あぁ神様、お願いします   作:猫毛布

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21 大きな気持ちと小さな野望

 温かいココアを飲みながらソファに(もた)れる。

 ユウが私達を拒絶して数時間。色々と考えてみたけれど、やっぱり分からない。

 頭の中にどうして?と何ども浮かび上がって、消える。

 

「ただいまぁ……」

「あ、アリシア。お帰りなさい」

「疲れたァ」

 

 アレからすぐに用事が出来たとかで家に居なかったアリシアが帰ってきた。疲れた様子で靴を脱いで、重そうな紙袋を抱えている。

 

「手伝おうか?」

「んー助かるよォ」

 

 ズシリと重い紙袋を持ち上げてリビングに持っていく。後ろからアリシアが『ぁ゛ー』と自分の肩を叩きながらゆっくりとした足取りで歩いてくる。

 

「あぁ、お母さんなんだけど。今日は本局に捕まってるから遅くなるよ」

「そうなんだ。アルフは?」

「母さんの助手として連れてかれたよ。まったく、本局の人は研究者を知識の便利屋とでも思ってるのかにゃァ」

「母さんはスゴイから」

「そうなんだけどね。あ、今からお湯沸かすんだけど、何か淹れようか?」

「ココアをお願い」

「はいはーい」

 

 キッチンからのアリシアの声に応答して、持っていたココアを飲み干す。インスタントだから仕方ないのだけど、底に甘い部分が溜まっていて、どうも上手く出来てなかったらしい。

 

「むぅ」

「カップに恨みでもあるの?」

「底に甘い部分が」

「あぁ…ちゃんと溶かさないから」

「アリシアこういうの上手いよね?」

「まぁ、普段から結構飲んでるから……フェイトだからありえないんだけど、インスタントばっかり飲んでるから上手いんだよね、って結構な嫌味だと思う」

「え、そんな事思ってないよ!?」

「知ってるよ。フェイトだもん」

「よかった…あれ?でもなんとなく馬鹿にされたような…」

「気のせいよ」

「気のせいなんだ」

 

 なら大丈夫……なのかな?

 湯気の昇るカップを傾けて、アリシアは紙袋の中の資料を取り出す。チラリと覗けば空白を見つけるのが難しそうな程詰められた文字文字文字。

 ソレを数秒ほど眺めて、次のページを捲るアリシア。

 

「新しい研究?」

「ううん。ユーノンに無理を言って作ってもらったとあるロストロギアの資料」

「とある?」

「うん、アンヘル」

「ッ……」

 

 彼の左手に埋まった赤い石。その名称であり、私がこのまえ頭に詰め込まれた知識でもある。

 応答しながらも紙を眺める目は忙しなく動き、またページが捲られる。

 

「ねぇ、アリシア」

「んー?」

「……ユウはどうしてあんな事を言ったんだろう」

「……」

 

 次のページを捲ろうとしていたアリシアの手が止まる。一度溜め息を吐かれて、資料が机に置かれた。

 

「フェイトは、ユウちゃんの事を信じてるの?」

「信じ……信じたい」

 

 信じてる。なんて私には言えない。彼が何を考えて、何を想って行動してるのか、さっぱり分からない。分からないからこそ、以前から嫌われていたなんて事も考えれる。でもソレを必死に否定してる自分がいる。

 

「ならさ、アナタの想像するユウちゃんがもしも、本当に私達を嫌ってた事を考えて?」

「嫌ってたら……」

 

 嫌ってたら…。他人である私達を命の危険を冒して助けた彼。でも、ソレは私達をコロリと落とす為で。

 

「ストップストップ。彼の言うことを一から十までそのまま受け取っちゃダメよ」

「そうなの?」

「私が何十時間彼と研究してると思ってるのよ…まぁ研究と言っても私が一方的に教えられてるというか、教われてるというか……いや、これはどうでもいいか」

「襲われてるって…」

「知識で押しつぶされるって、怖いわよ」

 

 アリシアの目は、真剣だった。真剣すぎて怖い。

 

「私達は私達が知ってるユウちゃんを信じればいいの。途方もなく頭が回って、馬鹿みたいにお人好しで、勝手に問題を解決しちゃう、そんなユウちゃんを信じればいいの」

 

 お人好しで、頭が良くて、優しいユウ。そんなユウが私達を嫌ったのは、何故?どうして?

 嫌うにしても、ユウなら自然消滅するような事も出来ただろう。どうしてソレをしなかった?どうして?

 

「仮定、ユウちゃんが焦ってるとしたら?」

「焦ってる……?」

「まぁ結果から見た仮定だから、信用も試用も思想すらないモノだけどね。

 彼が焦ってるならある程度の理由は納得出来る。私達を嫌ったのが本心からでは無くて、私達を守る為ならば?焦る程に時間が無くて自然に距離を取る事も出来なかったら?」

 

 アリシアが仮定を並べる。それは“もしも”の事で、実際の事は分からない。

 ユウがわからない。いや、わかったことがあっただろうか?

