ARMORED CORE V ―OASIS WAR―(改訂版) 作:キサラギ職員
新兵器試験―――それは一種の危険行為である。
実戦試験を重ねてきた新兵器がACと戦うということはつまり、一定の戦闘力と信頼性を評価されたものが出てくることを意味する。そして多くの場合、傭兵を雇ってまで試験を行うというのは対AC戦闘を前提に組み立てられた兵器が出てくる意味である。他の兵器を想定した兵器であればわざわざ傭兵を雇う必要などないのだから。そしてそれが危険であるというのは、試験にオアシス所属のコールサイン『レイヴン1』が参加していないことから、明白である。使い潰しても問題の無い傭兵を投入することでリスクを軽減せんという目的が透けて見える。
それに第一、新型をいつ裏切るかもしれない傭兵の目に晒す時点で、実戦投入まじかであることをこの上なくアピールしているではないか。これより戦うのはつまり、完成品である。
ちなみに新兵器とは二通りの意味がある。新たに作った兵器と、新たに発見された兵器である。
ジェネレータの回転が戦闘域に達する。システム変更。
メインモニタのコンディションゲージが変動した。
HUD起動。倒れていた半透明の板が起き上がる。
SYSTEM START UP....
ENERGY OUTPUT.
DRIVE SYSTEM.
FCS.
BOOST SYSTEM.
ALERT SYSTEM.
SHOULDER UNIT.
LEFT ARM UNIT.
RIGHT ARM UNIT.
GENERATOR.
ALL GREEN.
『メインシステム 戦闘モード起動します』
フレイムスクリームのメインカメラが強く発光、カメラ素子のステータスをリフレッシュした。
武装を確認。OW無し。ショルダーユニットにチャフあり。長期戦を想定し、KO-5K3/LYCAENID( ガトリング)を装備。近距離での瞬間火力をたたき出すためにKO-3K2( ショットガン)を装備。無駄な装備は省き、新兵器がどれほどのものでも対応できるような装備にしておく。サブウェポンとして速射型ハンドガンを両肩格納ユニットに装着。万が一武器が破壊されても継続戦闘が可能になった。
大型ヘリより、フレイムスクリームが投下される。オートブーストが作動。サブブースタとメインブースタが同時に起動し、自動で姿勢制御が行われ、落下速度が緩む。そして、二本の頑強な足が砂漠の砂を噛んだ。砂煙があがる。機体を投下するという任務を終えた大型ヘリが機首を返すとよく晴れた空の彼方へと消え去った。
続いて、音。ヘリのローター音が聞こえてきた。同じく大型ヘリがやってきた。数にして三機。
メインカメラに命じ、拡大。機体の下部に球体状のナニカがぶら下がっていた。まるでコウノトリが卵を抱えているかのように。
あれが新兵器なのか? 彼女は困惑の表情を浮かべた。盾持ちの改良型だとか、新式の偵察型を相手にするのだろうと思っていたのに、やってきたのが球体のナニカだったからだ。戦闘機、ヘリ、戦車、準人型、AC、船舶、いずれにカテゴリーすべきか悩む。内部に新兵器が入っていて、卵割りよろしくパカッと開くのだろうかと推測するも、見れば見るほど謎だった。その球体は、あえて言うならば対陸上兵器用の跳躍地雷(バウンシングベティ)に似ていた。
通信開く。
≪ファルコナーより傭兵(ハウンド)へ。これより新兵器の運用試験を開始する≫
装甲化されたコックピットに鷹の頭部を描いた大型ヘリのライトが数回瞬く。我がファルコナーなり、と。
左腕に保持したガトリングを振って見せる。本来兵器であるACが人間臭い動きをするのはコミカルであったが感想を述べてくれるような能天気な輩はこの場にいない。
彼女は問うた。相変わらずの男口調で。
『確認しておくが破壊しても構わないってことか』
≪その通りだ。データは全て遠くからモニタリングしている。存分にやってくれ≫
ただし生き残れればの話だが、とファルコナーは付け加えると、さっそくそれの投下を命じた。各ヘリの下部で懸架装置が口を開く。重力に従い、球体状のナニカ計12機が落下し始めた。と思いきや空中でスラスタを吹かして姿勢制御しながら、しかも減速して地面に降り立つとそのスラスタから盛大に火を噴きながら地面を転がってきた。速度にしてACに匹敵せんというものが、一列になって迫る。
