ARMORED CORE V ―OASIS WAR―(改訂版) 作:キサラギ職員
相手がスキャン圏内に入るやスキャンを実施した。すかさずモード変更。ガトリングを敵ではなく地面にばらまく。地肌に弾痕が踊り、砂煙が上がった。
刹那、敵の腕部から怪しげな閃光が煌めき、距離を一瞬でゼロにした。
被弾。攻撃性レーザー検知。被照射地点が真っ赤に白熱した。アクティブ防御作動。瞬間的に溶液が噴射されレーザーを遮ると同時に装甲を冷却する。
ハイブースト。射線より回避。
過熱した装甲が、別の装甲へ熱を伝えることで自壊を防ぐ。
彼女は次射を撃たせまいとしてガトリングの引き金を絞り、地を蹴った。
そして唸る。
「レーザーライフルとは!」
謎の赤黒塗装のACが所持していたのは、携行ロケットの形状を模したレーザーライフルだった。第一世代型LAPSANE LR220。威力、重量ともに優秀で、傭兵たちの間でも愛用者が多い型である。ただしレーザー兵器は砂埃や煙を上げると威力が著しく減衰するばかりか射程距離まで怪しくなる。本来ならば市街などで使うべきそれを砂漠に持ち込んだ段階で選択に誤りがあると言わざるをえなかったが、実弾を越える射速と正確性は脅威性を有する。
敵を観察していた彼女は瞠目した。
どういうことなのか、敵はそのレーザーライフルがお気に召さないと言わんばかりに投げ捨てると肩部ハードポイントを回転させ、ブレードをマニュピレータで握った。高温の火炎が手元で作動、威嚇するかのように揺らめく。近距離向けのガトリングと、ブレードを握ったその不審な機体は、殺意さえ感じ取れない無機質な機動にて彼女に迫った。
どうやらこいつは近接戦闘を望んでいるようだ。射程というアドバンテージを放棄してでも近距離でやり合いたいとしか考えられない行動だった。
襲撃の目的も何もかも不明であったが、とにかくその意思だけは読み取ることができた。
機体に命じ、一気に近接戦闘に持ち込む。
両機一斉にガトリングを連射。赤黒二色の所属不明機(アンノウン)はそれをランダムな左右に揺らす機動で躱すも、フレイムスクリームは躱そうともせず真正面から埋めとめつつ射撃を続行。重装甲を実現する重装甲を実現する重量二脚型は伊達ではない。アンノウンの弾丸は悉く分厚い装甲ではじかれ四方八方に弾頭を散らしていた。
アンノウンのショルダーユニットから艦載速射砲と同程度の発射間隔で、弾丸が放たれる。
カウンターガン。自動で敵を捕捉、認識、射撃を行う内蔵銃。特性上、自らからもっとも近い敵性を排除するようになっている。もっとも近きもの、それは赤黒い機体、フレイムスクリーム。
いくら装甲が厚いとはいえ、ガトリングと合わせカウンターガンの斉射を食らってはもたない。やるまえにやれ。どこぞで耳にした鉄則を守るべく、グライドブースト。まったく同じタイミングでアンノウンもグライドブースト。5mの巨人が、衝突する。
ガトリングを真正面に構え、蹴りを食らわす素振りをこれでもかと見せつけながらショットガンを横合いから角度付けて撃つ。フェイク混じりの近接射撃。散弾に敵はコアごと撃ち抜かれて死ぬ。そのはずだった。
一瞬で、アンノウンが視界から消えていた。
フレイムスクリームが真上からのしかかった重量に押され砂地に膝を突く。
アンノウンの背面部でブーストが煌めく。ACを象徴する特殊機動、ブーストドライブの証だった。操縦席の衝撃・G緩和機能が働くも、完全に殺せなずにGで首が曲がりそうになった。内臓と血液が下がり、視界が暗くなる。ブラックアウト。めまいがした。
思わず悪態を吐いた。
「この野郎……ッ」
自分が踏み台にされたのだと気が付いたころには、既に背後を取られていた。
敵機は得た勢いと各部ブースタを利用して独楽のように回転して向き直った。
インレンジ。ただし敵の。ることにある。
背筋に鳥肌が立った。相手が真後ろにいるという恐怖に。
ハイブースト。ブーストノズルが偏向、火を噴く。巨体が慣性に従い、ゆっくりと回避に移行する。
