ARMORED CORE V ―OASIS WAR―(改訂版) 作:キサラギ職員
キリエは、報告書を前に唸り声をあげていた。猫が威嚇する際のそれに瓜二つな剣呑なものである。
報告書には地図が添付されており、小さいバツ印が刻まれていた。それぞれに番号が割り当てられており報告書類があった。全ての書類が別々の内容なのであるが本筋は同じである。重工が関与するときは決まって仲介者を利用して決して本社の人間が姿を見せないこと。その裏付けをするかのように重工の拠点や流通路に肝心の重工の人間が存在しないのである。ダミー、無人のバンカー、重工を騙るミグラント……数えればきりがない。オアシスは、オアシスの名を関した実働部隊を持っている。重工にも実働部隊がいてしかるべきである。下っ端の人間がいるはずなのである。だが見つかるのは仲介役やお雇いばかりなのだ。
重工という確かに実力を有する組織があるのにもかかわらず、実態を知る者が誰もいない。オアシスへ攻撃を指示したらしいということはわかっているのだが、指示した側がいないのである。大規模な組織になればなるほど痕跡が残ってしまう。口コミなどの情報網に引っかかってしまう。ところが重工にはそれがない。昔から今に至るまで重工のものと直接的な接触に成功した人間がいたためしがない。居場所も、組織の構成もわからぬならば、とても攻撃対象に選ぶことさえできない。
重工とは一体、何者なのか? それこそシティ動乱において無尽蔵の戦力を見せつけた企業のようである。企業はその実態を知る者もなく記録さえなかった。かつてシティの代表のもとで働いていたキリエは企業と同じ匂いを感じ取っていた。
だが、だからどうだというのだろう。実態を把握しても現状の戦力では戦争を吹っ掛けることさえ不可能。攻撃対象もわからない。やっとこさ不可侵条約にこぎつけたようなものであり、オアシスは風前の灯火である。もし全滅させる気ならばとっくにやっている。やらないということは攻撃する気がないことと同意義である。
キリエは己の無力さに奥歯を噛み締めながら、書類を置いた。
今は回復に努めるべきであろう。
しばらく外部侵攻は取りやめである。
キリエはジョンを呼ぶべく内線電話をとった。
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オアシスにおいて部隊を率いることとなった彼女は、数の目減りした他の部隊と合流して再編成されたウィスキー部隊を担当することとなった。
戦場で共同した仲とあってか、比較的早く打ち解けることができた。コミュニケーション能力を学ぶ機会に乏しかった彼女相手でも兵士達は気軽に話しかけた。傭兵特有の欲望丸出しの冷血野郎ならば酔ったついでに一悶着浴びせかけたかもしれないが、相手は年端もいかない娘だったのだから、相応の対応をしたのである。そして彼女も愉快な連中は嫌いではなかったため、酒場で飲み比べをやらかす程度には友情を結ぶことができた。
契約内容はしっかりと履行されており、一市民としての扱いを受けた。ただし納税の義務や労働の義務も発生したのであるが、街を救った英雄として高賃金を受け取ることができたし、何より苦労せずにOWを入手できるというのが大きかった。
別の勢力から強奪したもの、購入したもの、新たに作製するもの、そのいずれにも関われる立場になったことは非常に喜ばしく、かつて傭兵であった頃と比べれば天地の差があった。HOHのような傭兵ギルドとでも称すべき組織に所属していたとしても、一組織の兵器収集力を入手することはできなかったであろう。傭兵のままでも然りである。
収入、安全、そしてOWという規格外品を多数得る機会に恵まれた彼女は、相手とは一歩退いた位置でやり取りをすることを徐々に止めていき、笑顔が増えるようになっていった。
かつて自分を拾ってくれたミグラントの彼ら彼女らが脳裏に過った……のかもしれない。
ただし部隊の指揮に関してはまるで素人であり、指揮すべきウィスキー隊からあれこれと指南を受け、逆に指揮下に入るような摩訶不思議な光景が繰り広げられることとなった。
彼女は前線において実力を発揮するが、こと指揮となるとてんで才能が無いことも、面白がられた。傭兵一匹狼で通してきたのだから、ある意味で当たり前だった。
重工を退けたとしても、まだ敵は多い。
否、重工が不可侵条約を破棄してくる可能性を捨てきれない。重工を抜きにしても、弱体化したオアシスを狙う連中は数多く徘徊していた。まるで野良犬のように。
オアシスは、もしかすると荒れ果てた大地に眠る幾多の者と同じ末路を辿るかもしれない。
オアシスという旧世代の遺産は、風化して砂に埋もれるかもしれない。
永遠などというものはないのだから。
不安定な、しかし安定した生活を手に入れた彼女は、恐らく戦い抜いていくのであろう。戦いしか知らない彼女には、戦い以外の選択肢は無かった。戦うために改造を受けた彼女は結局戦いの中でしか生きる術を学ばなかった。学ぶ機会すらなかった。
英雄とはいえ一介の人間に過ぎない彼女もいずれ死ぬかもしれない。寿命をまっとうするかもしれない。病死するかもしれない。暗殺されるかもしれない。いずれにしても戦いに糧を求める者に安泰なる日々はやってこない。
こちらが銃で狙うとき、相手の射線もこちらを狙いを付けられることを意味するのだ。
少なくとも、今までも、これからもやることは変わらないのだ。
防衛、出撃、整備。強襲、撤退。追撃、掃討。
果てなき領地争奪戦は、名も無き無数の傭兵の血によって循環し続けていく。
これからも。
今回が一番改訂の影響を受けたかもしれないです