ARMORED CORE V ―OASIS WAR―(改訂版)   作:キサラギ職員

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Last duty:最後の任務 元ネタAC4 レイレナード本社襲撃


13、Last duty【傭兵ルート】

 私は思想家だ

 神を殺すことだってできる

 私は射手だ

 それしか知らないやんちゃなガキだ

 ―――AC4 “Thinker” 意訳。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 SYSTEM START UP.... .

 

 ENERGY OUTPUT.

 DRIVE SYSTEM.

 FCS.

 BOOST SYSTEM.

 ALERT SYSTEM.

 

 SHOULDER UNIT.

 LEFT ARM UNIT.

 RIGHT ARM UNIT.

 GENERATOR.

 

 ALL GREEN.

 

 『メインシステム 戦闘モードを起動します』

 

 

 

 指定された座標のある地点は岩山であった。比較的汚染の少ない、しかし乾いた大地と凹凸の激しい環境。水や空気の浸食によって築かれた天然の要害である。さしずめ偉大なる峡谷とでも名称をつけるか。

 機体を手順通りに起動させた彼女は、ゲートと思しき地点の前までやってきた。機体に積まれているのは速射型バトルライフル、標準型ライフル、OW『HUGE PILE』、そしてショルダーに隠し弾である。

 画像データにあったように表面に十字の傷がつけられた岩があった。一枚岩の小高い山の側面に岩がある。画像データが正しければ十字の傷が刻まれた岩こそが入口らしい。岩の全高は20mもある。距離、10mまで機体を寄せても反応はない。だがあわや接触という距離にまで寄せたところでOSが自動で端末を検知してアクセスを開始した。

 

 『アクセス可能な端末を検知しました パスワードを入力しますか?』

 「パスワード。知るわけないだろ」

 『情報が更新しました パスワードの入力を完了 ゲートロックを解除します』

 

 などとぼやいてみるとパスワードの入力が勝手に完了していた。入力したというより入力を取り下げたということであろう。

 何か留め金が外れるような重苦しい音色が響いたのち、レッドステインの目の前の岩が横にスライドし始めた。

 

 「開けゴマ。なんてね」

 

 軽口を叩きつつ機体を操作した。開けゴマ。オープンセサミ。気分はシンドバット……なわけがない。気分は虎穴に忍び込む狩人だった。

まずリコンを内部に投げ込む。反応なし。次にカメラのモードを切り替えて内部をじっくりと観察してみた。

 岩のように見えたゲートは開閉機構の上から岩のような質感のものを付着することで偽装していたことがわかった。内部は岩山の奥へと続いているようであった。レベッカはペダルを緩く踏み込んで前進を入力した。機体がゲートを潜ったところで備え付けの赤色灯が回転し始めた。ゲートがスライドして元の位置に収まった。次の瞬間、手前から順々に照明が点灯すると、奥に向かって駆けて行った。

 何一つ無い鉄だけで作られた細長い通路が伸びており、正面をいかにも分厚そうな扉が守っていた。よく目を凝らせば放射能標識が塗られていた。

 レベッカは、ふん、と鼻を鳴らすと操縦桿から手を放して扉を凝視した。

 

 「核にも耐えられそうだ。早く開けよ」

 

 言葉に反応したのではないだろうが扉が上に開いていった。扉の末端は爪のような凹凸状となっており床の穴と食い込むことで衝撃に耐えやすくなっているようであり、ただの扉ではないことを示唆していた。

 扉が開いても風景は変わらず回廊が続くだけである。彼女はリコンを再度投射すると、ゆっくりと歩いて行った。

 しばらく歩いていくと。風景が変わった。エレベーターと格納庫が一緒になったかのような円形の広間に出たのである。もの言わず地面が下へと低い位置に移動していった。さりげなく高度計に視線を送った。10m、20m、30m…………。レベッカは、今に至っても、この施設が何のために存在するのか断言することができなかった。かつて自分がいた施設と作りが似ているのだが、異なる部分が多すぎたのだ。

 エレベーターはとある地点を越すと別の風景へと誘った。外壁が透明なガラスのような物体へと移り変わったのだ。エレベーターは一つの塔のような建物の中心を走る脈のようなものであった。透明な壁越しに気の遠くなる下方にごちゃごちゃとした乱雑な人工物の並びが果てしなくあり人工の大地を構成している様が見て取れた。まるで、都市のようだ。もっとよく見ていたかったが壁が透明と相反するものに変わったため叶わない。

