あぁ神様、お願いします   作:猫毛布

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18 殺す為に生かし、生きる為に壊れる

 彼に魔法、という物を掛けたらしいプレシアさんは溜め息を吐く。まるで、どうして私がこんな事を、と言いたげに。

 

「さて、コッチに話を戻しましょう」

「そうですね…」

 

 リインフォースさんとプレシアさんは互いに目を合わせてから、ゆぅ君…だった彼女を睨みつける。

 状況は悪い、が恐らく最悪ではない……と思いたい。

 

「で、コレの状況は?」

「最低ですが、最高の状態です」

「最低ね」

「いえ、最悪かもしれません」

「あぁ、二人で話せんといてくれる?」

「スイマセン、我が君。私としては、一刻も早くあなたをこの場から遠ざけたいのですが……」

「ソレは、出来んなぁ」

「知っています。ですが、それ以上に我侭を許す気はありませんよ?」

「……わかった、と言っとくわ。で、簡単に説明して?」

「彼女の体の状態は最高に良好です。同時に彼の生存が危険です」

 

 その言葉に私とはやてちゃんは眉間を寄せる。

 当然である。最高の状態なのに、最低な状況だった。ただそれだけなのだ。

 

「うーん…もうちょっと簡単に言うて?」

「私がアナタに夢を見せていた状態に限りなく近しいです」

「わかった、最悪な事を理解した」

「ご理解いただき感謝を」

「問題は、コレに一切私達の魔法が効かない事もあるわ…」

「………」

 

 沈黙。為す術がない。

 改善もできなければ改悪も出来ない。それこそ、いや、考えてはいけない。

 ふと、溜め息が聞こえた。聞こえた方を見ればリインフォースさんが眉間にシワを寄せていた。

 

「……いい加減に、寝たふりはやめたらどうですか?」

「……寝たふり…って訳じゃなかったんだけど」

 

 ムクリと白い肌の少女が起きる。開いた瞳は、色の混ざりすぎた黒で塗りつぶされている。

 彼女は肩を竦めて、息を吐いた。

 

「はじめまして、と言える人間が多いからそう挨拶させていただくわ」

「アナタ、誰?」

「御影夕に見える?残念。彼はワタシの中に居るわ」

「誰、と聞いているのよ、小娘…!!」

 

 声を低くしたプレシアさんは少女に杖を向けて睨みつける。

 その声に萎縮してしまった私達に比べ、杖を向けられた彼女は平然としている。

 

「ワタシに……小娘?上等ね、ガキが……」

「なっ!?」

 

 彼女から溢れ出した赤黒い何か。ソレが杖を伝い、プレシアさんの腕を這い、グルリと彼女を拘束した。

 一瞬で、本当に、瞬く間、と言っていい程に速かった攻守の逆転。

 

「永遠を生きるワタシを小娘?上等じゃない、常套手段ではないけれど、殺してあげるわ。娘さんにはどう説明してあげようかしら?」

「アンヘル、やめてください。一刻を争うのは知っているんでしょう」

「あら、夜天の書。お互い、とは言いづらいけれど、お互いいいご主人様にあったらしいわね」

「そのようです……」

 

 アンヘルと呼ばれた少女はまた肩を竦めて、溜め息を吐いた。

 シュルシュルと赤黒いソレを体の何処かへと戻して、彼女は改めて口を開いた。

 

「ごめんなさい、気が立ってた、と過去形ながら言わせていただくわ」

「……で、アナタは……」

「わかってる…と言ってもアナタとリインフォースだけのようね。ワタシの名前…というべきか、名称はアンヘル。宿主を喰らい、生きる事を続ける物体よ」

「宿主を…」

 

 喰らう。

 その宿主は彼であり、そして彼女は彼を喰らい続けたのである。

 どうして?どうして彼が?どうして彼じゃないとダメなの?

 頭の中がループする。

 どうして?どうして?もしも、もしも。

 

 大きく息を吸って、ゆっくりと吐く。

 今はそんな事を考えている時ではない。そんな事、彼が死んでからでも、彼を助けてからでも、彼に応えてもらっても、どれでもいいんだ。今考える時ではない。

 私は真っ直ぐに少女を見つめる。

 そんな私を見て、彼女は面食らった様にキョトンとして、ニヤリと笑った。

 

「え?」

「で、アンヘル。彼の状態は?」

 

 思わず出た声がリインフォースさんの言葉にかき消され、ニヤリと笑った彼女の顔は呆れた顔に変わっていた。

 

