Golden Arrow   作:ibura

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王様

鉄さんに江ノ島への編入の話をしてから一週間後、輝也は江ノ島高校での編入の手続きを終えた。

鉄さんが、しっかりと準備をしてくれたおかげで何の問題もなく編入をすることができた。

担任となる近藤先生とも話したが、残念ながら近藤先生はSCの顧問ということが分かった。

 

 

 

あの日編入についての話をした後、輝也は鉄さんから江ノ島高校にある2つのサッカーチームについて教えてもらった。

公認の部である”SC”と同好会の”FC”の2チーム。

鉄さんが監督を務め、輝也が練習に参加したチームが同好会であるという事実に少し驚いたが、逆に鉄さんのチームらしいとも思った。

今いるメンバーは荒木をはじめ、鉄さんがクラブチームを回り熱心な勧誘を受けて入学・入部した人も多かった。

近藤先生からはSCに来ないかと言われたが、鉄さんがいるFCでやりたいし同好会でもSCに勝てば学校の代表として公式戦にも出場できるらしいので断った。

 

そうして輝也にとっての江ノ島高校での高校生活が始まった。

同じクラスにはFCの荒木や兵藤、紅林、堀川がいて、SCの10番であるらしい織田 涼真もいた。

当初の予定通りSCではなくFCに入部し、編入後から正式に練習に参加するようになった。

荒木とは代表でもやったことがあり知り合いだったが、練習を重ねるごとに他のメンバーとも仲良くなっていった。

普段はグラウンドは使えないが、ビーチサッカーでも十分に練習になり、逆に砂浜での練習のため強くて速いパスサッカーを習得することもできる。

鉄さんの掲げる”楽しいサッカー”に、輝也は強く惹かれた。

駆も無事に江ノ島高校に合格することができ、一番の不安も解消することができた。

 

 

 

そして月日は流れ、駆達が入学してくる2週間前になった。

これまで何度かSCの練習試合を見に行ったことがあるが、確かにSCは強かった。フィジカル中心の戦略はシンプルだが、その分脅威にもなると感じた。

荒木がいて勝てなかったらしが、実際に試合を見ることでそのことに納得できた。

だがSCは確かに強いが、駆が入部して輝也や荒木との連携の精度を高めれば俺たちFCにも十分勝てるチャンスがあるとFCのメンバーは思っていた…………しかし。

 

 

「なぁマコ、今日も竜一のやつは練習に来てないのか?」

「そうみたいだな、これで春休みに入ってから3日連続だぜ」

そう、荒木が練習に来なくなったのだ。

確かに荒木はマイペースな奴で、練習途中にサボることもあったが輝也が入部してから連絡もなく部活を休むことは一度もなかった。

「確かに最近、”辞めてやる”とか言ってたけど、まさか本気で辞めちまったのか」

最近の練習終わりに、荒木はよく「もう辞めてやる」ということを言っていた。

確かに1年間SCには一度も勝てず、公式戦には出場することができなかったが、まだチャンスは十分あると輝也は思っていた。

荒木も同じことを言っていたのだが、それが一転、最近では諦めてきてしまっていた。

「あいつのことだから、すぐ戻ってくるだろ」

「まぁ淳平の言う通りだな」

俺とマコの会話に淳平が言ってきた。

「まぁそうだな。それじゃあマイペースな王様はほっといて練習始めようぜ」

どうせ荒木のことだ。あと2、3日したら帰ってくるだろう。

そう思っていた。

そして3日後、荒木は練習に顔を出した。

 

 

 

しかしその体型はサッカー部ではなく、相撲部そのものだった。

 

「おい、竜一。お前なんだその腹は」

「あぁ、これな。運動やめたらいっきにこうなっちまった。昔から太りやすい体質だったけど、これには自分でも驚いてる」

は?運動をやめた?

「ちょっと待てよ荒木。運動をやめたってどういうことだよ」

マコも輝也と同じところに疑問を抱いたらしい。

「そのまんまだよ。俺はサッカー部をやめた。前から兼部してた漫研一本に絞ることにしたんだ」

「なっ」

輝也は絶句した。目の前の立っている王様は今、確かに言った。

サッカーを辞めたと。”辞める”ではなく”辞めた”と言ったのだ。

「おい、竜一。お前何寝ぼけたこと言ってんだよ」

「そうだぜ荒木。SC倒して国立行くんじゃなかったのかよ?」

「無理だ。あのチームに勝てるわけがない。あいつら、去年よりも完成されたチームになってるじゃねーか。いくら輝也が加わったからって、やっと11人そろうかどうかのFCじゃあいつらにはかなわない」

「もし、そうだとしてもさ。岩城ちゃんの言葉を忘れたのかよ?」

「………」

マコが言った鉄さんの言葉というのは、このチームの目指すもののことだ。

国立や選手権優勝を目標のすべてにするのではなく、ナショナルチームの代表としてワールドカップで優勝することを目標とする。

そんな鉄さんらしいスケールの大きい考え方のサッカーをこのチームはコンセプトにしている。

「確かに岩城ちゃんの考えは夢がある」

「ならっ!!」

「だが、それはただの理想論だ。現に俺らは結局砂浜でのビーチサッカーだけで1年間が終わっちまった。総体予選、選手権予選、神奈川リーグ…何もかも指をくわえて見てるだけだった。惨めだったよ」

「……竜一」

「公式戦にも出れないチームで、3年間ビーチサッカーをやるぐらいなら、いっそ辞めたほうがましだぜ」

 

 

そういって、荒木は帰って行った。

マコは追いかけに行こうとしたが、輝也は止めた。

「止めとけマコ。追いかけても今の竜一に説得は無理だ」

傑が認めるほどのパスセンスを持つ天才だが、昔から我が儘でマイペースで自己中心なやつだった。

そんな荒木には輝也も傑も手を焼いていた。

そして、昔からこうなると何を言っても無駄なことを輝也は知っている。

「だけどさぁ輝。あいつが本当に辞めたらSCに勝つのは厳しいぜ。いくらお前が目をつけてる新入生が入ってきても、あいつのパスがなかったらSCから点をとるのはキツイ」

確かにマコの言う通りだ。

輝也や駆がこのチームに入っても、あくまでも俺たちはフォワードだ。やはり王様のパスが必要となる。

このチームにはあの”ファンタジスタ”は必要なことは全員が分かっている。

 

さらにそれだけではない。

「それに、あいつが辞めたら。部員が10人になっちまう」

もう一つの問題が部員の人数が足りないということだ。

輝也が編入してくる前には11人いたチームだが、残っていた2人の三年生のうちの1人が春休みに入る前に辞めてしまった。

そんな中で荒木にまで辞められたら、駆が入ってくるとしても11人とギリギリになってしまう。

もし怪我人が出ても、控え選手がいないので10人で戦わなければいけなくなる。

やはり荒木の退部はチーム事情を考えてもかなり痛い。

「とりあえず、このことは俺から鉄さんに伝えとくよ。

 あいつのことだから、そのうちひょっこり帰ってくるだろ」

「そうだといいけどな…」

輝也の言葉にも、マコは不安そうだった。

輝也も内心は不安だったが、荒木を信じて待つしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、そのまま入学式の日まで荒木は練習に姿を見せなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




少し短いですけど、ここで区切ります。
次回から駆達も入学し、原作通りの流れになっていくと思います……たぶん。

感想などあれば待ってます、

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