ARMORED CORE V ―OASIS WAR―(改訂版) 作:キサラギ職員
それは悪魔だった。
それが銃を放てば戦車やヘリは鉄くずに還され、それが空を飛べばミサイルや銃弾は目に見えぬオーラに跳ね返されるようであり、それがぎらりとメインカメラに灯を宿せばサウロンの眼球が如く兵士たちは恐れをなした。
ACという兵器は悪魔染みた性能を持っているが、どう間違っても腕の一振りで敵陣列を蹂躙し、千、万という敵を打倒する一騎当千の兵器ではないとされている。
空中に放り出されたミサイル計10発は、すぐさまロケットモーターに点火すると、後尾の偏向ノズルと各所に配置された安定翼で対象に向かい弾頭を叩き付けんとする。ミサイルのセンサーには目標からの強烈な電波妨害と欺瞞装置によって、不鮮明な情報しか映っていない。瞬く間に冷却され内部機構からの熱を完全遮断する装甲。電波を吸収、拡散し、対抗手段として欺瞞電波を送り返すステルス技術。たちまちミサイルは目的を見失い頭をふらふらと振り始めるが、それでもなんとか食らいついていく。
ブーストドライブ。壁を蹴るという極めて単純なことで得られる推力をもとに赤黒二色の機体が空中を滑ったかと思えば、ブースタに一際強い炎を宿し、慣性に逆らう反対方向への機動を行った。ミサイルは相手の移動先を予測して初段階の機動に合わせ頭を振っていたため、返しが遅れ、通り過ぎてビルの壁面に刺さった。
ウィスキー隊という名を持った盾持ち達が弾幕を張る。後付したロケットを移動先を予想して連射する。決して躱しやすいとは言えないガトリングによる弾幕と、速度が遅いとは言えないそのロケットの連射を、赤黒二色の機体は後退しつついなすと、片手に握ったライフルを的確に連射した。
その弾丸は見事に吸い込まれるが如く盾持ちの盾の無い部分へと運ばれていき、装甲を深く傷つけた。たまらず各機が防御姿勢を取るや否や、コンクリートの表層を玉ねぎのように剥きながら接近していき、やや上向き加減にパルスマシンガンを連射した。パルスは一定の距離を進んでいき炸裂する―――盾持ちの頭上と背中の中間地点で。
ショテールよろしく盾を無意味な鉄の塊とされたウィスキー隊各機は次々動作を停止していった。
最後の一機。隊長機は粘っていた。必死に後退しながら、簡素なアームに装備されたガトリングを垂れ流しつつすぐそばの高架下へと潜り込もうとする。AC相手に対空戦闘をやらかすのは得策ではないのならば、同じ高度で戦うことを強要すればいい。
赤黒二色は、隊長機の動きがいいことを悟ったか、引いた。リコン投射。リコンが壁面にくっつく。
隊長機が高架下へ到達。隊長はやられた仲間の残骸を前に恐怖を殺しきれずにいたが、なんとか無線に救援を要請する。
刹那、上空より流れるように落下してきたライフル弾に機体を貫かれ爆散。哀れ肉体はひき肉と成り果てた。
高架の真上には、後退したと見せかけて巧みな機動で接近していた赤黒二色の機体があった。ライフルからは硝煙が立ち昇っている。そう、真上からライフルを一点に集中して連射することでコンクリートごと貫通させたのである。
ウィスキー隊の隊長は見落としていた。ACという兵器の索敵能力をもってすれば多少身を隠しただけではお茶の子さいさいといわんばかりに探知されてしまうことを。そして、たかが鉄筋コンクリート如きでは数発とかからず突貫できることを。
赤黒二色の機体は、盾持ちが爆散するのをつまらなそうに見つめていたが、やがて面を上げた。メインカメラが見つめる先には思う存分破壊の限りを尽くす巨人。赤黒二色が無双の戦士ならば、巨人は破壊神であろう。OWを使えば破壊神をも凌駕する力を発揮できるだろうが、長期的に見れば破壊神に軍配が上がる。
赤黒二色の機体にとって、巨人は路傍の石だった。壊すなら壊せばいい。殺したいなら殺せ。それにとっての関心事は一つしかなかったのだから。今まで壊してきた兵器も人間も、現時点の工程における前準備にしか過ぎなかった。
そして、その関心事の対象は、もうじきここにやってくることを、“彼女”は知っていた。
その感覚に、カプセルの中にすっぽり収められた脳に微かなノイズが走った。
――被験体の様子はどうだ。
――順調です。コールドスリープ処理は完了。後の尖兵として十分役立つでしょう。
――選りすぐりなのだな?
