の呟きの意味を静穂はわからない。

「あれは態とです」

「セシリア師匠が斬られそうになるのがですか?」

「そうです」と山田先生は頷いて、「汀さんは織斑君が近づいてきた時にはどうやって避けようとしましたか?」

「とにかく左右というか、進む方向を変えるようにしました」

「そうですね、汀さんはまだISに乗って2回目ですからそれができるだけ素晴らしいです。ですが織斑君も乗った回数も時間も似たようなもので、ブレードは汀さんに当たっている。なぜでしょう?」

 ふむ、と静穂は考える。教本のどれかに回避についての記述があったと思い出し、脳内を探って、見つけた。そして出した答えは、

「速度と方角が一定だったから行先が予測できた」

 正解です! と喜ぶ山田先生はまるで自分事のようで。

「オルコットさんは速度を緩めて織斑君の突撃を誘っています。そして速度を上げ回避、隙だらけの背中に射撃」

 モニターの一夏がその通りに撃ち込まれた。

「一連の動作は汀さんにもできたと思います。オルコットさんの模範回答、みたいなものでしょうか」

「はー、」

 なにも実戦でやらなくても。

 

「……そろそろいいでしょう」

「!?」

 大きく振りかぶって斬りこんだ一夏をセシリアは瞬時加速で距離を取った。

「いかがでしょう? 貴方と静穂さんが次に戦った場合はこうなると思うのですが」

「かもしれないな……」一夏は明らかに疲れている。静穂の場合と同じ時間が経過してもこうはならなかった。「でも今戦っているのはオルコットだぞ?」

「ええ。ですから」セシリアが微笑む。「ここからは()()()()()でしてよ」

 セシリアのブルー・ティアーズから装甲が分離する。

 その数4基。

「さあ踊りなさい!セシリア・オルコットとブルー・ティアーズの奏でるワルツで!!」


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