 エレベーターが停止した。扉が開き訪問者を迎え入れる。入口の扉とは異なった薄い作りであった。

 

 「…………アンジー」

 

 口にしたのは己の名前でもあり敵の名前でもあった。

 扉は複数枚あった。ブースタで滑走していくと扉が次々順序良く開いていった。

 敵がいるかもしれない。システム変更。索敵開始。

 

 『システム スキャンモード』

 

 最後に辿り着いたのは、工場のような場所であった。

 広大な敷地に人の身長より僅かに高いカプセル型の何かが樹海を作り出していたのである。中身はいずれも殻であり機能停止したドロイドたちがゴミのように転がっていた。まるで墓場だった。人という存在の失われた墓場。さしずめここは深淵。歴史から隠された暗黒の世界。常人ならば深淵に飲まれてしまうだろうが、アンジェリカという因縁の指輪を装着しているから立っていられるのだ。

 

 「同類がたくさんいた、そういうこと? アンジェリカ」

 

 カプセルには英文で“プロジェクト アンジェリカ”や“ドミナント”などが記されていた。カプセルの中身が全てアンジェリカだったのか、知る術はない。もしかするとアンジェリカ以外にもプロジェクトの産物がいたかもしれないのだ。

 天井から伸びるアームが、一つのカプセルを持ち上げた。カプセルの中身は人間の脳であった。カプセルは部屋の隅に連れていかれると“それ”にすっぽり収められた。

 ACの二倍はあろうかという体躯。塗装など初めからされていなかったとでも言わんばかりの不気味な鉄肌が天井からの光を鈍く反射していた。翼ともとれるユニットが背中から生えており、脚部や腕部は酷く華奢で複雑な作りをしていた。頭部にあたるであろう部位は中世の騎士が被る鎧を叩いて前後に伸ばした形であった。そして各部はがっしりとした装甲板が守っている。ACのようであり、そうでもないように見える。

 機体各部に刻まれた文字が、この兵器を端的に説明していた。『Arkhai』。アルケー。権天使。

 カプセルが挿入されると不明機体がびくんと痙攣を起こした。

 通信。

 

 ≪…………………≫

 『………』

 

 言葉は不要だった。

 刹那、不明機体の両腕が持ち上がると、計10門の機関砲で弾幕を張った。各指それぞれの砲門。さしずめフィンガーマシンガン。ACの携行兵器に匹敵する威力が計10門。発射、装填、発射の間隔が各砲門の僅かな発射ラグで埋められてコーラスを奏でる。

 

 「ぐぅ―――……!?」

 

 反射的に横滑り回避を行ったレベッカだったが、指一本一本が絶妙な間隔ずらされ散布界が開けていたため数条を食らった。たったそれだけでレッドステインが踏鞴を踏んでよろけた。装甲に打ち付けるフルメタルジャケットが火花を量産した。機体が反動で床を滑りカプセルの樹海が線状に開拓される。

 カプセルと機器の残骸を踏みしめ、レッドステインが床を脚部の凹凸で噛み締めながら急停止した。静止した時間の中、射撃が止んだ。翼から青い火の渦を吐きながら不明機体が接近してきたかと思えば、撫子色のレーザーブレードを両腕の半ばから展開、×印に切った。

 10mが5mに近接兵装を振るうためには射程が十分なければ成立しない。不明機体のレーザーブレードは優に不明機体の全高を超えており、かがむまでもなく届いた。

 熱耐性のあるアセンブリならまだしもレッドステインは実弾重視の構成。まともに食らえば即死の危惧があった。システム変更。

 

 『システム 戦闘モード』

 

 冷汗が出るのも構わずハイブーストを二度吹かして距離をとれば、壁に取り付いてバトルライフルを放った。一発は敵の横を掠め、二発目が翼に命中。翼の材質を無視して強引に穴を穿った。不明機体は驚くそぶりも見せず次なる行動に出た。翼に穴が空いた程度でダメージにはならないらしく、バックステップで距離を離すと、翼を大きく広げて両腕のフィンガーマシンガンを垂れ流す。

