ARMORED CORE V ―OASIS WAR―(改訂版)   作:キサラギ職員

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The Giant:巨人


8、The Giant(前)【傭兵ルート】

 「………またかよ糞」

 

 彼女は三度目になる依頼に舌打ちすると、ウィスキーボトルを一口飲んだ。アルコールで舌がビリビリと痺れる。おいしい。最高の香り。

 似たような奴らを相手にすること、二回目。まるで癇癪持ちの子供が少し訓練を受けてACに乗り込んだような奴を初めに、言動や行動のそっくりな奴をもう一度相手にした。悪いことなのか良いことなのかなんとも判断しにくいが、同じような文面でまた依頼があった。

 つわものが二機相手なら臆したかもしれないが、相手はただの雑魚である。武器の特性理解も、役割分担も、機体の操縦さえ危うい、ただの素人。二機相手にしても負ける気がしなかった。素人二機など数の内にも入らぬ。撃ち、焼き、蹴って、壊してやった。一機は手足をもいでブースターを破壊してからハッチをこじ開け中身を外に引きずり出してやろうとしたが、自爆された。

 彼女は、ものの短期間のうちにACを四機撃破するという快挙を成し遂げたのであるが、その心中は暗かった。なんとも胸糞悪い依頼ではないか。どこぞの組織が下っ端の選別をするために依頼してきているとしてもなんら疑問ではなかった。ただ気になったのが彼らが一様に口にした『まがい物』という単語である。トチ狂って口にしたなら気にも留めなかったであろうが、明白にこちらへの罵り言葉として投げかけてきたのである。

 まがい物。彼女の記憶では、彼女は成績が残せず捨てられた。まがい物。正規品を、戦果をあげることのできる強化人間と定義するならば、

 

 「強化人間――……」

 

 彼女は強化人間である。そして彼らも強化人間である。更に推測すれば、彼らの出身と、彼女の出身が一致する、そう前提を置けば、彼らの言動にも納得できた。

 ではなぜ襲い掛かってきたのか?

 彼女はかつて捨てられた身であるが、今の今に至るまで暗殺されかけたことは一度を除いてない。少なくとも人対人の戦いでは。襲撃されたり戦場で裏切られたり使い捨てにされたことは多数ある。

 やろうと思えばいつでもできたはずだ。彼女はACの腕前にかけては決して弱くない方に位置づけられるが、白兵戦では熟練の兵士に劣る。狙撃、爆破、毒殺、絞殺、裏切り、取れうる手段は無数にあったはずである。にも拘らず何年もの空白期間をおいて、今さらになってわざわざまどろっこしいACの決闘で始末しようとするなど、ドラッグでもキメてるとしか言いようがない。

 

 「お前は荒野のガンマンかっての」

 

 打ち捨てられた施設からサルヴェージした映画データを思い出し、呟いてみた。特に意味はない。状況を端的に説明できているわけでもない。人間、呟いてみたくなる時ぐらいある。特に一人っきりの時は。

 さて、どうするか。唇に指先を触れて思考に耽る。依頼を断るのもいいだろう。相も変わらず真実とやらを語ろうともせず向かってきては犬死する連中の相手は飽きた。

 だが、手がかりという名前の情報の断片を掴むことはできるのである。自分が改造を受けた理由。存在意義。そして、己を拾ってくれたミグラントを襲撃した連中の居場所。

 彼女はじっくりと考えた末、依頼を受諾した。

 

 

 ――――――――――

 

 

 汚染地域。

 ここはかつて鉱山として大量の石炭が採掘されていたという場所であり、現在は既に打ち捨てられて雨風に晒されるばかりとなっている廃墟である。大昔に使われていた採掘マシンの残骸と、積まれたままになっている土砂、大地にぽっかりと穿たれた深い穴、それだけが全てだった。

 黄銅色をした水たまりを踏みしめ、赤黒い機体が歩き出す。

 

 「またこんな場所かよ。うんざりする」

 

 大昔に使われたという核兵器の影響か、ガイガーカウンターが鳴りっぱなしであった。ほかにも人類に対して猛毒として作用する物質を含んだ塵が風にあおられて舞っており、もし機体から出たのならば即死することがわかった。除染費用を含めても十分すぎる前払い料が支給されているとはいえ、どうせ敵がいることが分かっている以上、お得感は無い。