――ええ、仮説に基づく適性を有し試験を潜り抜けてきた者たちです。
――他の者はどうした。
――それは……。
ビルの屋上へ駆け上がった“彼女”は、自らを仰ぐように立ち尽くすACを発見した。IFF応答無し。味方でないとすれば、敵だ。赤黒い重量二脚が銃を構える。背中には規格外兵装。
対する赤黒二色に明白に塗り分けられた中量二脚はあたかも仙人のように立ち尽くしていた。肩のエンブレムは翼の生えた王冠。チェスの頂点に位置するキング。機体名を示す文字は『novem』。
赤黒二色の機体のメインカメラが明滅した。通信を求める信号。
通信がつながった。
相手―――すなわち重量二脚型ACレッドステインを狩る彼女は驚愕するであろう。オアシスの新兵器試験で遭遇した敵が何故かおり、更には――。
≪ようやく会えた≫
≪………! お前、あの時の……≫
正常な、理解のできる明瞭な発音にて、意味のある単語を投げかけてきたのだから。
≪コードネーム、アンジェリカから告げる。対象は存在を許されない。対象は存在を許されない。対象はアンジェリカから離脱し、プログラムから逸脱した。よって“novem”により排除する≫
『………アンジェリカ……?』
彼女は油断なく操縦桿に意識を張り巡らしながらも思考を続けていた。
アンジェリカ。その名前に憶えは無かった。
初対面時の壊れた機械のような喋り方とは違い、たとえるならば人形のようなぎこちなさはあったが、滑らかに意思を伝えてくる相手に底知れぬ不安が込み上げる。
彼女は、相手に質問を重ねんと口を開こうとして、
『ちぃっ! こちらレッドステイン。所属不明機と交戦! 支援を乞う!』
≪オペレ………通信………≫
『畜生、何が通信だ馬鹿馬鹿しい』
再び舌打ちをする。強力なジャミングが発生しており、まともに通信が繋がらない。至近距離ならば通じても、遠距離では耳にうるさいノイズが聞こえるだけだった。
意識が僅かに逸れたのを察知したか、赤黒二色の機体が―――キングが両手の銃を構えためらいなく発砲した。マズルフラッシュ。弾頭のうち、ライフルは頭上へと僅かに逸れて背面に抜けた。レッドステインが跳躍することを見越した的確な射撃。
第二発が放たれるよりも早く、飛び降りる。落下途中を狙ったライフル弾を、背面に位置するビルの壁面に脚部をひっかけて右にずれる。オートブースト機能オフ。慣性落下。ブーストによる緩和着地があると予測したライフルによる見越し射撃がビルの壁に大穴を穿った。
――強い!
数度の射撃しか受けていないが、移動先を的確に読んで撃ってくる。その事実に舌を巻きつつも、反撃に移った。
両腕の標準型ライフルを連射。オートブースタ再起動。ハイブーストで眼下のガードレールを踏みつぶしつつ、ビルの残骸と思しきコンクリートの塊を遮蔽物に接近していき、ミサイルロックオン距離にまで寄った。ロックオンシーカーがHUDを踊って敵機を捉える。ロック。二連射。ショルダーユニットから白煙を曳いて飛んでいく。短距離用小型ミサイル。対AC戦闘を重視したハイアクトミサイルである。
だがキングは、中量二脚特有の軽快な運動性を活かした跳躍からのハイブーストでビルとビルの間に滑り込むことでミサイルの追尾を振り切った。ミサイルがビルの窓ガラスをたたき割って侵入し、内側で炸裂。ビルの一面の窓ガラスが一斉に砕け散った。
リコン投射。二基。
システム変更。
『システム スキャンモード』
スキャニング開始。ガラハッド卿の名が関された頭部パーツ――UHD-13 GALAHADは現行出回っている頭部パーツの中でも一際実弾防御に優れた強固なパーツだが、スキャン演算性能は平凡である。強烈なジャミング下ということもあり、スキャン速度が明らかに低下していた。敵を一瞬捉えるもすぐに逃げられる。だが逆に相手からもスキャンされていない可能性が高い。
コントロールパネルを操作して、音響・振動センサをマキシマムに設定する。リコンを使わない索敵と比較すれば精度は落ちるが無いよりマシだった。
ACに限らずすべての兵器は音や振動を発している。戦車ならばエンジンと無限軌道。装甲車ならエンジンと車輪。ACならばジェネレータとアクチュエータである。ただしACはリコンを通して欺瞞音を流すことさえできるオーバーテクノロジーの塊である。音さえも当てにならないかもしれない。大昔から目が最優秀にして最後の索敵手段なのだ。
センサが爆発音を探知。リコンなどと共同して方位を測定した。距離300。
相手の後を追い、狭いビルとビルの間の道路へと侵入する。高架があり、道路の真ん中で鉄ゴミが炎上していた。
キングがやったのか。
彼女はペダルをキックした。レッドステインのペダルからOSへと電子が流れ挙動へと変換されアクチュエータ系へと命令が下る。レッドステインが跳躍して壁に取りついた。補助ブースタ作動。ものの一息でビルの屋上へと駆け上がった。
