ARMORED CORE V ―OASIS WAR―(改訂版) 作:キサラギ職員
彼女は、強化人間である。
生まれつき遺伝子配列そのものを戦闘に適したものに入れ替える――いわゆるデザインドである。素体となったのが、本人だったのか、別人だったのか、彼女は知る由もない。遺伝子を徹底的に弄って外見を変えられたとすれば素体と出会っても気が付かないだろうし、第一生まれつき外見を変えられては、もとの容姿などわからない。物心ついたときには既に「施設」にいた。そこで、己の出生について知ったのだ。細部はほとんど思い出せず、おぼろげなことしか思い出せないのだが。
さらに、肉体強化も実施された。先天的戦闘適性と、後天的強化による完全なる兵士の創造を狙ったのだ。神経の改良。内臓の置き換え。バイオプラントの増設。骨格の強化。もはやメスを入れていない場所はない。
が、結果は散々たるものであった。
戦闘では凡人並。どんな兵器に乗っても人並みの結果しか出せない。過ぎたる力を持つ少女は、普通の力しか発揮できなかった。
計画は修正を迫られた。迷走した時期もあった。彼女はオペレーションをやらされたことを記憶している。だが戦闘用に改良を受けたのに、後方任務ではまるで本末転倒である。
能力を発揮できない兵器など廃棄処分されて当たり前である。
紆余曲折の後、彼女は捨てられた。
そしてミグラントに拾われた。
彼女は覚えている。食べるものも着るものも無く、ただ人のものを盗むことで命をつないでいた時のことを。拾ってくれたのはミグラントの一人だった。
ミグラントで初めて外の世界の実情を知った。期待された数値を発揮できなかったとはいえ、熟練兵士並には戦えたことから、ミグラントで銃をとって生きることを決めたのだ。
ミグラントが彼女の親であり友人であった。
そんな彼女が唯一本来の性能を発揮できた場があった。
拠り所にしていたミグラントが襲撃を受け、壊滅したとき。
あたかもリミッターが解除されたかのように、AC一機で複数のACを破壊したのだ。圧倒的とは言い難い勝利だった。ACの腕はもげ、足は動かず、武器はほぼ損傷しつくした。ジェネレータは焼き切れた。ブーストは、一つを残し動かない。絶体絶命の状況を覆した唯一の可能性を使うことで生存を勝ち取った、それだけである。
もしそれが無ければ、この世にはいなかった。
――オーバードウェポン。
規格外品を振りかざし、己を抹殺せんと銃を構える輩を、ばったばったと力技で粉砕した。死んでもお前らを殺す。心の底から殺意を抱いたとき、ACという殻が身体と接合した。規格外品が、己の手になった。恐怖も無く、喜びも無く、恐れも知れない戦闘機械と化した。数の不利を、自らの自己生存を無視した暴力の行使によってひっくり返した。
ふと気が付いたとき、炎上した敵ACのコアに、マニュピレータの砕けたアームを叩き付けて中身を磨り潰していた。
『機体が深刻なダメージを受けています 回避してください』
という、CPUの警告が耳に残った。
皮肉なことに無双を実現できたのは極限の戦況下だったのだ。常に同じ力を発揮できないイレギュラー要素をはらんだ兵器など、やはり欠陥品だったのだ。彼女はそう自覚すると同時に、別の考えを抱いた。
オーバードウェポンへの執着心である。
自らの命を救った存在は、輝いて見えたのだ。
『オアシス』を名乗るミグラントに手を貸したのも、オーバードウェポンを報酬代わりに受け取るという目的を達するために過ぎない。
――――――――――