「言った通り、最低だったわ。暴走が発動するタイミングでワタシと入れ替わって、システムを掌握。同時に侵食システムの対象をアンヘルの本体に設定。暴発に伴い、アンヘルは壊れて、兵器は壊れました、と」

「待って、待ってぇや!アンヘルは、アンタの事やねんやろ!?」

「アンヘル自体は夜天の書と一緒よ。違うのが、アンヘルという人物をベースに生まれたのがワタシで、夜天の書というシステムが生み出したのがリインフォースというだけの話」

「……今、アレはアンヘル本体なのね?」

「ご明察。最低な事にご主人様は道具に死を与える為に生かして、自分は生きる為に壊れる。ホント、矛盾もいいところよ」

「って事は、夕君は……もう…」

「まだ生きてるんだよね?」

 

 思わず口が開いた。

 少女は私を見ながら、ニンマリとして口を開いた。

 

「そうね。ご主人様は生きてるわ」

「ほ、ホンマか!?」

「ただ、ワタシが彼を生き返らせると思う?」

「ッ……!!や、やったら力ずくでも…!!」

「夜天の王よ、少しは分を弁えろ。貴様の前にいるのは幾多の世界を喰らった化け物だぞ?それに、我が主はこの結果を望んでしまったんだ」

「夕君が……?」

「ワタシの為に。ワタシを殺す為に、ワタシと代わった。自分は壊れて消える為に。リインフォース、貴女にならわかるでしょう?」

「……はい」

「それに、せっかく得た生よ?ソレも死ぬことを許された人生!!最高じゃない!!ようやく、ワタシは死ねる!!死ぬことを許された!!」

「でも、ソレを貴女は望んでないんでしょ?」

「あら?生きたいと思うのは普通でしょ?死にたいと思える事は普通でしょ?死ぬことを許されなかったワタシが死にたいと思うのは」

「それでも、貴女はソレを望まない」

 

 コレは、確定している事だ。

 だって、彼女が本当に望んでいるなら、寝たふりを続けていればそれだけで終わったのだ。説明も何もなく、彼は消えてしまった、と言えば、それだけで終わる。

 でも彼女はそうしなかった。

 

「彼が望んだ事よ?」

「そう…なんだろうね」

「だったら、道具として叶えてあげるのが本望でしょ?」

「アナタが真っ当な道具だなんて、私は始めて聞きましたよ?」

「リインフォース!!うるさい!!」

「失礼、レディ」

 

 先程までのコチラに対しての攻撃的な雰囲気を一変させて、少女は空気を柔らかくした。

 なんというか、可愛らしくなってしまった。今もリインフォースさんに向けて“ぷんすか”という風に頬を膨らませて両手を上げている。

 そんな彼女をリインフォースさんはクスクスと笑って謝っている。コレが彼女達の正しい関係らしい。

 

「こほん。敢えて態度は崩さないようにしてたのに……むぅ」

「えっと、」

「あぁ、ごめんなさい。色々とワタシにも思ってる事があってね」

「コレが彼女の素です」

「リイン、ちょっと性格が悪くなった?」

「おや、アナタと最期に会ったのは一世紀も前のことです。変わるには十分ですよ」

「最高な変わり方ね。もっと早くに変わってもよかったのに…」

「今の主だから、と言ってもいいかもしれません」

「あぁ……腹黒そうだもんね」

「ちょい待たんかい!!なんで私に矛先向いとるんや!?」

「あら、夜天の王様がお怒りよ?怖い怖い…ふふ」

「恐ろしや、恐ろしや……ふふ」

「リイーン?」

「失礼、我が君。空気は和らいだでしょう?」

「そうよ、少しぐらいはいいじゃない夜天の王。真面目な話は『ひょーじょーきん』が固まりそうでダメね」

「おや、筋肉は赤黒いんでしょう?」

「触手で全部代用できるから、表情も自由自在ってね」

 

 彼女ら二人は楽しく笑っているが、こっちは笑えない。ブラックジョークすぎる。

 

「で、アレは助けれるの?」

「彼の計画では、ワタシと代わって、最低限の遮断…魔法関係者達とここに居るであろう人物達を遮断して、後は自壊するっていう計画で終わってた」

「ここに?」

「ソコにいるクソ野郎…あー、失礼、家畜以下の生物を助ける為の計画に携わってる人物…プレシア・テスタロッサ、リインフォース、シャマル…だっけ?は当然遮断」

「私は含まれてないんか?」

「リインフォースがここに居る可能性から夜天の王様も遮断」

「……じゃぁ、私?」

「そう、アナタよ。月村すずか」

 

 彼女は本当に嬉しそうに笑みを作る。

 私は…彼の予想ではここにいなかった……なのはちゃんに呼ばれた、私は。

 

