ARMORED CORE V ―OASIS WAR―(改訂版)   作:キサラギ職員

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Vengeance:復讐 逆襲


11、Vengeance(前)【傭兵ルート】

 所属不明の軍による強襲を受けたガレージ。このご時世ではさほど珍しくもない戦いである。とあるミグラントがとあるミグラントに喧嘩を吹っ掛けるなど日常茶飯事である。しかし目的もわからぬ戦いは稀有なのも事実。

 戦いが終結した後、各々が所属するミグラントにより調査が行われた。その結果導き出された結論が相手が『オアシス』ということである。

 ――『オアシス』。

 豊富な水資源を背景に着々と軍事力を高めつつある新興ミグラントの一つ。

 血は血によって購われる。

 ガレージ管理側の提案もありオアシスに奇襲を仕掛けることになった。

 

 

 野外。

 バーラットが統治する領地にて五人の傭兵が机を囲んでいた。一人はバーラット。両サイドと背後を屈強な男兵士に囲まれた女性。老けきった声とは裏腹にまだうら若い女性ではあるが豹のような妖艶さと鋭さを兼ね揃えている。男性社会のミグラントで長を務めるだけの女傑あってか護衛がバーラットにビクついてさえいた。

 雷電は、東洋系の初老の人物であり、装甲の代わりに筋肉を着ているような男であった。顔こそ相応に老けているのだが、肉体は若く、腕には血管が浮いていた。彼も同じく護衛を連れていた。バーラットと雷電の護衛同士が激しく睨み合っており、今にも衝突が始まりそうな気配さえあった。

 ヴィクターは平凡を地で行くような容姿であり目を瞑り腕を組んでいた。単独傭兵なので護衛が付いているはずもない。

 リーンホースは口の悪さとは裏腹に甘いマスクをしていた。ただし机に肘をついて、どこか不安げに周囲を見回している。机の上だけではなく兵器も睨み合っているからである。雷電のエンブレムを抱いたR2Bシリーズの巨大な砲を二門背負った重武装カスタムと、バーラットのSzシリーズのブースタノズルと防御板を増設した独自カスタムが今にも戦闘を開始しそうな雰囲気を滲ませながら机からやや離れた地点に佇んでいる。

 そして彼女とはいうと、多くのカスタム機を目にすることができて心から楽しんでいた。OWを収集して悦に入るのも好きだが兵器を見るのも好きだった。それに、各勢力の改造の仕方や傾向を観察することでドクトリンを読み取ることもできるのだ。

 雷電の兵器は重装甲重火力が目立つ。装甲と火力で押しつぶすのだろう。

 バーラットは運動性機動性の向上に資材を注いでいる。

 彼女は五人揃っての作戦会議にあれこれ意見を出しながらも別のことを考えていた。

 

 襲撃にあたって最大の懸念材料が、オアシスの座標であった。

 オアシスは各方面に情報工作を仕掛けており貿易なども支配下に置くミグラントなどを仲介することでアシが付かないようにしていた。そのため、オアシスの座標は生半可な手段では探れないようになっていたのである。情報網が張り巡らされていたというかつての時代とは違い、現代では砂漠にぽつんとある都市を発見することは至難の業であった。

 ……が、実は五人のハウンドの中にオアシスの座標を知っている人物がいた。

 言うまでもなく彼女である。彼女はかつてオアシスに雇われたことがあり座標を知っていた。

 オアシスとはかつて座標を漏らさないという内容の契約を結んでいた。裏切られるのは日常茶飯事だし裏切ったこともないわけではない。しかし信用が第一の傭兵が契約を不履行にするのはいかがなものか。例え襲撃されたからと言っても契約は契約である。オアシスへの憎悪もあるが、契約を捨てるのは後ろ髪引かれた。

 議題もオアシスの座標で止まっていた。

 各々が沈黙して口を開かない。一応は会議という形をとっているのでそれぞれの机には水の入ったコップが置かれているが誰も口をつけようとはしていない。

 痛いほどの沈黙が場に満ちていた。

 彼女は各々から目を離すと、愛機を見上げた。レッドステインは片膝を付く姿勢で黙って主を待っている。

 リーンホースがやたら様になる肩のあたりで両手を広げるしぐさをして見せた。

 

