ARMORED CORE V ―OASIS WAR―(改訂版) 作:キサラギ職員
そのACはまさに城であった。真正面から打ち合うよりも高い運動性及び機動性で位置を変えながら戦闘を行うことを得意とするACという兵器にあっても、移動することを捨てているかのような巨体を持っていた。各部パーツを耐久性に優れたものを選択。タンク型。あちこちに鬼のようにリアクティブ・アーマーなどの追加装甲を乗せ、チェーンで着飾っている。消火装置も多数見られ、対人用なのかアクティブ防御のつもりなのか小口径のタレットが生えていた。
無限軌道がコンクリートを踏みしめ、粉塵を大地にまきちらしながら、今まさにMBTに真正面から体当たりした。前面部に設けられた近接格闘用の突起が戦車の回転砲塔を歪めながら食い込み、本体がもたらす衝撃に車体が浮いて大地を面白いくらいに転がった。
戦車数台を時速にして数百kmで跳ね飛ばしたその城は、四方に設けられたノズルから火を噴きつつ空中で進路を捻じ曲げると、無限軌道で激しくコンクリートを削りながらドリフトして、両手に握られた巨砲で盾持ちを正面から射抜いた。激しい発光とともに大口径弾が吐き出され装甲を破り内側を蹂躙する。また一機、また一機と盾持ちが力を失い大地に静止した。盾持ちの防御性能は並大抵のものではないのにもかかわらず、正面から装甲を貫通できる大威力兵装を持っていた。更にその背中には自走砲と誤認されかねない長さの砲身と発射装置があった。
タンク型――雷電はショルダーユニットからKEロケットを空中にばらまいて航空戦力に対して牽制を行えばハイブーストで地面に轍を刻みながら急ターン。両左右で今まさに攻撃を仕掛けんと高度を下げていた偵察型の脳天に弾丸をくれてやった。
無限軌道が可変した。一部を凸状に膨らませて接地面積を狭めれば、超信地旋回を行った。戦車とは思えぬ独楽のような回転が生じ巨体の向きを変えさせた。両腕の火器が唸るたびに敵が落ちた。
だが敵の数は多い。航空優勢どころか完全に制空権を奪われた状況にあり、ヘリによる戦力投入が続いていた。おまけに敵は事前にガレージを包囲してから一斉攻撃に移ったために、見渡す限りが敵という有様であった。
展開中の機体は合計五機。重量二脚型。彼女の駆るレッドステイン。
重量二脚型。ヴィクター。重量二脚型特有の防御装甲を展開しての狙撃をコンセプトに組み込んだ機体。
重量タンク型。雷電。運動性などを度外視して装甲と火力を最重視した動く城。
中量二脚型。バーラット。汎用性を高め部隊間での連携と指揮能力を重視した機体。
軽量四脚型。リーンホース。高い姿勢制御能力と滞空時間を活かした三次元戦闘を得意とするじゃじゃ馬。
雷電とヴィクターを中核に、リーンホースが遊撃を、バーラットと彼女が場を固める。彼ら彼女らは事前の打ち合わせなどしてはいなかったが、戦士であった。傭兵であった。戦いに慣れていたため、戦いの中ですぐに連携を見出し、運用していた。
だが状況は芳しくなかった。全体を包囲されているということは火力投射と狙撃を許容するのと同意義だからだ。幸いなことに遠距離戦闘に対応できる装備があったためタコ殴りを回避していたが、それでも物量という津波に飲み込まれそうであった。
構え姿勢を取り、脚部シールドを展開したヴィクターが、右腕に握ったスナイパーキャノンで遥か遠方に潜む支援型へ照準を合わせた。リコンと他の機体から送られるデータを元に弾道を調整。直射ではなく、放物線を描く曲射を狙う。
ヴィクターは舌なめずりをすれば、引き金を絞った。三連射。高速のAPFSDSが弾薬に後押しされて音速を突破して空中に放たれるや、寸分の狂いも無く支援型の操縦席に大穴を穿った。
その穴を埋めるべく、テクニカルの集団が突っ込んできた。ミサイルとロケットがヴィクターに飛ぶも、脚部に展開したシールドに阻まれ小爆発を引き起こすだけ。火炎と硝煙を纏ったヴィクターが、テクニカルにスナイパーキャノンを発射。着弾の衝撃でクレーターが生まれ、テクニカルは数台纏めて大地につんのめって停止した。
しかし敵の数は多い。テクニカルや装甲車が怒涛の勢いで突撃してくる。
構え姿勢を取っていたヴィクターの左右を付かんとテクニカルが群れを成して速度を上げた刹那、上空から散弾が雨のように降り注ぎ、乗員を粉微塵にした。ある程度の距離を挟んだショットガンの威力は雀の涙であるが、対人兵器として運用された場合、その威力は手持ち対物ライフル以上である。
