予め失われたイマを求めて   作:琥珀兎

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第二話:崩壊した日常

 草木も眠る丑三つ時。天には星が、地には大地が息づくこの星で、一人ライトは眠れずに空を見上げていた。

 風の音に木々は楽しげに幹を揺らし、擦れる音は生命の呼吸のようだ。虫の囁きは静かに、静謐なる歌声で今宵も歓迎の歌を歌い。地に舞い落ちた木の葉が、風によって蘇り、逆巻く音は荒々しさを表現しながら森の恐ろしさを物語る。

 それら全ての音を飲み込んで、バケツをぶちまけたような闇に煌々と輝く星々はオーケストラを彩り飾る照明のようだ。この森の演奏はいま、ただ一人で住む人間―――ライトの為にあるのではと勘違いして感激を漏らしてしまいそうになる。

 しかし、現実にそれはありえない。なにも森に住まうのはライト一人ではないからだ。人間は確かに彼一人であるが、他にも多数の種類の動物やモンスターが住んでいる。よって、演奏の観客は一人ではなく、姿が見えないだけで沢山のギャラリーが聴いているのだ。

 ライトは変わらず小屋の屋根に寝転び空を見続けていた。ただ愚直に見つめる二つの玻璃のような瞳は、一際強い光を放ち続ける星を捉え続けた。何を思ってその星を見つめるのか、真剣な表情は単に眠気の峠を越してしまったせいなのか、彼の口は黙して語らずその心意はつかめない。

 自分以外には誰も居ないこの場所では、独り言を漏らした所で拾う者も居らず、語る理由も存在しない。何故、ライトはこの森に一人で住むようになったのか。切っ掛けは単純だった。村での仕事が面倒だったから。

 練習を避け、努力を嫌い、怠惰を歓迎するライトにとって毎日決まった時間に決められた事をいつまでも繰り返しし続ける仕事と言うのは“練習”と変わらなかった。見返りにもらえるガルドだって、今のライトなら獲物を数体狩るだけで賄える額だった。ならば、仕事をするよりも猟師になった方がよっぽど自由でマシだ。そう気づいたのが、チェスターとアミィが来てから一年が経過した頃だった。今日までで四年間、この森で生活していることになる。

 村人との交流は減ったが、もともと人付き合いすら面倒だと思う節のあるライトにはちょうど良い口減らしだった。だが、村を出る日に一番反対した人物とは今でも交流が結構な頻度であった。定期的に村へ訪れればいつも口うるさく、その場で思いついたような愚痴を漏らしたり、相談事を持ちかけて長時間滞在させたりと、あの手この手を使う村人が居た。

 それが、今日の朝に話しかけてきた女性―――スイだった。

 ライトにとってスイとは、可愛いミイの姉で口煩く減らず口を叩いては暴力をふるう女という評価だった。行き遅れと揶揄されるのも仕方ないとも思っていた。が、これを言うと問答無用で拳が飛んでくるので禁句となっている。原因は雑貨屋の男、ジーンが被害者になったから。

 そのように、毎日を送るこの生活を日常として受け入れられたのも、もしかしたらライトに変わらぬ態度をとり続けてくれるスイのお蔭なのかもしれない、と星を見上げながらライトは思った。

 

 だがしかし、それも今日までの話。

 

 唐突に乱暴なスイの告白を無碍にした。罪はなくとも、罰を受けるのは必至。乙女を傷付けた代償は股間部にある二つの男の尊厳を粉々に砕く事で支払われるかもしれない。ライトはどれだけの苦痛をもたらすのか想像したが、結果として内臓を直接打たれる吐き気を伴う痛みが幻肢痛のように自分を襲い背中に汗を掻いてしまった。

 もしくは、スイの方からもうライトに話しかけてくることが無くなるかもしれない。こっちの方が痛みを伴わず、無傷でいられる分楽だと思ったが、別の所が痛む気がして願う事は出来なかった。痛いのなら、一度で済む痛みの方が、よっぽど建設的だ。

 一方的な都合を押し付け、それを拒絶し、傷つけたライトは果たして悪なのか。それとも、勝手に玉砕したスイ事が自業自得なのか。ライト本人は自業自得だと断言できるが、村の意見をとったら間違いなく前者になるだろう。いつの時代も、女が泣けば男が悪いのだ。

 今後の村人の反応が思い浮かび、ライトは面倒な事案が増えた事に思わずため息を吐いた。吐き出された息と一緒にこの悩みも吐き出せれば、と思わずにはいられなかった。

 星が一つ、消えた。夜も、あと少しで終わりを告げる。

 新しい、朝が来る。

 

 

 

 

 夜の冷たい寒気が、朝の暖かな暖気に触れ雫を生み出し朝露がそこかしこの草花に現れた早朝。チェスターはかねてからの約束で、クレスと共に森へ狩りに向かうべく家を出た。見送る為に、チェスターの後から妹のアミィが玄関から姿を出した。起き抜けの寝ぼけ眼に、着崩したままの寝巻を身に着けるその姿は、ライトが見たら有無も言わさず連れ去るだろう破壊力を持っていた。

 

「気を付けてねお兄ちゃん」

「大丈夫だよアミィ。獲物をいっぱい持って帰るから楽しみにしてろよ」

 

 少しでもたくさんの食糧を持ち帰り妹に楽な生活を送らせてあげたい。兄としてこれがチェスターに思いつく唯一の事だった。

 笑顔で送り出されたチェスターは、相棒のクレスを呼びに家へと向かった。流石は剣術道場と言うだけの事はあり、早朝にもかかわらず既に門下生達の気合の入った声が場内から響いていた。毎日これを繰り返しているアルベイン流の訓練に、チェスターは称賛を通り越して呆れる思いだった。

 

「おーい、クレス。行くぞー!」

 

 玄関先で呼びかけるチェスターは、そのまま中に入らず数秒その場に佇んだ。幼い頃からこのやり方で呼んでいる為、態々中に入る必要もないからだ。案の定、しばらく待っていると鎧を着こんだクレスが姿を現した。

 

「お待たせチェスター。さ、それじゃあ行こうか」

「おっ、やる気十分だな、今日の収穫は期待できそうだ」

 

 やる気に満ちたクレスの表情を見てチェスターは脳内で皮算用をし始めた。クレスの剣の腕は期待できるし、自分の弓術にも信頼を置いている。これで獲物を狩ることが出来ないとはチェスターには思えないからだ。

 早速森に向かおうとチェスターが振り返ると、クレスの家の扉が開く音が聞こえた。扉の前に立っていたのは、クレスの母マリアだった。

 

「クレス」

「母さん、まだ寝てなくちゃ駄目だよ」

「大丈夫よ、薬のお蔭で体も良くなってきたのよ」

 

 そう言ったマリアの表情は、しかしクレスを安心させるに至るものではなかった。決して快癒とは言えないが、回復に向かっている途中と思える顔色で、まだ無理をしてはいけないとチェスターから見ても思えた。

 それでも姿を出したのは、恐らく息子を心配してのことだろう。肩にかけたストールの下から覗くパジャマから、着の身着のまま外へと出たのだろうと予想出来た。

 

