ARMORED CORE V ―OASIS WAR―(改訂版)   作:キサラギ職員

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3、OPERATION:Dragon Dive(後)

 

 

 大型ヘリに懸架されてきた総勢5機の支援型――Szシリーズが空中で固定を外され、砂漠に落ちていく。

 ブースト点火。パラシュート展開。各機はがくりと減速すると、パラシュートを被らないように僅かに前進しつつ着地した。パラシュート切り離し。足を変形、砲を伸ばし、安定用アンカーを地面に深く打ち込んだ。5機は揃って砂漠迷彩の装甲を身に着けていた。大型ヘリは役割を終えたとばかりに機首を反すといずこに飛び去る。

 支援型にレイヴン1からのデータが送信されてきた。上空を飛ぶ無人機および偵察カメラを中継した情報である。

 友軍のACの場所、敵の場所、建物の座標などが精細に記されたそれを参考にCPUに遠距離射撃を行う様に命じる。各機が踏ん張る。マズルブレーキ付きの滑腔砲が地面に対し角度を取った。

 各機一斉にタンクに詰め込んだ水を散布する。直進する水流を回転板で遮る、いわゆるスプリンクラーである。5機が放ったそれは砂地に染み込んでいった。

 そして、斉射。

 機体が衝撃波に震えた。

 マズルブレーキから熱を孕んだ空気が噴出した。砂塵が舞い上がるも、事前に散布していた水の甲斐もあり最小限である。

駐退復座機により銃身が後退。反動が抑制、相殺。次弾が自動装てん装置により込められる。再び、斉射。

 多目的榴弾が敵陣地目掛けて放物線を描き降り注ぐ。

 心臓が血流を送るがごとき正確無比な作業。砲弾が火薬の力で空に消え、自動装てん装置が砲弾を込める。

 兵士たちは着弾を確認することもなく、淡々と仕事をこなしていた。トリガーを、メインモニタを凝視しながら絞るだけ。装甲車、簡易兵舎、レーダー施設などのソフトな目標にやたらと撃ちまくる。ハードな敵には積極的に狙いをつけないが、味方を支援する意味で稀に狙う。人間の兵士でいう狙撃手的な役割を担うこととの多い支援型――Szシリーズ本来の運用法により、敵を完全なアウトレンジに捉え圧倒せん。

 夜間を切り裂き、多目的榴弾の小雨が戦場を彩る。

 襲撃を受ける恐れのない狙撃手ほど強い兵はない。例え相手がACでも感知外からならば恐れるに足らぬ。

 およそ十分間の砲撃のあと、各機一斉に砲を折りたたむと起立して、ブーストを吹かして移動し始めた。同じ場所に留まっていることは危険だからだ。ACや盾持ちのように近接戦闘を想定していないのだから、射撃後即撤退が最善である。

 支援型は隊長機を先頭に鏃型陣形を組んで場を去った。

 

 

 ―――――――――――

 

 

 特徴的な―――もはや特徴を通り越して特徴・特性・本質の領域に足を突っ込んでいるといっても過言ではない第二世代型の情報戦特化頭部パーツが遥か彼方で輝く戦場を、凍える機械の瞳と電子の瞳で観察していた。防御を捨て、攻撃も捨てて、機動性と偵察・支援能力に特化したその機体は、多くの戦場に適合可能な薄い灰色と濃い目の灰色の二色迷彩をしており、サプレッサー付き速射型ハンドガンと細いショットガンのみを手に、脚部を砂地に埋める低姿勢にて作戦遂行中であった。四角形型モノアイが無感情に観察を続けていた。

 搭乗者――レイヴン1は、操縦桿とは別の小型ジョイスティックで偵察カメラを操作して、上空から映像を撮影しては情報を引き出す作業を行っていた。更にメインカメラとリコンにより遠距離から情報を集める。オペレーターを介した情報共有により、情報収集をさらに効率的に運ぶ。スキャンデータが自動更新。プログラムが選出した情報が履歴に蓄積されていく。情報は頭部パーツ最上部のアンテナより送信される。

