ARMORED CORE V ―OASIS WAR―(改訂版) 作:キサラギ職員
コアの狭い入口から内部に身を滑りこませたら、ロックする。ハッチ閉鎖。スライドして装甲で出入り口を守る。装甲こそが命。中世の騎士が鎧を着たように、装甲こそが搭乗者を守るのだ。生命維持装置、既に作動状態。外と内を遮断。金属製のシェルターとする。生物化学兵器防御処理を施された空調装置が新鮮な空気を提供し始めた。
エネルギー供給を外部接続。回路接続完了。各部伝達開始。システム整備モード。
モニタとレバースイッチを弄って機能確認と起動手順を踏む。ACのコックピットは狭い。一人乗りが前提なためと、ジェネレータや装甲に割けるスペースを確保するために、まるで棺桶の中のような自由度の低さである。
キーを捻って指定の入力を行いドライブモードが立ち上がるのを待つ。
ピッ、ピッ、ピッ、という電子音だけが静寂のただなかに息づくことを許されていた。自己診断プログラムが数千数万もの部品とその連携を確認していった。
ドライブモード。基礎管制システムとも言える機体の制御を担う部分である。機体調整のためなら武器もブースターもいらない。
スポーツブラにジーンズというラフな格好をした彼女は、まだ真新しい操縦席で新品の操縦桿を握っていた。
動入力許可。腕部と脚部に動きを指示する。
フレイムスクリームの後継機とでもいうべき機体がガレージで僅かに身じろぎをした。コア各部のコネタクからコードやパイプを垂らし、あるべき装甲はいずれも無い。脚部、腕部、そしてコアは脱着可能な装甲を全て落としていた。メインカメラにぼんやりとした光が灯るや、瞬きをする。
操縦桿から伝わる入力と、機体がそれを実行に移すまでの反応速度は必ずしも一致しない。重い腕で金属の塊である武器を振り回すのだから当然である。人間だってダンベルを握って手を振ろうとすれば動きがぎこちなくなる。
同じ機体ならまだしも、構成を大きく変えてしまったため、適切な反応速度を知る必要があった。反応速度と感度が良すぎると狙いを付けにくく、悪いと戦闘機動しながらの射撃がままならなくなる。
ジェネレータ出力上昇。FCSスタンバイ。外部エネルギー供給解除。コード類とパイプ類が自動で機体から離れた。
腕を上に、下に、前に、銃を構える、武器を交換する。腕に握られるのは長方形に加工された金属に取っ手を溶接した擬似武器である。ハンガーユニットに武器をかけ、作動。
機器を弄り、擬似的な反動を想定した。装甲がある前提の動作制限もかける。引き金に指をかけて絞る。途端に、がくんと腕が後退してリコイルを相殺した。想定数値をガトリングへ変更。引き金を継続して引く。腕が擬似武器を構えたまま僅かに肩から後ろに後退して銃身のぶれを押さえ込む……動作をした。
次、ブレード。擬似武器を床に置き、ブレードと同じ重量のを拾う。重量の微調整をしては試験では試行回数が膨大になるのでいくつかの重量の違う擬似武器を試験することでモーションデータを平均化・適正化する。
ブレードは近接武器と呼ばれやすいが、実質的には銃である。複数の高出力レーザーを発射して対象に熱ダメージを与える単距離銃である。中にはパワーが高すぎて大気がプラズマ化しているものもあるが、とにかく銃と変わりない。違うのはブレードというだけあって銃身を薙ぐように斬りかかる点にある。ブレードの耐熱性は高いが絶対ではない。ブレードの照射方向に対して発射しながら突き出して装甲とぶつかれば、熱の跳ね返りでブレード自体に被害が及ぶ。そこであたかも近接用ブレードのように銃身を敵に対して薙ぎ払うように扱うのだ。
大振り、小振り、とにかく単純な入力を繰り返して、新しい機体の挙動を掴もうとする。
彼女の新型機がガレージの中で淡々と素振りしている。装甲が外れているため、ブレードを振り回すたびに機体内部に籠る筈の機械的な作動音が響いた。鉄の足が床を踏みしめる震動が広がる。マニュピレータを駆動させるモーターがカチャカチャ忙しなく働いていた。