 

 ない。あるはずがない。私はユウじゃない。私は、ユウでもなければ、母さんでもなく、アリシアですらない。私は私だ。

 

「…アリシアは、強いね」

「強くなんてないよ。今でさえ不安よ。不安だから、私に出来る事をするの。で、行き着いた先が、コレ」

「……フフ、そっか」

「そうなのです」

 

 アリシアと私は苦笑する。

 いつものユウを想像して、イメージを固める。

 そうだ、それこそ彼なのだ。ならば、私はソレを信じればいい。彼が嫌っていても、それがなんだと言うんだ。私は私の意思で、彼を想うのだ。

 何かがストンと胸の中に落ちてきた。ソレはゆっくりと私を優しく暖めてくれる。

 母さんを想った時とも、アリシアを想う時とも違う、別の感覚。私はこの感情のことをよく知らない。知らないけれど、これはイイ感情だと思う。

 

「ねぇ、アリシア」

「んー?」

「私も手伝っていいかな?」

「いいよー」

 

 私はこの感情を守りたい。守る。

 だからこそ、私は近くにあった資料を手に取り、アリシアと一緒に作業する。

 

 

 

 

 

「アリシア、ごめん、ここなんだけど」

「翻訳用のソフトでも作ろうかしら」

「ごめんなさぃ」

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆

 

「………はぁ」

 

 布団を押しのけてカリカリと頭を掻く。

 一日程気落ちして、ソレを取り繕って疲れたのだろう。窓から見える空には月が浮かんでいた。

 朝から何度も考えた。考えて、考えて、考えて、考えた末に答えはさっぱり出てこなかった。いっそこれが恋愛小説ならば、彼は私を嫌った理由を明確に言ってくれた筈だ。

 一方的拒絶がこれほど響くとは思わなかった。それだけ彼を想っていた、と思えば少しは気が晴れる。と無理やり自分を納得させる。

 

「アホらし、終わった事やん」

 

 終わったのだ。朝のランニングも、彼との関係も、彼への想いも、私の想いも。

 なぜ今なんだろう。本当に彼が私を傷つけるつもりなら、もっと効果的な方法があったはずだ。例えば夏祭りとか。

 

「うわぁ…それは嫌やなぁ」

 

 ふと想像してしまって、嫌悪する。たぶん、今の状態よりも酷いことになると思う。

 

 

 

 あぁ、ダメだ。私は、もうダメかも知れない。アレだけ彼に拒絶されたというのに、次には彼の事を考えている。

 まだ心のどこかで否定しているのだろう。我が心ながらよく足掻いている。

 

―お前の事、嫌いだったよ

「だった、ってなんやねん……バカ」

 

 ぐしゃりと髪を掴んで、溜め息を吐く。結果を見てみればなんてことはない。

 彼が私を否定して、私が彼を拒絶した。

 それだけの事だ。それだけの事なのに、心の中には違和感が溢れて落ちる。

 

 どれだけ悩んでも答えが出ない。出せない。……

 

「ちゃうな…出さへん、か」

 

 思わず苦笑が出てきた。どうせ否定してしまう答えしか出てこないのだ。八方塞がり、というか自分で防いでいるのだから仕方ない。鼠を追い詰めたのは猫じゃなくて鼠自身だったということだ。

 こういったバカみたいな事を考えてるのも全部アイツの御蔭で、やっぱり思考の何処かには彼が居座ってる訳で。

 

「…………ダァーァ!!なんや色々考えすぎてわからんようになってきたァッ!!」

 

 グシャグシャと髪を手で乱して、息を吐く。思考を放棄する訳ではない。放棄するほど思考してもない。

 要は、私はこの関係においては自分だけしか考えられないのだ。損も得も、全て自分本意でしかない。

 ならば、ならばだ。

 

「こんなんで、納得できるかい」

 

 つまりは、そういう事である。

 全部彼から聞き出す。私の悪い所とか、嫌いになった所とか、……あぁ落ち込んできた。

 まぁソレも自分なのだ。無理に取り繕う必要なんて無い。悪い部分は即治す。素である自分を好きにさせる。

 

「あぁ、なんや。えらい簡単に答えはでるんや」

 

 ふふふ、と口から漏れた笑い。さっきの苦笑とも違う、口から出てしまった笑い。

 言うに易し、行うに難し。相手は彼だ。

 自分が思ってる程容易くはない。自分が思ってる以上に傷つくかもしれない。自分が思える範囲ではないかもしれない。

 それでも、やるのか?やるしかない。やると決めたのだから。

 

「夜天の王は、欲張りである。なんて、歴史に書かれてるんかもなぁ」

 

 また漏れ出した笑いを抑える意味はない。いや、意味なんてイラナイ。欲しいのは、一つだけ、一人だけなのだから。

 そんな私の小さな野望を知っているのは、私だけでいい。お月様も見ているだけなのだから、聞きはしていない。

 

 


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