 「じゃあ誰もオアシスの座標を知らないってんだな。お話にならねーな」

 「貴様も知らないではないか」

 

 すかさず指摘して見せた雷電であるが、顔は曇ったままである。

 リーンホースが何気なく彼女の小柄な体躯を見つめると話題をふった。

 

 「レッドステインは知ってたりするわけか? ねーよな」

 「……………いや……知らないな」

 

 彼女は取りあえず茶を濁しておいた。契約を破るのはやめにしたのである。目線を逸らすことはせずリーンホースをじっと見つめる。逸らせば嘘を疑われる。

 だがバーラットがケチを付けた。片目をやや細くして威圧的な表情を作りつつ顎をしゃくる。

 

 「嘘だな。レッドステイン、貴様知っているだろう。嘘をつくやつはすぐにわかる」

 「仮に本当だったとしても場所を明かすことはできない」

 

 腕を組み言ってのければ、視線が突き刺すようなものに変わった。遠回しな否定は肯定に等しい。裏切り上等単独行動当たり前なヴィクターとリーンホースは真顔を崩さないが、組織を率いる雷電とバーラットの目つきに殺意が宿った。

 刹那、雷電が神速で拳銃を抜くと起立と同時に突き付けた。抜きと同時に彼女は拳銃を抜いて雷電に突き付けた。雷電の護衛が自動小銃を彼女の顔面に向ければ、バーラットとその護衛も銃を抜いて彼女と雷電に向けた。

 

 「小娘。まさか貴様、我等を始末するためにいるのではなかろうな」

 「そこまでだ雷電。こいつがそんな器用な真似をできるとは思えん。第一、武器を配っていたのはこいつだぞ。私がこいつなら武器は自分だけしか使えないようにする。……ふ、それと小娘という表現で脅すのはやめろ、年齢で区別するなら私も小娘だ」

 

 雷電が彼女とバーラットの顔を見比べた。

 

 「ま、そういうこと。オッサン、銃を下げろよ。殺すぞ」

 

 彼女はこれ見よがしに拳銃を振って見せると、尻ポケットにねじ込んでおいたデリンジャーにかけた指を離した。

 腕を組んだまま微動だにしないヴィクターを一瞥したリーンホースがやれやれと苦笑いを浮かべて起立すると、両手を緩やかに上下させて、各々に銃を下すように求めた。

 

 「ま、銃はやめよーや。んなことよりレッドステインに占ってもらえばいい」

 「は? 占い?」

 

 銃を腰に仕舞った彼女は、容量得ないリーンホースの言葉にぽかんと口を開いた。

 リーンホースはニヤニヤと怪しい笑いを浮かべつつ胸ポケットを叩いた。

 

 「オアシスの座標を“占う”ことはできるだろ?」

 

 

 

 

 ―――――――――

 

 

 

 “占い”の結果、オアシスの座標は見事割れたのであった。

 彼女も考え直したのであるが、オアシスの人間をかたっぱしから叩いて再起不能にすれば契約不履行の話が外に漏れる心配はない。やるなら徹底的に燃やし尽くしてやればいいのだ。口封じの最良は比喩表現でもなんでもなく口を使えなくしてやればよい。

 オアシスは鉄壁である。見通しの良い砂漠に位置しているためにどの方角から接近しても感付かれてしまう。地の利もある。城攻めは三倍の戦力を用意するのが定説ではあるが敵から鴨うちされる戦場とあれば三倍でも足りない可能性があった。そこで砂嵐を待つこととなったのである。砂嵐が定期的に発生するのは有名な話である。砂漠特有の砂の山が引っ切り無しに形を変えるのでレーダーなども誤魔化せるのでは、という話もある。

 作戦はまずACにより砂漠を接近していきオアシスに接近。対空火器類を破壊後本隊が突入という形を取る。雷電とバーラットは隊を率いるので先陣は切れない。

 先陣を切るのは、彼女とリーンホースとヴィクター、そして複数の雇われであった。

 

 

 

 

 ザーッ、と砂が機体に打ち付ける音が装甲越しにも聞こえてくる。砂嵐の勢いは旺盛であり通常カメラによる目視はほぼ不可能。有視界数mも無い。もしすぐ目の前に敵ACが居たとしても気が付かない。メインモニタにあるべき風景は白とも茶色ともつかぬ色合いに占領されており、ただの空虚に重量逆間接型の機体が歩いているといった風体である。周囲の風景から擬似的な三人称視点を描こうにも映像を取り込めないが故の現象であった。