「森へ狩りに行くのはかまわないけど、気を付けるのよ」

「大丈夫だよおばさん。俺の弓と、クレスの剣があれば倒せない獲物なんていないから」

「そうだよ母さん。それに、今日はライトも森に居るから万が一も在りえないさ」

 

 森にはライト・ライトが住んでいる。

 クレスにとってその事実は絶対の安全を意味しているのをチェスターは知っている。自分とクレスの二人で十分とマリアの前で言った手前、それに表向き同意するのはチェスターのプライドが許せなかった。が、彼もライトの実力には信頼を寄せていた。

 自分やクレスのように武器を持たず、拳のグローブのみを付けて戦うライトの実力はチェスターも良く知っている。その上、これから行く森は彼の住む敷地のようなもの。地形から何まで知り尽くしているのだから、チェスターがあてにするのも頷ける。

 マリアにもそれは適応されたのか、ライトの名前を出したらそれまで不安げに顰めていた眉が、安堵したように上に登った。

 

「あらライトも見てくれるの、それなら安心だわ」

「そうだよ、だから安心して待っててよ。今日は大量目指して頑張るから」

 

 手を上げ見送るマリアに背を向けた二人。天候は清々しいほどに快晴だった。

 二人の家から村の外に行くには川を挟んでいる為に、川の上に架かった橋を渡らなくてはいけない。何の事もない。いつも通りに渡れば良いのだが、橋の上にはすでに二人の男女が仲睦まじい様子で佇んでいた。

 トーティスで今一番の有名人である、結婚式を来月に控えたルーイとシルヴァだった。

 

「やあ、クレスにチェスターじゃないか。これから狩りに行くのかい?」

「はい。そういえば、二人の式は来月でしたよね、おめでとうございます」

「今から式が楽しみだぜ」

「ふふ、ありがとう二人とも。ちょうど今どんな式にしようかルーイと相談していたところなのよ」

 

 朗らかに笑うシルヴァはそう言ってルーイの腕に仲睦まじ気に抱き着いた。

 朝早くからこの二人に出くわして、チェスターの内心では話が長くなりそうという懸念が過ぎった。村でも名物になりつつあるバカップルにクレスが結婚式の話を振るのが悪いと、これから始まるだろう長話の責任を押し付け覚悟を決めた。

 懸念通り、シルヴァとルーイの話は長かった。二人のなれ初めから始まり、恋人同士になった時の思い出。そしてすれ違いの時期からプロポーズに至るまでを、楽しそうに語るシルヴァを止めるのは不可能だった。責任を勝手に押し付けられたクレスも、これには苦笑いを隠せなかった。

 社交辞令として送った寿ぎが裏目になるとは、クレスも思わなかっただろう。

 

「そういえば、すれ違いといえばあの二人も随分長い事すれ違いしているわね」

「シルヴァ、あれはすれ違いとは言えないんじゃないか? だって彼女はもう“フラれた”と言ってたぞ」

「えっ? なになに、二人ってどの二人だ?」

「フラれたって、この村で失恋した人が居たんですか?」

 

 この際、シルヴァとルーイの話じゃなければ何でもいい。藁にもすがる思いで話題変更に進路をとるために、チェスターとクレスは必至に興味があるそぶりを見せた。

 シルヴァは二人の質問に、あら、と言葉を漏らした。

 

「知らなかったの? ほら、スイの事よ」

「もうこの村では知れ渡ったと思ったんだが」

「スイって、あのスイさんですよね。あの人がフラれたんですか?」

「もったいねぇな、あんな美人。この村にはそう居ないってのに。誰なんだフッた男ってのは」

 

 話題に上ったスイはこの村の男共には人気らしく、そんな彼女の好意を無碍にした男に少なからず恨みを抱かずにはいられないチェスターだった。

 今度、その男に会ったら一発殴るぐらいはしないと気が済まない。と密かに憧れていたチェスターは決意した。

 果たしてその男とは誰なのか。シルヴァは正体を軽々しく口走った。

 

「ライトに決まってるじゃない」

「……は? ライトって、森の堕落者とか揶揄されてるライトの事か?」

「チェスター、それは言い過ぎだと思うよ」

 

 開いた口がふさがらないと言うのはこの事。チェスターは驚愕のあまり顎が外れそうになってしまった。

 前々からライトにスイが何かと絡んでいたのは見かけていたが、それにしても意外な組み合わせだと思ったクレスもまた、驚きを隠せなかった。

 口火を切ったシルヴァは、興が乗ったのかペラペラとスイとライトの事について話し始めた。

 

「大体、ライトだって悪いのよ。毎回頑張ってアプローチしてるスイに気のある素振りをしたかと思えば、途端に突き放して。スイよりもミイちゃんと遊ぶ方が彼にとっては重要なのかしら。挙句、あっさりフるんだから酷いわ」

「彼にも理由があったんじゃないか? それに、スイの不器用さだって原因の一つかもしれないし。彼女いつもライトと話すときは怒ったような口調になってるし」

「あれは素直になれない乙女心がやったことだからスイは悪くないわ。むしろ一部の男性には受けが良いらしいし、スイは間違ってないわ。彼女をフるライトが間違ってるのよ」

「それはシルヴァの感情論だろ。言い方はどうあれ、告白にちゃんと返事を返したライトが批難を受けるのは間違ってる」

「まあっ! あなたっていつもそう。どうしてそんな事言うの」

「お前こそ、どうしていつもそうやって決めつけるんだ」

 

 いつしかシルヴァとルーイの話しは、当事者の居ないライトとスイを材料にした口喧嘩に発展していた。

 夫婦喧嘩は犬も食わぬといった所で、チェスターとクレスは意識が自分らから逸れたのを好機だと思い、そそくさと結婚式を控えた二人から走り去った。

 随分と時間を浪費してしまったが、まだ朝には変わりない。

 シルヴァの口から聞いた新たな事実に、未だ二人はすんなりと受け入れることが出来なかった。

 

「それにしても、“あの”ライトの事を“あの”スイが好きだったとは、驚きだぜ」

「本当だね、僕も未だに信じられないよ。まさか二人がって感じだよ」

「まっ、ライトはフったらしいけどな」

「ライトの好みは少し“特別”だからね。仕方ないよ」

 

 二人はライトの好みを、本人が病気と自称するものを知っている。

 幼い少女にしか興味を、好意を持てないライトが同年代であるスイを好きになるのは、それこそ天地がひっくり返らない限り在りえないと二人は思った。スイには気の毒だが、こればかりはどうしようもない事なので何も言えなかった。

 いつからライトがそうなったのかは知らないが、だとしてもスイの恋は端から実らない徒花に過ぎないのだ。決して実らぬ種に丹念に水をやり続けていたスイに、チェスターは同情を禁じ得なかった。

 ライトはこの事についてどう思っているのだろうか。ふとそう思ったチェスターは本人に会ってみないと始まらないと断じ、森へと行く歩を速めた。

 

「おーい、クレスよーい」

 

 村の入り口であり出口でもある門に差しかかった時、クレスを呼び止める声が唐突に聞こえてきた。

 呼ばれて振り返ると、そこにはクレスの父ミゲールの師匠であるトリスタンがこちらに向かってくる光景が瞳に映った。そして、その後ろには先程まで話題の渦中の人物であったスイの姿もあった。

 