作戦を終えたフレイムスクリームは、眼前の残骸を尻目に、悠々とオーバードウェポンを格納し始めた。というより、長時間起動しっぱなしにすると、本格的に機体が自壊する恐れがあるのである。ジェネレータを過負荷運転で放置すれば、いつか破裂する。外からの損傷には滅法強いACとて、内部で爆発が生じればミンチよりなお酷い悲劇に見舞われる。掌に火薬玉を握りこんで炸裂させたらどうなるか、考えるまでもなかろう。
“箱”のロケットエンジンが内部に滑り込む。ノズルが消えた。杭が先端を残して内側に吸い込まれる。“箱”が再び45°回転し、専用アームによって背面に移動。バトルライフルをラックしていた細いアームが駆動して、本来あるべき腕に明け渡した。固定用の拘束器具が蒸気を発しながら腕を解放し、背中へと退避した。
報酬代わりのオーバードウェポンの使い心地は最高だった。巨大なブースターで加速、接近して杭を叩き込むという、設計者が脳みその精密検査を要求されそうな狂った設計が気に入った。
念のためシステム変更。
『システム スキャンモード』
スキャンモードに変化あり。目の前に転がるACの残骸に危険なしとして、一障害物扱いになった。数十秒前まではACでも、コアに大穴を穿たれ、手足がもげて炎上していてはスクラップとしか認識できない。
ゴツゴツとした複合装甲と装甲板に覆われた無限軌道の上、左胸を覆う防御板がついた特徴的なコアが、黒い煙を上げて激しく炎上していた。頭部は衝撃でもげ、脊髄を思わせるジョイントが装甲から覗く。コアの横から突き出た二本腕は力なく垂れ下がり、長大なスナイパーキャノンと、ヒートハウザーの銃口を地面に接地させている。銃口からはぬらぬらと熱気が立ち昇っていた。
赤黒いACのメインカメラが瞬きするように数回点滅するや、興味なさげに頭部を空に向けた。
高防御を実現する装甲厚と流線型と排熱率を誇る重量級のコアとて、オーバードウェポンの威力の前には紙屑同然であり、耐えられるはずがない。砲撃型のオーバードウェポンやミサイルなどであれば直撃さえ受けなければ生存の可能性は残されているが、至近距離から杭を超高速で射出してコアを貫くHUGE PILEには、関係ない。
彼女は機内で物思いに耽っていた。
がそれも僅かな時間で、彼方より飛来したRPGの弾頭3発を躱すべく、タンク型ACを射線に入れるようにステップを踏んだ。3つの弾頭が残骸に突っ込む。噴射煙の先を、網膜投影式メインモニタ越しに睨み付ければ、ビルの陰から逃げ出すハンヴィーの車体を捉えることができた。
『システム 戦闘モード』
油断はできない。
フレイムスクリームが、機体から蜃気楼を漂わせつつ、バトルライフルの暗い銃口を掲げた。
一射。
ミルク瓶並の薬莢が銃より離れた。
――――――――――
作戦の成功により、現金と希少金属そしてOWを得た彼女は、オアシス側の大型ヘリコプターに機体を懸架されて一路基地を目指していた。
煤け、オイルと砂にまみれた赤黒い機体からは赤色が失われ、茶色・灰色に近い鉄肌を晒しヘリの下で揺られている。手には弾を撃ちつくし軽くなったバトルライフル。そして壊れたガトリング。
フレイムスクリームの隣を飛ぶヘリには作戦開始前に目撃した軽量二脚型のACが吊り下がっている。彼女は機体の頭部を横に捻ると、メインカメラ越しに機体をスキャンした。装備は速射型ハンドガンにショットガン。ショルダーユニットは不明。アンテナにカメラとセンサーを後付したような華奢な頭部パーツ。前線での直接戦闘ではなく偵察と支援が目的なのであろうか。ハンドガンとショットガンはさしずめ『保険』と言ったところか。
突然に、おかしな気分にもなった。
今作戦に投入されたACは実質一機。もう一機は貧弱な火器しか保有しておらず、前線に向かえるとは考えにくい。キリエが『お前が死んだ後に投入』と口にしていたのは、ブラフだったのかもしれない。