 システム変更。

 

 『システム スキャンモード』

 

 光学認識システムを変更した。サーマルビジョン。赤外線放射を捉え映像化する装置である。ただし、一般兵器はともかく、ACなどの高度な兵器ともなれば安心はできない。ACはブースタノズルなどの例外を除いて装甲を周囲の環境に適合した温度に加熱することで迷彩効果を持たせているのだ。さしずめ熱光学迷彩。もしジェネレータ回転率を下げて砂場に潜んでいたら探知は不可能に近い。ほかにもレーダーで検知する方法もあるがACなどは電波吸収は勿論アクティブな欺瞞も行うので完璧とは言えない。だからどうあがいても誤魔化せない振動で検知するのであるが。

 リコンを投射する。投射装置からカプセルが飛び出すと地面に落ちてからカプセルを排除して本体を露出させた。

 

 「ノイズ多し、感度悪し……か。畜生こんなんじゃ見えないわ。サイアク」

 

 彼女はリコンから送信されてくる情報にざっと目を通して舌打ちした。

 ユニットが発するは、ネガティブの文字列である。砂嵐の影響はリコンにも及んでいた。

 リコンの不調なのかセンサーが長期震動を検知していた。大地が揺れているのだ。地震の可能性が示唆する文章がモニタに表示されているものの原因特定には至っていない。

 

 「追従、浮遊型を積んでこなくてよかった」

 

 もし空中に浮遊するタイプだったら砂嵐にさらわれてしまったかもしれない。

 ほっと無い胸を撫で下ろし呟くと機体をせっせせっせと歩かせる。このたびの作戦は隠密任務である。派手にブースト吹かしながら高速接近などもっての外。極力音を立てないように脚部にゴムのかんじきを履くなど工夫をしてきたのだから。

 座標の入力は完了している。メインモニタにルートが表示されており辿るだけでいい。

 彼女は脳裏にざっとオアシスの軍備を思い浮かべた。オアシスは外敵の排除を念頭に近づけさせない兵器運用を心掛けている。もし見つかれば狙撃にミサイルに砲撃の雨あられで粉々にされるであろう。

 操縦桿から手を放し、ヘルメットのバイザーを開くと、栄養ゼリー入りのチューブを手に取る。蓋を歯で外して中身を吸い取る。糖分やら脂質やらを練りこんだだけのおいしくもない砕けたゼリーが口内を満たした。ゴミを収納スペースに押し込む。

 風景は相も変わらず砂まみれ。いっそハッチを開けて双眼鏡を使いたい気分だったが、もしハッチを開ければ砂がなだれ込んできて電子機器に障害をもたらす恐れがあった。

 このたびの襲撃。どれほどの危険があるかは承知していた。彼女は今回のために過去の戦争で使用されていたというパワードスーツを積んできていた。一着と銃火器一丁が同等の値段という高価なものだが生き延びたかったので投資した。

 通信は封鎖しているため味方がどの位置にいるかもわからない。決められたルートと速度で進行していることを想定した仮想図を頼りにするしかない。レーダーも頼れない。ACの全高以上の砂丘がそそり立っているので電波が通らないのだ。

 砂丘を乗り越えようとして、脚部がずるずるとめり込んだ。オートブースターが作動して砂地の柔らかさと沈み込もうとする力が釣り合うように推力を調整した。脚部が止まった。脚部出力をペダルで微妙に調整して緩やかに登坂する。不思議というべきか、ACには多くのデータが眠っている。砂漠で、空中で、雪原で、どこでも行動できるようにとデータの蓄積と状況に対応できる姿勢制御プログラムがある。これはACが全領域兵器というコンセプトの下で開発されたことと、前の持ち主がそういった極地で活動していたことを示す。

 ホワイトアウトもといデザートアウト下において頼れるのは機体だけである。それがたとえ火の中水の中でも行動できるACという兵器がなければ行軍もままならない。

 一つの砂丘を登り切った彼女は、機体に命じて頭部パーツによる偵察を行った。頭部だけが砂丘の頂上から覗き周囲を見回す。だが見えない。サーマルとレーダーを併用した合成に切り替えておく。

