あれから、呆然とする事1時間とちょっと。腹がぐぅ〜となった事により、まずは朝食を食べる事にした。
テーブルの上に置いてあった朝食を震える手を何とか駆使して食べ終わり、洗面所で顔を洗って、歯を磨いた後、再度自分が寝ていた部屋に戻った。
「俺が本当に『真中淳平』になったのか、それを確かめるためにも、学校に行くしかない…か」
投げ捨てていた学生服に袖を通し、『真中淳平』が昨夜寝る前に準備したであろう鞄を持って泉坂中学へと登校することにした。
学校の場所は分からないが、既に時計の針は10時を指している。遅刻は確定…なら学校に向かいながら、本当にここが『いちご100%』の世界なのかを確かめて行くことにしようと思う。
気持ちを引き締めて、玄関に手を掛けて外に出る。夢であるようにと、内心で思いながらも目に入ってくる光景は、俺が見た事のないモノだった。
これで、ここが俺の住んでいた家ではないという事が確実となった。
道行く道、目に入る建物、そのどれもが見たことのないモノだった。深夜お世話になっていたコンビニは知らない建物になっているし、足繁く通ったゲーセンはピアノ教室やっていますと書かれた建物に変わっている。
ここが、俺のいた町ではない事も確実となった。
生徒手帳に書かれている、住所の所にあるだろう泉坂中学に向かう為足を動かし続ける。
俺が本当に『真中淳平』になっているのかを確かめに…。また、本当にそこに原作のキャラ達がいるのかを確かめに……。
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電信柱や標識に張ってある住所を頼りに道を歩いていくと、右の方に大きな建物が見えてきた。
あれは…学校?ちなみに、道中『真中淳平』の家までの道を覚えながら来ている。
校門は既に閉まっていて、中に入れないようになっていた。その校門の横にある表札??には『泉坂中学校』と書かれている。
本当にあった…。まだ、内心で本当にあるとは思っていなかった学校が目の前にある事に少しだけ呆けてしまう。
数秒後、俺は溜め息を一つ出してから思考を切り替えて校門を乗り越える事にした。そして、学校の中に入るために生徒用玄関に向かう。
腕時計を見てみると、10時30分を少し過ぎている事に気付く。という事は、3時間目が始まっているところなのだろう。
それにしても、今が体育の時間じゃなくて助かった。じゃないと、誰かに見つけられた可能性が大だから。
そんな事を考えながら生徒用玄関と思しきところから、『真中淳平』と書かれた下駄箱を探し出し、上履きに履き替えて自分のというか『真中淳平』の教室へと向かう。
生徒手帳に書かれている学年とクラスは、既に確認済み。あとは、俺が、本当に『真中淳平』になったという事実を『確かめる』だけだ。
3年4組…そう書かれている教室の後ろのドアに手を掛けた。教室では、国語か古文の教師の声がしている。そして俺は、意を決してドアを開いた。
「…遅れてすみません。寝坊してしまって……」
「真中か。仕方ない奴だな。あとで担任に、直接言って来い。直ぐに教科書を開いてノートを取った方がいいぞ。今、期末テストに出るところをやっているからな」
「はい…」
『真中』か……本当に、俺は『真中淳平』になっているんだな。
一つだけ空席になっている席に座り、鞄から国語の教科書とノート、筆記用具を取り出す。
クラスの奴らはそんな俺の行動を一目見てから、教師に顔を戻していく。だが、二人の男だけは俺に顔を向けたままでいた。
そいつらは、『大草』と『小宮山』。原作では直ぐに天地に場所を取られた二枚目キャラと最後まで出続けた不細工キャラだ。
俺はそいつらに構わず教科書とノートを机に広げて、黒板に書かれている全てをノートに書き写していく。
それは内心、本当の本当に『真中淳平』になってしまった事にままならない感情を抱いて頭がパニックになっていたからで、今は少しでも気持ちを落ち着かせるのを先決しようと思ったからである。
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「よぉ〜真中、何で今日は遅刻して来たんだ?」
「それにさっきの時間、俺達の事を無視するし…どうしたんだ、お前?」
俺の席に近づいてくるなり、そう言って来るのは『大草』と『小宮山』の二人。今の時間は3時間目が終わり、次の授業の準備をするための10分休憩の時間だ。
それに、こいつらが俺の所に来るだろう事も分かっていた。それはこいつらが『真中淳平』の友達だからだ。
そして、俺は『真中淳平』であって『真中淳平』じゃない。『外身』は同じでも『中身』が違うのだから当然だな。
「…寝坊したからだって先生に言ったろ?無視したのは、先生がこっちを睨んでたからだ。むしろ、俺はお前らを助けたんだぞ?」
「あぁ〜確かに言ってたな。何だよ、お前もやっとコッチに興味出てきたのか!」
「小宮山、お前はうるさい。でも、先生が睨んでたかぁ〜それなら仕方ねぇな。礼は言わねぇけど」
「真中も遂に分かったんだな。なら、今度俺のA○貸してやるから、お前が持ってる○V貸してくれよ!」
『小宮山』が横で中学生男子がするような事を言ってくる。はっきり言ってうるさい。
