ARMORED CORE V ―OASIS WAR―(改訂版)   作:キサラギ職員

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OASIS:


9、OASIS【オアシスルート】

 唐突に始まった侵略は、唐突に幕を閉じた。

 重工が投入したAC戦力は悉く退けられ、他の戦力も徐々に後退していった。

 戦いののち、重工とオアシスの間には不可侵条約が結ばれた。

 重工曰く、我々は一切の手出しをしていないのだから、休戦条約を結ぶことはできないのだ、と。

 オアシス側はこれに反旗を翻すだけの戦力も体力も残されておらず、屈辱的な妥協を余儀なくされた。

 そして戦いののち、生き残ることができたAC乗りらは英雄として持て囃された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦闘終結後。

 重工側の戦力は一掃され、残存戦力は撤退していった。追撃任務にACが携わることができなかった。なぜならばオアシス側のAC戦力は一機を除いて戦闘不能状態に陥っており、しかも機体が大破せず生き残れたM1も戦闘を継続できるような状態に無かったのである。

 結局、雇われ二人は死亡。レイヴン1は機体を失う。レイヴン3の機体は大破。M1の機体も中破。その他の戦力も酷い痛手を負っており、防衛設備の半分以上が破壊されていたという有様が、オアシスの現状であった。

 この状況をもって重工が持ちかけた不可侵条約に締結しないなどという選択肢は残されていなかった。なぜ重工が物量で押しつぶそうとしなかったのか、などを議論することも、考察することも、オアシスには余裕が無かった。街は数多くのビルが残骸と化しており、食料生産区は半壊状態、中心部の施設は森と共に炎上していたのだから。これ以上の戦闘継続はイコール破滅を意味する。

 

 まさか施設の修復作業を手伝わされるとは思いもしなかったと彼女は一人ごちると、ウィスキーボトルを呷った。戦闘終結後、機体の修理と補給を受けるべく帰還してみれば、あろうことか簡易修理だけ済まされて、仕事の依頼があったのである。武器を使わない仕事は初めてだった。即ち、放水装置を担いで消火作業に当たれ、というものだったのだから。ACとは優れた汎用性を持つ機械であるからに、しかるべき装置を握らせればなんでもできる。放水装置と水くみ上げ装置を担げば、簡易の消防車にはなる。オアシスでは片腕の無いACが消火作業に当たるというシュールな光景が繰り広げられることとなった。

 そしてあろうことか次の作業は物資の輸送である。ACがコンテナを担ぎ、兵士をコアの上に乗せてブースターを微弱に吹かしながら滑走する様はあまりに滑稽であったであろう。タンクデサントならぬACデサントである。

 彼女自身が次の作業も雑務なのだろうなと嫌な顔をしていると、案の定頼まれたのが瓦礫の撤去である。火器発射時の衝撃を完全に緩和し、右へ左へ振り回すだけの馬力を有するACのアームを使えば多少の瓦礫など物の数ではないのだが、戦闘用の機械がブルドーザーの扱いを受けるのは余程だなとあきれ返った。

 一通り作業が終わって、ようやく眠りにつくことを許された。

 

 

 目を覚ましてみると、部屋に備え付けられた呼び鈴がワンワンと大声を上げているのであった。時計で時刻を確認して見れば早朝。布団に入ったのが夜。はて、ものの数時間しか眠れなかったのだろうかとじっくり考えてみる。

 彼女は今、パイロットスーツの前を大きく開けはなっただらしない格好でベッドの上で丸くなっている。しょぼつく目を擦りつつ時計を凝視して、窓を見遣って、再び時計を見遣る。どうやら時計の針が一周以上してしまったようである。空腹を訴える腹と、渇きを主張する咽頭が、その情報を伝えてくれる。

 こんな朝っぱらから呼び鈴を鳴らすなど、万死に値する。彼女はとりあえずパイロットスーツの前を緩く纏めるとベッドから飛び降りて、つかつかとドアに寄った。

 

 「あほぉ、なんだってんだよ……」

 

 欠伸をかみ殺しつつ、ドアの頑丈な錠前を操作して、ノブを捻る。外に居たのはオアシスの軍服を纏った二人の男だった。

 