人型である理由。それは、コアとなるジェネレータやCPUを製造できないという理由を除けば、機械の予想を上回る急加速急減速にX軸Y軸への自在な機動で射線を回避するのと、多数の火器を使いこなすことである。もう一つの理由に、搭乗者の意思をダイレクトに操縦に活かす点にある。その為にはこういった地味な調整作業は必要不可欠なのだ。
武器を置いた彼女は次にブースター動作調整に移った。遠隔操作でガレージの空調を弄り排気穴を開く。発生する衝撃をもろに食らわないように窓ガラスなどをシャッターで覆う。そして原理的にはルームランナーと大差ない機器に足を運ぶと、両足を指定の位置に乗っけた。
流石にグライドブーストは設備がないのでテストできない。最高で時速数百kmに達するのでベルトコンベアではなく航空機のエンジンテストのように、エンジンもとい機体を固定して測定する必要があるからだ。
微速前進。フレイムスクリームと同じく赤黒い塗装を纏った巨体が身構えると、コアから生えた最高時速重視型ブースターノズルと脚部スラスタから火を噴いた。同時にベルトコンベア式のテスターが回転を開始。前進する機体と、後退しようとするベルトコンベアの速度が釣り合った。
彼女は機内で眉を歪め、鼻を鳴らした。
「反応が悪い。けど使い方次第でなんとでもなる……かなぁ?」
最高速度重視型のブースターは出力こそ規格外だが、一方で反応が悪いという特性がある。ノズルが高速戦闘時の機体制御には向かないお椀のような形状をしていることからも明らかである。
ペダルを、親指に圧をかける気持ちで踏み込んでいく。噴射炎が増え、機体速度が上昇した。
限界まで踏み込む。ノズルから噴出する青い火はフレイムスクリームのそれとは比較にもならない推力である。
最高速度。ペダルべた踏み。ペダル離し。機体がつんのめるも自動で踏ん張り直立姿勢に戻した。
動入力ロック。システムを落として、操縦桿とペダルから足を離す。機体温度が低下するまでしばし待ち、コアを開放して外部に出た。
そして彼女は見上げた。新型を。
重量二脚型。KE防御とCE防御、すなわち物理エネルギーと化学エネルギーによる損傷を狙った攻撃に対しての防御を重視した機体構成。ブースターは最高速度重視型。もっとも広く普及している武器は何か? を考えた結果、編み出された装甲分布である。
武装構成。武器はガレージの隅にある台車で耐火布をかけられていた。
標準ライフル。速射型バトルライフル。小型ミサイル。総じて対AC戦闘を重視。ガトリングのライフルへの持ち替えはストッピングパワー不足を痛感してのこと。
標準ライフル――URF-15/A JESUP。標準的威力、装弾数を持つ武器。徹底した設計の簡素化と部品数の削減による高い整備性と信頼性を評価した。
速射型バトルライフル――UBR-05/R。大口径弾を速射できるという高火力武器。発射速度が著しく低いという欠点はあるが、それを埋め合わせるだけの威力がある。
小型ミサイル――USM-14 MATHURA。高い追尾性能と高い威力を両立させただけではなく連射も可能なハイエンドミサイル。最大巡航速度が低いという欠点があるが物量で押し潰せる。これも対AC戦に調整した。
なぜ対AC戦用に機体を変えたのかは彼女自身も理解していなかったが。
次の試験は、戦闘機動である。戦闘機動――ではなくても、機体が動くというのは、機体制御が安定状態から不安定状態に強制的に移行させることである。人間が歩くためには直立から不安定な位置に移動させるように。
流石にガレージの中でやるには危険が伴う。できなくはないが備品がお釈迦になるのは御免だった。だがその前に装甲などを装着する作業があった。彼女は機体を置いてガレージの操作室に向かった。
装甲の装着作業。大部分がモジュール化されたアーマード・コアとて、どうあがいても人間の手が必須である。可及的速やかに片づけるべき課題も無いので一人でのんびり作業をした。
終わったのが数日後だったのは、作業に飽きて酒をかっ食らったり別の傭兵の戦闘記録を閲覧したせいである。引っ切り無しに依頼を取れば忙しい。取らなければ、一般市民と同じであるどころか、蓄えで食っていける。ただガレージの家賃が高額なので永遠に怠けてはいられない。