オートブースターをOFFにして、四脚型の機体が着地する。ガレキが衝撃で跳ねた。
ヴィクターの頭部パーツが向きを変える。
すぐ隣をリーンホースが滑走しつつ銃火を咲かせる。
≪ヴィクター、こちらリーンホース。自走ロケット砲を、ロケット砲の弾道及び発射から確認した。やっこさんを黙らせてほしいんだが? 誰でも構わない。雷電とかいったな、あんた。あんた、手はないか≫
リーンホースはそう口にするとショットガンでスナイパーキャノンを指した。ロケット弾はクラスター弾頭でありハードスキンであるACに致命傷を与えられないとはいえ排除するに越したことはない。
ヴィクターは頭部を左右に振るという器用な操作で拒絶を表現すれば、しかし狙撃は継続していた。射程距離の長い火砲や兵器などに的確に弾丸を運んであの世送りのスコアを増やしていく。
≪こちらヴィクター。リーンホース、無茶を言うな雑魚にかまけている場合か≫
≪雑魚も糞も敵本隊の捕捉さえできちゃいないんだぜ! どうせ包囲されてンだから構わずやってまってくれや! 一発かまして離脱しちまった方がいい!≫
≪契約書は読まないのか字を読めないのかしらんがここを守らねばならない。死ぬ気でやるしかないんだぞ≫
≪だが死んだらおしまいだよ、何もかもな! そこのあんた! 雷電、背中のいいブツを撃ってくれ!≫
リーンホースがぎゃあぎゃあと怒鳴って雷電の方へ視線を向けた。
雷電は群れとなって押し寄せるフラミンゴを十機単位で薙ぎ払っていた。雷電は背中に巨大な砲を背負っていた。
≪馬鹿を言え! 雑魚相手に貴重な核を使えというか!?≫
≪てめぇ雷電! 核なんざあるならブチ込んでくれ、オーバー≫
雷電がリーンホースに無線に怒鳴ると、ロケットの雨を降らせてくる戦闘ヘリに反撃のロケットを連射した。
核。核分裂反応を利用する兵器。だが核を使うのが得策ではないことが誰もが理解していた。至近距離で使用すれば己が被ばくするし、全方位に散らばっている敵のどれかに撃ったところで一網打尽にはできないのだ。
リーンホースは地面を舐めつつ迫ってくるキャノン砲をランダムなジグザク移動で躱しつつ、敵の方角に銃口を向けた。ガトリングとショットガン。射程で負けている。
敵はSzシリーズが、狙撃に秀でたAC、もしくは自走砲である。近距離装備のガトリングとショットガンでは一方的にロングレンジされても仕方がない。届く兵器といえばロケットやミサイルやスナイパーキャノンや雷電が持つキャノンなどであるが、波のように押し寄せる敵を前にして冷静に照準を定めることができない。
バーラットの航空隊敵の砲撃に食われて劣勢であった。AC相手には擦り傷程度の対空砲火とて、ヘリには猛獣の牙と大差ない。数的優位性でもバーラットは押されていた。
敵がどこにいるかも、彼らにはわからなかった。どこにいるかもわからないからこそ攻撃の矛先をどこに向ければいいのかわからないのだ。
上空を旋回する無人機を落としたACがいた。バーラットである。彼女は無人機をこともなげに撃墜してみせると、油断することなくほかの機に通信を繋いだ。
≪こちらバーラット。観測用と思しき無人機をやったぞ。雷電とか言ったな、核があるなら話は早い。私の隊が到着した。連中の砲撃地点を割り出すように指示した。座標を特定次第発射しろ≫
≪貴様……私に命令するか≫
雷電の声が僅かに低くなった。
雷電はとあるミグラントを率いるリーダーであると同時に最大戦力である。自らを売り込むことで積極的な拡大を続けてきた強者とあって相手に命令されることを好まない。
バーラットもそれを理解しているのか、やや声を和らげた。
≪生き残るための投資だよ、そうだろう、この状況では私の本隊が救援に間に合う前に機体が朽ちてしまう。雷電、あなたの隊も間に合わないのではないかと思ってね。ならば協力しなくては。……不本意だが、仕方がない≫
≪……フムン、ならば呑もう。一つ貸しだぞ貴様ら。バーラット。発射まではしばらく時間がいる。私をくぎ付けにさせるな≫
≪雷電、こちらバーラット。了解した。命令を送信……完了。各機へ通達。敵砲撃の情報を送信せよ、オーバー≫
≪こちら――――……レッドステイン。了解。データ送信≫
≪リーンホース了解したぜ≫
≪ヴィクター了解。スナイパーキャノンのデータを送る≫
各機が情報を送信した。敵の砲撃を黙らせるためである。観測データと、バーラット本隊の働きを合わせて座標を割り出すのだ。
バーラットの頭部パーツのアンテナがより大きく展開した。