 敵がいないことを前提にして砂丘を越えると滑っていく。脚部、および各部のモーターが自動で姿勢を制御して、決して操縦席が傾かないようにしていた。

 砂地をひたすら進み続ける。まるでサブマリナーのように、いつ敵が来るかもわからぬ危険領域で無言を貫く。

 オアシス外延部まで一時間もかかるまいという時だったろうか。

 地面から伝わる長期震動が一定の波を持っていることがわかってきたのだ。ACのOSはこの音をアンノウンとしている。地震でもなければ、別の音でもない、何かよくわからないものというのだ。

 さらに進むこと数十分。前方から微弱な爆音が響き渡った。即座に解析。高性能炸薬による爆破。さらに別の音が大気を震わした。解析結果、大口径砲の連射に伴う着弾衝撃。

 彼女は苛立ちを隠せず操縦桿の空いているスペースを指でトントン叩いていた。

 猛烈に嫌な予感がしていた。それは味方に裏切られる前の感覚。直撃すれば死ぬであろう砲撃が頭上を横切る瞬間。四面楚歌の包囲網を敷かれたことを悟る直前。下腹部がもぞもぞとこそばゆい焦燥感である。

 

 「………まだ予定の時間には早いんだが、どこの早漏だ」

 

 襲撃は、同時多発的に行う予定だった。砂嵐に紛れて接近して敵火力が発揮される前に懐に潜り込むのが作戦である。しかし現実として砲撃が実行されている。誰かがヘマして発見されてしまったのだろうか? それならば通信があってもよかろうものなのに、無線は沈黙を守っている。

 そして彼女はその理由を悟ることになった。

 

 「ち、この風………弾道ミサイル!? ロケット!? ……糞っ」

 

 機体が背後から雪崩れ込む膨大な突風に対し脚部を踏ん張ると転倒を防いだ。風はACという決して軽くはない物体を押しのけてしまう強大なものであった。続いて榴弾の至近弾かくや大地が咆哮し、ただでさえ見辛い視界が砂で占領された。

 刹那、レッドステインが敵影を捉えた。それが背後からやってくるや噴射炎を曳きながら頭上を通り越して前方へと飛び去って行ったのである。精密カメラやサーマルやレーダーなどが捉えた情報をもとに合成映像を結ぶ。

 並んで立てばACがカブトムシかなにかにしか見えないであろう巨大な体躯。非生物的な造形。がっしりとした胴体から伸びる腕はどこまでも強く、その先端には複数の砲門がある。肩にはもはや低層ビルを切断してくっ付けたような箱状の何か。マニュピレータ兼グレネードランチャーが掲げられるや、五連発した。砂嵐の中で禍々しい赤の火柱が立ち昇った。それは数秒おいて眩いばかりの光の塔に変貌すると、何かが連鎖的に反応したのか、最初のとは比べ物にならない火柱へと成長した。

 途端に砂嵐の勢いが目に見えて弱体化し始めた。まるで引き潮のように風の流れが淀み砂が薄れていく。

メニンモニタいっぱいを埋め尽くすほどの大きさ。巨大兵器―――通称『TYPE D』がそこにいた。ACのOSは既に判断を下していた。これは敵であると。リコン情報更新。属性が敵性に塗り替わった。

 TYPE Dの三の字型のスリットがぎろりとレッドステインを睨み付けると、腕部グレネードランチャーを向けた。

 南無三。総毛立った。動物的危機回避能力に従いペダルを蹴って射線から逃れる。

 

 「ぐっ……」

 

 一発が致命傷になりかねない巨大な砲弾がレッドステインがつい今しがたいた大地に大穴を複数穿った。それはおぞましい速度で連射されていた。

 グライドブースト。射線を定められてはかなわぬと、必死に逃げる。逃走先は敵の射線が絶対に通らないであろう場所。即ち足元である。太い腿から伸びるつま先に寄って蹴ると、股の間を潜り抜けてやった。ついでにリコンを射出。即席の追跡装置とする。

 メインモニタではレッドステインが股の間を潜るさまが三人称視点の合成映像となって投影されていた。

彼女は、蹴った感触で相手の強度をなんとなく悟り苦い顔を作りつつも、こう口にしていた。

 