新武器を含んだいくつかの砲を積んだ台車の取っ手をマニュピレータで握ると、逆間接で地面を鳴らしつつ歩く。戦闘にも作業にも使えるのが人型のいいところである。ちなみにミサイルは既にショルダーユニットに内蔵してあった。武器を代えればそれで済む腕部兵装とは違い、ショルダーユニットは積むという作業が必要だからである。
操縦席備え付けのタッチモニタを操作して、ガレージのエレベーターを遠隔操作した。警告灯が赤い光を抱いて忙しなく回転し始めた。別にトレーラーに積んで輸送してもよかったが慣らし運転を兼ての移動である。ACほどの馬力があれば速度は鈍るが台車を牽引していくことは容易い。
台車を握ったままで動入力を切った彼女は、操縦席から出ると、バックに詰め込んで機体の頭部からぶら下げておいた着替えを取ってもそもそと服を脱ぎ始めた。どうせのぞき見をする不埒な部外者などいないのだ、上着を脱ぎ捨てズボンを脱いで下着一枚となりパイロットスーツを手早く装着した。
操縦席に身を納め、コアを閉鎖する。レールに沿って操縦席がコア内部に滑り込むと幾重もの金具で固定し、外部と内部を区別した。ハッチ兼頭部が指定の位置で止まってガチンと音を鳴らした。
ヘルメットを被る。
エレベーターは機動兵器やトレーラーを積んだまま数十mという高度を行き来するため、ゆっくりのんびりと移動する。時間がもったいなく感じたので台車に積んだ武器をマニュピレータで握ってFCSに読み込ませる作業を始めた。どれもが手持ちで運用できる銃だが、中には構えなければ反動で転倒する大口径もある。四脚のようにアンダーパイルを装備しているか、タンクのように接地面積の大きい脚部でなければ扱いは難しい。
エレベーターの移動速度たるや亀のごとし。速度だけなら人間が梯子を登った方が良かったであろう。
だがその遅さが彼女を救った。
遠方より飛来した対地ロケットによる空を埋め尽くさんばかりの弾幕が、彼女の住まうガレージ――かつての地下都市を改造した――に降り注いだのだ。レーダーと連動した防衛火器群が人間が敵襲を感知するよりも先に防衛を開始。ロケット弾を、ミサイルを、片っ端から空から叩き落す。プラズマ砲が唸りをあげて空を染め上げて、エネルギー領域を展開して信管を強制作動させることで爆散させた。だが火力投射は防衛火器群の処理限界を超えていた。始め、ガレージは火器群があげる震動に揺さぶられていただけだったが、じきに発破でも使ったかのようにガタガタと地響きを上げ始めた。幸いなことにガレージ上部ハッチは閉鎖されたままだったが、埃やらゴミやらがパラパラと落ちてきたのであった。
スピーカーがわんわんと警告を発し始めた。赤色灯が狂ったように回転する。
『警報発令 警報発令 賃貸者は直ちに契約に従い防衛に出動せよ 繰り返す』
ガレージと言ってもいくつものガレージが集合した土地である。複数の勢力が共同していた。
契約には万が一の襲撃の際に防衛戦に参加せよとあった。
契約に背くことはできない。傭兵としての信用問題に発展しかねない。顔をしかめると操縦桿から手を離して、再び握った。
「ち。バカスカ撃ちやがって、どこのマヌケだ。複数のミグラントに喧嘩打って、ただで済むと思うなよ!」
複数のミグラント、組織、その他が同居するガレージで盛大に花火を上げれば、それは同時に複数に対して宣戦布告したに等しい。
標準ライフルと、速射型バトルライフルを装備。ハンガーユニットにかけ、背面に回す。試験だけあってOWは積んでこなかった。ガトリング二丁を握った。
ジェネレータ、戦闘出力。システム変更。
HUDが立ち上がった。
『メインシステム 戦闘モード起動します』
ガレージ管理者へアクセス開始。キーを叩いて認証を済ませば状況と指示を求めた。管理者から返信が返ってきた。
『防衛火器群損傷重大 ガードメカ半数応答なし 賃貸者出撃』
舌打ちをし、タッチパネルに指を走らせた。
「なんもわかんない。これじゃないほうがマシ」
状況が混乱しているのか情報は、情報と言える情報量も無い。