大型ヘリが急加速しながら戦場より離脱する。
真正面から馬鹿正直に突っ込んでくるモノなど恐れるに足らぬ。
ガトリング、そしてショットガンを構えると、いつでも回避に移れるように気を配りながら引き金を絞る。集束銃身が回転、大量の弾丸を吐きだす。距離は400以上先。撃破など考えていない。弾頭が目標に達する頃には物理的破壊能力は失われている。小手調べ。
球体状――ネームがわからないので、ここではアンノウンとする。FCSに映るアンノウンに変化があった。進行方向に対しジグザグに、しかも各機連携して複雑に絡み合うような進路を取り、ガトリングの牽制を散らす。一発二発は命中したようで火花を視認した。
狙いを付けさせないつもりか。範囲攻撃武器を持ってこなかったことを、彼女は悔いた。
刹那、アラート。アンノウンが中央から二つに割れるとカプセル型に伸長し、その中央に存在した銃座より小口径高速ロケット弾を12機一斉に発射することで弾幕を形成したのだ。更にあたかも漁師が魚を追い込むかのように扇状に広がって肉薄してくる。全弾命中すれば転倒防止のためにドライブシステムが自動で踏ん張るか、装甲に大穴を掘られる。足を止めれば食われる。それこそ鈍重な戦艦に襲い掛かる航空機の構図と同じく。
同時多方向からの一斉射撃による機動力の封じ込めと瞬間的な撃破。
明らかに対AC戦闘を前提に開発された兵器の機動であった。
退くか、攻めるか。
答えは決まり切っていた。ガトリングを正眼に構え、ショットガンを発射。グライドブースト起動。扇形に集束せんとする弾幕を正面から突っ切る。ロケット弾がコアに衝突、肩と足にも命中。小爆発。装甲のいくらかを犠牲に、高速で接近しつつ両腕に銃火を抱く。
砂地を蹴る。
インレンジ。ロックオンシーカーが対象を縛る。
12時方向のアンノウンをガトリングで蜂の巣へ。アンノウン、球状の外殻から派手に火を噴くと爆ぜ、ばらばらになった。
アンノウンが一斉に散らばる。球状の外殻に複数穿たれた穴よりスラスタ炎を噴き、砂埃を纏いて地面を猛速度で転がる。水にインクを垂らすが如く11機は拡散すれば、赤黒い機体を取り囲まんと再集合するため推進方向を変えた。
グライドブースト停止。砂地に爪先を突き立て強引な180°ターン。メインカメラの青が残像を曳く。残された慣性を殺さぬように前方にブーストを吹かす。後退へ移行。こうして、アンノウンを真正面から捉える位置を取った。
ものの一回の交差で彼女は兵器のクセを悟っていた。
球状が仇となり射撃の際には直線的な動きをせざるをえないのだと。例えば戦車なら砲塔の方向を帰るなり向きを変えるなり、ACなら腕部の向きを変えるなり足の位置を変えるなりして射撃方向を自在に変化させることができるが、アンノウンは射撃武器を内側に格納する関係上、どうしても射撃時は球状の外殻を開かなくてはならず、開いてしまうとカプセル型という直進するに適するものの方向転換には適さない形状になってしまうのである。
が、ここは砂漠である。地平線の彼方まで障害物の存在しない開けた土地である。多少、旋回が効かないことなど、機動性と数でカバーすることができる。
アンノウンが一斉に、ミサイルを垂直発射。不自然に右往左往していた弾頭は敵という魅力を発見するや、俄かに猛禽類と化した。
上空より、ミサイルが白煙を曳いて落ちてくる。自律型のミサイル。なるほど、例え旋回性が不足していても全方向に射角を有するミサイルならば、欠点を埋めることができよう。
赤黒いう機体の肩がせり上がった。内部より小型弾を射出。超至近距離で炸裂するや銀色の粒子を放出した。エネルギー波照射開始。粒子が防護壁(バリア)が如く機体をすっぽり包み込む。
電波をかく乱され、目標を見失ったミサイルが狂う。赤黒い巨人から僅かに逸れて地面に突き刺さる。信管作動。スモークかくや砂煙が戦場に出現した。
爆風、砂煙、機体の干渉により、銀色の膜は表面を保てず崩壊し大気に溶ける。
