ARMORED CORE V ―OASIS WAR―(改訂版)   作:キサラギ職員

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Acheron:アケロン川 三途の川


傭兵ルート
6、Acheron【傭兵ルート】


 答えは、ノウだった。

 日々の食を得るために戦っているのであってどこかの勢力の生存に積極的に首を突っ込みたいわけではない。権力、兵力の傘の下に隠れたいわけでもない。オアシスも、その辺の小規模ミグラントも、大して変わらない。関わりを持てば厄介ごとが降りかかるかもしれない。単一の組織に尻尾を振っているのは賢い選択ではない。

 契約期間が終了次第、帰ろう。

 とっとと帰ってしまおう。

 砂と埃しかない一面の砂漠は飽き飽きした。

 結局彼女は返答を曖昧に先延ばしにして契約期間終了までオアシスの警備に時間を費やした。幸いなことに敵は攻めてこなかった。契約終了まぎわにもう一度勧誘があったが無視した。砂漠というのは通信機器が壊れやすいものだ。心の中で意地悪な笑みを浮かべておいた。

 そしてオアシス側に金を払ってACと装備一式を運搬して、帰ることになった。

 自らのガレージへと。

 

 

 

 ―――――――――――

 

 

 

 縦穴の底に部屋がある。それが彼女の家の概要だった。

 ガレージというのは、傭兵の家であり、基地であり、戦の前準備をする重要な場所である。単独で任務をこなさなければならない、良くも悪くもワンマンアーミーにならざるをえない傭兵にとってガレージは特別な意味合いを含む。戦場を渡り歩く傭兵の有する唯一絶対の不可侵領域、それがガレージである。

 彼女のガレージはかつての地下都市跡を利用した場所にある。複数のミグラント、傭兵がこの都市跡を利用しており、それが選んだ理由である。単独の組織のみが保有する場所に拠点を持つと、その組織が襲撃を受けたり、敵対が起こった場合、巻き添えを食らう可能性がある。だが複数の勢力が同居する場所であれば襲撃を受けにくくなる。大使館が複数同居するビルをまとめて爆破する組織など滅多にいない、ということだ。

 地上でACを各フレームごとに分解して整備をお雇いの整備員と共にこなすのに二日。地下に運び入れるのに半日を要した。オアシスという巨大なミグラントに整備を完全委託していたので苦労が薄れがちだが、本来整備というものは大掛かりな作業である。ACのように関節部の摩耗が激しい兵器は定期的な分解を余儀なくされる。簡易整備ならばともかく十全の機能を保つにはやむを得ないロスである。ACは、特に基幹部の構造は現代に技術では状態を保つだけで精いっぱいであり、定期的な整備をしなくては性能が劣化する一方なのである。

 ただし、ACの整備は簡単とも言えた。コア思想――すなわちコアを中核とした各パーツごとのユニット化がなければ、ACは出撃の度に整備を繰り返す極めてコストパフォーマンスの悪い兵器だったであろう。他の兵器と異なり分解は容易であり、予備パーツを付けるだけで継続戦闘が可能なのも利点の一つである。

 それはさておき、戦場を転々とするという精神的な摩耗の激しい仕事を半年以上続けてきた彼女にとって、このたびの帰還は懐かしささえこみ上げるものだった。ガレージの管理は信頼の出来る業者に委託していたのでクレーンが動作不良を起こすこともなければ、埃が積もって嫌になることもなかった。

 半年もガレージを留守にしていたら食料品の類はどうなるのだろうという疑問は不要である。元々新鮮なものは無かった。と言っても彼女はもとより食べ物に金をかけることは愚かしいという主義者であった。特に新鮮な食物は非常に高い。綺麗な水。綺麗な土壌。冷凍の手間暇。運賃。人件費。かつての世界では当たり前でも、この世界ではまさに金持ちの道楽に等しい。

 ただし酒だけは金を投じる主義だった。好物はウィスキー。ビールは泡立つだけの麦汁と酷評している。

 一通り機体の手入れが終わると、塗装をやり直す。整備員は整備しかやってくれないからだ。

 パーツごとに取り外して分解整備しなくていけない作業と比べれば、塗装ほど楽な作業はない。傭兵にもよるがコテコテの黒色に塗る奴はナイアガラよろしく塗料をブチ撒けるそうである。彼女は、違う。暗色系の赤と黒を織り交ぜた独特な色合いを醸し出すためにああでもないこうでもないと時間を只管消費するのだ。