逃れんとブーストに火を灯す重厚な後ろ姿を潰さんと、赤黒二色の機体がしなやかに腕を振るう。陸戦兵器の弱点であり死角である無防備な背面に、鉄さえ容易に両断する出力のレーザーが刺さった。
あまりの高温に、回路が途切れる。切られる。外部からの熱でノズルが沸騰し泡立つ。ブースト気流がそれに引っ掛かり乱れ、ノズルが緊急停止。プラズマ炎がフレイムスクリームの背面を焦げにした。アクティブ防御作動。溶液噴射。緊急冷却開始。
機外温度測定不能。センサーがもろとも溶けたから。
フレイムスクリームが、軋む。背面右部ブースターユニットが爆ぜた。反動が巨体を不自然な形で前のめりにする。破損したブースターが生み出す不均衡を埋めるべく自動で各部ブースターの出力と噴射方向が補正された。左ブースターが秩序ある推進力を生み出し、砂場に刺さった爪先が巨体を転回する力を生み出す。
ショットガンを敵の腕に押し当てる。
が、アンノウンは既に回避に移っていた。なかば強引に前進するやフレイムスクリームに肩を押し当て、銃口を逸らしたのだ。だが、遅すぎた。ショットガンの大口径が吼え、ブレードを保持していたマニュピレータを壊す。命中には至らなかった散弾が土を食らった。いまだ高温を宿したブレードが地面を融解させつつ滑っていく。
両者一斉にブーストチャージ。鉄と鉄が壮絶な爆音を鳴らした。
距離が近すぎ、加速が足りない。僅かに推力が勝ったアンノウンがフレイムスクリームのずんぐりした胴体を弾いた。アンノウンがそのわずかな空間を埋めるが如くガトリングを突き出し連続して弾丸を吐きだした。銃には銃を。対抗してガトリングの長き銃身を前へ。剣で剣を迎え撃つがごとく銃身で銃身を払う。集束銃身と集束銃身の回転が衝突して火花を散らす。その間にもカウンターガンがフレイムスクリームのコアを削り続ける。一射一射ごとにコアの装甲が無くなっていき、操縦席が外側に近づく。
アンノウンがガトリングの射線をフレイムスクリームのコアに寄せようとする。彼女はガトリングで銃身を逸らし、逆に己の射線を通そうとする。アンノウンが退き、前にガトリングを突き出すようにすれば、すかさず銃身を割り込ませて払う。
『機体がダメージを受けています 回避してください』
CPUが無感動な警告を彼女に告げた。
皮肉を返す余力など無く、コアを叩く不気味な被弾の衝撃に歯を食いしばる。奥歯がキリリと痛んだ。
アンノウンの機体が視界一杯を占領した。次の瞬間、コアの装甲板が欠如した部位目掛けて前蹴りが炸裂。フレイムスクリームがたたらを踏んだのを皮切りに前方斜め上からガトリングの弾丸がコアを流れるように研磨する。前面センサーが死ぬ。装甲が剥がれ砕ける。反射的に撃ち放ったショットガンはしかし距離が遠すぎアンノウンの機体全体に火花を描くだけだった。ガトリングを発射。集束銃身が弾幕を形成、アンノウンに絡みつく。たまらずアンノウンは地上に落下すると、同じようにガトリングを撃つ。
銃火と銃火の乱交。
ガトリングとカウンターガン。ガトリングとショットガン。中量二脚と重量二脚。真正面からの削り合い。単純すぎるパワーゲームは装甲に勝るフレイムスクリームに軍配があがった。
アンノウンの残された腕が動かなくなり、ガトリングを力なく垂らした。装甲に複数穿たれた穴からは電流が迸り配線がはみ出ている。死に際の生物が如くマニュピレータが痙攣しており、正常な機能を喪失していた。
アンノウンの頭部メインカメラが発光、カメラ素子のリフレッシュ。更にショルダーユニットが閉鎖してカウンターガンの銃口が隠れた。ブーストで距離を離していく。相対距離、100。
無線。もといノイズ。
≪……………≫
彼女が耳を傾けても何も意味のある音が聞こえてこない。
ノイズに交じった息遣いらしき音が耳を打つばかり。
ガトリングの銃口をアンノウンに向けても返事一つ無い。
冷や汗が額から垂れた。殺意とも、恐怖とも、唖然とも、なんとも言い難い威圧感が赤黒二色の中量二脚から放たれており、得体のしれない感覚に肢体が震える。知らず、操縦桿を握る手が汗ばんでいた。
――なんなんだ、こいつは!