刹那、すぐ隣のビルの屋上に穿たれた大穴から腕とライフルだけがぬっと現れるや、発砲した。一発は頭部を掠め、二発目がコアに命中装甲を抉り、三発目以降は喰らってはやれんと真後ろにブーストを吹かして躱す。ついでにバトルライフルを発射。低速であるが高威力を誇るそれをキングも同じように後退して躱した。
一つのビルを挟んで二機が隣りあわせとなった。
両者一斉にグライドブーストで道路へ踊り出すと睨み合ったまま武器を発射することもせずしばし加速距離を稼いだ。
最大出力で跳躍。補助ブースタが作動してレッドステインの巨体を高く持ち上げる。
血液が下半身にもっていかれる。激しいGに下腹部にぐっと筋力を込めながらも、手早くロックオンを実行。小型ミサイル四連射。シュンシュンと小気味良い音を立ててミサイルが飛んでいく。
「ぐ、く……………なんだか知らないが死ね!」
眼下の敵に罵りながら、相手が回避することを予想してバトルライフルの照準に意識を集中した。
キングはグライドブーストを停止して滑走に移った。そして、再点火。各部のノズルから火炎を噴きつつ高速移動。ミサイルは機体を追って上から下へ斜めに落ちていく。地面まじかでミサイルが機首を起こし平行となるも、キングが放ったパルスマシンガンが地面にエネルギー帯を張ったため、哀れ散華した。
眼下の敵目掛け、速射型バトルライフルを二射。だが、やはり躱される。相手が大地に脚部を食い込ませながら反転。ライフルを撃つ。彼女には、なぜか弾道が見えるようだった。自分ならこのように撃つという弾道通りに相手が撃ってくるからだった。
強いという第一印象。そして、奇妙なという第二印象。まるで自分自身と戦っているようだった。
彼女には推測があった。恐らくは、いままで悪戯に戦闘を仕掛けてきていた連中と同類であろうと。
彼女は叫んだ。隠しきれない苛立ちを込めて。
『いったい、お前ら何もんなんだよ!』
≪我はアンジェリカ。試験部隊を束ねる指揮官型ユニットである≫
『意味が分からん!』
≪我らの目的は最強の証明である。アンジェリカを離脱した対象を殲滅することは、プログラムに沿うものと認識する≫
『離脱離脱ってうるせーな、相手の想像力に任せてお茶濁しやがって』
ムキになって大声で無線に怒鳴った彼女は、続く言葉に顔色を変えた。
≪離脱したアンジェリカに告ぐ。ただちに抵抗を止め、破壊されよ≫
『……………それって……』
言葉を失った彼女へ、相手が決定打となる言葉を投げつけた。
≪対象はアンジェリカを離脱した存在である。最強の証明のために離脱者を粛清する。これはプログラムに沿うものである≫
―――――
「ここまでか………」
ジョンはため息を吐くと、すぐそばにジリジリと寄ってくるACを眺めて不敵に笑った。
彼の駆るACは戦闘で脚部を損傷して落下した。そこへTYPE Dの攻撃を喰らって派手に吹き飛ばされ、不幸なことにどこの馬の骨とも知らぬACの前に放り出されてしまったのだ。彼はかつてミグラントとして各地を転々としていた。それなりに名の売れたAC乗りだったが、久しく乗っていなかった。久々に乗って出撃してみたところ見事にやられてしまったのであった。老兵は死なず。嘘である。老兵でも死ぬのだ。
機体のコンディションは最悪だった。ろくに整備もせずパーツ取りのために倉庫の隅に放置しておいたこともあるが、何より脚部が使い物にならなくなっており、両腕が欠損して、ショルダーユニットは歪んで開閉しなかった。まさに達磨だった。戦車で言えば砲を失い無限軌道が切れてしまったのと同じである。
今更逃げることもできない。
数m前に、ACがいる。ACの手にはガトリング。その銃口が、ぴたりとACの頭部に宛がわれ、壮絶な勢いで弾丸を吐きだした。
鉄が鉄を削る音。機体が激しく振動し、がくんがくんとコアが跳ねた。操縦席の緩和機能が有効なのでさほどにも男に伝わらなかったが、死がさらに一歩近づいて、名刺を渡してきたことだけは理解した。
ジョンは、次にその銃口が頭部兼ハッチに向かうことを知っていた。
――ガツン。何かが機体にぶつかる音。アクチュエータの駆動音。
ジョンは最期に何かを呟いたが激しい銃声にかき消された。
バイタルサイン喪失。
キリエはその知らせをモニタでじっと睨みつけていたが、ややあって深くため息を吐くと、椅子に深く座り込んでヘッドセットを外すと頭髪を掻きあげた。
襲撃のせいで、オアシスを守る機能の大部分が失われていた。砂嵐発生装置のその一つだった。だが無性に、ジョンの死亡が心に響いていた。ジョンは部下であったがそれ以上の人間だったのだ。恋仲でもなく、友人でもない。
筆舌しがたい悲しみにキリエは年相応に皺の刻まれた顔を擦った。
だが十秒もすると彼女は面を上げてキリキリと指示を再開した。
まだオアシスは健在なのだから。
久しぶりの投稿
次回は過去編ということで話数が12になります
久しぶりなため資料・設定把握が食い違ってる可能性があるのでご指摘する点があればどうぞ