 ――馬鹿げている。

 そんなこと承知の上である。ランツクネヒトが奇抜な衣装を纏ったように、鎧(AC)を派手に彩ってもいいではないか。

 彼女は鼻歌を奏でながらアームを操作してスプレーを吹きかけていく。外科手術で用いられるマスタースレイヴ式の作業用アームである。ただしマニュピレータは無く、スプレーノズルがあるだけだ。ACの全高は約5mであるが、手持ちのスプレーで作業するのはあまりに効率が悪い。おおまか塗装し終わった後は、素手で塗装に手を加える番である。程なくして、赤黒い塗料を身にまとった新品同然のフレイムスクリームが完成した。機械は意思を持たないが、持っていたのであれば誇らしげに背筋を伸ばしたであろう。

 

 「ふぅ」

 

 機体の前に仁王立ちした彼女は、ボロ臭いツナギの袖で額の汗を拭うと、顔にスプレーがかからないようにと被っておいた布きれを乱暴に剥いだ。塗り残しが無いかをぐるり一周まわって肉眼でとくと確かめる。完璧だった。満足げに頷くと、無表情に一滴の笑みを浮かべて大欠伸を隠そうともせず盛大ですれば、目をごしごし擦りつつ機体置き場から去る。

 向かった先はキッチンだった。ガレージは家のような空間であるから、居住空間の広さも相当なものである。キッチン、リビング、シャワールーム、ベッドルームの面積は合計しても子供が追いかけっこするには満足できないが、一人の女性が生活するには十分すぎるくらいにはある。

 部屋は殺風景であり、装飾染みたものが極端に少ない。一点を除き。年頃の娘が持っていそうな品の一切が無く、絵も無ければ観葉植物も無く、仕事をする作業机やロッカーが壁の端っこに寄せてあるくらいで、空間が余りまくっていた。あるとすれば収納するのも面倒だと言わんばかりに山積みにされた酒のケースか。もっとも装飾品や娯楽品は実用的ではないとして値段の桁が跳ね上がるので無駄だと切り捨てたこともあるのだが。

 そんな部屋で一際―――むしろ唯一目を惹くのが、中央にデンと鎮座する腕の部位で溶け切れている巨大なマニュピレータであろう。指は三本しかなく、まるで工作機械のように鋭利で研ぎ澄まされている。人でいう手の平の中心部には何らかの穴が見受けられ、警告を示す黄色と黒のマークが辛うじて残っていた。ACに当て嵌めれば全高は10mに迫ろうかというもので、言わばかつて失われた技術の尻尾のようなものだ。だが、戦闘によるものか、それとも自然現象か、腕に相当する部位で超高温の何かに焼き切られており、内部の回路は焦げて使い物にならない。装甲は雨風に晒されて酷く劣化している。解析しようがない。

 彼女はそれをじっと見つめていた。魅入られたように。

 やがて眼を離すとおもむろにツナギを脱ぎ捨てた。ぱさり。布地が擦れて音を立てる。シャツも脱いでしまう。男女兼用の量産品だ。下も同じく男女兼用で、飾り気の粒子すらない。

 もし彼女の背中を目の当たりにしたのならば、下のほうよりも上の方に目が行くであろう。確実に。

背骨を中心に沿って線が二本腰から首筋まで伸びており、首の付け根にバーコードが刺青されている。薄らとだが一度切開し縫い合わせたのちに抜糸した痕跡がある。それは、全身の至る所に及んでいた。腕、足、腹部、毛を刈ることができたのならば頭皮にもあることが衆人の目にさらされることであろう。腕のいい医師か、高度な医療技術を用いたのか、あるいはその両方か、傷口の処置は完璧で痕跡は皮膚の色合いを僅かに惑わす程度にしかなかったが、いかんせん数が多すぎた。

 痛々しい痕跡とは裏腹に、肢体の均整は美しい。すらりと長い手足には無駄のない筋肉が締まっており、腰回りは腹部で窄まり、腰で緩やかな曲線を描いている。鎖骨は鋭く、そして胸元の隆起は慎ましい。身長の低さ、幼さから、ティーンエイジャーだと誰もが決めつける。実際には、そうではないのだが、彼女はあえて実年齢を語ろうとはしない。