 

 「やっぱり。こいつ脆いぞ。やれない訳ない。人が作ったならブッ壊せる」

 

 レベッカはかすかに口を歪めると射線から逃れるための入力を行った。

 巨大兵器たちには蚊の一刺しにしかならぬバトルライフルが不明機体には通用したのだ。サイズ相応の防御能力しかないのかもしれない。サイズが小さいからこそ火力も控えめなのだろうか。もしくは、施設に被害が及ばないように、火力を抑制したのか。

 だが不明機体には巨大兵器とは異なる点があった。それは、驚異的な運動性である。

 ACのブースタがわんわんと唸り声をあげて推進力を生むのに対し、不明機体のブースタはかすかに火が大きくなるだけであり、まるで逆関節型のような脚部で地を蹴るだけで楽に追従してくるのだ。部屋の広さが狭いため活かしきれずしょっちゅう減速を挟むが、フィンガーマシンガンと両腕ブレードという閉所に適した装備のため、弱点にはならない。

 

 「ちっ!」

 

 悪寒がした。敵がフィンガーマシンガンの射撃を中断して身構えた。ほかに武装はない。とすれば―――。

 不明機体が右腕を引き、右から左へと薙ぎ払った。腕から噴出する特殊なガスが想定外の出力を受けてプラズマ化。気流に乗りたわんだ波となりてレッドステインを掠めたのだ。

 波――さしずめ光波は壁にぶつかり消えた。光波の残滓たる溶けた建材が飛び散った。

 第二撃。左のブレードが爆発的な光を生み、斬撃を射出。

 跳躍。脚部補助ブースタが作動して天井スレスレまで機体を持ち上げた。ブレード使用直後に隙が生まれることを見越して、両腕の銃を撃ちまくった。薬莢が横に跳ね、重力に従い落ちる。

 敵は回避行動さえ見せず翼でボディを保護して突っ込んできた。瞬時にレッドステインに肉薄すれば複雑な構造をした脚部でドロップキックの要領で攻撃をかけた。

 敵機体とレッドステイン。運動性では後者に軍配が上がる。火力でも贔屓目に見ても同等である。装甲も、後者が厚いかもしれない。兵器の性能で劣っているならば腕前でカバーするしかない。

 強引な接近が意味するのは近接攻撃の予兆である。腕が殴るに適さない形をしている。脚部は蹴るによさげに見えた。近接格闘が蹴りによる一撃と見抜いたレベッカは、敵の次なる攻撃を予測した。近距離でフィンガーマシンガンを撃とうとしないように感じられた。ならば、ブレードが来る。それはインスピレーションであった。敵の動きを未来視しているようであった。

 ―――赤い輝きがメインモニタを染め上げなければ、反撃に移れただろうに。

 

 「………!?」

 

 刹那、敵機が爆発した。正確には胸元から発生した赤っぽい衝撃が全方向に放たれたのである。知らない武器が内蔵されていたのだ。ACというオーバーテクノロジーと同じように、敵機にもオーバーテクノロジーが積まれていたのである。

 爆発の威力はすさまじく、ACという5mもある鉄の塊を押しのけ、空中から除いた。

 衝撃に脳を揺さぶられたレベッカは、喉までせり上がってきた胃液を気合で踏ん張り押しとどめると、モニタに映る敵の姿が赤い粒子に包まれているのを見た。

 レベッカは何か尋常ではない力を感じ、思わず息を呑んだ。

 

 

 

 

 不明機体に登場した……させられたアンジェリカもまたほかのアンジェリカと同じようなことを考えていた。ただし、プログラムに矛盾が発生していた。アンジェリカは最強の証明のためにあらゆる手段を運用する。プログラムでは敵を殲滅するとあったが、敵の中にアンジェリカは含まれていなかった。アンジェリカがアンジェリカを殺す。こんなことを予想できたものはいなかった。イレギュラー要素だったのである。

 そこでアンジェリカは考える。アンジェリカを超えるアンジェリカが現れたとすれば、それはアンジェリカという成果を凌駕する個体が誕生したことに他ならない。イレギュラーに勝利しても敗北してもアンジェリカの目的はある意味で達成される。アンジェリカを超える者。まさにイレギュラー。海水の中から生命が誕生したように、アンジェリカという無数の個体の中から多量のイレギュラー要素をはらんだ存在が生まれたのならば、証明はほぼ達成できたといえよう。達成できたかの合否は関係なかった。たとえ成果の観測と記録に至らなかったとしても、いいのだ。プログラムは感情を挟まない。自己保存さえをなげうったのだ。