 「…………」

 

 暫しぼーっと緩んだ表情を浮かべていたところ、逆に相手の方が困惑して様子で顔を見合わせあった。そこで一応、姿勢を正すと傭兵(ハウンド)であることを示すドッグタグを見せつけた。

 すると男たちはそのタグを凝視して、あらかじめ持ってきた手元の資料と散々見比べた。どうやらあの活躍を見せた傭兵が年端もいかぬ女の子――ただし中身はそうではない――であることに戸惑ったらしかった。ヒロイックな塗装をした中量二脚で優雅な戦いで勝利を呼ぶなどの評判や活躍があれば難なく呑み込めたかもしれないが、ドス黒い塗装を施した重量二脚ではイメージにそぐわなかったのかもしれない。

 黒人系の男が、口を開く。

 

 「代表がお呼びです。すぐにオアシス中心部へ来るようにとの命令を受け、参上しました」

 「……そりゃ、馬鹿丁寧にどうも」

 

 傭兵の扱いにしてはやけに態度が低く、嵌められる前兆ではないかと彼女は疑っていたが、表面上に動揺の欠片さえ浮かべずに頷いた。さりげなくパイロットスーツの前をきっちり締めると、手首の部位を捻って体に密着させた。

 黒人系の男は一歩退くと、紳士的な手つきで外に出るように促した。

 

 「車を用意してあります。乗って頂けますか」

 「や、少し待ってくれ。準備がある」

 「では我々は外で待機します」

 

 彼女はそう口にすると、男たちが外に出たのを見計らって部屋の机の上にあった拳銃を手に取った。9mm口径の対人拳銃。ベルトを手早く腰に巻き付けるとホルダーに拳銃を押し込んで固定する。相手の態度からして裏切りや暗殺の類ではないことは明白なのであるが、念には念を入れてである。そしてウィスキーを一口含んで喉を潤すと、ドアを再び開く。

 男二人は扉の左右で気を付け姿勢で待機していた。まるでVIPの部屋を護衛するが如く。

 

 「準備はできたぞ」

 「では、参りましょう」

 

 男二人に連れられて武装車両(テクニカル)に乗り込む。男の一人が運転。もう一人が後部座席に陣取っていつでも襲撃に対応できるように構える。

 車が進みだした。道路のあちらこちらにはクレーターが穿たれており、道の左右には無限軌道をやられ行動不能に陥った戦車や、胴体に大穴を空けて沈黙し続けている盾持ちやらが見受けられた。ビルの中には今にも崩れ落ちてしまいそうなほどに壁が抉れ、柱が壊れて鉄筋構造を晒しているものもあった。

 オアシス中心部に到達した。

 赤黒二色のACは既に撤去されていたが、依然として炎上した森や施設などは炭のままであり、かつての美しい水辺はオイルや燃え滓で酷く汚染されていた。だがそれでも、オアシスの中枢たる箱型の施設だけは一晩の間に機能が復旧したらしく防衛用の火器が再配備されており、照明器具が備え付けられ、瓦礫が撤去されていた。また、燃えた木々などは伐採が始まっていた。

 車は施設の門の前で止まった。降りるように促されたので降りた。検問では言うまでも無く拳銃が引っ掛かった。提示を求められ、やむを得ず手放した。

 施設の中に入ってからは男たちも、彼女も、一言たりとも会話せず、無駄口を叩かず、奥に進んだ。よく観察していると施設は言わば上層部と下層部に別れているようであり、上層部の被害は甚大であるが、下層部などの地面に埋まっていた部分はほとんど無傷のようであった。

 地下に降りるエレベーターの前で男たちが止まった。ひときわ大きなエレベーターである。軍用車両一台程度ならば余裕をもって収納できるであろう面積があった。

 黒人系の男が頷いた。

 

 「我々の出番はここまでです。ここから先は機密に触れるため、別のお方が案内します」

 「じゃあな」

 「それでは」

 

 エレベーターの扉が閉まった。

 壁際に移動すると、腕を組んで手すりに凭れ掛かる。かすかな浮遊感が身を抱いた。エレベーターという鉄の箱がレールとワイヤーに沿って下方へと進路を取っていることの証である。エレベーターには現在の階を示す表示板も無ければ、洒落たBGM放送も無い。