 「オアシスめ、巨大兵器なんて羨まし……じゃない実戦に投入するなんて。侮れない!」

 

 運転できたらどんなに素敵なことか。OWもいいが巨大兵器も欲しい。そんな。

 オアシスが巨大兵器を投入している。彼女はそう判断した。判断材料が無いのだからオアシスにいる巨大兵器がこちらに発砲してきたということから判断せざるを得ない。

 脳裏に友軍戦力を思い浮かべ舌打ちをしつつ、TYPE Dが遅れて踏みつぶしを実行するのをサブモニタで目視した。砂塵が舞う。大地がギリギリと悲鳴を上げていた。

 通常、巨大兵器は複数のミグラントによって共闘戦線が引かれてやっと撃破できるという代物である。採石場で撃破できたのは奇跡である。奇跡が二度続くとは考えていなかった。巨大兵器とオアシスの戦力を同時に相手取って作戦を成功に導けるというのは、奇跡と偶然と陰謀か何かが手を繋いで踊らなければ起こりえないであろう。悪いことにその三者は恥ずかしがり屋なのである。

 既に逃亡への道筋を計算し始めつつも、敵の追撃を振り切るべく市街地へ突っ込んでいく。ACの数十倍という巨体である。市街地というビルの森林に誘い込めば機動性と火力を封じ込めることができる。幸いなことに巨大兵器のお蔭で敵はACという小さな対象に注意を払っていなかった。

 TYPE Dは次々にプラズマ弾を撃ち外延部に建つビルのどてっ腹を溶かしながら、ぐっと踏ん張った。脚部後ろの八基の巨大なブースターが俄かに光を宿すと炎の激流走を迸らせた。各部のブースターノズルもやや遅れて火を噴く。鉄の城がふわりと持ち上がると今にも倒壊してしまいそうなビルを半ばからへし折り、放物線を描いてオアシスの市街地に突っ込んでいくと、グレネードランチャーを斉射して眼下を破壊しつつ強行着陸した。

 小さな公園にも匹敵するのではという面積の足の平が戦車も人間も一緒くたにプレスした。コンクリートが割れ大地に亀裂が走った。

 ブースターユニットが徐々に火を収めていった。

 彼女はビルの陰に隠れるとそっと様子を窺っていた。敵は巨大である。リコンをくっ付けておいたのでトレースは完璧だが倒す手段に欠けていた。

 通信。

 焦りと恐怖をたっぷり塗りたくった声のリーンホース。

 

 「おいおいおいおい。何がブリーフィングだ馬鹿馬鹿しい。レッドステイン。占い外れすぎだぜ。あんなん倒せってのか!」

 「私に言われても困るぞ。何故か砂嵐も止んできたみたいだし作戦自体が失敗してるようなわけで、逃げてもいいんじゃないか」

 

 当初の作戦は対空火器群を沈黙させるか混乱させて航空部隊による強襲を仕掛ける予定である。対空火器を沈黙させる以前に巨大兵器が出てきてしまったこと。砂嵐が止んだこと。など、もはや作戦は目標達成が困難だった。生き延びるために逃げるのも手立てであろう。

 だが、逃げたらどうなるかなど、二人は理解していたのである。作戦を放棄した汚名が付くし、雷電とバーラット隊に激しい追及を受けるであろう。

 作戦第一段階のために投入された友軍の傭兵たちからも悲鳴のような無線が飛んできた。

 小人たちの諍いを無視して、巨人が動いた。

 巨人は胸に据え付けられたレーザー砲を稼働させた。耳を裂くチャージと放熱の咆哮の後、一条の光線がビルの群れを半ばから断ち切っていき、更には空中の輸送用ヘリを爆散させた。遅れて気化したコンクリートが弾けビルが数棟纏めて折れる。巨人の装甲を叩く機関砲群があった。巨人が唸ると、肩部のミサイルポットが次々にミサイルを放ち、うっとおしい火器群を叩き潰していった。

 攻撃が無差別であることに気が付いた彼女は、通信を遠距離用に切り替えた。暗号化されたクリーンな通信。

 ごほん。咳払いを一つ。

 

 「バーラット、雷電。こちらレッドステイン。死んで来い以外の指示を乞う」

 


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