最後の試練として、とある戦いの再現が試みられていたことをレベッカは知らない。

 巨大兵器の討伐。強者との戦い。暴走してリミッターを解除したACとの戦い。そして一騎打ち。

 プログラムを達成するためにアンジェリカという個体さえ犠牲にして、アンジェリカは戦いを挑む。アンジェリカから逸脱したイレギュラー。レベッカへと。

 アンジェリカは機体に命じると隠された機能の制限を解除した。

 そして、赤い粒子を垂れ流しながら、ブレードを振りかぶった。

 

 

 

 

 

 赤い粒子をまとった相手へ標準型ライフルの引き金を落としたままで固定した。弾丸が射手。次弾を放つべく用済みとなった薬莢がくるくると回転しながら捨てられる。

弾丸は銃口からまっしぐらに飛んでいき―――赤い粒子に阻まれ跳弾した。果たしてそれが粒子なのかエネルギーフィールドなのか彼女にはわからない。施設で訓練を受けていたころの記憶でも、あんなものはなかった。

 また知らない武器か。レベッカはうんざりしていた。

 弾が通用しない。はずがない。人の作ったものに完全完璧なものなどあり得ない。例え天使の名前をいただいているとしてもこの世のものでしかないのだ。

 バトルライフルを照準。発射。HEATが赤い膜にぶつかって弾頭を作動させるも瞬時に弾かれた。HEAT弾は装甲をねじ切るのではなく強制的に流動体の状態へ変化させて破る仕組みである。装甲以前に尋常な金属ですらないエネルギー帯相手では威力を発揮できない。

 レベッカは眉をしかめるとペダルを蹴った。レッドステインを壁ギリギリに近づけた。

 

 「っ! かてぇ! ……硬いけど………だったらこれでどう!」

 

 両腕のブレードが唸るや、空間ごと溶断させながら迫った。ブレードの末端が床を蒸発させた。10mもあろうかという巨体のモーションスピードは驚異的であったが、巨大であるが故、全体を捉えやすい。袈裟懸けの動きを僅かに横にどくようにしていなすと、敵機体のすぐ横を通った。そして背面に両腕の銃を乱射して向き直ったのだ。

 敵、アルケーは勢い余って壁に衝突。障壁は、あまりの広範囲に圧力を受けたために形状を保てなくなり途切れてしまった。

 やはり。レベッカは舌なめずりをした。もし障壁が完璧な防御機構ならば本体に装甲を施す必要性などない。装甲があるということは、障壁も完璧ではないからだ。

 無防備な背中にここぞとばかりに撃ちまくる。装甲がはがれ、穴が空いて、徐々に華奢なフレームと思しき部分が露わになっていく。まるで人間の背骨のような胴体フレーム。あるいは装甲は後からつけられたものなのか。

 攻撃を受けたアルケーは機械とも動物ともつかぬ不可思議な鳴き声をあげると、横に胴を傾けて機動した。翼がはためいた。

 ACのロックがだまされる。すぐに動きをトレースして再ロックするも、その時既にフィンガーマシンガンの応酬が差し向けられていた。

 気の狂った男が力任せに斧で扉をたたき壊そうとするような、激しい音。装甲を弾が叩く音ほど嫌なものはない。メインモニタの3D合成映像にノイズが走った。レッドステインがガタガタ揺さぶられる。関節が自動で伸縮して衝撃を緩和した。

 

 『機体がダメージを受けています 回避してください』

 「やなこった!」

 

 OSに酷く怒鳴りつけると、弾を真っ向から受け止めながら地を蹴り、壁に取り付いて再び蹴った。ブーストドライブ。ハイブースト。壁に取り付きブーストドライブ。閉所ならではの操作によりレッドステインが肉薄した。インレンジ。ファイア。

 ライフルとバトルライフルが火を噴いた。遠距離ならば弾かれるライフルも、手と手が触れ合う至近距離ならば装甲を抜けた。アルケーの肉体はたちまち穴だらけとなったがしかし爆発することはない。機能不全に陥る様子もない。ブレードに火が点った。