 彼女はエレベーターの中で目を瞑るとじっと身を任せた。

 ――チン♪

 やけに古風なもとい能天気なベルが鳴った。エレベーターの下降が停止して、器具の作動音が鼓膜を揺らした。ドアが開くと、そこはただの廊下であった。リノリウムの地面に、コンクリートの壁、蛍光灯が規則的に並んだ天井。

 そして、オアシスの女性用軍服に身を包んだ理知的そうな女性が佇んでいた。

 

 「待っていました」

 「誰だお前」

 

 白い――もとい色素が薄いため白く見える肌。血色の良さが肌から透けている。白人系特有の彫の深い顔立ちはしかしまだ若く、瑞々しさに溢れていた。ピンクブロンドの髪の毛を低位置で纏め背中に垂らした様は、どこか学生のような雰囲気を纏っていた。髪の生え際から覗く産毛が若さを主張していた。

 その女性は優雅に一礼すると、胸元の名札を軽く指に触れた。

 

 「レオナ、と申します。実際にお会いするのは初めてですね、傭兵さん」

 「あ………あぁぁぁ……あの……オペレーターか、あの」

 

 あのバカ丁寧なオペレーターか! という台詞を飲み込んで、頷く。面に向かって正直な感想を述べるほど神経は図太くなかった。必要最低限の処世術は心得ていた。

 

 「ついてきてください」

 

 レオナは微笑を浮かべると、後ろをついてくるように手をやんわりと腰のあたりで振ることで促し、廊下を歩きだした。腰、腿、お尻に武器は見受けられない。袖に仕込み銃でもあるのなら話は別であるが、丸腰のようであった。

 身長はレオナの方が上であるが為、肩ごしに廊下の先を見ることはできない。そこでレオナが歩く廊下の中央からはやや右に外れて歩いた。

 暫くの歩行の後、廊下を曲がって更に階段を下っていくと、大仰なハッチを備えた検問に突っかかった。レオナは事前に通達されていたのか、連絡が言っていたのかあっさり通ることができたのであるが、彼女はそうはいかなかった。またも身体検査を受けると追跡装置の内蔵されているタグを付ける羽目になった。

 ようやくたどり着いたのは金属製のハッチであった。まるで核の直撃を想定しているかのような分厚く、黒光りした、それでいて軍用車両のような洗練された威圧感さえ醸し出す、左右開閉式の扉。係員がパネルを操作すれば、ハッチが音も無く、しかしゆっくりゆっくりと左右に開いていく。速度にして亀の歩みよりも遅い。彼女は遅さに苛立ちを感じていたが、一方のレオナはまるで日常のことかのように直立不動で待機していた。

 二人がようやくハッチを潜った。

 

 「む……」

 

 ごう、と真下から、左右から吹き付ける風に、彼女は思わず目を瞑ると、瞳を一度は閉じた。掠れたブロンド髪が肩でなびいた。前髪がばらばらに乱れる。再び開いてみると思いも知らぬ風景が広がっていた。

 驚嘆に息を呑み、感想を述べた。

 

 「こんなものが埋まってたのか!」

 

 それは軍事施設にしては虚ろであり、神殿にしては美的感性に訴えかける造形美を有していなかった。例えるならば大穴を掘って、竜の肋骨だけを切り出して背骨側を上にした蓋を被せ、土をかけて埋めた後に杭を打ち込んだような構造をしていた。

 彼女は、『橋』の手すりから真下を覗き込んでみた。足が竦むような遥か下方には大地が広がっていた。否、球状の巨大空洞の下部に土がこんもりと水平に広がっていたのである。その大地は彼女の知る限り、汚染された世界では稀となってしまった植物が大量に生育しており、中央部からは滾々と水が湧きだして湖を作り出していた。植物たちは大地では物足りないとばかりに球状空洞の壁に生命圏を貪欲なまでに広げていた。

 空洞の中央に目をやって、初めて気が付く、その直立を。空洞の真下から真上までを貫く『塔』がそそり立っていた。彼女の足場はその塔から球状空洞の外側に通じる通路だったのである。『塔』はあちこちに青白い照明器具をぶら下げており、空洞内部はぼんやりとであるが光があった。

