ARMORED CORE V ―OASIS WAR―(改訂版)   作:キサラギ職員

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fallen:戦死者


4、fallen

 真っ黒に燃え尽きた大気のヘドロがクレーターの地面を舐めるように去っていく。

 ほんの少し前までは弾丸が飛び交う戦場だったそこには、静寂がただ立ち尽くしていた。

 

 戦いが終わった。AC同士の。

 傭兵のうち、投入され生き残ることができたのは、現時点において二人だけだった。M1、そしてM3。フレイムスクリームと、中量二脚型の近接特化機体。片や、左腕が無く装甲のあちこちには弾痕がちらばっており、高温にさらされ溶けた部位すらある。片や、両腕、頭部を失い、片足まで折れて地面に転がっている。残るはすべて残骸である。陽気な口調のタンク型AC乗り、M2は生き残ることができなかった。今はクレーターのオブジェとなり、永遠に沈黙している。

 余熱が去る前に、フレイムスクリームが動いた。唯一、生存している可能性のあるM3の元に徒歩でやってくると、機体を右腕で突いた。反応が無い。無線にも、ノイズが入るばかりで返事が無かった。

 じっくりと観察してみた。手足がなくコアの損傷も酷い。ハッチを守る役割をする頭部はもげており、それどころかハッチに穴が窺えた。

 既に戦場はあとから到着したオアシスの軍により完全に掌握されており、不意打ちされる心配は無かった。

 機体の腕を、M3のコアに触れたままで固定。動入力オフ。

 彼女はヘルメットを脱ぐと、機体から這い出た。己の機体のコアに乗れば、靴がジュウジュウと焼ける。戦闘の熱がいまだ機体に宿っていた。合成樹脂が焼けるにおいに鼻を顰めつつも、機体の腕に取り付き、M3の機体へ移らん。

 ハッチを開くには、内側からでなければならない。無理にこじ開けるには装備がなかった。どうしたものかと頭を悩ませていると、勝手にハッチが開いた。機関部とハッチが後方にスライドしていくと、ロックが外れたのだ。ハッチが弱弱しく開いた。操縦者らしき人物の手がばたりと内側に落ちる。

 彼女が問いかけた。

 

 「生きてるか?」

 「…………っ……………………ぁ 、あぁ……、ッ」

 

 ヒュー、ヒュー、という小動物の吐息に似た呼吸のリズムが最初に耳を打ち、次に水音の混じった酷く聞き取りにくい言葉が聞こえた。鼻をすんすん鳴らす。むせ返る生臭い空気。戦場の焼け焦げた鉄のにおいとは明らかに異なる、生物の気配を秘めた体液の香りがした。胸のスイッチを押し込み、パイロットスーツ備え付けの小型ライトを点灯し、操縦席の出っ張りに足を乗せて中をよく覗き込む。

 機器類がショートしたらしく、電子機器が焼けた時のプラスチック臭がした。機内灯は半分が割れ、半分が辛うじてついているという有様。

 搭乗者は? 

 彼女は視線を、操縦席の大部分を占める人間という部品へと移行した。

 アジア系の、目鼻整った、20代か30代の若い男が一人操縦席に深く腰掛けていた。ヘルメットは足元に転がっており、両腕は操縦桿を握らずにぐったりと垂れている。

 更によく覗き込めば、ハッチが破壊された際に破片が飛び散ったか侵入したらしく、胸に尖った金属片が刺さっていた。こめかみ付近に大きな切り傷がある。ぱっくりと皮膚が割れてピンクとも赤ともつかぬ色合いが露出していた。凛と引き締まった唇からは一筋などという単語が生ぬるく思える大量の血液が垂れて胸から腹部にかけてをべっとり汚していた。

 破片が心臓に達しているか、肺を酷く痛めつけているのがすぐに理解できた。外科手術をしようにも運び出す時に死ぬであろう。放置すれば出血多量か血管が詰まるかで死に至る。

 通常、このような状況は珍しい。

 AC乗りは普通、装甲を破られ内側を蒸し焼きにされるか、貫通されてミンチにされるか、プラズマで蒸発するか、いずれにせよ形が残らない死に方をする。

 M3の黒い虹彩が、彼女を見た。口の端どころか唇を真っ赤に染め上げるほどの血を吐きながらも、いまのところは生きている。顔面は蒼白で、下手な蝋人形よりもよほど蝋人形らしい血の気の失われた肌色だった。あと数分と持たないだろう。