核を撃つ。彼女は内心、ワクワクしていた。核を発射するOWは滅多に拝めないからである。核弾頭が発見される割合は少なく、宝物のように扱われる。雷電のOWがどのような威力なのか好奇心を抑えきれず顔が愉悦に歪んでいたが、機体を駆る手つきに淀みはなく、むしろ鋭さを増していた。
脚部後部の特殊ブースタが起動するやレッドステインが真上に駆け上がった。ロケットもミサイルも撃ち尽くし機関砲による攻撃に移行したヘリに狙いを定め標準型ライフルで撃ち落とす。すぐさまオートブースタ機能をオフにすると重力と慣性に任せ落下して、着地する。着地したのを隙と見たか遠距離から砲弾が運ばれてきたがすべて予想していた。ハイブースト。地を擦りつつ躱せば、得た勢いで僅かに前傾しながらも身構えた。
通信。バーラット。
バーラット機が対戦車ミサイルが地を這うようにやって来たのに立ち向かった。ショルダーユニットから無数の火線が伸びるとミサイルを絡めとっていき一発たりとも命中を許さない。CLWS。迎撃用のショルダーユニットウェポン。
≪座標を特定した。Szと自走砲の大規模混成部隊の展開を確認。距離1900。方位40°≫
≪こちら雷電、了解した。座標ポイント≫
≪1900……雷電、届くか≫
≪無論。我らが開発したOW――富嶽ならば問題ない。曲射になるが届きさえすればよい。……バーラット。射程は、あえて尋ねたのか≫
≪届きませんでは済まないからな。あとは被爆の問題もある。ガレージが汚染されるのは問題だろう≫
≪戦術核だ。少し煙いで済む。それにガレージ管理者はガレージを壊すなとはいったが別のところに核を落とすなとは言っていなかった≫
≪それもそうだな≫
彼女は、敵戦車の砲撃を縫いながら接近していくと、跳躍して上方から標準型ライフルを撃ち落としながら無線に言った。疲労も恐怖もない高揚した声である。早く発射してくれという願望がありありと起立していた。
≪雷電。撃つなら早く撃ってくれ。もう待ちきれ……持ちこたえられないぞ。敵さんもお待ちかねだろ≫
≪レッドステイン……。小娘、私に弾を届かせるなよ。話はそれからだ≫
≪了解っ≫
レッドステイン、バーラット、ヴィクター、リーンホース各機が四方向を守る陣形をとった。
雷電がそれを起動した。雷電が所属するミグラントのエンブレムを背負って立つ一品ものが震えた。雷電の頭部メインカメラが発光する。
武器格納用アームが展開するも、武器を奪うことなく縮んだ。雷電が勝手にキャノンを投げ捨てる。長大な発射装置と砲身を含むブロックが横に回転した。折りたたまれていた砲が変形して接続すると右肩に背負うような位置に移動する。弾倉も兼ねる箱型パーツが砲身の後ろへ。安定用固定装置が右腕をすっぽり包み込んだ。
別ブロックは左肩から、丁度機関部がある背面部に移動していった。縦になっていたアンダーパイルが鋏を開くように展開しつつ横になると、地面へ降りていき、がっちりと先端を突き刺して固定する。それだけでは不足とばかりに、OW本体に後付けされたブースタノズルが起動した
自動装填装置が核砲弾を薬室に込める。ロック。
OW『富嶽』の構造は、高度な技術の産物であるACが搭載するにはあまりに単純である。火薬の力で砲弾を飛ばす。ただそれだけだ。山砲や自走砲と違うのは発射するのが核であることと、射程を得るために砲弾自体が加速するメカニズムを有することである。
薬室に大量のエネルギーが送り込まれ出した。特殊な反応剤を安定状態から不安定状態に移行させるための段階を踏んでいるのである。エネルギー量は膨大であり冷却が間に合わないためか発射ブロックの表面が僅かに赤くなり始めた。
≪雷電、発射する≫
雷電が宣言した刹那、砲が炸裂した。衝撃波が発生するや否やすぐそばを飛んでいたヘリが弾かれたように墜落した。規格外の分量のガンパウダーによって砲を飛び出した弾頭が空中でロケットモーターに点火すると一目散に敵のもとへ飛翔していく。
反動を受けた雷電機はアンダーパイルを軋ませ、無限軌道を前進させることで凌いだ。
初速を超える速度へ瞬く間に達した砲弾は、僅かに白い雲を曳きつつ緩やかな放物線を描き、計算された通りに敵の頭上を目指す。
その間、全機が必死に耐えた。発射した雷電も武器を拾いなおして応戦する。
雷電がカウントする。
≪5、4、3、2、弾着、今≫
地平線の向こうでもう一つの太陽が誕生した。
≪我は死なり、世界の破壊者なり≫
誰ともなしに呟いた言葉が無線越しに皆の耳を叩いた。
核兵器は現代のOWと思う