腹立たしくもあったが、賢い女だと“好評価”するに値する人物であることが理解できるACであった。単純馬鹿や性格が悪いだけの奴よりも、腹に一物抱えた人物の方が信用できる。そういった人物は少なくとも契約を守る限り裏切らない。
通信。Cm/OPより。
≪これより我が軍は故郷へ帰還する。契約はまだ続いていることは覚えているだろうな≫
『侵攻と、領地の防衛』
≪その通りだ。私は覚えの悪い野郎は嫌いではない』
私は野郎(おとこ)ではない、女である。反論するのも馬鹿馬鹿しく好きに言わせておこうと口を開かない。操縦席に深く腰掛け腕を組み微動だにしない。してやらない。
オペレーター、キリエは言葉の端から透ける慇懃無礼を隠さずに、問う。もとい命令する。
たかが傭兵(ハウンド)風情が、という感情が無線越しにも感じられた。
使い捨てて何が悪い。傭兵の扱いはいわば鉄砲玉である。撃ったきり、相手を倒して終了なことも珍しくない。
≪契約にはもう一つある、答えてみろ≫
なかば脅迫じみた口調でキリエが言った。
『領地の座標を漏らさないこと』
≪その通りだ。まぁ、傭兵というのは契約に従ってこそ傭兵だ。うっかり秘密を漏らしてみろ。コアに穴を増やしてやる≫
彼女は腕を解かずに溜息を吐く。
なぜこいつはこんなに憤っているのだろう、と。ミグラントに限らず戦乱の世紀末において礼儀作法はもとより挨拶の一つもしない気難しい連中や、目を合わせるだけで拳銃を抜く輩も多いが、任務終了後に貶めてくる輩は覚えに無く、苛立ちが募る。すぐにでもヘリのコックピットにHEAT弾を叩き付けてやりたい衝動に駆られたが、攻撃して困るのは自分に他ならない。
彼女は、自制の効く人種である。少なくとも雇い主に銃を向けるほど浅はかな愚者ではなかった。
腕を組み、沈黙を守る。
ヘリは暫し、航路を飛ぶ。
彼女は目覚まし機能に任せて仮眠をとることにした。ヘルメットの中で目を瞑り、規則正しい呼吸をすれば、程よい疲労が眠気に再構成されん。
警戒はヘリに任せる。どのみちACの探知範囲では遠方からの襲撃を察知できないのだし、武装も空となれば迎撃などできはしない。
そして彼女は、泥のような眠気にとろけた。
――それだけの時間が経過しただろうか。
CPUからの乾燥した電子音声で目を開いてみれば、オアシスの名前に恥じない豊かな緑が目に飛び込んできた。荒廃した世界に不釣り合いな潤沢な自然が残った場所である。ここに限り砂漠の汚染も少なく、あたかも旧世界の環境を丸ごともってきたような平和な姿が息づいていた。
実は別所で雇われて戦場に直接ヘリで向かったため、オアシスに来たのはこれが初めてであった。
砂漠のど真ん中にけばけばしいまでの緑が生い茂っており、古いビルと新しいビルやその他建築施設などが森を作っている。そのビルの屋上にはCIWSが存在感を誇示せず屹立しており、外周部は盾持ちと支援型、戦車や砲台が勢ぞろい。襲撃を警戒しているのがありありと分かった。
見つけてくださいと言わんばかりの重配置に、ますます疑念が深まる。
キリエ――雇い主はなぜ場所を漏らすだの裏切るだなどと口にしたのだろうか。
「………わからないな」
彼女はそう呟くと、考えるのを止めた。頭を使うのはエネルギーを消費する無駄行為であると断じて。
ヘリはACを乗せたものも含めてオアシスの中心部に向かった。外周部を過ぎ、ビルの群れを眼下に見下ろす空を抜けて、ヘリやその他航空機などが離発着する飛行場へと。
結局、彼女がオアシスにつくころには、時刻は朝方になっていた。
ACを地上に下ろしたヘリが、ゆるやかな低空飛行にてガレージの方角に向けて飛び去った。
彼女はACの主電源を落とさぬまま、鉄の胴から出ようとした。警告音が鳴る前にキャンセルを選択する。