「トリスタン師匠。それにスイさんまで、どうしたんですか?」

「実はな、先程見知らぬ者が急に来て呼び出さたんじゃ。しかも、何の用事かも告げもせず、まったく無作法者じゃ。おんしは何処へ行くんじゃ?」

「南の森まで猪狩りを」

「そうか、それはちょうど良い。ここにおる娘さんも南の森に用があるらしいての、危険じゃからよせと申したのじゃが、どうしてもついて行くとゆうておるのじゃ」

「スイさんも、森へ? どうして」

 

 森に行くような仕事をスイはしていないし、そもそも森に関連したことは全てライトが受け持っている。だとしたらスイが、トリスタンが止めるのも聞こうともせずに強行しようとしているのは何故なのか。

 スイはバツの悪い顔をして俯きながら口を開いた。その手には掌ぐらいのサイズの小箱が収まっていた。

 

「ちょっと、あいつに……用があるのよ」

「あいつって……もしかして、ライトの事か?」

 

 チェスターの問いに、声を出さずに首肯するスイ。

 昨日の顛末が知れ渡っていると思っているのだろう。スイは気恥ずかしそうに眉を顰め口を紡ぎ、頬を染め押し黙ってしまった。

 初めて見るスイのしおらしい態度に、チェスターはさっきのシルヴァの話が真実なのだとここでようやく納得がいった。出来る事なら、彼女を森へと連れて行きたい所だ。しかし、森にはモンスターが出没する。

 戦う術を持たないスイを連れて森へと行くのは些か不安要素になりえる。だから、クレスもチェスターも、彼女を連れて一緒に森へと行きますとは言い出せなかった。言った所で、目の前に立つトリスタンがそれを許さないからだ。

 だとすると、スイも満足し、尚且つトリスタンが許可する手段とは何かチェスターは考えた。その時、同時にクレスがあっと声を漏らし顔を上げた。

 

「ライトに用があるのは、もしかしてその小箱を渡したいからですか?」

「そうだけど、それがどうかしたの? 何と言おうとこれをライトに渡すまで引かないわよ」

「大丈夫です、それなら僕たちがライトにそれを渡しますよ、ちゃんと責任もって」

「……良いの?」

「はい」

 

 スイの目的はライトに小箱を渡す事。直接本人に渡したいのでなければ、代理としてクレス達が受け持てばいいのだ。こうすればスイに危険も及ばないのでトリスタンも許すだろう。

 クレスが視線を向けると、トリスタンも黙って頷いた。

 

「うむ、それなら娘さんにも危険が及ぶ心配はないのう。クレス、すまないが頼めるか?」

「任せてくださいトリスタン師匠、スイさん。なっチェスター」

「ああ、しっかりとライトに届けてやるよスイ」

「ありがと。でもチェスター……私の方が年上なんだからスイ“さん”って呼びなさい」

「……はい、すんません」

 

 しおらしくも本質は健在らしく、鋭い眼光の前にはチェスターも大人しく従うしかなかった。

 クレスでは近接戦闘中に落としてしまう可能性があると本人が言いだし、スイの贈り物はチェスターが受け持つことになった。スイとライトの事情を察するに、手渡された品物はスイにとって大事な物なのだろうと邪推するチェスターは、事の重要さを再確認し、しっかりと小箱を握りしめ道具袋の中へと入れた。

 密かに憧れていた女性の好きな男は、自分にとっての兄貴分のような人。しかも、その男は幼い少女にしか興味を持たない特殊性癖持ち。チャンスがあるのではと思いつつ、叶わないだろうという諦念が鎌首をもたげた。

 今はまだ、妹のアミィが居ればそれでいいと最終的にチェスターは結論を出した。

 

「それじゃあ、儂は行くぞい。クレス、精進せいよ」

「はい、さようならトリスタン師匠」

「んじゃあ俺達も行こうかクレス」

「あっ、ちょっと待って二人とも」

 

 踵を返して村を出ようとした二人を、スイが呼び止めた。

 その表情は悲しみと振り払う勇気を振り絞った、決意を込めた顔をしていた。

 

「ライトに伝えて。“まだ私は諦めてない”って」

 

 それは剥き出しの感情を言葉にしたような力強さを持っていた。

 諦めない。スイの不屈の言葉を受け取ったチェスターは、ライトが羨ましく思えた。ここまで思ってくれる人がいる。それだけ彼は恵まれているのでは、と憧憬を抱かずにはいられなかったのだ。

 胸が詰まって言葉が出ないチェスターに代わり、クレスが、

 

「わかりました、ちゃんとライトに伝えます。僕は応援してますよ、スイさん」

 

 と承諾した。

 クレスの励ましに、スイはやはり事のあらましを知っているのか、と束の間恥じたが、すぐさま切り替えた。

 そして、

 

「―――ありがとう」

 

 と快活な笑みを浮かべ二人を見送った。

 

 

 

 

 昨晩、チェスターから聞いた話では早朝から森に向かうと聞いていたライトは早起きをして森の入り口で待っていた。

 しかし、待てど暮らせど二人は現れず、これは寝坊でもしたのかと思い、ライトは入口で待つのをやめて猪が居るだろうポイントを探る事にした。これまでの経験からある程度の場所は予想できるものの、それでも予想の域に収まる為に直接足を使っての調査は重要だ。

 すべて物事は仮説から推測へと至り、現実を目の当たりにしない限り決断する訳にはいかないとライトは思っている。情報の足りない判断程危ういものは無いと身を持って知っているからだ。初めてこの森に住み始めた頃は、己の実力を過信していたせいもあり、何度も痛い目を見ていた。

 こうであろう、こうに決まっている、昨日もそうだったから大丈夫。そういった仮定を積み重ねた結果、正答から遠ざかり続けたのもいまではいい経験となり、ライトの糧として生きている。

 足元の草花を観察し、足跡や糞などの痕跡を辿り、気配を遮断して跡を辿る。そうして先に進むと、そこには通常の木の身の丈を大幅に上回る、大きく、それでいて雄大な大樹がある自然の広場へと出た。

 大樹の神々しさに、ライトは暫く声を失い見つめていた。通常の大樹とは異なり、これには言いようのない神秘が詰まっているようにライトは感じた。

 胸の中央が熱くなり、形の無い形容しがたい何かが体中を巡る錯覚を受け視界がぶれた。しかし、不思議と苦痛は無かった。異物というには優しく、それでいて懐かしい奔流のような感覚だった。

 

「なんだこれ、なんか……ひどく懐かしい」

 

 靄のような感覚を掴み取ろうとするが、霧のように霧散しそれは去ってしまった。

 惜しく思い、再び大樹を見上げれば戻ってくるだろうか、と期待して見れば―――。

 

「あれ、これって、いつもの死んだ樹じゃないか。それじゃあ、あの大樹は何処に……」

 

 目の前にあるのはいつもライトが目にしていた、朽ちた大樹があるだけだった。さっきまでの神々しさも、神秘も感じられない枯れた大樹は、見るだけで悲壮感がこみ上げてくるものだった。だから、ライトはこの場所があまり好きになれなかった。