「そこの畜生は一人だと思っていた、だって、もしもなんて可能性を考えると友達を連れてこない筈だ。ソレが彼の考え。まぁ現実はそう上手くいかないみたいだったけど?」

「あの時…私がなのはちゃんを止めに行ってたら」

「夜天の王様を確認して、彼は誰かを連れてきてる可能性を考える。ソレで手詰まり」

「……なんや、結果的によかった、ってこのことか」

「そう、状態は相変わらず最低。でも事情は最高に転機したわ!!」

「ちょっと待ちなさい。アナタには魔法も効かないのよ?どうやって彼の所に辿り着くの?」

「……あ」

「なんや…ぬか喜び?」

「ちょ、ちょっと待ってよ!!行く方法がない訳じゃないんだよ!?うん、ただ、えっと、何て言うか、うん、ぇー……死ぬかもしれない?というか」

「……」

 

 死ぬかもしれない。

 死ぬかもしれない。

 死ぬ?誰が?私が?彼が?

 答えは既に決まってるんだ。彼が死んだ世界なんて、考えたくない。

 そんなツマラナイ世界、私は望まない。

 

「……わかった、うん、もういいや。ワタシが悩んでも、どうせ変わらないし」

「えっと、ありがとう?」

「感謝は最後!…まぁ最期の感謝かもしれないけど?」

「アンヘル…」

「失礼、夜天の書。確認するわ。ワタシは助ける事が出来ない。お兄ちゃんに会った所で解決するか分からない。というか、お兄ちゃんの所に行けないかもしれないんだけど……」

「大丈夫。絶対に会って連れ帰ってくる」

「うーん、遠回しにワタシは殺されてるんだけど…まぁいいや。そんな事、何度もあった事だし」

「ごめんなさい」

「最期の謝罪は受け取らないよ。でも、最期じゃないから受け取ってあげよう。にへへ」

「すずかちゃん」

「はやてちゃん、私、行くよ」

「うん…無理したあかんよ?」

「もし逆の立場だったら?」

「無理しても連れて帰ってきて。んで、一緒に夕君を殴ろ」

「そうだね」

 

 私とはやてちゃんは二人して笑う。

 恐らく、彼が帰ってきたら、二人で抱きついてワンワン泣きそうなんだけど、今はそう言っておこう。

 

「準備は、なんて聞かないよ?出来てても出来てなくても、一緒なんだし」

「大丈夫だよ」

「じゃぁ、手を貸して?」

 

 私はベッドで上半身を上げていた彼女に手を伸ばす。

 その手を掴んだ少女はニヤリと笑って私をベッドへと引きずり込んだ。

 目が白黒しながら、次に見たのは、いたずらが成功したみたいに、にへへ、と笑っている少女の顔。

 まだ手はしっかりと握られている。

 

「ここから先は貴女一人」

「ゆぅ君が先にいるよ」

「わかってると思うけど、全部上手くいっても」

「助けれるよ…絶対に」

「……お兄ちゃんを、よろしくね?」

「大丈夫」

「あの人、嘘つきだから…」

「わかってるよ。特に自分の事に対しては偽ってばっかりだったから」

「うん、助けてあげて。あの子を」

「うん」

「貴女を導きましょう。愛おしい、我が主の元へ」

 

 そうして私の意識は引っ張られるように落ちていく。

 暗い。暗い。

 

 暗い。

 

 待っててね。ゆぅ君




~表情筋も触手で完璧!
 ブラックジョークもほどほどに

~夜天さんと天使さん
 何度か会ってる。吸収されたり吐き出されたりで意識下では結構会ってたり

~夕の計画
 高町さんはどうせ来るけど、流石に一人だよな…うん、どうせ一人で突っ走って来るはずだろ。

~アトガキ
 夕の救出は…うまくいけば、次で終わります。
 もしかしたら、二話程掛かるかもです。いや、纏めたら一話でどうにでもなるんですけど…。それはソレで…という感じです。

~嘘予告()
 驚愕のテーマパークへやってきた吸血姫!!何処かに居る筈のユウを探すために彼女は奔走する!!
 ある時は観覧車に乗り込み高いところから!!
 ある時はジェットコースターでカメラを探すように細心の注意を払い!!
 ある時はカフェで休憩し!!
 ある時はマスコットキャラクターと一緒に写真を撮り!!
 そして彼女は満足して帰っていく!!

 次回!
『カメラの場所は落ちる直前』ッ!!
 ぐ~ ま~ ぐまぐまま まっ!
 ぐげ…

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