 装備はいつものようにガトリングと、バトルライフル、HEATロケット、そして毎度のごとく積んでいるOWは火炎放射器型にしておいた。なぜか。気分である。もっとも理由はちゃんとある。片腕を吹き飛ばして回路を直結させるタイプはロマンがあるが、片腕と武器の片方を失ってしまうので使いにくい、程度の。

 巨大な回転刃を持つ採掘マシンに取り付いて、オートブーストに任せてゆっくりと降下していく。ブーストを中断、落下して、着地寸前にブーストをオンにするというマニュアル入力をしてもよかったが、どうせ敵はACだけで馬鹿正直に向かってくることが分かり切っていたので、面倒でしない。

 既にリコンは全弾投射してある。敵の反応なし。ただしジェネレータの機能を落として身を潜めていた場合、リコンに引っかからないこともあるのでいないとは限らない。

 採掘場の壁を蹴って、空中を横滑りする。穴はあまりに広大でありもう片側へ達する前に地面に足がついてしまった。空を見上げてみれば不気味な色をした雲が渦巻いている。人類がかつて犯した罪により致命的に汚染された地球においてごく普遍的な光景。昔の地球は緑あふれる水の惑星であったことが知られているが、すべては資料の中の絵物語である。

 

 『システム スキャンモード』

 

 モード変更。メインカメラが切り替わり、スキャンモードとなる。リコンからの情報、および高感度の高性能カメラにより周囲の情報を収集する。

 敵を探知。リコン感あり。位置情報が測定されメインモニタに投影された。

 敵がいた。採掘施設の穴のてっぺんに佇んでいる。機体構成及び武器装備などが、実測データと推測データ別に分かれてメインモニタに投影される。登録された傭兵などの中から類似系が検索された。ヒット、一件。それはあろうことか自分自身だった。

 フレイムスクリームに酷似したフレーム。ガトリング、バトルライフル。OWは搭載しておらず、色合いも正反対の青系統であることを除けば、そっくりな構成。

 まるで影に対峙したかのように、彼女は身を固くしたが、すぐに両腕の武器を向けた。

 依頼内容はたった一つ。現地に赴き敵を排除せよ。

 敵と思しきACのショルダーユニットには聖職者のミトラを模したマーク。チェスのビショップである。

 メインカメラが明滅した。光通信。オープンチャンネル指定。電波波長よし、通信回線開き。

 

 ≪お前が例の奴か≫

 『なんのことだ』

 ≪話しても無駄だ。どの道、俺はこのことについて話すことができない。ならば戦いの中で意味を見出す方が建設的ではないか≫

 『それもそうだな。ではやろうか、雇われ』

 ≪雇われではない。飼い犬には違いない。俺にはそれしか言えない≫

 

 システム変更。

 

 『システム 戦闘モード』

 

 刹那、彼女は予備動作もなしに、バトルライフルを掲げて引き金を絞った。まったくの同時に敵機――ビショップがバトルライフルを構え、弾頭を弾頭で迎撃した。空中で鉢合わせした二発の弾丸はHEAT弾の効果を存分に発揮して共喰いをし、炸裂、鉄くずと化した。

 

 『……何?』

 

 バトルライフルの初速は他の兵器と比べて圧倒的に遅いとはいえ、人間の動体視力を上回っている。それを迎撃するには発射する前に迎撃の準備を行う必要がある。これまでの相手とは比べ物にならない腕前があることを悟った。

 彼女は僅かに眉を歪めると、続くロケットの連射をバックステップで回避して、ハイブーストで高速のジグザグ左右回避を行った。ロケットは目標に命中することなく地面に穴を穿つだけで生涯を終えた。

 同じくバトルライフルを構え、ガトリングの弾幕を張る。敵は穴の内側へと飛び降りると見せかけて再上昇すれば、穴の壁を登って元の場所へ立ち、グライドブーストを起動、穴の上空を高速で機動してフレイムスクリームの上方を奪ったのであった。

 インレンジ。

 再度、ビショップの箱型ショルダーユニットがせり上がると、ロケットが連射された。上方からの直撃を貰えば頭部が危険に晒される。

 ハイブースト、そして撃ち返し。薙ぎ払うようにガトリングを振り、弾列のさなかに敵を陥れる。敵も同じようにハイブーストで空中を駆けるや、残弾を気にも留めずHEATロケットを猛連射して地面を耕した。

 例え回避しても、地面に命中したことで発生する爆風が機体を揺さぶる。僅かな動揺を見せたフレイムスクリームに、よく似た姿をした青い機体が、ドロップキックよろしく上空から蹴りをかました。

 

 「ちい!」

 