 M3の手に何かがあった。標準的な威力と装弾数の、AC乗り最後の武器。拳銃。工業力が砂と消えた世界においても、ACという人型兵器が戦場を飾る時代においても、今もなお生産が続く小型火器。

 M3が何かを口にした。気泡交じりの血がボタボタと零れた。刻一刻と命が冥界への扉を潜っているよう。M3が震える指で安全装置を解除すると、拳銃を彼女に押し付けんとする。

 

 「わかった」

 

 彼女は頷くと、拳銃を手に取り、スライドを引いて初弾を装填すれば、M3の頭に押し付ける。が、M3は残された僅かな体力を振り絞り首を振ると、拳銃を血濡れの手で取ろうとした。

 彼女は理解した。スライドを引いて欲しかったのだと。瀕死の彼にはスライド引くことすら、困難な障害なのだろう。

 

 「残念だったな」

 

 彼女は一言発すると、彼の肩に手を置いた。

 

 「………」

 

 相手は喋らなかった。

 彼は拳銃を持つと、銃身をこめかみに宛がった。目を瞑る。最後に唇が紡ぐは、己の無念さか。

 彼女は操縦席から出ると、己のACの腕を伝って操縦席に戻る。振り返るまでもない。

 ―――パンッ。

 乾いた発砲音を聞いた。

 聞きなれたはずのその音は虚しさを含んでいた。

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 

 彼女は己に与えられたハンガーにて、それを検分していた。

 任務の趣旨や異議に興味はない。傭兵の中でただ一人生き残ったのも、特に感慨を持たない。あるのは兵器に対する愛情である。二番目に報酬である。ドライと思うなかれ。これでも彼女は傭兵の中では良心的な部類に入るのだ。中には傭兵家業をやると思わせて盗賊紛いの暴力に手を貸す輩もいるのだから。

 もっとも、やってる内容にさほど違いはないのであるが。

 具体的に『何が』違うのかを定義するのは難しかろう。MoHという傭兵の仲介と意思疎通を行う組織でさえACで強盗やら略奪やらを働く輩と傭兵の間に境界線を引けずにいる。

 同じである―――正解だ。

 違う―――正解なのだ。

 ともあれ、彼女は見ていた。平常時や戦闘の時に見せる、生気のない虚ろな目はどこへやら、潤いのある年相応な悪戯っ気を湛えた綺麗な瞳がその異物を好奇とよろこびの感情で眺めている。

 作りの細い腕は胸で組まれ、変則的な仁王立ち。

 現在着込んでいるのは、体のラインを際立たせるパイロットスーツではなく、ツナギである。それも薄汚れたお古の品で、かつては青かったであろう色合いは薄れて灰色に近い。肩、腹部、足の先に至るまで皺だらけ。稼ぎは決して裕福とは言えないのが現実だが、ツナギの一着二着は余裕で購入できるのだ。にも関わらず彼女はこれを使い続けてきた。理由は拷問でもしない限り吐かないだろうが。

 彼女に与えられたハンガーにはいくつかの物体がある。

 オアシス側の技術者の活躍により同じ型のパーツを接合して肢体を取り戻し、お古ながらよく整備の行き届いた武装を手に入れたフレイムスクリーム。オアシス内部を移動するのに使う燃料電池式の自動車。その他整備用品。天井にはACを懸架するクレーン。オペレーション・ドラゴンダイブでくたばった傭兵連中からこっそりちょろまかしてきたACパーツ。そして、隅っこに異物が二つ。

 一つは、箱とバーニア。HUGE PILE。

 もう一つが、オペレーション・ドラゴンダイブの報酬として受け取った、それ。試作品。長く、鋭く、単純すぎる故に強大なる破壊力を秘めた、刃。その名を『HUGE BLADE』。設計思想が旧世代どころか人類が補助動力すらない鎧を着込んで剣で殴り合っていた時代のものであり、すなわち、寄って斬る、を体現したイレギュラー兵器である。どことなくサバイバルナイフを思わせる肉食獣が如き造形美。専用のアームとブーストが背面の大部分を占有している。無論、ただ鉄の塊を押し付けたところで斬れるものも斬れないので、刃を高温に熱し、接触の瞬間に刃を高速で振動させることで対象を粉砕する仕組みがある。