 特に理由も無いのに強制的に悲しみを背負うこの大樹は、ライトにとっては悲しみの象徴ともいえる。理不尽にも押し付けられる感情を良しとしないライトは、大樹を見る事で感じる悲しみの正体をしらないが為に、不用意にここへは近づかない。

 だから、さっきの幻視についても初めての体験だった。

 あまり長居なしたくない。そう思いライトは大樹へと背を向けたのと同時だった。

 声が聞こえたのは。

 

 ―――樹を、穢さないで……。

 

 咄嗟に振り返った。

 そこには大樹の前で浮遊する女性の姿があった。周りをどんな原理なのか予想もつかない力で、空間が歪み、最奥などないのではと思わせる暗い異次元が広がっていた。

 

「なっ……こいつは一体っ」

 

 悲嘆の籠った声は、目の前の少女の声なのだろうか。

 耳に聞こえた一言以降、何も聞こえず、何も語ろうともしない状況ではそれが少女のものだったのか今ではわからない。

 ただ、漠然とそうなのだろうという確信がライトにはあった。情報の少ない判断は危険を孕んでいると、常々己を戒めているライトが持論を曲げてでも確信したのには理由がなかった。ただ本能が自身に物語っているのだ。これは勘違いではない、と。

 無垢な美しさを持った少女がライトを見下ろす。何も語らずに、ただ焼き付けるように見つめ続けていた。

 

「…………誰なんだ、お前は」

 

 問いは届いているのだろうか。返事は返ってこなかった。

 返らぬままに、少女の姿は始めから無かったかのように消えてしまった。

 後に残ったのは、呆然と立ち尽くすライトと、相対するように根を生やすだけの存在になった朽ちた大樹のみ。

 先刻の不思議体験が夢なのだと、第三者が自信満々に言ったら、あっさりと信じてしまうかもしれない程に現実味がないようにライトは思えた。信じられるわけがない。突然、何の前触れもなく少女が現れ、挙句浮遊していたなどと。村人に話せば忽ちライトは生暖かい眼差しを受け、スイにすら優しく介抱されてしまうかもしれない。

 しかし、目で見た事は何であろうと真実に一番近い真実だとライトは知っている。よって、これを“在りえない”の一言で斬り捨てる事が出来ない。

 実際に在ったものを否定するなど、森に住まうライトには出来ない。森には、在るものだけが在るのだ。それ以外の真実は無いのだ。だから目で見た物を信じるし、見ないまま信じる事はしないのだ。

 

「何だったんだ今のは……」

 

 事象としてあるのは信じても、だからといってそれが何を意味しているのか、ライトはわからなかった。

 どうして姿を現したのか、どうして樹を穢すなといったのか、なんの意味があるのか。今は思考を重ねるよりも驚きが勝り、上手く考える事が出来ない。

 とりあえず気を取り直そう、と思いライトはさっきまでの出来事を記憶の底へと落とし、再び猪の痕跡を探し始めた。

 ライトの経験が間違っていなければ、猪―――つまりボアはこの辺りを根城にしている可能性が高い。始めに見つけた足跡は大きなものだけだったが、それがこの場所に来てから小さな足跡まで混じっているのがわかったからだ。小さい足跡は、十中八九ボアの子供であるボアチャイルドのものに違いない。だとするなら、巣が近い事を意味している。

 臆病なボアチャイルドは通常、巣の近く周辺しか行動しない。時たま一匹で単独行動を好む個体もあるが、これほどの足跡があるならまず巣が近いのは間違いないだろう。

 

「巣の位置はわかったから、次はクレス達が来るのを待つだけか。そろそろ入口に戻ってみるかな」

 

 来た道を戻ろうとして踵を返すと、ちょうどライトに向かって一匹のボアチャイルドが走ってきた。

 

「一匹だけ? もしかして単独行動でもしてたのか?」

 

 逃げてきたように走ってきたボアチャイルドは、目の前にライトが立ちふさがっているのに気が付くと、すぐさま転進して戻ろうとした。

 しかし、その退路も後を追いかけてきた二人の少年によってふさがれた。

 

「待てこいつっ! ってライト!?」

「どうしてここに?」

 

 少年の正体は、クレスとチェスターの二人だった。

 逃げてきたこのボアチャイルドを追いかけてきたのだろう、小さな体には矢傷などがある事からそう思えた。

 

「どうしてって、お前らがいつまで経っても来ないから先に獲物の場所を探してたんだよ」

「そっか僕たちが遅れたから、ごめん、色々あって村を出るのを遅れてしまったんだ」

「それより、今はこいつを仕留めるのが先だろ」

 

 謝罪ならいつでも出来る。それよりも優先すべきなのは目の前の得物だと言わんばかりにチェスターは弓を構え、(やじり)をボアチャイルドへと向ける。

 命を刈り取るにふさわしい鋭さを持った鏃は正確に標的へと狙いを定め、逃れようと走っても追い続ける。一つの命を奪うという行為を、チェスターは冷酷に行使しようとしていた。

 矢筈から弦が放れる瞬間、横槍を入れるように親であるボアが突進してきた。

 

「拙いっ、避けろチェスター!」

「~~~っ!?」

「僕がっ……!」

 

 咄嗟に警告をするも、攻撃行動に入っていたチェスターにはボアの突進を回避するだけの余裕が無かった。近くに居たクレスがチェスターを庇うようにボアとの間に立ち盾を構えた。

 衝突の瞬間、鉄を叩きつけたような音が鳴り響き、辺りの木々に留まっていた鳥たちが一斉に飛び上がった。

 クレスは上手くボアの突進に対して斜めに盾を構えた事で、いなす様に受けていた。もしこれが真正面からの防御だったら、後ろのチェスター共々衝撃に吹き飛んでいたかもしれない。刹那的な判断が功をなし、クレス達は奇跡的に無傷だった。

 

「大丈夫かお前ら」

「う、うん大丈夫」

「助かったぜクレス、ありがとな」

「無事で良かったよ」

「ここからは気を引き締めた方が良いぞ。どうやら、(やっこ)さんは子供を狙われて怒り心頭らしい」

 

 ライトは拳に付けたレザーグローブを握りしめる。チェスターは己の役割を理解して後方へと。クレスは、腰の剣を抜き盾を構えた。

 突進が空振りに終わったボアが振り返り、次の攻撃へと移る溜めとして前足を何度も地に擦っている。その音に呼応するように、ボアチャイルドが何匹も森から姿を現した。数にして合計六匹。三人で相手取るにはちょうどいい数であった。

 

「俺がボアチャイルド達を相手する。二人なら、ボアをヤルのも楽勝だろ?」

「任せろ、俺達だけで余裕だよ」

「行こうチェスター、後ろは任せた」

「おうっ、いっちょ派手に行こうぜ―――紅蓮!」

 

 開戦を告げる砲撃のように、チェスターの炎を纏った矢がボアへと疾走する。

 同時に、クレスとライトが弾けた炸薬のように飛び出した。

 ライトは臆病で逃げやすいボアチャイルドを一匹たりとも逃がさぬように、全速力で肉迫して攻撃を重ねた。一匹、また一匹。掌底で内部の心臓を的確に破壊し、頭を潰して屠殺していく。

 

「行くぞっ!」

 