 レイヴン1に与えられた任務に戦闘は入っていない。異例なことであるが、レイヴン1はAC乗りでありながら、AC本来の直接戦闘を捨てた任務を帯びることが大半なのだ。

 ステルスを第一に、情報を集めて味方を支援する。

 攻撃を受けたのであれば、撤退する。

 生存を第一に行動する。

 そのあり方は限りなく傭兵(いぬ)からは程遠い。兵士(いぬ)のありように近い。整備された組織というものが皆無である現代においては稀有な存在である。

 それもそのはず。レイヴン1はオアシス所属の兵力であり傭兵とは性質の異なる存在なのだから。

 

 「…………」

 

 偵察カメラが撃ち落とされた。直前の映像を再生。ブレが酷過ぎて見えない。補正をかけてスロー再生。地上で発砲炎らしき十字の光が咲いた刹那、映像が途切れる。敵ACの可能性が高いとレイヴン1は判断し、無線に報告を入れた。

 そしてレイヴン1は偵察カメラを打ち上げると、リコンを再投射した。

 

 

 ―――――――――――

 

 

 上空より、榴弾が注いだ。

 装甲車が爆風で横転、燃料を吐く。燃える。盾持ちが衝撃によろける。今まさに翼を広げ飛び立たんとしていたフラミンゴが、ローターをやられ転がった。戦車が直撃を食らい炎上する。プレハブ兵舎の腹に榴弾が飛び込み腸をぶちまけた。引き千切れた建材が舞う。頭を抱えた兵士が直撃を受け、散華した。クレーターのあちこちからあがる黒い戦煙が砲撃の度に数を増やした。

 敵味方の砲撃、ミサイル、機関砲が入り混じる戦場にて、猟犬(ハウンド)と猟犬(ハウンド)が殺し合う瞬間がやってきた。

 クレーターのミグランド側の傭兵(ハウンド)と、オアシス側の傭兵(ハウンド)、計6機が正面から激突する。地点、ヘリや輸送機の簡易発着場。

 通信。Cm/OP。

 

 ≪レイヴン1観測データを送信する。勝てないのならばせいぜい消耗させて死ね≫

 

 彼女のメインモニタに情報乱流がスクロールした。敵AC分析結果。重量四脚、1。タンク、1。軽量二脚、1。の編成である。便宜的にE1、E2、E3のネームが振り当てられた。四脚とタンクによる狙撃と大火力という小回りの効かない編成の弱点を軽量二脚の機動性で埋めるつもりだったのだろうか。いずれにせよ超がつく近距離戦闘に持ち込むことができたのであるから、敵のもくろみを挫いた状態からの戦闘となる。

 発着場周囲から味方の砲撃が遠ざかる。キリエの指示があったかは、傭兵たちにはわからないが邪魔が入らない、こんなに嬉しいことはない。それだけは感覚で理解できた。

 先手を切ったのは、味方。

 M3、M2が仕掛ける。近接格闘に特化した鋭利な中量二脚型と、オートキャノンを両手持ちにした夜間強襲迷彩のタンク型が前に出た。

 彼女は躊躇したが、突っ込むことにした。攻めは最大の防御。それなりに腕の立つ二人がついていることだし状況は悪くないのだから、もたもたして手を読ませずに一気に落とす。

 M3がフラッシュロケットを発射、M2は通常のロケットを発射、タンク型に集中した。M3の接近を支援すべく、M2がオートキャノンを連射。弾幕がタンク型を怯ませた、まさにその隙をついてM3が白熱したプラズマの刃を両手に持ち、滑るように距離を詰めん。

 遅れてフラッシュロケットがさく裂した。化学的に合成された発光がロケットに複数穿たれた穴から漏れ出して空間を埋める。

 光という幕を縫い、M3が地を蹴った。

 

 ≪駄目だ、M3!≫

 