 球状空洞の規模は数百m、目測に誤りがあるとすればkm規模もある。とても現代の疲弊した人類には建造できるものではなく、かといって自然現象でもない。明らかに人間の手によって目的があって造られた空洞であった。

 しかし、こんなものを一介の傭兵に見せて、何をしようというのだろう。

 レオナは『橋』の手すりに身をもたれると、すらりと伸びた足をリラックスさせて、顔だけを彼女の方に向けた。

 レオナは言った。囁くように。

 

 「ようこそ、荒れ果てた世界に唯一残された“オアシス”へ」

 「………聞いてもいいか?」

 「なんでもどうぞ」

 「“これ”はなんだ、見たことも無いぞこんなの」

 

 レオナは無言で『橋』の先、球状空洞の中軸を貫く『塔』に歩き始めた。かつかつとヒールが硬質な音色を奏でる。彼女はむすっと唇を結ぶと後に続いた。

 向かう先には扉があった。自動小銃を斜めに構えた兵士二人が扉を守っている。

 レオナが敬礼をすると、兵士らも敬礼を返した。彼女はあとから続いて塔の内部に入った。

 

 「詳しい資料は戦争で失われ計画の全貌を知ることはできませんが、この施設はその昔、環境の再生・保全を行う実験施設兼プラントだったとされています」

 「へぇ」

 「我々は元は小さなミグラントに過ぎませんでしたが……キリエ代表がここを接収し、現在に至ります」

 

 レオナの説明は続いた。二人は塔の内部に入り込むと、エレベーターに乗り込んだ。先に乗ったエレベーターと比べればトイレの個室と大広間ほどの狭さであった。

 自然体のレオナとは対照的に彼女は警戒心を解かぬまま両腕を組んでいた。

 エレベーターの作動が二人を更なる下層部、オアシスがオアシスであるために必要な中枢部へと運んでいく。ガラスから外の光景が見える、といったような観光向けの洒落た造りをしていないため、どの程度の深さにまで潜ったのかを図る術がない。

 

 「キリエ代表は……この施設を元に、国家……もとい生存圏を作り上げることを目的としています。お判りでしょう? これから先、人類は後退していくでしょう。長きにわたる戦い……これほど生産性のない愚行があるでしょうか」

 「私には関係ない」

 「我が勢力は人材を求めているのです。あなたのように、単機で戦況を覆すような強力な例外を」

 「ふーん……」

 

 なにか訴えるような、熱のこもった小演説に対して、彼女は腕を組んだままでそう冷たく受け答えした。身の安全や、OWを手に入れられる可能性が高い環境に居たかったからオアシスに加担しただけで、やれ国家だの、大仰な理想には埃の欠片ほどに興味が無いのである。重荷を背負わない傭兵は、どこまでもドライに考えなくてはやっていけない。

 エレベーターが下降することで生まれる相対的な上向きの揚力が体から抜けていく。チン、とコミカルなベルが響き、ドアがゆっくりと左右に広がる。レオナを先に、彼女が後から続いて外に出た。

 屈強な兵士二人がエレベーターの扉の左右で構えていた。レオナは平然とその間を通った。続く彼女には兵士二人が謎の威圧感を浴びせかけた。彼女はますます不機嫌そうに眉を歪めると心の中で中指を立てた。

 施設最下層部、中枢とも言うべき地点のさらに奥に通されてみれば、そこはモダンな内装をしたVIPルームであった。否、正確にはVIPルームもどきであった。更に正確に描写するのであればオアシスの代表たるキリエの個室であった。

 流石はオアシスの頭脳、神経とも言うべき女性の個室である。かつて失われた調度品が部屋中を満たしており、戦争による環境変化で地球上から絶滅したであろう象の牙でできた彫刻までもがあった。色彩は白黒二色を基調としており、全体的に落ち着いた雰囲気が漂っていた。部屋の中央、そこに机が置かれており、不健康と疲労を綯い交ぜにした老けた顔の女性が腰かけている。