 彼女は誰も見ていないことを前提に下着も脱ぎ、足の指にひっかけた。振って落とす。そして、とことこ歩いていくとシャワールームへと姿を消した。

 約二十分弱。女性のシャワーにしては短すぎるが、汚れを落とすことのみ優先したのでこの時間である。これまた全裸で出てきた彼女はバスタオルを頭に乗せたまま、布一枚纏わずに仕事机に早足で近寄った。

 彼女は、パソコンの電源を立ち上げた。高度な電子機器を生産する技術のない世界とはいえ、個人用端末くらいは生産できるのだ。

 数秒でメイン画面に移行。メールが来ていたのだ。

 送信者不明、題名無し、ファイル添付あり、という『疑え!』と言わんばかりの怪しいメールが。とりあえずウィルススキャン。危険度低。開封。

 内容は短かった。だが、シャワーで温まった体に鳥肌を立たせるには十分すぎる内容が記されていた。

 

 『真実を知りたくはないか?』

 

 指に痙攣が走る。息が荒くなり、俄かに心臓が高鳴った。耳鳴りがする。過呼吸の前兆を察知した彼女は呼吸間隔を戻すと、とりあえずバスタオルで髪と体の水気を取ると新しい下着を身に着け、今にも底が抜けそうな床を歩くかのような危うい足ぶりで再び作業机に腰かけた。苛立ちに人差し指が机を繰り返し叩く。

 悪戯メールかもしれなかったが、それにしては内容が不自然だった。

 添付ファイルを開く。それは依頼主(クライアント)が傭兵(ハウンド)に作戦を申し込む電子契約書と、作戦ファイルだった。本文だけでは情報が少なすぎた。作戦ファイルにアクセスして内容を検分する。

 依頼内容は要約すると次のようなものだ。

 前金をどっさりやる。放棄された施設に一人でこい。

 あからさまに怪しかった。前金が大金となればそれを餌に釣ろうとしているとしか思えない。傭兵でなくても、依頼主の羽振りが良すぎると違和感を覚え、しまいには気が付くだろう。これは罠であると。彼女も嵌められたことは一度や二度ではない。逆もしかり。破壊任務に赴いてみれば目標など初めからいないと言われて襲撃を受けたことがあった。また逆に嵌めたこともある。新人の傭兵を嵌めるために前金で釣って後ろから蹴落としてやったこともあるのだ。

 罠なのか、罠ではないのか。

 ―――思考を深みに沈める。脳細胞のパルスが集約するかのように考えが湧き出てくる。

 仮に罠だったとして、こんなにわかりやすい手段をとるだろうか? 傭兵としてそれなりの修羅場をくぐってきた彼女は有名とは言わないまでも、無名ではない。前金で釣ってだまし討ちなど、見破られることは想像するに難しくないはず。

 罠ではないとしても、やはりおかしい。任務が失敗しようが成功しようが大金を渡す依頼者などいるはずがない。第一、『指定された場所に行け、それで任務は終了だお疲れ様』。で大金をふいにする間抜けがいるはずがないのだ。

 第三の考えの枝が広がっていく。枝の分岐に葉が生い茂り、実が付く。

 もし重要な事象を伝達したいだけだとする。これもやはりおかしい。伝えるだけならばメールで事が済む。探知が怖ければそこらの人間を雇って手紙でも配達させればいいのだ。それも怖ければ口頭で伝えればいい。大金を支払って伝えるにしては効率が悪すぎる。

 謎が謎を呼び、依頼者の思惑を掴むことができない。まるで雲をつかむようだった。

 ただの悪戯メールとして処分するのも賢い選択かもしれないが、気になる点が多すぎた。

 

 「……………ふん」

 

 彼女は鼻を鳴らすと机の引き出しに手を伸ばし、中に入っていたウィスキー瓶の蓋を開けるとラッパ飲みした。琥珀色の液体が喉を潤す。無論、水で希釈などしない。形のいい唇を手の甲で拭うと、瓶を仕舞って引き出しを閉じる。アルコールが俄かに頭を覚醒させる。

 パッと両目を掌で覆うと熟考する。

 そして彼女は、依頼を承諾する決断を下した。

 

 


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