電波かく乱、そして砂煙。アンノウンは一瞬、敵を見失った。
十分すぎる時間だった。赤黒い巨体が俄かに吼えるやガトリングの火線計3機を薙ぎ倒す。ハイブーストと脚部出力を融合したスキップ。超至近距離を奪うと防御板付き左脚部でサッカーボールよろしく蹴り壊す。砕けた鉄が空中に舞うのをコアで押し退け、もう一機に殺意を向ける。大型ショットガンの切っ先をこつんと球体に接触、内側をズタズタに引き裂く。爆発。残り六機。
アンノウン各機、必死にスラスタを使いACの有効射程範囲から逃れんと加速に移るが、背後からばらまかれた弾丸に撃ち抜かれ次々に沈黙した。唯一、一機だけが球体状の外殻に無数の弾痕を受けながらものろのろと転がっていこうとしたが、あまりに自然に距離を詰めていた機体が放った散弾に身を壊された。
ガトリングが回転を止める。銃口から硝煙が昇り、砂煙と混ざる。ブースタが溜息。機体は熱を持ち、小規模な蜃気楼を作り上げている。
念には念を入れてシステムを変更。
『システム スキャンモード』
敵性反応無し。
ぐっと息を吸い込む。肺の奥がチリチリ痛んだ。心地よい痛みだ。酸素マスクを外すとウィスキーボトルを取り出し唇を濡らし、通信を繋ぐ。手の震えを抑えようと、手首を叩く。
流れ弾を避けるために離れた地点に駐機していた大型ヘリが、すっと上空に浮上した。
アンノウンを投下するだけの任務を帯びていた他の機体はとっくに帰投していた。
『こちら、M1。ファルコナー聞こえるか』
≪よくやった傭兵(ハウンド)。戦闘データは十分収集できた。一応規則だ。あとでレポートを提出してくれ≫
まるで父親が娘を諭すかのような優しい物言いにげんなりする。レポートに纏めなくてはいけないことにもげんなりする。
大型ヘリがフレイムスクリームの上空でホバリングすると、慎重に高度を下げる。懸架装置が開く。
任務はこれで終了か。
彼女が気を抜きかけた次の瞬間、地平線の彼方が光った。超低空を舐める鋭い弾道を取ったAPFSDS弾が大型ヘリの厚い装甲をものともせず内側に滑り込み、内部を粉にしつつ反対側の装甲から抜けた。鉄の断末魔。爆発。火炎を纏った大型ヘリがフレイムスクリームを押しつぶさんと落ちる。
遅れて、砲声が届いた。
『ファルコナー!?』
ハイブースト。大型ヘリの残骸から辛くも逃れる。機体が地面に叩きつけられると高速回転していたローターが地面とぶつかり、へし折れる。
刹那、止めと言わんばかりの遠距離狙撃が大型ヘリのコンテナを完膚なきままに粉砕した。
スキャンモードを維持したまま射撃が来た方向を睨む。
ACが、砂山から這い出てきたところだった。ACの腕力で砂をかき分け偽装を解く。脚部防御板が震えるや空気が噴出し砂を払う。機体がすっかり地上に出るや、右腕に抱えたマズルブレーキ付きの巨砲を投げ捨て、あらかじめ用意してあったであろう銃をマニュピレータで取った。ブースタが煙を噴いた。機体に付着していた細かな砂が宙に飛ぶ。
彼女は酸素マスクをつけ直すと視線を尖らせた。いつでも機体に命令できるように操縦桿に意識の糸を張り巡らす。
様子がおかしい。
遠距離兵装をもたないフレイムスクリーム対して、敵はついいましがた使用したスナイパーキャノンで一方的なアウトレンジ戦法をとれるはずなのに、あろうことか投げ捨てたのだから。
敵ACのメインカメラが明滅した。一定の間隔で点滅しているのではなく、一見するとランダムに光っては消える。閃いた。これは信号なのだ。じっと観察し、読み取る。無線に周波数のようだった。コントロールパネルを操作した。
それにつなげてみると、ノイズしか聞こえてこなかった。雑電波ばかりを拾うラジオのように、耳障りな音だけが無線を満たしている。
こいつは敵なのか、味方なのか。
もしかするとオアシス側が送り込んできた刺客なのではないのか。
疑惑が頭に渦巻く中、答えに繋がるかもしれない情報が無線よりもたらされた。
酷く抑揚に欠いた男性の掠れ声で。
≪敵確認 敵確認≫
いいだろう、ならばお前は敵だ。
赤黒二色の機体がグライドブースト。戦闘が始まった。
いろいろ変更