 早速こいつを使ってACを切り裂きたい。

 盾持ちを盾ごと二つにおろしてやりたい。

 欲求が胸ふくらませる。がしかし、例え演習でもオアシス内部でOWを起動させることは許可されておらず、もししたのならばハンガーエリアを陣取る機関砲やら榴弾砲やらに粉々にされるであろう。一見して格納庫を守っているかのような対空機関砲も、実際には傭兵が裏切った際の保険としてあるようなものである。

 ACの稼働テストは済ましてしまったし、オアシスを散歩するのも気が引ける。

 彼女は、ほぼ無意識のうちに懐からウィスキーボトルを取り出すと琥珀色で喉を湿らせた。これまた無意識にしまう。

 ―――そうだ、酒を買い足そう。

 これは流石に意識しての行動だった。

 彼女が向かったのは、オアシスの連中が『町』と呼ぶ中心部にある酒屋である。シティのそれと比べたら規模は農場と家庭菜園であるが、活気に満ちていた。

 ふと思考が、活気ある町と寂れ荒廃した世界との対比に移行した。

 理由はいくつかあるだろうが、まずオアシスという環境があるのだろう。潤沢な、汚染されていない水。自生する植物。たった2つの要素があるだけでも、勢力として拡大する力があると言える。疑問なのがいかにしてオアシスを確保したのか、勢力を保ち、外部に乗り出すだけの戦力をどこから調達したのか――謎は多いが、調べる気にもなれなかった。調べすぎて知ってはいけないことを知ってしまったら少々面倒なことになりそうでもある。お前を知りすぎたと口止めされる愚か者が腐るほどいるこの世界では、知らなくてもいいことは知らないままでいい。彼女は面倒が嫌いだった。

 ともあれ、酒屋にやってきた。オアシスの軍服を着込んだ兵士、粗末な庶民服の者、ツナギの者、ミグラントよりなお小規模な行商人、あと娼婦らしき薄着の女などがごった返している。店というにはやけに天井が広い。元倉庫を改築したようだ。天井には頑丈な鉄骨が並び、幾重にも補強されており、パイプが縦横無尽に走っている。まるで金属の体を持つ巨人の内臓を引きずり出してまじまじと見ているかのようだ。

 酒場という戦場に紛れ込んだ目つきの悪い小娘に、人々は大した関心を示さなかった。作業員とでも認識したのかもしれない。雇われ傭兵である証は所有しているのだから見せびらかせば好奇の視線を集めることも可能だろうが、とにかく面倒は御免だった。

 酒には二種類ある。一つが、昔ながらの製法で製造された本物。こちらは材料に欠しかったり製造施設やノウハウが失われていることもあり、非常に高価である。ミグラントが貿易品として選択するくらいである。

 もう一つが、アルコールにそれっぽい味と匂いをつけた酒のようなもの。こちらは格安だが燃料を飲む気分になるという評判である。つまりまずい。

 ウィスキーと、エタノールに香りづけしただけの酒をボトルで購入。

 未成年が酒を~と説教してくるやかましい輩は、いない。そもそも未成年の飲酒を取り締まる法もなければ一般常識として存在しない。

 それをひょいと腕力だけで持ち上げると台車に乗せて外へ出る。燃料電池式の車の荷台にボトルを積み、台車も積む。席に座るとキーを捻る。助手席の頭置きに手をかけ後方を確認し、アクセル操作。ブレーキを踏んで速度を落とす主道に車体を入れればアクセルを踏み込む。相対的な風が頬を撫で、くすんだブロンド髪を揺らがす。

 罅割れ、霞み、砂の多い道路は決して走り心地のいい通り道ではなかったが、ACの操縦と比べればあまりに楽だった。鼻歌交じりにハンドルを切りつつ、片手でウィスキーボトルを傾ける。飲酒運転だが気にもしない。

 盾持ちがオアシスの道路を隊列組んで悠々と走る横を通り抜けた。

 兵舎、もしくは宿舎に戻ると、ウィスキーボトルに琥珀色を補充して軽い筋肉トレーニングをしてから仕事用パソコンを立ち上げる。いくつかの依頼がオアシス側からあった。このうちの一つを必ずこなさなくてはならない。

 

 『オアシス防衛線警護』

 『エリア31強襲』

 『新兵器試験』

 

 さて……。唸る。考える。

 やがて彼女が、それを指した。

 

 

 

 

 




いろいろと変更するも大筋に変わりなし。やっぱり彼は死ぬ運命だったのです

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