 紅蓮が命中し体毛が燃え怯んだボアに、容赦なく追撃の一撃を加えたクレスは左から右へ、袈裟懸けに切り下ろし、振り切った瞬間手首を捻りすぐさま真下から真上へと一直線に切り上げた。

 天高く掲げられた剣が、ボアの血で滴り、光を浴びて輝いていた。

 苦痛に悲鳴を上げるボアが、クレスの凶刃から逃れようと後ずさる。剣ならば、間合いの外へと下がれば恐れる必要もないと、本能的に理解しているのだろう。だが、相手は何もクレス一人ではない。

 

「逃がすかよ!」

 

 弦から矢筈が離れる。走り羽が、弓摺羽(ゆずりば)が、外掛羽(とがけば)が風を受けながら疾走する。矢が疾る。鏃が迫る。―――回避は不可能。

 不可避の矢がボアの足に突き刺さり、退避する速度が大幅に下がった。四足の内の一足が使い物にならなくなったのだ。

 これを好機と判断したクレスは、しかしすぐに突貫するという愚を犯さず、まず遠距離の攻撃から繰り出す事にした。地を走る衝撃波―――魔神剣を繰り出し、その後ろを追従するように走り出した。

 第一撃の魔神剣をくらうなら、連携するようにして第二撃、三撃と切りつける。しかし、魔神剣を回避しうるのであれば、その回避先へと回りこんで追撃を掛ける。いわば魔神剣は牽制であり、保険なのだ。

 足を射抜かれたボアは、迫り来る衝撃波を回避する余裕が既に無かったのか、動きに精彩が欠けていた。

 魔神の名を冠した剣戟がその身に直撃し、ボアは大きく怯んだ。隙を逃さず、クレスはこれに追撃を加える。

 

「これでっ……―――飛燕、連脚!」

 

 怯んだボアに回し蹴りを一発、二発繰り出し空中へと飛び上がる。そして、落下の勢いを乗せボアに向かって一直線に剣を向け、突き刺した。

 頭頂部を突き刺した剣と同時に、チェスターの矢が飛び上がったクレスの下をくぐってボアの鼻を正確に射抜いた。

 断末魔の声を上げ、ボアは命を手放し大きな巨体を傾け横に倒れた。

 

「やったあ!」

「よっしゃ、やったなクレス!」

「チェスター弓が的確だったからだよ。っと、そっちは大丈夫ライト?」

 

 血塗れた剣を振り払うと、クレスはライトが戦っているだろう方へと視線を向けた。そこには、既に息の無いボアチャイルドの骸の中央に立つライトが居た。

 ライトは頬に付着した返り血を拭い、クレス達へと向き直った。

 

「終わったか、流石は剣と弓の名手だな」

「何言ってんだよ、子供とは言え五匹を同時に相手してたライトが言うと皮肉に聞こえるぜ」

「そう思うのは、お前がまだ自分に自信が無い証拠だ」

 

 薄く笑いチェスターを窘める姿は、まさしく兄のようで、子供の様に憤慨するチェスターを見てクレスは微笑ましく笑顔を浮かべた。

 思った以上の収穫となり、これなら自分の分も当分は食べていける量だとライトは算用して内心でほくそ笑んだ。猟師という生業をしてはいるのは、継続的に働きたくないというライトの怠惰の選んだ道だからだ。必要な量を獲れば、当分は働かなくていいからやっている、それだけだった。

 

「それじゃこいつらのを村まで運んじまうか。そっちのボアは結構デカいからここで切り分けた方が楽だろうな。クレス、頼めるか?」

「わかった」

「んじゃあ俺はそっちのちっこいのを袋に入れるか」

 

 ―――日常とは常に非日常と背中合わせに成り立っている。

 ―――一歩でも足を踏み外せば、それは襲ってくる。

 

「これだけの量じゃ、運ぶのは面倒くさいな。手押し車でも持って来れば良かったな」

「ライト、すぐに面倒くさがるのは悪いクセだよ」

 

 ―――終焉(おわり)を告げる音が鳴る。

 

 

 ※

 

 

 始めに気が付いたのは間違いなく俺だろう。

 ボアを狩り満足して緩んだ身体を鷲掴みにするような、その音が鳴り響いた時、間違いなく俺は嫌な予感を抱かずにはいられなかった。

 村の半鐘は火災などの危機が起きた時に鳴らす警鐘だ。最近はその仕事も無く暇だと愚痴っていたフォンの顔が脳裏に浮かんだ。その顔はだけど笑顔ではなくて、もっと悲惨な、目の当たりにしたくない顔をしていた。

 

「クレス! チェスター! 村に戻るぞ急げ!!」

「えっ、いきなりどうしたのライト?」

「何言ってんだよ、獲物を詰めるのだってまだ終わってないぜ」

 

 半鐘の音が届いていないのか、二人は何食わぬ顔をして獲物を詰めていた。それが、腹立たしく思って俺は思わず声を荒げてしまう。そうでもしないと、この危機には気が付いてくれないと、半分は思って。

 

「そんなのはどうでもいい! さっさとしろ! 村が危ない!」

「村が?」

「急にどうしたんだよ、危ないったって半鐘の音なんか……っ!?」

 

 ようやく二人にも届いたのか、チェスターはハッとなりすぐに立ち上がった。次いでクレスもまたボアを切っていた剣を、血を拭う事も忘れて鞘に納めた。

 もたもたしている時間は無い。急いで村に行かないと、終わってからじゃ遅いんだ。不謹慎だが、火事程度ならまだ良い。だけど、これがもし俺の予感通りなら……最悪だ! 虫の知らせってんなら、もっと早く知らせてほしい。

 

「村の半鐘の音!? なにかあったのか!?」

「急ごうクレス!」

「着いて来い二人とも、近道を教えてやるっ。遅れたら置いてくからな」

 

 言った瞬間、俺は全力で走り始めた。森の風景が間延びして、立体感を失った平面になるまで速く。逸る鼓動よりも速く走らなくちゃ、俺の心臓が止まってしまいそうだったから。

 林の中を疾走し、木々を最小の動きで回避し、邪魔するように現れたモンスターを瞬殺し、森を抜ける。依然として俺の中で脈打つ、予感は消え去ってくれない。

 いつもは囲まれていると落ち着く森も、今の俺には煩わしさ以外の何物でもなかった。近道を使っている筈なのに、やけに長く感じるのはひたすらなり続ける半鐘が俺を焦らせているからだろうか。だが、もっと焦らなくちゃならない。この半鐘の音は、フォンの命そのものなんだから。

 ようやくの思いで森を抜けると、眼前に広がっていたのは赤く燃え盛り、黒煙を濛々と吐き続けているトーティス村だった。いよいよ、俺の中で余裕という結晶が砕け散るのでは、という音が響いていた。かろうじて形を保っているのも、不安そうに俺の後を着いてくる二人が居るからだ。

 クレスとチェスター。二人の前では常に兄として在ろうと律しているからだ。その小さなプライドが俺をかろうじて守ってくれる。

 

「村が、燃えてるっ」

「こうしちゃいられない、早く村に戻らなきゃ! ライト!」

「わかってる!」

 