彼女はエレベーターが作動するかを調べるべくガレージのシステムにアクセスした。電気系統がやられているが非常用電源が作動していた。エレベーターが緊急時用のプログラム通りに作動停止していた。ガレージ所有者権限により緊急時固定措置を解除。強制上昇。
人間は人間用通路から逃亡できるがACはできない。大きすぎるのだ。エレベーター以外の手段がない。
エレベーターが徐々にせり上がっていった。が次の瞬間、ハッチが異音を上げたかと思えば、中央に大穴が開き、白熱する爆風がガレージを蹂躙したのであった。火を受け、機外温度が瞬時に数百度以上に上昇する。有害ガス検知。ハッチの切れ目と穴から燃焼液が垂れて、内側をも侵略し始めた。
火災を検知したガレージのシステムがスプリンクラーを作動させた。ガレージ内に積乱雲がやってきたが如く四方から消化液と粉が噴出する。換気扇が高速運動で強制排気開始。
火をまともに浴びたその機体はしかしあわてず騒がず武器に熱が行かぬように、耐火布を掴んで振り回すと、壁面から雨のように噴き出す水を染み込ませて台車にかけた。
熱に水をかければ、蒸発してしまうのは道理である。エレベーター内が瞬く間に濃密な蒸気に包まれるや視界を零にした。ホワイトアウト。彼女の駆る新型機のメインカメラが自動でカメラを切り替え、カメラ素子をリフレッシュ。白亜にぼんやり浮かんだ青い光が一段と強く瞬いた。
通信。ガレージ管理者経由、AC搭乗者から。
繋ぐと、即座にデータリンクが開始され、その機体が丁度彼女の頭上で砲火を盛んに上げていることが表示された。複数のACからのデータリンク要請。
『こちらヴィクター。展開中の各機、お宅らが誰かは知らんが共闘してもらうぞ!』
『ハ。なぜ休暇中にこのような。ヴィクター、こちらバーラット。我が本隊到着まで三分。航空部隊到着まで一分。そして私は五秒後に地上に出る。座標送信。うるさいロケットを掃除しろ』
『こちら雷電。エレベーターが作動しない。緊急措置実行。よし……出たぞ。これより排除を実行する』
『俺はリーンホース! 誰か弾をよこせ! 畜生め!』
無線に流れるはどれも偽名。もしくは傭兵としての名、機体名、コールサイン、部隊名である。非常時故に無線が混乱していた。
自分を含め、展開できたのは五機。元地下都市ガレージを根城にするミグラントのAC乗りは正確な数を把握してはいなかったが、少なくともその倍は居たはずである。応答がないのが半数。最初の砲撃によりガレージごと焼き尽くされてしまったのか。
エレベーターがハッチに接近すると、ハッチが左右にゆっくりと開いていった。燃焼液がボトボト垂れてエレベーターの床に火の水たまりを形成した。
――攻撃が来る。
エレベーターという穴に向かって降り注ぐロケット弾に立ち向かうべく、握った武器を捨てて、別の武器を保持する。FCS読み込み、及び同期開始。多連装機関砲である。赤黒い機体が逆間接型脚部を肩幅より広く開いて身構え、腕部を上空に向けた。サブレッグ及び装甲板展開。多連装機関砲の照準用小型カメラの保護カバーが開き、三人称の合成映像から銃とメインカメラの合成映像に切り替わる。。
半透明の照準を大雑把に合わせた。
「こなくそッ!」
悪態を天に吐き、引き金を絞る。
多連装機関砲が唸りをあげて大口径高速弾を吐き出す。瓶かくやという大きさの薬莢が零れ装甲を伝いエレベーターの床に蓄積していく。削岩機で装甲を削られているかのような震動が、機体を伝わり濁った音色となって聞こえた。
反動の強さたるや半端なものではない。場合によってはACの装甲を正面から貫通する弾を連射しているのだ、腕部が引っ切り無しにぶれ、脚部が床に傷をつけながら反動を相殺する。
姿勢制御に優れた四脚やタンクならまだしも、逆間接型では踏ん張りが足らず、機関砲の散布界は恐ろしく広い。だがロケット弾という非誘導弾には広角射撃の方が有効であった。一発に命中すると、その爆発で複数発が弾けた。
今まさに爆撃してやろうと企んだフラミンゴが、縦穴からそそり立った弾幕に絡めとられ、爆弾の誘爆に汚い花火と化した。