 咄嗟にペダルを踏むと、ハイブーストからのグライドブーストさらに採掘マシンの鉄骨に取り付きブーストドライブ。逆に敵の上方を奪い取り、お返しに落下蹴りをやり返す。

 敵もさるもの。ハイブーストで後退すれば、顔面目掛けてガトリングの銃身を突き出す。

 既に回転が始まっていた収束銃身から弾丸が吐き出される。

 頭部を捻り、ガトリングの銃身にバトルライフルの銃身をぶつけて逸らせば、前蹴りを繰り出す。だが敵も全く同じ動きをしていた。脚部と脚部が生み出す力は一致しており、その結果、青と赤の二色は作用反作用の法則に従って正反対の方向へと弾かれることになった。

 ロケットと両腕の武器を構わず撃ちまくる青と、採掘マシンの影に隠れて様子を伺う赤。かたや後先考えぬ放出と、片や後々の襲撃なども考慮した慎重。動きと戦い方は似ていても、どのように戦闘を運ぶか―――つまり戦術面では違っていた。

 採掘マシンは防弾をされていないが、障害物にはなる。バトルライフルが吐き出すHEAT弾は威力を発揮する前に弾頭が作動してしまい、ガトリングの銃弾は威力を大幅に削がれて貫通するころにはフレイムスクリームの装甲に満足な傷を与えられない。

 彼女は、採掘マシンの鉄板の裏に隠れたフレイムスクリームに攻撃を与えんと、外周をブースター吹かして移動してくる敵機に意識の糸を張って、次の動きに備えた。

 吐き捨てるように言葉を出し、息を吸い込む。

 

 「捨て身……? こいつも所詮は駒なの? ………そんなんだから!」

 

 フレイムスクリームのメインカメラに一際強い光が宿った。

 刹那、グライドブーストで鉄板の裏を狙える位置に瞬時に移動した青い機体が、ロケットをこれでもかと叩き込む。だが既にフレイムスクリームはいない。

 

 ≪素晴らしき動き、惚れ惚れとする!≫

 

 心底嬉しそうな敵に、彼女は半ば呆れを込めた言葉を返した。

 

 『惚れたなら、それに許して撤退してくれればなお嬉しい!』

 ≪猟犬は一度獲物に食らいついたら死ぬまで離さない。命をかけて主人に獲物を差し出すのだ!≫

 

 なぜなら、フレイムスクリームは採掘マシンの鉄骨や手がかりを利用して登坂していたからだ。

 上空からガトリングの雨を降らす。バトルライフルは直撃を狙わず、牽制として敵機を中心点とした四方にばらまいた。ロケットは真下には撃てないため待機である。

 にも拘らず敵は、動きがあらかじめ分かっていたかのように地を蹴ると、採掘マシンの鉄板に取り付いて、そこを足場にけっ飛ばした。機体が地面すれすれを滑空し、フレイムスクリームが放った射撃は地面に穴を作り出すだけに留まった。

 上空というアドバンテージを活かすべく、採掘マシンの天辺へと登る。鉄骨の組み合わせに足を引っかけ跳躍、台座に飛び乗ってさらに上に。ロケット弾の応酬が地面から放たれて採掘マシンの胴体を震撼させた。錆びて古くなった鉄骨が途中でぶつかり回転しながら地に落ち、赤錆がパラパラと宙を舞った。着弾で生じた煙を縫い、赤い機体が採掘マシンの回転刃のある鉄骨を氷上を滑るが如く伝っていけば、跳躍。後を追いかける青の機体に背中を晒しながらも採掘場の壁面を蹴って登って、蹴りの反動で空中で振り返り、撃ちまくる。

 急速旋回についてこられなかった青い機体は、突如やってきた射撃に対応できず被弾。よろめきながら撃ち返せば、採掘マシンの影に隠れた。

 リコン投射。マシンと、壁面と、地面の三か所に配置。

 

 『システム スキャンモード』

 

 敵影スキャン・トレース。

 敵はピクリとも動かずにじっとしている。最初のような捨て身の攻撃も無い。動きがなさ過ぎて不気味でさえある。

 通信。

 

 ≪時間だ≫

 