 呆けてはいられない。クレスの呟きに反応して、急くように名前を呼ぶチェスターに背中を押されて俺は走った。この身が突風なら、と信じもしない神に祈りながら。

 半鐘の音も始めよりも弱弱しくなっている。最悪だ。本当に最悪だ。これを悪夢と言わずして何と嘆こう。半鐘の音が弱くなったって事は、鳴らしているフォンが鳴らせない状況にあるという証拠に他ならない。普段から体力の有り余っていたあいつが疲れるわけもない。

 どうして自分は森に住んでるのか。いざと言うときに直ぐ駆けつけられない自分に怒りを持って、歯痒い思いでいっぱいになった。

 護らなくてはならない。俺のお嫁になりたいと真摯に訴えてきたアミィを、無邪気に遊びをせがむミイを、ぶっきらぼうに好意をぶつけるスイを、結婚式を控えてるルーイとシルヴァを、村で生活する全てを守らなくちゃならない。

 

 なのに……足が千切れるほど走り、ようやく辿り着いた村は……文字通り、崩壊していた。

 半鐘の音はもう、聞こえなかった。

 

「ぇ…………」

 

 声が出ない。

 喉が熱い。焼けるようだ。燃えてるのが悪いんだ。

 どうして燃えてる? 火は何処から? どうして人が死んでいる?

 在りえない。在りえない。在りえない。

 目に見えるのに、網膜に焼き付いているのに、どうしてそれを俺は信じる事が出来ない。嘘だ。ふざけるな。間違ってるこんなの。

 落ち着け。落ち着け。血管に冷水を流せ。脳髄を急速に冷やさなくてはいけない。冷静に、必要な事を必要なだけ行使しなくては、まずは―――。

 

「クレス! チェスター! お前たちの家に行くぞ!」

「そうだ、家を……アミィ!」

「父さん、母さん、無事でいてくれっ」

 

 そうだ、何より辛いのはこの二人じゃないか。ここには二人の家族が居るんだ。

 先行する二人に追従して俺もまた走り出す。見渡す限り、死体が転がっているのが視界に映って吐き気がする。一目見てそれが死体だとわかる自分の観察眼にも吐き気がする。

 俺はまずチェスターの家へと向かった。勿論アミィの無事を確認する為だ。一番最初にそれを確認しない事には、冷静さを保てそうにないから。

 人の手によって破壊された扉を横目に、開けっ放しになった玄関口を通ると、その悲惨さはより一層高まり、アミィへの不安もまたより一層高まった。チェスターの姿が無い。既に二階へと上がったのだろうか。

 追いかけるように俺も二階へと上がった。階段を上がる足が重い。まるで死者が俺の足を引っ張ってるようだった。それでも、と足を進め二階へと上り詰めた。

 

 そこでは人が一人死んでいた。

 

 あっけなく。そう、とてもあっけなく脆く崩れ落ちていた。

 血を流して倒れているのは……アミィだった。

 瞳を閉じて眠るアミィを抱えて蹲っているのはチェスターだ。もう、動かない。話さないし泣かないし怒らなければ、笑う事も出来なくなったアミィを抱いている。

 泣いているのだろうか。チェスターの肩は小刻みに震えている。出来る事なら、俺だって泣きたい。でも、それをしてしまったら、俺の中で押し留まってる感情が決壊しそうで怖い。

 

「チェスター…………」

「……アミィが一体何をしたっていうんだ」

 

 それは俺に対して言っているようには思えなかった。

 俺でない誰かに、訴えは堰を切ったように出てきた。

 

「アミィは何も悪い事もしてない。いつだって、俺の為に頑張ってくれてた……それなのに、なんだよ……これは。なぁ、教えてくれよライト……どうしてこんな事に……」

「…………」

「昨日まで、アミィはお前のお嫁になるんだって意気込んでたんだぞ。それがどうして……そんな未来も、ありかなとか思ってた昨日は何処に行ったんだよっ」

 

 言葉を返せない。いま何かを言ったとしても、それは全てまやかしに過ぎない。嘘を着飾った言葉は不用意にチェスターを傷つけるだけだ。

 傍らに腰を下ろし、嘘みたいに綺麗に眠るアミィの顔に手をかざす。眉のあたりに血を拭ったような跡が瞼に向かって残ってるのを見て、チェスターがアミィの瞼を閉ざしたのだとわかった。こんな時なのに、それだけの事を冷静にやってのけるこいつは、思っている以上にしっかりしている。

 アミィの頬に触れる手が震える。

 怖いのだ。嘘みたいに冷えた頬が、血の気が一切無いのに、これが人間なんだと、これが人の死体なんだとわかってしまう。割り切ってしまうのが怖いのだ。

 

「……ごめん…………アミィ」

 

 護れなかった。

 お前が夢見た未来を守れなかった。

 チェスターが滂沱の涙を流している。

 ここはもう、終わってしまった場所になった。だから、今は一人にしてあげようと俺は家を後にした。

 アミィが笑って迎える場所はもう、亡くなったんだ。

 

 

 

 

 クレスの両親が死んでいた。

 俺は何も言えず胸を貸してやる事しか出来なかった。

 

 

 

 炎は全てを焼いていた。

 家も、村人も、思い出さえも悉く業火の薪にして燃やしていた。

 ふと、スイとミイの顔が見たくなった。

 ふらふらと覚束ない足取りで二人が住んでいる家へと向かった。その時、スイとミイの住んでいる家屋から人が飛び出してきた。始め、それは生き残ったスイかと思った。背丈が似ていたのが原因だろう、だけど、それは俺の願った幻視に過ぎなかった。

 出てきたのは、見た事もない黒い鎧を全身に着込んだ者だった。仰々しい鎧のせいで、男か女かもわからない。でも、唐突に理解した。こいつが……こいつらが村を、アミィを殺した犯人なんだと!

 

「ぁぁ……あぁあああああぁあぁぁああ!!」

 

 雄叫びは相手にも聞こえた。表情は見えないが、仕草が驚いたようにコッチを見て俺に剣を向けてきた。血塗れた剣を。

 波濤のように押し寄せる怒りが俺を急き立てた。こいつを殺せと。無残に殺しつくして、誰がこんな仕打ちをし始めたのか聞き出せと、強く訴える。

 だから、従って俺は殺す。何もかもをかなぐり捨てて、真っ直ぐに最短距離を疾走する。

 相手が村人を殺したように剣を振るってきた。だから俺はそれを壊した。左を掌に、右を拳にして白羽取りをして真正面から命を奪う兵器を叩き折った。鎧の中から野太い声で驚愕の声を挙げるのが聞こえた。男なんだろう。けど、もう止まらない。

 まずは腕を、鎧の上から掌底破を当て両腕共に破壊する。苦悶の声を漏らすのも無視して足を蹴り折る。そうして最後に、胸へと双撞掌底破を叩き込んだ。勿論殺さないように、細心の注意を払って。

 意識を手放した男の鎧を全て剥がし、そのまま折れた半鐘台の鉄骨に縛り付ける。傍で物言わぬフォンにも、黙祷を捧げるのを忘れない。今はこの男に拷問するよりも、スイが心配だった。こいつが出てきたという事は、もう……。

 急いで俺はスイとミイの家へと入って行った。生きていて欲しい。ただそれだけを願って。

 中に入ると、そこはもう廃墟のようだった。リビングは荒れ放題で、キッチンは所々焦げている。部屋と部屋を繋ぐ扉は、もう意味を成さず壊れ、部屋を分け隔てる壁すらも壊れていた。