 ――マズイ。

 レベッカはさらに接近すると、ACでいうところのコアにぴったりコアをぶつけて言った。アルケーの両腕ブレードが宙を焼き尽くす。室内の塵さえ蒸発させて伸長した。ロボットの腕は人間ほど可動域に自由度があるわけではない。コアとコアがくっつく距離ともなればブレードを刺すこともかなわない。逆にレッドステインも銃を撃てない。

 アンジェリカの行動は神速であった。翼に仕込まれたブースタを作動。殺人的な加速にてレッドステインを押し返す。レッドステインのOSは外部からの予期せぬ押し返しに機敏に反応すると空中で踏ん張るためブースタノズルを偏向させた。二機が空中で鬩ぎ合う。僅か数秒と持たずレッドステインがトラックにはねられた鹿よろしく吹っ飛ばされた。

 オートブースタ作動。衝撃で横に動こうとする力と、とどまろうとする力が融合して、空中を横滑りした。エネルギーがごっそり持っていかれる。システムを変更。戦闘システム群への給電が停止して出力が上昇する。

 

 『システム スキャンモード』

 

 「パワーが負けてやがる! こいつ、並のACなんかじゃない。ハイエンド………? なんだか知らないけど、厄介だ」

 

 相手の性能は未知数な部分を多く内包しているが、装甲にしても火力にしてもすべて上回っていた。ACを上回る巨体でありながらAC以上の運動性と機動性を垣間見せる。レシプロ戦闘機とジェット戦闘機の関係性にも似ているといえるだろう。レシプロ戦闘機とジェット戦闘機では後者が圧倒的に大きく重いが最高速度も積載も優っている。それだけ心臓が強いということである。単純な格闘でも敵わないとなれば敵機体のジェネレータ出力は想像すらできない。

 さしずめ、次世代型(ネクスト)。レシプロ戦闘機でジェット戦闘機と戦うようなものだ。

 だからどうした? レベッカは己の戦闘意欲が折れていないのを心で感じ取っていた。

 ショルダーユニットを起動。OWをいつでも使えるように指先に覇気を宿らせた。

 敵の赤い粒子の奔流が再び巻き起こりだした―――と思いきや途切れた。水道管に穴でも空いたかのように安定せず粒子は途切れ途切れであった。

 だが敵は健在。次の瞬間には、空中にいたレッドステイン目がけてブレードを薙いだ。レーザーが伸びると壁を溶解させながらレッドステインがつい今しがたいた場所を抹消する。次、左腕部ブレードが持ち上がると、関節を蛇のようにくねらせ変則的な動きで斬り付けた。

 後退で躱した。はずが、敵は脚部で地を蹴り空中へ進出すると、人間臭い動きで翼の末端のブースタを全開にして火炎を吹きかけた。巨体を浮かせる推力を発生するブースタの火炎は、兵器の領域に高められていた。辛うじてハイブーストで横に躱したものの残滓が頭部を舐め装甲が溶ける。自動で保護装甲が爆砕され内部構造を晒した。

 

 「クッ……」

 

 敵が着地した。レッドステインも。

 レッドステインの頭部は白熱しており装甲の大半を落としていた。熱が内部へ伝わるよりも先に装甲自体を排除したのである。それによりグロテスクとも評すべき複雑な構造が晒されていた。

 アルケーが再び飛んだ。

 

 『システム 戦闘モード』

 

 「させない!」

 

 ライフルを照準。翼の末端のノズルを撃ち壊す。よろめくアルケー。

 レッドステインが駆けた。グライドブースト。脚部とコアが推進炎に包まれた。被弾でぼろぼろになった脚部リアクティブアーマーを省みない蹴り。敵のコアに命中。鈍い音を立ててアルケーがよろめいた。

 刹那、アルケーが視界から消えた。

 

 「ばっ……ぐああッ」

 

 横方向、前、急速転回。埒外の運動性能を活かした機動でレッドステインの背後を奪ったのだ。ブレード一閃。

 直感を覚えるよりも早い。思考が追い付かずレッドステインの背中をブレードが傷つけた。ただし、OW『HUGE PILE』を。OS無登録の兵器が外れたことでACはバランスを崩し前のめりになった。