 彼女には、その女性が一目でキリエであると理解できた。

 パイロットスーツ姿の彼女と、ビジネススーツ姿の二人。場違いなのは前者であるが、彼女は一片たりとも動揺を見せず、堂々たる態度で椅子に腰かけた。

 キリエがじろりと彫深い顔で彼女を睨み付けた。何糞と彼女も睨み返す。

 スッ、と摩擦音。キリエが一枚の書類を差し出してきていた。傍らにはペン。今も昔も重要な書類にはサインと決まっている。

 

 「さっそくだが本題に移ろうか傭兵(ハウンド)」

 「契約延長か? そんなの、ここでする話でもあるまいに、大げさすぎるぜ」

 

 はぁ、とワザとらしく、演技臭い溜息を吐いて見せれば、ちらりと書類に目を通す。ところが内容は延長どころか、彼女の予想を『やや』越えていた。レオナの説明により、予想できなかったわけではなかったからだ。

 キリエは書類を指で突くと、ペンを彼女の方に寄せやった。

 

 「前々から話はあったのだがな……お前は、強い。認めよう傭兵。先の防衛戦でお前は戦線を支えるばかりかACを立て続けに四機撃破している。しかも無補給で。オアシスの最大戦力と認知されてきたレイヴン3でさえも、この記録には達していない」

 

 語るキリエの横顔はどこまでも真面目であり、傭兵だからと見下すような態度が皆無であった。

 彼女は書類を更に読み込むと、ペンを手に取って弄び始めた。くるくると。

 

 「私はな、面倒が嫌いなんだ。代表殿。この書類によると――永住と、軍の指揮を……とあるようだが、ひょっとして本気なのか? 私を?」

 

 後半部分は半ば確認を取るかのように言葉が小さくなっていた。永住と、軍の指揮に関する任命。即ちオアシスの住民になって軍を率いて戦ってくれということである。一介の傭兵に対する契約としては破格の物、最上級と分類できる待遇を約束する、というのだから、聞き返しても不思議ではなかった。

 彼女はとりあえず、書類を手にとってじっと読み込んでみた。一番最後の行に人権を損なうような薄くて小さい契約項を練り込む、悪意ある契約ではないのかと、何度も何度も見直す。やはり間違いはなかった。住民となる権利と、部隊の指揮を委託する権利、いずれもが盛り込まれており、市民と同じ扱いを約束する、とある。

 視線を上げてキリエの顔を覗き、そして考え込む。書類を置くとペンをくるくると指の間で踊らせる。

 実力だけで買われた、とも思い難かった。先の防衛戦で華々しい戦果をたたき出した傭兵―――……すなわち、街を敵の手から救いだした『英雄』が欲しいのであろう。ただでさえ戦力に陰りを見せ始めたオアシスにとって、『英雄』の存在は強力に輝く一点の星となろう。

 キリエは深く頷くと、口を開いた。薄い唇に乗ったベージュが僅かに上下する。

 

 「私は嘘は言わない。お前には期待している。他の勢力につき、オアシスに敵対されてしまっては我々が破滅する。戦果を上げれば契約書を上回る報酬を約束しよう。家も与えよう。悪い話ではないと思わないか」

 「ああ、確かに悪い話じゃないな……だが……」

 

 彼女はキリエに同調して頷いたが、言い澱んだ。

 一点だけ、契約書には無い事項があったからである。

 

 「一つ、条件がある」

 「代表の座を譲れなどの無理難題ではなければ解決しよう」

 「入手した、購入したOWは全て私のところにまわしてくれないか」

 「………なんだと?」

 

 キリエの顔が難しくなった。皺の刻まれた眉間は更にしわくちゃとなり、眼光がいまにも金属板を融解させんばかりの鋭さを帯びる。

 OWが何としても欲しい彼女にとって、OW入手経路はより開かれていなくてはならなかった。譲れない一点なのである。

 暫しの沈黙の後、キリエはレオナに合図して部屋から出て行った。彼女は椅子に深く腰掛けると契約書に記す際の名前について考え込み始めた。ペンを指と指の間に挟み込んで、回転させて遊びつつ時間を潰す。

 十分後。

 レオナを伴ったキリエがやってくると、新たな書類を携えてきた。

 その書類を手渡された彼女は頷くとサインした。

 

 

 


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