 刹那、採掘マシンが、それどころか、大地が揺れた。フレイムスクリームの関節が自動で開閉し、脚部のショックアブソーバが揺れを殺す。大地に揺れは横揺れではなく縦揺れを主体としたあまりに巨大な波であり、老朽化の進んでいた採掘マシンはみるみるうちに崩れ始めた。作業員が入って操縦するであろう小部屋は根元から折れ、空に伸びた鉄骨は震動を受けて横揺れを始めた。採掘用の回転刃のある横に伸びた鉄骨に張られたワイヤは切れ、くわんくわんと鳴き声を上げてその先端を地面に打ち付ける。固定器具が弾けて飛ぶ。そして採掘マシンはあろうことか高度を上げ始めた。否、真下から何かがせり上がってきたのだ。

 採掘マシンに張り付くように立っていた青い機体が、マシンを飛び降りて大地に立った。違う。大地と思われた砂は、既に金属的な光沢を帯びた人工物へと置き換わっていた。採掘マシンが、自重と揺れに耐えきれず、バラバラになって滑り落ちていく。マシンの下から現れたそれはあたかもクジラのように息を吐き出すと、砂埃を纏って、採掘場に頭を覗かせた。

 

 「なんだ……これ……」

 

 彼女は唖然として、機体を一歩後退させた。採掘場の地下から巨大な人工物が出現するなど考えもしない。予想外だった。

 見ているうちに、昆虫の外殻を思わせる物体が砂を押しのけてぬっと大地からはい出た。次にフレキシブルに駆動する『触手』のような物体が、採掘マシンという矮小な人工物を先端から生えた『爪』でがっちり捕縛すると、投げた。哀れ採掘マシンの残骸は数十、否数百mという距離を放物線を描いて飛んでいき、砂地に刺さった。

 触手が採掘場の地面に先端をつける。本数にして三本。二本、そして三本目が大地に触れると、胴体と思しき巨大な甲羅が砂埃やゴミなどもろとも起立した。

 『それ』の甲羅の上に、青い機体が乗っている。足場の不安定さのため常時オートブースタが点火して姿勢制御しているせいか、砂埃で足元が見えない。

 ACのメインコンピューターも、眼前の物体が敵なのかなんなのかの判断を保留にしている。リコンには敵でも味方でもない第三の勢力としての表示が出ている。

 スキャン結果。種別不能、該当データなし。高出力反応検知。

 その巨体はすっかり大地からはい出ると、甲羅を揺さぶった。埃という埃が空中に舞い、甲羅を足場にしていた青色の機体は危うく振り落とされそうになったが、なんとか踏ん張った。

 甲羅の一部が展開するや、複数個並んだ光り輝く円が出現した。それはレンズのようでもあり、金属加工用の機械が持つ部品のようであった。それは三つ並んでいた。モニタ更新。高エネルギー兵器という可能性が提示された。ACという5mの巨人から放たれる一撃は陣地ごと薙ぎ払うだけの威力があるが、果たして、地上数十mという山のような巨躯から発射されるエネルギーとはどれだけのものか、考えたくもなかった。

 通信。

 

 ≪私の役割はここまでだ。退かせてもらう。お前の相手はこいつがする≫

 『逃げられるとでも!』

 ≪当然だとも。無策な突撃だけが作戦の全容ではないのだ≫

 

 無線に怒鳴った彼女だったが、表情が瞬時に青くなった。

 エネルギー反応増大。一撃で装甲ごと蒸発させられるであろう威力の膨大な熱量を秘めた熱線が、眼球の奥で唸りをあげて生成されるや、放たれた。死を覚悟した彼女だったが、生きていた。なぜならその熱線が狙ったのはやや離れた位置にあった建物だったからだ。熱線は一瞬で眼球と大地を結ぶと、中間地点にあった建物の壁を蒸発させてしまった。大地を形作る砂と岩盤がマグマとなり、溶け込んでいた気体が沸騰、建物を火の柱へと変えた。建材が周囲に飛散して、それさえも火を受けて跡形も無くなっていく。火の粉が風に乗って薄暗い空を彩った。

 ――――グオオオオオオオオッ……。

 『それ』が、排気をした。甲羅の横と上面に設けられた排熱機構からため息をしたのだ。あまりの排気量の多さに採掘場の砂が巻き上げられ、視界が遮られる。耳をつんざく大音響。

 サーマル映像越しに、眼球が白く映っていた。その目は、蟻んこのように小さくか弱い赤い鉄の人をギラギラと睨んだ。

 判断を保留にしていたACのOSが情報を更新した。これは、倒すべき敵である、と。

 メインモニタにロックオンシーカーが現れ、巨体を捉えた。

 属性変更。敵。

 彼女はシステムを変更した。

 

 『システム 戦闘モード』

 


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