ARMORED CORE V ―OASIS WAR―(改訂版) 作:キサラギ職員
泥のように眠っていた
もうこれ以上それについて考えることもない
なあ、陽の訪れを見たかったんだ
――AC4 “Thinker -reprise-”意訳
傭兵を辞めた。
もっとも傭兵にライセンスなぞ必要ないのだから戦場に出なければ傭兵を辞めたことになる。だが、辞めるだけでは積もり積もった恨みを晴らすことはできない。財産を駆使して情報を攪乱したのちに身の回りのものを売却して家として使っていたガレージを去った。
なぜ傭兵を辞めたのか? 答えは簡単だ。OWへの興味がなくなった。戦いに意味を見いだせなくなった。そして、アンジェリカの言う最強をつぶしてしまいたかったからだ。
最強とは戦いである。戦いから離れれば無意味となろう。戦わない最強。そんなものに、価値も意味もない。科学者と裏で手を引き計画を形にするべく暗躍していた人間たちの夢はたった一人の女性の決断で潰えたのだ。
戦い以外に意味を見出したい。戦いのために作られ戦いで傷ついた一人の女性が考えに考え抜いた“答え”であった。
荒廃した世界でも全員が銃を握っているわけではない。食料を作るため畑を耕し家畜に餌を与えるもの。子供に教育を施すもの。今や現実のものとなったアポカリプス後の世界でも熱心な宗教心を失わない神の徒。医者もいる。整備士もいる。過去の文献を紐解いて謎を明らかにしようとする学者もいる。料理人もいる。人が生活するということは相応に支える人間がいる。それは、文明退廃後でも変わらぬことであった。
彼女はあちこちを放浪した末にとある巨大ミグラントへと行き着いた。戦乱で孤独になった人間がミグラントに庇護を求めるのは珍しくもない。ただしACを動かせるということは伏せて整備能力があることをアピールした。そして、ようやく、安住の土地を得たのであった。
仕事はきつかった。外からの人間は基本的に信用されていない。ミグラントではどれだけ働いても給料などでない。一日働いて必要最低限の住む場所と食べ物と交換する。贅沢品を入手するにはしばらく時間がかかるだろう。
目覚め。コンテナの中を改装して家に仕立てた自室にて。
硬いベッドに埃臭い室内。天井にはめ込まれた汚い樹脂製の窓から差し込む光が朝の訪れを告げる。布団というよりただの布きれを退けると目を擦る。拠点のどこかで鉄を打つ音が聞こえる。人々が談笑している。鉄の缶に食器が当たる音がする。どこからともなく漂ってくる匂いに食欲が刺激された。
手早くツナギを着込むと、コンテナの外に出た。快晴。汚染の無い生存可能領域に拠点を置くミグラントだからこそ拝める大空が広がっていた。星は汚染されつくされ、それでも美しさを残していた。白一つない青をじっくり眺めてから、首からぶら下げたドックタグを弄る。ミグラントに所属する証。
ドックタグを確かめた彼女は、中庭と呼ばれる場所の中央に進んだ。やたらとでかい鍋が置かれており薪が焚かれている。中身は肉やら野菜やらを適当に放り込んだだけの粗末なスープ。ドックタグの分類で市民はたくさん貰えるが新入りは少ない。列に並んでやっと貰ったスープは器の半分あればいい方であった。
予想通り、係りの者はドックタグにちらりと目をやると半分くらいを器に入れてよこした。
苦い顔で中庭の隅に陣取ったレベッカは、くすんだ髪の毛を弄りつつ中身を食らった。肉は豚。野菜は……なんだかよくわからない。雑草かもしれない。
食事が終わった労働者たちが続々と工房と呼ばれる工場へと入っていった。レベッカは器を自室に置くと列に続く。
仕事は簡単だ。ACをばらして分解整備。ACの知識があることをミグラント側に伝えると、ならばACに携われと命令を受けたのである。操縦できることは伝えなかった。