程なくして外気がパイロットスーツを洗う。清浄過ぎる人口の空気から、砂が強く香る乾燥した空気の井戸へと。
天空に双眼をやる。太陽は見えず、黒とも群青とも灰色とも言えぬ濁りきった暗色が一面を満たしていた。
ハッチのロックを解除。ハッチ類をスライドさせて、操縦席を外気に晒す。手動でハッチを上に押して開けば、もそもそと這い出た。
機体から降りて、コアの上に陣取る。戦闘の熱でステーキでも焼けそうな温度だったのも、時間の経過ですっかり冷え切っていた。まずウィスキーボトルに口を付けた。一口では不足、二口三口と咽頭に流し込む。芳醇なアルコールが俄かに口蓋を満たし血中に溶けていく。ぐい、口を拭えば蓋を閉めてポケットにねじ込んで、傍らに抱えたヘルメットを操縦席に投げ込む。
震える両手を抱きかかえて平常の帰還を待つ。
ようやく収まった手の震え。アルコールの過剰摂取で、彼女は中毒になりかけていた。毒物を分解するバイオプラントがあるとはいっても脳が快楽を記憶しているのだ、無事で済むはずがない。水代わりにカパカパ飲んでいれば中毒にもなろう。
顔を乱暴に擦り、コホコホと空気にむせる。
その姿、ティーンエイジャーほどの若き娘。色素の薄いブロンドの髪は手入れもされずバサバサに乾ききって首のあたりで毛先が好き勝手にねじ曲がっている。目つきは鋭く、悪い。顔立ちは歳にして二十歳過ぎの女性が見せる特有の疲労までもが刻まれている。やもすれば男性にも見えるような姿が、赤黒い機体の上に腰かけて、空を見上げた。感動的な事象は何もない。流れ星の一つも。
「整備の者ッスー。委託受けたんでこいつを預かりにきやしたー」
「ああ、済まない」
真下から声が聞こえたので、髪の毛を掴んで後頭部に流し、機体から身を乗り出してみれば、作業服を着込んだソバカスの若い男が両手メガホンで立ってこちらを見上げていた。
機体の出っ張りを足掛かりに地上に降りて、男が示す書類に目を通す。間違いなく、委託したものであることが分かった。オアシス側の補給係で間違いない。事前に頭に叩き込んでおいた情報に一致する。
「なにか?」
「や、やぁ若いなって」
男が無遠慮にも顔を覗き込もうとしたので、不快感を露わに顔を背け、機体によじ登る。舌打ちも忘れずにやっておく。
軽い男が嫌いなわけではない。若いだの、女かよだの、小さいな、だのが大嫌いなのである。即ち目の前の男は大嫌いな人種である。整備士は整備でもしていればいいのだ。
乱暴に操縦席に身をねじ込むとヘルメットも被らずペダルを踏む。
「早くしろ、動くぞ」
あえて外部通信を入れずに、機体を動かす。男からすればいきなりACがメインカメラをギラつかせながら起立して、のっしのっし歩き始めたに等しい。踏まれないように飛びのき運転席に走る。
男が乗ってきた大型トレーラーに無遠慮にACで乗ると、指定の位置まで小刻みな足運びで移動して止まる。ACが乗ったのをトレーラー側が受信。金属のロックがかかる。ACの主電源を規定通りに落とす。ジェネレータが静かになった。赤黒い巨体から青い光が失われる。
彼女は機体から出ると、トレーラーを飛び降り、振り返ることもなく己の一時の宿となるこじんまりとした建物に歩き始めた。
「………ケチめ!」
その建物ではシャワーが有料だった。彼女は床を踏みつけた。
「それで、評価はどうなんだ」
電子画面が乱立する広い部屋の一室で初老の女性が声を発した。
傭兵のデータが表示されたモニタを指さし、傍らの男に尋ねる。
「悪くはない。が、評価を下すには早すぎる」
男は逡巡する素振りを見せ、
「次の作戦で生き残れば誘うとしよう」
と口にした。
男の皺の刻まれた顔が目を落とす先には、クレーターの中にひっそりと佇む陣地があった。
次の作戦地である。
いろいろ修正。出生に関する記述の変更。