 M2の悲鳴に近い警告が無線電波に動揺を作った。

 敵タンク、E2はまるでオートキャノンの弾幕が効いていなかったのだ。巨大な力を誇る弾丸の津波はしかし強固な装甲にすべて弾かれ、四方八方に跳弾していた。恐ろしい防御力。距離100という有効射程内に関わらず、装甲を貫けない。ロケットはかろうじて通用しているようだが装甲内部を焼けず、爆発の誘発もできない。

 ――つい、と敵タンク型の両腕の巨砲がM3の鋭利かつ細身な肢体に照準を合わせた。

 プラズマガンと、キャノンである。

 高速で突っ込まんとしたM3を、タンクが発射した低速の光弾が迎え撃つ。それは極めて至近距離で炸裂すると広範囲にエネルギーの渦を張った。

 

 ≪……不覚≫

 

 M3が高エネルギーを帯びたプラズマのダメージ領域にまんまと突っ込んだ。中量二脚のメインカメラが明滅した。プラズマ弾が連射され、炸裂。恐ろしく硬いガラスを馬力で無理矢理引きちぎるような、耳をつんざくエネルギー音。M3の鋭利な機体は瞬く間に、秒読みするが如く、装甲の表面が溶け、蒸発し始めた。実弾防御に重点を置いた構成のM3には堪らない。

 M3が回避に移った刹那、敵タンク型の特徴的なドラムマガジンを有するキャノンが銃火を吹いた。銅鑼をバットで殴り付けたような轟音。M3の右腕が関節部から容易に吹っ飛ぶ。名残を惜しむように泣き別れた腕と肩に電流の橋がかかる。三日月状のブレードも、ショットガンを合わせて地面を擦りながらいずこに消えた。

 一機だけ前に出てきたカモに対し、敵傭兵らは集中攻撃を仕掛ける戦法をとった。

 重量四脚、タンク、軽量二脚の弾幕がM3に殺到する。右腕ばかりか左腕までロケット弾でもげる。コアから派手に火花があがった。ロケットが頭部の真横に着弾、姿勢制御に問題が生じ、よろける。脚部の防御板が端から溶けて蒸発し――。

 M3の真横を抜ける、ロケット弾頭。

 それは鮮やかとは程遠いくすんだ白煙を臀部から曳いて、3機に微かな時間差をおき、連続で襲い掛かった。

 敵傭兵三機が竦んだ僅かな猶予に活路を見出すべく、M3が一目散に後退した。

 

 ≪やらせんよ≫

 ≪ハッ、一人に任せておけるかよ!≫

 

 フレイムスクリーム決死の吶喊。M2が追従した。

 ロケット砲――UHR-65/H――の弾数が半分を切ったが、ガトリングとバトルライフルの弾数はいまだ旺盛。装甲の減りも微小。ここでM3が落とされれば、任務遂行が不可能になるばかりか、己の身まで危うくなる。突っ込まざるを得なかった。

 グライドブーストで得た推力を速度に変えて、ブーストを停止。地面を耕し方向転換。コンクリートがめくれ上がる。ハイブーストで強引な横移動。プラズマ弾がつい今しがた赤黒い機体のいた空間を根こそぎ溶かす。高速砲弾が大気を唸らせ巨体に追い縋ろうとするも間に合わず、遠方の地面にめり込んだ。

 彼女は機体に速やかにタンクを排除するように命じた。

 フレイムスクリームのメインカメラが俄かに光を増した。頭部パーツが自動で至近距離の敵に追尾を開始した。

ガトリング、バトルライフルを牽制射撃。が、タンクは仰け反ることすら無く、キャノンを移動先に予測して打ち込んでくる。大口径高速弾の直撃を食らえば防御力を重視したフレイムスクリームとて無事では済まない。コアを撃ち抜かれば、待っているのは無残な死である。