 筆舌しがたい感情が脳を満たした。OWをやられたこと。敵に背後をとられたこと。そして、敵がOWを切り裂いたことで一種の安堵を感じているであろうことを察知したこと。

 

 「詰めが、甘い!」

 ≪!?≫

 

 振り返り様にショルダーユニットの隠し弾の発射を行う。トリガー。ショルダーユニットから、追尾目標のデータを入力さえ行われていない大型ミサイルが飛び出すとロケットモーターに火を灯した。大型ミサイル一発が無防備なコアに直撃した。爆発。威力だけを追い求めた大型ミサイルの直撃はたとえアルケーとて無事では済まない。装甲が割れて内側のものを垂れ流す。それはパイプでありオイルであり電流であった。アルケーの苦悶が部屋中を木霊した。

 爆発がレッドステインをも飲み込んだ。破片がマニュピレータの機能を低下させ、リアクティブアーマーをぼろきれ同然にむしりとっていった。

 アルケーが、爆炎に包まれてがっくり膝をついた。

 レッドステインがコアにぴったりライフルを押し付けた。発射。発射。発射。一発ごとにアルケーは不気味に痙攣したが、いつしか反応さえ無くなって、メインカメラから光が消えていた。

 ―――徐々に死んでいく機内でアンジェリカは常人には理解しがたい感情を抱いていた。

 ACでも勝てなかった。巨大兵器でも勝てなかった。ACを超える兵器を投入しても勝てなかった。兵器の性能差を埋める要因――搭乗者。アンジェリカからアンジェリカを超えるものが現れた証明が完了したのだ。例え己が滅びようとも証明さえできればよかった。機械は命令を忠実に実行する。例え自己を犠牲にしても。ミサイルが発射されたときに、己の身の安全を保障しようとするだろうか?

 アンジェリカは、装甲の無い不気味な頭部パーツがこちらを見下ろしているのを最後に、すべての機能を停止した。

 最後に通信を繋いで。

 

 ≪プログラム……………アンジェリカを………終了。全システムを停止…………≫

 

 アルケーが燃え上がる。有害な物質をあたり一面に振り撒いて。猛毒を垂れ流して。紅蓮の火炎を纏ってすべてが消えていく。やがてアルケーの装甲は煤で黒くなっていった。まるで世界を象徴するように。黒く汚れてありきたりなゴミの一つへと。

 アンジェリカが終了したと無線から聞こえてきた。

 レベッカはほっと溜息を吐くとアルケーを見つめ、次にOWを見遣った。ブレードで見事に両断されている。箱などは溶けて原型さえ留めていない。修理はできない。もしできるとしたら、そいつはネジだけで車を作れる類である。

 

 「はぁ。達成感があると思ったんだけどな。なーんもない。空っぽだ。フフフ…………んっふふ………ハハ……」

 

 一人笑う。ひもの切れた人形のように。

 顔を手で覆って天井を仰ぐ。

 戦いには勝った。アンジェリカ悲願の最強の証明も完遂したのだろう。けれど得たのは徒労感と虚無感。僅かばかりの高揚。

 戦うこと、強さ。果たして価値あることなのかはレベッカにはわからなかった。その強ささえもいつか散るかもしれない。完全なものなどない。死なない戦士はいない。最強と謡われた“傭兵”も人である以上は死ぬ時が来る。戦いで死ぬのか、病気か……。

 最強の兵士を量産する計画だけが現代に残った。機械たちは黙々とプログラムに従った。結末はアンジェリカが死んだという悲しい現実だけ。何一つとして意味のないことだったのかもしれない。

 レベッカは、OWをじっと見つめていた。あれほど熱望し渇望したOWが壊れてしまったというのに、感情が動かない。魅力を感じなかった。

 

 「帰ろう。な、レッドステイン」

 

 帰って眠ってしまいたかった。

 入ってきた方へ機体を向けると、扉がゆっくり開いていくのが見えた。

 全て終わったのだ。

 




あっけなく終わりました
次回エピローグをもって本作品は完了となります
傭兵ルートの締めのタイトルはどうしようか悩んでます。では



「アルケー」
権天使。
国や組織を統治・守護するという正義の天使。

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