叫びたい気持ちをぐっと堪え呼吸を整える。
≪……に……たらない≫
『何を言っている』
≪………≫
アンノウンは何事かを口にしたが、聞き返すと沈黙した。答えに臆した、答えるつもりがない、というよりも答えるための機能が無い、そんな様子で。
アンノウンの赤黒二色の片腕が空を指した。マニュピレータが砕け武器を持つのもままならない方の腕が。それが合図だったのか、はたまた彼女になんらかの意思を伝えるための行動だったのかを知る方法は無い。事実としては、アンノウンの機体から一条の赤い照明弾が空に向かい打ち上げられ、遠方で何かが光ったということ。
瞬時に理解した。
これは遠距離からの攻撃であると。
アンノウンがガトリングを投げ捨ててグライドブーストに移行、戦場から逃げ出した。追うことなどできなかった。まったくの同じタイミングで、機体を包囲するかのように四発の榴弾が地面にクレーターを掘ったのだから。衝撃に地面が震撼する。破片が装甲に傷をつけた。メインモニタに乱れが生じ周囲の状況を把握できない。更に砲撃が地面に深々と穴を掘る。前後不覚。洗濯機の中に放り込まれたように平衡感覚が無くなる。破片や石が高速で機体に衝突して弾けるのをなんとなく感じる。機体が自動で踏ん張るのを感じるだがそれだけだ。状況把握の機会も、立て直す方法も、その砲撃が齎す破壊エネルギーのせいで失われ、それらさえ永遠に迎えられなくなる、という絶望感が精神を虐げた。ガトリングが損傷で自動パージ。ショットガンもパージ。腕が、脚部が、コアが損傷を深めていく。
―――いつの間にか、砲撃の雨は晴れていた。
「……」
放心状態にあった己を発見した。ヘルメットを叩くと機器を弄る。
視覚システムがダウンしていた。再起動。ものの数秒後には立ち上がった。周囲をメインカメラで見回して、腰を抜かす。あたり一面は艦砲射撃を食らったかのようにことごとく耕されており、同じ場所に着弾した場所が多いらしく深い穴となっていた。不思議なことに、フレイムスクリームの立つ場所には一発の着弾も無い。彼女はこの奇跡を奇跡とは捉えずに必然と考えた。たまたま命中弾が無かった。そんなはずがないからだ。地肌が歪むまで砲弾を撃ち込んでおいてAC一機に致命傷となる弾が出ないなど、一つの可能性を除いてありえない。
可能性――――……意図的に着弾を外したと考えるのが自然であり道理である。
機体の外に出て風に当たりながら熟考したい欲望に駆られるも、なんとか抑える。砲撃を仕掛けてきた相手がどのような勢力に属していて、目的が何かなど知る由もないが、少なくともこちらを殲滅するつもりはないのだろう。かと言って機外に出るのははばかられた。
酸素マスクを外してウィスキーボトルの蓋を震える手で開け、中身を飲む。
動悸。手の震え。早い呼吸。止まらない手を乱暴に操縦席の壁に叩き付けると、ヘルメットを取る。蓋を閉め、仕舞う。ようやく収まってきた息と手の震え。彼女は戦いについて一言発言した。酷く疲れた声だった。
「くそ、修理費ですっからかんになっちゃうか」
機体の状況は最悪だった。手足の損傷、コアの装甲は抉れ、ブースターは全滅。武器は両腕のともにスクラップ置き場行きが関の山。修理費用と武器の損害で依頼額が消し飛ぶのが目に見えた。基本的にACのパーツは発掘するものであり、装甲はある程度補えても、基礎的な部分は製造できない。だから高くついてしまうのだ。
それはとにかく、これからについて考えなくてはならなかった。こびりついた疲労で考えることが億劫でもあったが、必要なことだった。
謎の襲撃―――この事件を、どう捉えるか。どのように選ぶかだ。
考えること二分半。思考の複雑な糸の絡みは、無作法なものによって断ち切られた。
通信。Cm/OPより。
≪こちらキリエ、オペレーター。想定外の事態が起こったようだな。迎えを寄越す。あと三十分待機せよ≫
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勧誘があった。
詳しい契約内容を省くと大まかこのようなもので。
オアシス固有の戦力として働かないか、と。
彼女は考えた末―――……。
TE兵器に対する防御は設定資料集によるものです。
装甲を滑らかにすること、放熱性能を高めること、についての予想は当たっていたのですが液体を噴射するのまでは予想できませんでした。
コアのみ防御システムがあるような、というよりTE防御パーツはどれも搭載していると解釈しました。
その他誤字修正や微調整。表現の変更やアクションの追加など。大本は特に変わってません。