ACの整備が終われば戦車の整備。車が終われば装甲車。装甲車の次は施設の増設工事。銃の手入れと製造。技術を若者に伝えるレクチャー。仕事が終わるのは日付が変わる頃だ。
疲れ切った体を引き摺って自室に入った。ふと思い立ち、部屋から出る。そして部屋と呼んでいるコンテナによじ登った。
満月が笑顔を見せていた。例え世界が焼けようとも月は変わらない。数千年前も、数千年後も、地上を這いずり回る人間が絶滅しようとも月は変わらないのだろう。
コンテナから飛び降りる。着地衝撃を膝で緩和して。コンテナ内に戻って再利用され過ぎて傷だらけになった瓶とコップもとい金属容器を持って再びよじ登った。胡坐をかくと瓶の蓋を開けて中身を金属容器に注いだ。甘い香りが鼻をつく。満月に容器を掲げて乾杯。一気飲み。仕事終わりの一杯は格別だ。頬が緩む。甘い液が俄かに口内を満たすとアルコール特有の――――はない。
レベッカはぽつんと呟いた。
「うめぇ」
それは砂糖水であった。酒はやめたのだ。
荒野の一角に、墓場が広がっていた。戦死者。病死者。親の胎内から出ることなくして亡くなった赤ん坊。数は限りない。十字架もあれば棒切れが刺さってるだけで中身のないの墓もある。遺体が埋まっている墓もあった。この時代、死者は多い。埋葬されない死体が道端で腐ることも珍しくない。墓場は現在進行形で大地を侵食していくのである。
その中で、やや斜めに傾いた十字架がぽつんと立っていた。レベッカが作った十字架である。十字架を地面に突き刺す簡素なものである。根本には白い花が添えられていた。
刻まれた墓碑銘にはこのようなものだ。決別にして決断の証明。最強という定めを破壊した証拠。
墓碑銘―――『アンジェリカ』。
墓場に一羽の鴉がいた。彼もしくは彼女は墓地を気ままに探索していた。やがて飽きたのか目的を達成したのか翼に空気を孕ませ舞い上がった。
広大な荒野を埋め尽くす墓標。遠い昔、人が剣と矢で戦っていた時代の戦場跡を彷彿とさせるだろう。
汚染は広がり、生命は刻一刻と失われていく。
世界の最果てに映し出された風景は、この世の無常をあらわしていた。
鴉は空の果てに飛び去った。
翼から離れた羽がゆらゆらと不規則に揺れながら地面に落ちた。
完結しました。完結させると修正とか効かなくなるんですかね? ちょっと怖いのでいろいろ直さなきゃ
最後に真面目なあとがきを。
書き始めたときは「ACⅤの二次創作少なすぎワロタ」が動機でした。誰も書かないなら俺が書いてやるという心意気でした。まぁ増えなかったんですけど。AC4系列ばっかですよ。悔しい
レベッカは最強キャラとして描写するつもりでしたがふと気が付くと弱くなっていました。機体を乗り換えしないと戦場に出れなくなったりするエピソードとか。最終的にアンジェリカを倒して最強の称号をもらったものの彼女にとってうれしいことではないです。だから最強を捨てました。
敵について。アンジェリカ……アンジーは設定資料集を参考に設定しました。独自設定をかなり多く含んでいるので今後続編で否定される可能性がなし気もあらずなのが怖いですが……未来予知はできないので仕方がありません。アンジェリカ、エンジェルから発想を得て主任の機体などと設定を合わせる形でアルケーを登場させました。あの兵器が一機しかいないということはないだろうという考察です。アルケーは守護天使。施設防衛をコンセプトにした云々という設定がありますがフロム脳(最近この単語が好きになれない)ご自由に補完してください。
最後になりましたが24万文字もある本作を読んでくださってまことに嬉しく思います。
それではよい傭兵ライフを