不意にでも、故意にでも、失ってしまったものは輝きを増していく。
それに対して自分はどうだろうかと。
誰に対して憤る訳でもなく、ただ自分を責め抜いて、気付けば色褪せて元の色もわからない程、失ったものを求めて。
代わりなどない。あってはならない。
そう決めつけて、自分を責める。
あの時、自分がいなければ。最初から、自分がいなければ。
――彼女は夢を追えたのだ。
IS学園に入学。
とにかく落ち着こうとして、汀 静穂は目の前に注意を向けた。
教壇に立つ女性はこのクラスの副担任であるという。嘘だ、絶対にうそだ。
なんといっても若すぎる。まだ大学生、いやどう見ても自分達と同じく新高校生にしか見えない外見の彼女は山田先生。よし覚えた。
次に最前列のクラスメイトに目をやる。スカートではないであろう腰から下は見えないが、その肩幅は周囲からの視線で蜂の巣状態である。心なしか肩身が狭そうに見えるのは気のせいではない、間違いなく。
織斑 一夏。世界で唯一無二、ISを起動できる男子である。
静穂は一夏を覆う槍衾の視線に混ざり彼を観察してみる。
女性のみ使用可能な兵器、インフィニット・ストラトス、通称IS。本来は宇宙開発用まるちふぉーむぷら……、であったそれを世界は兵器に用途転換させ、いつしか競技用として落ち着かせた。
ISは従来の価値観を見事に打ち砕いた。従来の兵器群を屑鉄に、女性を官民に、男性を馬車馬に。
今や男は掃いて捨てるゴミよりも厄介な汚物である、という女性権利団体の言葉は聞くに新しい。これが政治家の言葉である。かつてならば引責辞任も当然の発言だがこれがまかり通るのがISの恐ろしさか。
そんな情勢下で一夏を覆う視線は悲喜こもごも。興味、畏怖、憎悪、エトセトラエトセトラ。
そんな中で静穂の視線は同情である。
(わかる、わかるよオリムラ君)
静穂は冷や汗を隠しつつ生唾を飲み込んだ。
(これは、想像以上にきつい……!)
自己紹介はナシにできないかと静穂は内心願っていた。
「織斑一夏…………以上です!」
古き良きテレビ番組のようなクラスのリアクションに静穂はついていけなかった。
問題はそのあと。
突如として一夏の頭が消失した。いや静穂の位置からそう見える程の速度で叩き落とされたのだ。
主犯はスーツの女性。凶器は出席簿。
(出席簿!?)
「げぇっ関羽!?」
「誰が三国武将か」
馬鹿者、と同時に出席簿がまた落ちた。いい音がした。
「諸君、私がこのクラスの担任となる織斑 千冬だ。諸君を1年で一端のIS操縦者に仕立て上げる。返事は!」
一拍置いて、
「本物よ! 本物の千冬様よ!」
「私、千冬様のために北海道から来たんです!」
「付け上がらないように躾けして!!」
「でもやさしく抱きしめて!!」
「強くなくてもいいの!! でも苦しければもっとイイの!!」
阿鼻叫喚に近い叫び声だ。ただし黄色い。
この状況を作り出した当人は頭を抱えていたが、静穂は思考の坩堝にいた。
(イヤイヤ待って待って何? 自己紹介で命の危険がワーニングですかそうなんですかイヤイヤそこまでIS学園が修羅の国とか全然知らなかったんですけどどうなんですか無理無理流石に手加減はしてくれているんじゃないか織斑だし苗字おんなじだし家族っぽいしという事はワタシがトチると手加減なしですかそうなんですかどうなんですか!?)
「落ち着いたか? では続きだ」
(考えよう汀 静穂考えるんだ汀 静穂アレだドレだ要は自己紹介だ簡単だ簡単なハズだできるハズだ自己紹介だ)
「では次。汀」
(趣味と特技だ何ができるキーパーができる何のキーパーだTRPGだそれはなんだごっこ遊びだお子様か貴様ごめんなさいいぃ……)
「汀、どうした」
(他は何だサバゲだそれは何だ戦争ごっこだまたごっこかすいませんすいません出席簿はやめてぇぇぇ)
だが出席簿だ。
「痛いッ!」
想像よりも軽めの衝撃だったのは救いなのか。脳天だけを通り過ぎた痛みはそのままの勢いをもって頭部を机に叩き込む。
もし尻まで貫けるそれを受けていたら静穂は失神だろう。
「……ふむ」
現世に帰ってきた静穂をなにか納得した千冬が上から肩を掴んで引き上げた。
「いいか汀」
掴まれ立たされ涙目の静穂に、千冬は正面から向き合っていた。「いいなぁ……」という声がしたが二人には届いていない。
「どういう理由で余裕がないかは知らんが私は取って食いはしない。周りもそうだ」
千冬の言葉に静穂は頷いていく。
「自分のことを素直に言う、それだけだ。できるな」
はい、と静穂が頷いて、改めて静穂の番となる。
「汀 静穂…………よろしくお願いします」
なぜか自然と拍手が起こった。後ろの女子が席に促す。「よく頑張りましたわ」と。
なにを頑張ったのかわからないが自分は受け入れられたのかと思い顔を上げると、
「…………」
こちらを睨み付ける女子が一人。長い髪をポニーにまとめた彼女を見て、拭った涙がまた溢れそうになる。
なぜ彼女がここにいるのか、そういう事はさて置いて。
静穂がまた泣きそうなので、後ろの女子は静穂の背中を摩ってくれた。
そのやさしさが痛かった。