 一階には誰も居ない。なら二階には。

 

 

 人の気配を感じた。二階では確かに人の気配を感じた。生きている。まだ生きているんだと思うと嬉しくなって、神に感謝したい気持ちで一杯だった。だってそうだろう。こんなにも絶望で溢れ返ったこの村で、唯一の希望なんだから。信心を持っても良いくらいだ。いまだったら俺の財産を、少ないけど神にくれてやっても構わない。だって、生きてるんだから。いそいで会いに行かなくちゃ。スイが、ミイが待ってるんだ。きっとあの黒騎士の魔の手から逃れたんだろう。剣には血が付いてたけど、それは他の誰かの血なんだろう。大丈夫だ、だって気配がするんだから。森で培ったものは無駄じゃなかった。ほら、二人がすぐそこに。おかしいな、蹲って丸まってるスイしか居ないぞ。おいスイ、ミイは何処に居るんだよ。隠してるのか? かくれんぼをするには余裕があり過ぎだろ。その意気で敵も撃退したのか、流石はスイだな。いまだったらお前の魅力がよくわかるよ。結婚は無理だけど、少しはもっと優しく接する事にするよ。だから早く。

 

「だから早く……その血を止めてやるから、早くミイがどこに居るのか教えてくれよ。なあスイ」

「…………おそいぞ、ばか。せっかくわたしが、まって……あげたのに、なんで遅れるのよ、ライトの……馬鹿」

「悪かった、謝るから。今血を止めてやるから、少し待て、それとミイは無事なのか?」

「ミイは、わたしの……お腹、に……」

 

 よく見ると、スイはミイを覆いかぶさるようにしていた。守ろうとしたんだろう。俺が間に合わなかったから。姉の自分が。

 スイを抱き起しベッドに寝かせ、ミイを診る。

 

「ちゃんと……ミイは……わたしが守った、から」

「…………ああ、怖かったんだろう気絶してるだけでよく眠ってるよ」

「よかっ……た、それじゃあ……大丈夫だよね、もう……」

「大丈夫だ。それよりも、今はお前の止血を……」

 

 ミイを床に静かに寝かせて、スイのベッドへと寄る。胸と腹を突き刺されているのか、その二ヶ所から止めどなく血が流れ出ている。

 俺はすぐに自分が常備し使っている緊急用の救急袋を取り出した。そして躊躇うことなくスイの服を引き裂いた。患部はやはり二ヶ所。鳩尾と臍のあたりだった。

 

「こ、の……スケベ。嫁入り……まえ、の……はだかを見る、とか、ありえ……ないわよ」

「安心しろ。それだけ無駄口が言えるなら何とか」

「……ならないわよ、もう」

 

 聞く耳持たなかった。冷静に血の間欠泉になっている部分を拭い、消毒する。一刻も早く止血をしなくてはならない。

 なのに、あろうことかスイは俺の手を掴んでそれを制止した。訳が分からなかった。

 

「離せよ……止血をしないと死ぬぞお前」

「しても、もう……まに、会わないわよ……自分の身体、だもん、よく……わかって、る」

「んな事ない、まだ」

「ねぇ、ライト……私が届けた、贈り物……ちゃんと、届いたかな」

 

 贈り物? それよりも今はする事があるのに。この頑固者の手はどうしても離れてくれない。

 訳が分からない。どうして今になってそんな話をし始めるのか。だから―――年頃の女は好きになれないんだ。

 

「私の大切な物……ライトに、あげるから……あんた、は……わたしのものに、ならなくちゃ、だめ、なんだからね……」

「……暴論だろそれ。こんなになっても、変わらないなその性格は」

「これ、が……わたしだから。ライトが…………好きに……ならなかった、わたしだから」

「馬鹿、開き直るなよ」

 

 スイの手が冷たくなっていくのが、肌で感じる。それが嫌で、俺はつい強くその手を握りしめた。存在を繋ぎ止めるように。

 今にも消え入りそうな声で、スイは話し続ける。

 

「わたしね。ライトが……好き。ずっと、ずっ、と、好き……だった、よ。なんでかは、よく、わかんないんだけど……だけど、好きだった」

「なんだよそれ」

「わかんないうちに、話して、叩いたりしてる、うち、に……好きに、なった。だから……もう、良いんだ」

「良くねえよ」

「体は寒いし……目も、ぼやけてるけど……ライトが、側に居る。だから……もう、わたし…………幸せ、だよ……」

「…………」

「ミイを……お願い、ね」

「…………ああ」

 

 スイの手が冷たい。いつの間にか外は雨が降ってる。寒いわけだ、裸のままじゃ寒いだろう。服を着せてやらなくては。スイの血を拭い、綺麗にし、クローゼットを勝手に開けて勝手に拝借する。こんな行為、本人が居る目の前で出来る日が来るなんて、思ってもみなかった。

 

「全然、楽しくねえよ……スイ」

 

 ミイをお願いだなんて遺言、お前らしいけど俺に任せるなよ。お前がこれから面倒を見なくちゃ駄目だろうが。

 綺麗に着飾ったスイは返事を返してくれない。もう、彼女も終わってしまったんだ。

 最後に、一つ、スイの眠るベッドの隣に置いた。ミイを。

 始めから、ミイは死んでいた。スイを貫いただろう剣は、ミイまで達していたんだろう。幼い分、ミイの方が先に息絶えたんだ。それなのに、スイは一生懸命護っていた。ミイを死なせまいとして。

 俺は最低だ。嘘を吐いた。守れもしない約束をスイとしてしまった。こんな堕落した俺が生きていて、どうして二人は居ないんだ。

 あの時、敵を見つけた瞬間に相手を殺して、直ぐに駆けつけてれば何か変わったかもしれない。

 イマを変えられたかもしれない。なのに俺は……。

 仲睦まじく寄り添い眠る二人は、教えてくれない。

 

 

 ※

 

 

 トーティスを襲った悲劇は火災と共に燃え上がり、雨によって鎮静化しつつあった。

 曇天より降り注ぐ雨は、忽ち炎を鎮火させ、熱気を灌ぎ、ライトに現実を再確認させる冷静さを取り戻させた。

 スイとミイを見送ったライトは、雨が降りしきる外へと戻り黒騎士を捉えた半鐘台へと向かった。冷静になったライトがまず何をするべきかで思いついたのが、唯一の手がかりである黒騎士の情報だったからだ。

 この惨劇を生み出した張本人は誰なのか。それを知らなければならない、そうしないと、ライトはこれから何をすればいいのかわからなくなってしまうから。

 立ち止まればもう二度と動けなくなるかもしれない。それが恐ろしく思ったライトは、誰かに急かされるかの如く急ぎ足で黒騎士の捕らえられた場所へと向かった。

 しかし、そこに居たのは黒騎士ではなく、ただの死体だった。

 

「嘘だろ……」

 