ハイブースト。ボックスブースタとサブブースタがフレキシブルに推進方向を変える。

 鳴り止まないロックオン警告を無視する。

 距離、50。跳躍。がくん。身体が操縦席に押し付けられ、足の付け根が疼く。

 タンクが発砲。

 ダーツに酷似した構成の弾丸が空間を穿ち、迫る。脚部をかすめ、装甲に線状の摩擦痕がオレンジ色に発光した。

 タンク型の横方向より、一斉射撃。が、甘かった。腕の可動範囲外に逃げられたと悟ったタンクはグライドブーストにより、あろうことか真横にタックルを仕掛けてきた。無限軌道の四隅から青白い噴射炎が生え、地を焼く。

 数十トンにも及ぶ質量が衝突すれば、やはりタダでは済まない。

 

 「ちいっ」

 

 アドレナリンがもたらす心拍の上昇と興奮に従う。

 舌打ちをしつつペダルと操縦桿に入力。赤黒い巨体が空中に飛び、タンクの上を通過。距離にすれば僅か数m。あまりに近すぎて、フレイムスクリームも、タンク型も、有効な攻撃手段がない。

 空中。味方が射線にいるために援護もできずうろたえる敵傭兵E1とE3にバトルライフルをお見舞いする。

 軽量二脚が横に躱す。

 重量四脚型は避けようともせず受け止めた。リアクティブアーマーが作動してHEAT弾を相殺する。破裂した装甲が手榴弾よろしく四方に破片を撒いた。ぎらりとガトリングとライフルの銃口が狙いをつけてきた。射線上もとい散布界にはタンクの側面があるというのに、ガトリングの集束銃身が回り出す。

 ―――こいつ、味方ごと撃つつもりか。

 思考の歯車が高速回転。重量四脚型の考えを先読みした。

 一応、ACには敵味方識別装置(IFF)が付いている。設定を最も厳しいものにすれば友軍機に銃口を向けただけでCPUが警告し、引き金をロックするほどである。がしかしそれは人型兵器特有の柔軟性を損なわせるとして( 要約:面倒臭い)多くの傭兵が最も甘い設定を選択している。

 即ち、友軍機に射撃して漸く警告が表示されるという、甘すぎる設定を。

 その設定ならば、警告を無視して撃破も叶う。

 躱すか、反撃するか――。

 空中で機動するにはコンデンサから多量のエネルギーを絞り出さなくてはならない。装甲の厚いフレイムスクリームが空中で機動すれば、エネルギーを炎天下の氷よろしく食ってしまう。機動性を失えば、あとは棺桶である。

 

 ≪甘ぇんだよ! この野郎!≫

 

 その危機を打開する要因を作り上げたのは、M2だった。彼は両腕オートキャノンを四脚型に向けると弾幕を張り、自らの装甲を持ってタンクが保有する火器の放射を受けたのだ。プラズマ弾がコアにめり込む。更に、敵軽量二脚型が放ったミサイルが低空を舐めるように飛翔するや、ぐんと頭部を上に向け、上空へ消えた。かと思いきや再降下。トップアタック。着弾、爆発。

 四脚と、軽量二脚の火器がフレイムスクリームに向いた。軽量二脚の速射型ハンドガンが唸りを上げる。脚部、コア、頭部を掠め、肩に弾丸が走った。コアと腕部の接続に不良が生じたことを示す警告がメインモニタに流れる。

 止まるわけにはいかない。

 ガトリングを軽量二脚に連射。追加にバトルライフルを撃とうとして、四脚のライフルの一射によりマニュピレータをやられる。指一本が根元からもげた。射撃精度が低下。自動補正。腕部パーツが修正度を上昇。

軽量二脚型は踊るようにガトリングを躱し、ものの数発の被弾にとどめた。

 ロックオン警告。軽量二脚型が、ミサイルを撃とうとしている。おまけに両手の速射型ハンドガンを構えた。がしかし攻撃の手を緩めることはできない。第一、間に合わない。フレイムスクリームは必要に駆られたとはいえ、二機のACの十字砲火を浴びる位置に誘い込まれていた。

 圧倒的な、不利。

 彼女が死を覚悟した瞬間、無線にハスキーヴォイスが流れた。

 

 ≪……カメラを保護しろ≫

 『ッ!?』

 