『大草』は小宮山を無視して俺に話し掛けてきているが…正直凄いと思う。まぁ、俺もこのうるさい奴を無視することには賛成なんだが…。
こうまで、はっきりと無視されているのにも関わらず、話し続ける小宮山もある意味で凄い奴なのかもしれないな。
「…次の時間がそろそろ始まるみたいだし、席に戻った方がいいんじゃねぇか?話なら昼休みに出来るだろ?」
「…それもそうだな。なら、昼休みにな」
「で、俺のA○ってのはな、女○師モノでよ、これがまたエロいのなんのって…って、大草が席に戻るみたいだし、俺も戻るか」
「あぁ…それから小宮山。偶にはお前も授業中寝てないで、少しは黒板に書いてあるのくらい、ノートに写せって。さっきの時間も寝てたしよ」
「…真中がそんな事言うなんて珍しいな。まぁ、でも大丈夫だ。俺は天才だから授業なんて寝てても怖くねぇんだよ。ハハハハハ!」
泉坂高校に補欠合格をしたお前が言っても説得力はないぞ。ま、それは原作の『真中淳平』もだが…。
それにしても……斜め横に顔を向ける。そこには黒髪を三つ編みにして、分厚いビン底のようなメガネをした少女が文庫本を読みながら次の授業が始まるのを待っている姿がある。
『東城綾』…やっぱり、この時はまだ周りにその美貌は知られていないのか…。
というか、この時期は原作の初っ端なのか?…放課後屋上に行けば東城に会えるかもしれない……行ってみるか。
東城から視線を切り、次の授業の準備をする。次は、数学。俺の苦手な科目の時間だ。
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そして、昼休み。俺達(俺、大草、小宮山の三人)は購買でパンをそれぞれ買って、俺は職員室に遅刻した事を告げに、大草と小宮山は教室へと先に戻って行った。
怒られる事、約10分。素直にすみませんと頭を下げ続けたお陰だろう。その時間で説教を終える事が出来、俺は自分の教室に戻る事になった。
『自分の教室』…か。まだ2時間程しか過ごしていない教室をそう感じるのもおかしいな話だ。
「なぁ、つかさちゃん。いい加減さ、俺と付き合ってくれない?3日連続で告ってんだけど俺ってば」
「だからぁ、あたしはあなたと付き合う気なんて、これっぽっちもないって言ってんの。それに、こんなにしつこい人を好きになる子なんて、きっといないよ」
教室に向かう途中、そんな話し声が聞こえてきた。おそらく告白の現場らしいが、なぜ『西野つかさ』の告白現場に出くわさなければならないんだ…。
「な、なぁに言ってんのか分かってる?俺ってば、ボクシング部に入ってて、高校からもスカウトされてんだけど、知らないかなぁ?」
「ボクサーが何なの?あたしは、あなたと付き合わないって言ってるだけ。力に頼る事しか出来ないなんて…本当、あたし…あなたの事嫌い」
西野。お前の言いたい事は俺も分かる。そんな奴とはお前は釣り合わないと思う。それは、この『真中淳平』も然りなんだけどな。
でも、それ系の男からの告白をそんな風に蹴るのは良くない。お前が嫌いな直ぐに力に頼る事を、その男は絶対に使ってくるんだから。
「……顔はこんなに可愛いのに、言う事がいちいちうるさい女だな。…だが、いいさ。それなら俺の事を『好きになってもらえば』いいだけだからな!」
「何を言って…キャッ!!」
西野は男に腕を取られ、男の腕の中にその細い身体を抱かれる。
西野はその事に嫌悪の表情を出して、自由な方の腕で男から距離を取ろうとするが、それも西野の細腕じゃ無理に決まってる。
「離しなさいよ!こんな所、先生にでも見つかったら…」
「はっ!ここは職員室からは見えねえよ。この場所に誘い出すのには苦労したが、これでお前は俺のもんだ」
はぁ……全く、俺はまだこの『世界』に来て半日も経ってないんだぞ?それなのに、何でこんな現場に出くわすんだよ。
これはあれか?俺に西野を助けろって言ってんのか?俺が西野と交流を取らないつもりだと分かったからか?
……はぁ、目の前で助けを求めている女がいたら、助けない訳にはいかねぇよな。
それが例え、この『世界』から『俺』に向けられたモノだとしても…。
でも、この身体が荒事に向いているとも思えないし………ここはコレしかないな。
「先生来てください!こっちで西野さんが襲われています!!」
「な!?誰かいやがったのか!ッチ…つかさちゃん、放課後にまた会おうね」
「誰があんたなんかとッ!」
男は俺のその言葉を聞くと、直ぐに西野を離してその場から去って行った。
その場に残ったのは、男に掴まれていた腕を抑えて地に座っている西野と、影から出てきた俺だけだ。
「怪我はしてないみたいだな。よっと…」
「んっしょ…君が助けてくれたの?ありがとう」
「いいよ、気にしなくて。それより、放課後は友達の女の子数人と帰った方が良いと思う。さっきの男が来るかもしれないし。んじゃ、俺はこれで…」
俺は西野に手を貸して立ち上がらせると、背を向けて今度こそ自分の教室に向うために足を前に出した…のだが、俺の足は前に進む事が出来なかった。
それは、後ろから手を掴まれたからで、誰が手を掴んでいるのかも分かる。分かるのだが…。
「ねぇ…なら、君が送って行ってよ」
「………」
何でこうなるんだ…。そして、それと同時に昼休みの終わりを告げる鐘がなった。まだ、昼食を食べていないんだけど俺…。