エレベーターが地上に達した。赤黒い機体がメインカメラをぎらつかせ、一歩を踏む。大量の蒸気がエレベーターに押し出されて上に、そして液体のように横に広がって、数十mという範囲を白い幕で包んだ。
彼女は機関砲を地面に置いて、使用する予定であった武器を握った。
そこへ、ショットガンとハンドガンで武装した軽量四脚型ACが滑り込んできた。機体表示、リーンホース。痩せ馬の名の通り全ての部位が装甲よりも機動性を重視した構成。
リーンホースは前方から大地を舐めるようにして遅い来るフラミンゴの編隊にショットガンで威嚇をするや、銃自体を放棄した。ショートバレルが投げ捨てられ、地を滑る。右手のハンドガン及びショルダーユニットからロケット弾を放ちつつ、すぐ傍らで対空弾幕を張る赤黒い機体に左マニュピレータを伸ばした。ハンガーユニットに武器はない。短期の機動戦を重視した機体が故に、既に弾切れしていた。
≪いいところに来たな! 武器寄越せ。弾がねぇ≫
『っ、人にものを頼む態度って奴を考えろ糞野郎』
脊髄反射的に無線の主に怒鳴った彼女だが、返ってきたのは正論だった。
≪四の五の言ってる場合じゃないだろ……娘さんよお! ほら寄越せ!≫
『あとで請求してやるからな!』
早くしろと言わんばかりに尊大な態度で手招きするリーンホースに対し、彼女はコアを射抜きたい衝動に駆られたが、無手のACがいかに無力化かは承知しており、耐火布をかぶせた台車の方に頭部パーツを向け、示してやった。不幸中の幸いとでも言うべきか武器は山積みとなっているのだから。一機のACが同時に運用できる武器は左右マニュピレータにショルダーユニットの三か所だけ。惜しんでも死ぬだけである。
リーンホースがガトリングとショットガンを手に取った。その間、ロケット弾で広範囲を攻撃しようとするフラミンゴに標準型ライフルで牽制を行いながら、展開中のACをIFFに友軍属性として設定、武装が自由に使えるようにアンロック。
ハイブースト。台車の武器をどうにかする余裕などないならば、とにかく動いて敵の注意を引き寄せなくてはならなかった。
リコン投射。射出型とは異なる機体追従型。敵反応、30はくだらない。陸戦戦力は少ないが高速の偵察型が複数侵入してきていた。
偵察型――とは名ばかりの高火力の航空戦力――が二機横並びに飛んで来るや、一気に高度を下げてエネルギーマシンガンの嵐を見舞った。しかも二機交互が交差しながら接近するという攪乱機動を取りながら。
だが赤黒い機体は既に射線から消えていた。
「ぐぅ……」
跳躍力に優れた逆間接が地を蹴ると並行して複数装着された補助ブースタが推進炎を吹いたのだ。重量二脚型では危惧する必要の薄い縦方向のGに息が詰まる。無意識に奥歯を噛み締めた。
背面を取らんとゆらりゆらりと飛んでいたフラミンゴのローターを体当たりで粉砕すれば、上空から偵察型二機目掛けて標準ライフルをくれてやる。残弾数が減っていく。重力という味方に背中を押されながら銃身から射出され、偵察型の装甲を容易く突破すると運動エネルギーを殺しながら内部機構を完膚無きままに粉砕した。
一機は身を捻って躱したが、赤黒い機体は逃さぬと瞳をぎらつかせ、真上から伸し掛かって地に押し付けてスクラップに変えた。偵察型は暫し死にきれず垂直ローターに警告光を灯していたが、その重厚感あふれる脚部がぐりぐりと踏みにじったことで息絶えた。
悪寒が走った。
踊るように身を翻し、脚部とブースターを合成した推力で斜め上に退避。刹那、センサーでも捉えきれない距離から低弾道の弾丸が音速を越えて飛来して、かつてのビルの横っ腹に盛大なクレーターを穿った。
狙撃手がいる。
敵は多く、味方は少ない。死ぬかもしれないが、彼女には確信があった。
「レッドステイン。生き残るぞ!」
各部装甲に血色を飛ばした機体のメインカメラが応答するように輝き、その頭部を頷かせた。
その肩に描かれたエンブレムはフレイムスクリームのとは異なるもの。
スイッチ作動。
『スモーク散布!』
後付けしたスモークディスチャージャーから複数発の発煙弾が放たれた。濛々と白い煙が上がると風に煽られ、あたかも天使の翼のようにレッドステインの姿を風景に溶かしたのであった。