 M3からの通信。瞬時に状況とM3の行動を読み取り、機器を操作。カメラを保護。

 次の瞬間、斜め上後方よりロケットが降り注ぎ、軽量二脚と重量四脚型のコアに的確にぶつかった。閃光が四方遍く撒かれ、至近距離のカメラアイの機能を一時的にショートさせたのだ。背を向けていたタンク型と、その陰にいる形となったM2は無事であった。

 ……もちろん、彼女も。

 偶然というものは恐ろしい。視界を失い恐慌状態に陥った重量四脚が放ったライフルが、空中にいたM3の頭部を砕いたのだ。右腕、左腕、そして頭部まで喪失した満身創痍のM3が地面に落下。片足がバキリと嫌な苦痛を上げ、曲がらない方向に曲がる。機体が動かなくなる。

 赤黒い機体が、ハイブースト。やたら滅多ら銃を撃つ重量四脚型にブーストチャージ。コアを蹴り付け、その反動を利用して軽量二脚に向き直る。四脚は高い姿勢制御能力を利用して踏みとどまったが、あまりの衝撃に操縦者が意識朦朧になった。頭部を項垂れ動かない。

 彼女は思わず叫んでいた。

 

 「おぉぉっ!」

 

 音で方角を察知した軽量二脚が両腕部マニュピレータで保持する速射型ハンドガンを撃ちまくる。フレイムスクリームはその弾幕を真っ向から受けながらも肉薄。装甲をくれてやりながらもブーストチャージを敢行せん。軽量二脚型はあろうことかハイブーストを前方に吹かすことで躱し、両腕の銃を投げ捨てた。明らかにカメラの不調が回復した動き。見えているが故の動きだった。

 ブーストチャージが不発に終わりつんのめったフレイムスクリームを、軽量二脚型が逆にブーストチャージでお迎えした。

 咄嗟にバトルライフルを間に滑り込ませ、守る。衝突。バトルライフルが中央からへしゃげる。衝撃に、フレイムスクリームはその場から数歩後退せざるを得なかった。

 軽量二脚型の背中でソレが動いた。今まで注意を払うこともしなかったことを後悔する、ソレ。六つ並んだチェーンソーが右腕に強引に接続、エネルギーを確保するためにあろうことか左腕が『パージ』され、背面部の排気口から高温の蒸気が噴出した。頭部パーツに異変。温度に耐え切れずに装甲を外部にスライドすれば一ツ目のメインカメラを外部に晒す。

 ――相手は、GRIND BLADEを使うつもりらしい。

 軽量二脚型、グライドブースト起動。埒外の速度で、近接格闘に持ち込まんと。チェーンソーが変形。円状に集束すれば、超高温の火炎を纏う。

 四の五の言っている場合ではない。

 彼女もOWを起動していた。

 

 『不明なユニットが接続されました』

 

 両腕の武器――バトルライフルは投げ捨てた――ガトリングが背面のアームに奪い取られた。屈強な右腕に、背面から“箱”がくくり付くや、拘束具が作動して幾重にも“箱”と腕を結合した。ジェネレータのリミットが解除され、回路を焼き尽くさんばかりの大量のエネルギーがHUGE PILEになだれ込込む。“箱”の後部と、背面にノズルが現れるや、鉄の塊を空中に飛ばす推力を生んだ。更にグライドブーストを起動。後ろと真下に青白い翼を生やした赤黒い巨体が、地を蹴り離陸した。

 “箱”の前部の覆いが火薬で二つに割れ、内部の“杭”を晒す。圧力が増加、“箱”側面の放熱板が炎上する。

 内臓を背中に押しやらんばかりの加速度に、奥歯を噛む。

 メインモニタに警告を示すウィンドウが点滅。電子音声にノイズが混じる。

 フレイムスクリームと敵軽量二脚型ACのメインカメラの残像が、戦闘機のドッグファイトのように、円となる。

 二機のコア用特殊冷却器から噴出する蒸気が短命な円を描きだした。

 