 舌を切ったのだ。

 男は既に物言わぬ状態になり、手がかりを失ったライトは愕然とする。しかし、まだほかにもする事はある。

 ライトは死体に成り果てた黒騎士を無視し、クレス達が居るだろう場所へと向かった。雨は、止むことを知らずに振り続けている。

 クレスの家の前にはミゲールとマリアの死体が綺麗に並べられていた。恐らくクレスがやったのだろうとライトは推測する。病み上がりのマリアを人質に、ミゲールは不覚を取ったと、クレスから聞いていたライトは、静かに黙祷を捧げた。

 家にはもう居ないのだろう、とそう思ったライトはチェスターの様子を見るべく再びアミィが眠る家へと入った。その時、ちょうど階段を下りてくるクレスと鉢合わせた。

 涙を流してすっきりしたのか、クレスの瞳は悲しみがありつつも、今を生きる光を灯していた。それが酷く、眩しく思えた。

 

「ライト……」

「よう、もう大丈夫なのか?」

「うん、ユークリッドに住む叔父の所に行く事にしたよ。チェスターは、みんなを弔ってから行くって……ライトは?」

「俺は、とりあえずチェスターの手伝いでもするさ。もし敵が戻ってきたら、あいつだけじゃ死ぬかもしれないからな」

 

 クレスが北のユークリッドへと行くと、チェスターは一人になってしまう。ライトは現状の危険性の高さを鑑みて、かつ、アミィやスイやミイを正式に弔いたいという思いから残る事を選んだ。

 仮に、もし本当に敵が舞い戻ってきたなら、好都合でもある。

 クレスはライトの答えに、そっか、と一言寂しそうに漏らして俯いた。暫くたって顔を上げると、クレスは微笑んだ。

 

「それじゃあ、僕はユークリッドで待ってるから。絶対に、きっとまた会おう!」

 

 それは別れの言葉に似ていた。

 しかし、クレスの心意をくみ取ったライトにはわかっていた。それが今生の別れではなく、未来を約束する誓いなのだと。

 まだこの二人の兄貴分を卒業するわけにはいかない。そう思ったライトは、無理に笑みを浮かべる。不敵な余裕を持った笑みを。

 

「次に会うまでに、俺より強くなってることを願ってるぜ」

「ああ! 次に会ったら、まずは手合せだな!」

 

 クレスが右拳を前に掲げる。

 ライトも右拳を前に掲げた。

 そうして、向かい合った二人の拳が強くぶつかり合い、顧みることなく二人はすれ違い別れた。

 あの暖かく優しい日常はもう戻らない。それを知ったからこその誓いだった。もう決して失わないと、死した村人に、そして何より己自身に。

 クレスの姿はもう見えない。

 歩き出したのだ。ならば、自分も立ち止まってはいけない。ライトは己を鼓舞するように階段を上った。

 チェスターはアミィに付いた血を綺麗に拭ってベッドに寝かせていた。壁の崩れたこの部屋では寒いだろうが、それを気にする必要も、もう無い。

 

「チェスター、弔うなら手伝うぞ」

「ありがとな。それで、そっちは何かあったか?」

「そっち?」

「スイ、さんとミイだよ」

「ああ、死んだよ。ミイは俺が来た時には、スイは……俺が看取った」

 

 厳重に鍵を掛けた記憶が浮上し、ライトは苦々しい思いで思わずチェスターから目を逸らした。目の奥に宿る自分の本心を悟られまいとする、反射的な自衛なのだろう。チェスターには、それが辛くて思わず目を逸らしたと思うぐらいだろう。

 平然と結果を伝えたライトの言葉に、チェスターは鼻白んだ。目の前で死んでいく瞬間を目にしたクレスもまた、深い悲しみを胸に刻み込んでいた。まさかライトも同じ状況にあっていたとはチェスターも思わなかったのだろう。それも自分に求婚してきた相手とその妹だ。その痛みは計り知れない。

 

「そっか、スイさんも……しかも目の前で」

「仕方ない事だったんだ。そう言えば、間際にスイが贈り物がどうとか言ってたんだが、チェスターは何か知らないか?」

 

 ライトが質問した瞬間。チェスターがハッとなって自分の道具袋を漁り始めた。

 村が崩壊する前、森に向かうときにスイに頼まれたライトへの贈り物。それを預かっていたのをチェスターはすっかり失念していたのだった。森ではライトに会うなりボアとの戦闘になり、その後にこの悲劇が舞い込んだのだ。忘れてしまうのもしょうがない、とチェスターは自分に言い訳をした。

 袋から出てきた掌サイズの小箱をライトに手渡した。小箱を見てスイの面影が頭を過ぎり、思わず涙を流しそうになったチェスターは、誤魔化す様に渡してすぐに背を向けた。そうして、スイの伝言を伝える。

 

「この小箱と一緒に、伝言を頼まれた。―――“まだ私は諦めてない”だとよ」

「……そうか、ったくそれであの台詞か……ようやく納得がいったよ」

 

 小箱を見つめながらスイの最後の伝言を噛み締める。そうして、ライトは再び居た堪れない気持ちを抱き、悔しさと怒りで自分がどうかなりそうだった。

 振り払うように首を横に振り、ライトは小箱を開けた。

 中には、綺麗なエメラルドの嵌った指輪だった。以前、いつだったかライトがスイの家を訪れた時に見た家宝の指輪だった。途端に、涙腺が緩むのを感じ、ライトは外へと飛び出した。呼び止めるチェスターの声も無視して。

 雨に打たれながらライトは空を見上げる。

 グレーに染まる空を見上げ、スイとの思いでを、ミイとの思いでを、そしてアミィとの思いでを振り返る。どれも微笑ましく幸せなひと時だった。

 

「……もう、無理だ」

 

 日常は踏み外してしまった。

 

「……限界だ」

 

 ライトが夢見た穏やかな未来は泡沫と化した。

 

「……抑えられるわけ、ないだろ」

 

 本来なら、大量の獲物と共に村へと戻って、スイに絡まれ、ミイと遊び、アミィと共に食事をする筈だったイマは……もう戻らない。

 

「……許せるわけ、ないだろ」

 

 音がする。

 既に壊れた村の半鐘の音がするのをライトは感じた。

 同時に、冷静であれと務めた肉体と脳髄に、言いようのない、黒騎士を見つけた時よりも大きく熱いモノが体中を駆け巡った。

 両拳は血が出るのも厭わず強く握りしめられ、あまりに力が入りすぎて腕が振るえる。体内を駆け巡るモノを逃がさないように、歯を食いしばりライトは天を睥睨した。これがなんなのか、既に答えは出ていた。

 

 ―――これは怒りだ。

 

 抑えきれない怒りが行き場をなくして体内で暴れているのだ。

 

 ―――ならば、然るべき相手にこそ向けるに相応しい。

 

 この怒りと無念は、余すことなくすべての元凶に向ける為に使おう。

 

 ―――これは復讐だ。

 

 正義など掲げない。そうでなくとも人は殺せる。怒りをぶつけられる。

 その為ならば明るい道など必要無い。目的を果たす為ならば、自分は暗がりを選ぶだろう。道半ばに散った村人達の、スイの希望を、ミイの明日を、アミィの未来を奪った罪を果たせるなら。

 己の持つ全てを賭して戦おう。

 天に向かって吠える。

 決意を忘れないように、スイの指輪を左手薬指にはめる。

 せめて、報われるようにと。忘れぬようにと。

 これが―――復讐の始まり。


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