 『システムに深刻な障害が発生しています ただちに使用を中止してください』

 

 後方から劇的な衝突音。

 M2が真正面からグラインドブーストからのブーストチャージを仕掛け、タンク型に力比べを挑んだ音だった。敵はあまりの距離の近さにプラズマガンを撃てない。キャノンは、頑強なる腕がオートキャノンの銃身を押し付けることで、外側を向いてしまっていた。ブーストとブーストが、無限軌道と無限軌道が、激しく火花を散らす。両機同時にグライドブースト。もつれ合いながら激しく衝突して装甲で殴り合う。二機は信地旋回用補助ブースタを唸らせぶつかり合った。

 一刻の猶予も無い。

 味方も、自分にさえ。

 オペレーターが何か余計な言葉を発しているようだが、耳に入らない。

 言葉は不要だった。そしてそれはおそらく相手にも同じだったことだろう。

 敵ACの細部、装甲にへばりついた汚れ、シミの一片までもが情報として理解できた。武装の詳細なデータ。搭乗者のクセ。地形。風。味方。なにもかも。

 敵ACが、ぐっと右腕を引きよせ、破滅的な威力を誇る六連装チェーンソーの集束を構えた。刹那、ハイブースト。赤黒い機体目掛け距離を零とせんと肉薄した。

 視界が赤くなる。火炎のせいか、目に偏った血液のせいか、それすらわからない。

 軽量二脚型が、地面に二条の火炎を刻みながら、フレイムスクリームを擦り潰さんと迫った。

 刃が吼える。

 ――――ギュォォォォオオオオオオオオッ!!

 彼女は、防御・回避の間に合わないことを瞬時に見抜いてしまった。チェーンソーでコアに大穴を穿たれる未来以外を予想できない。

 生き残れた要因と言えば、開いていた左腕を前に突き出したこと。そして横に退いたこと。チェーンソーの集束した刃が腕を熱と力で捻じ曲げ、粉みじんに。刃の回転がスローモーションに見えた。チェーンソーの進行方向が僅かに逸れ、フレイムスクリームのコア正面の防御板を食らう。操縦席が俄かにサウナのように熱を持つ。冷却液が沸騰し、パイプが破れた。

 インレンジ。

 刹那、敵ACのスマートなコアを“杭”が貫いた。

 沈黙。

 戦場に響くは、GRIND BLADEが徐々に回転の速度を緩めつつある音のみ。

 ブーストチャージを食らった重量四脚は微動だにせず。味方と敵のタンクはお互いに蜂の巣という酷い有様のまま、沈黙している。クレーターに構えていたミグラントのいずれの兵器、車、兵士でさえ音を立てない。

 軽量二脚のメインカメラが、色彩を失う。

 やがて、GRIND BLADEが回転をやめた。だが格納されることはない。なぜなら、コアを串刺しにされ、機体も操縦者も死んだのだから。熱を排出する機能が失われたせいで軽量二脚型は徐々に、しかし加速度的に火に包まれ、黒い塊と化した。轟々と燃える鉄くずを尻目に、すっかり汚れきったフレイムスクリームがよろけながらも数歩後退すれば、OWを背面部に戻す。

 左腕は無く、コアの前面は肉がはじけたような抉り傷が残る。太陽に近づこうとしたイカロスの翼が如く装甲の各部はとろけて滴となっていた。

 Cm/OPからの通信。

 

 ≪よくやった。敵ACの沈黙を確認。一機を残してな≫

 

 彼女は、『何?』と間抜けな質問せんとした。

 次の瞬間、地平線の彼方から飛来したミサイルが、四脚のコアに食らいつき穴を穿つ。数秒遅れ、頭部、腕が吹き飛び炎上した。

 砂を巻き上げ、武装ヘリが姿を現した。

 

 ≪減額だな≫

 『………ケチめ』

 

 残る敵勢力はごく少数。

 上空から押し寄せるヘリの大群が、視界に映った。

 

 




殆ど変りませんよ
初見の人か読み直したい人か間違え探しをやりたい人向け

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