ARMORED CORE V ―OASIS WAR―(改訂版)   作:キサラギ職員

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8、Chess piece(後)【オアシスルート】

 逃げることは許されなかった。もし振り切れたとしても、AC三機という絶望的な破壊能力を有する軍勢がオアシス中心部に到達し、任務達成は不可能となる。敵の目的が何かなど知る由もないが、すくなくとも誕生日プレゼントを配達しにきたわけではないことは明白な事実である。

 彼女は、前方のビルの上に二機、下に一機とある敵の姿をじっくり観察すると、まず叩くべき対象の選別に移った。対複数戦において選択すべき戦法とは、大きく二つに分けられる。一つは察知されないように攻撃を仕掛け、一人一人数を減らしていく戦法。そしてもう一つが数の利を活かせぬように接近し攪乱すること。

 敵の装備は大雑把に分別すれば一撃の強力さに重点を置いたのが二機。近距離から中距離で弾丸をばら撒くのが一機である。フレイムスクリームが搭載するロケット砲はその気になれば二桁kmの遠距離に弾頭を運ぶことすら可能なのであるが、無誘導かつ低速度であり、三次元機動を取るACを狙撃することなど、さすがの彼女にも難しい。一方的は遠距離戦闘に対応した長銃身を持つスナイパーライフルを持っている。無誘導低速度のロケットと、FCSと連動した照準システムを備え高速度を誇るスナイパーライフル。遠距離で撃ち合えば、コアに大穴を穿たれるのは前者である。

 となれば、得意分野で挑むしかない。偶然にも似通った機体構成をした――No.8を倒す。

 倒せなければ、その時は死ぬだけである。

 ハイブースト。突っ込んで行ってキルゾーンに飛び込めば、食われることが見えていた。逆に退くことで敵を誘い、一機一機消すほかに戦う術がない。

 時間を稼ぐ、という選択肢は頭から除外した。時間を稼いでM3の加勢を待つなどという楽観視はいずれ己を殺すだろうから。

 ガトリングを真上に撃ち放ち、後退。ハイブーストの白い火炎を抱いて地面を滑っていけば、ビルの陰に隠れる。無線を繋ぐ。死中に活を拾うため。ブースター再点火。ノズルが微かに蠢いて噴射方向を整えると、機体を滑らせた。

 

 『どうした? 追ってこないのか? さもなくばお前を殺しちゃうぞ』

 ≪アァ!? やってみろよ!!≫

 

 無線に挑発を仕掛けてみれば、すぐに反応アリ。殺意を込めた罵声が鼓膜を叩く。怒り狂ったNo.8の機体がグライドブーストで接近してくる気配、そして音。

 実力に酔った猪ほどおろし易い奴はいない。

 

 複数を相手取るとき、相手の利点を殺し自らの利点を生かす戦いをしなくては生き残れない。単独で誘い込めば事実上の一対一である。

 単独で先行してくるNo.8に、仲間である3と5が焦りを感じたらしく追いかけてくる。機動性の関係上、一対一での戦闘の機会はおよそ三十秒。装甲に長ける重量二脚を始末するのにはいかんせん少なすぎる時間。だがやらねばならぬ。

 フレイムスクリームは壁に取り付くと強靭な脚部で蹴った。通路を行ったり来たりして高度を稼ぎ、屋上に潜んだ。リコン投射。壁に張り付いたそれに反応あり。敵数1。システム変更。メインカメラのシャッターが開閉、高感度カメラに切り替わる。優れた防御性能を示す縦長の頭部で青い光が強まった。

 

 『システム スキャンモード』

 

 音、そして振動などの観測データから推定される機体構成の大まかな情報と、座標がビルの壁越しに半透明な像として投影される。それはメインモニタにリアルタイムで反映され、あたかも壁越しに透過して見える。三機のリコン投射と事前の機体スキャンにより観測データはより最適化された像となっており、特に機体の姿は完全にNo.8のものであった。

 距離、200。更に接近、100。敵機射程内。

 

 『システム 戦闘モード』

 

 敵が壁蹴りも使わずに馬鹿正直に道路を滑ってくる。直線移動しかしないのでは戦車と同じである。

 フレイムスクリームが上空より襲撃した。トップアタック。完全に虚を突かれたNo.8は斜め上より降り注ぐ鉄の颶風に震撼した。ガトリング弾が流れる一連の射線を集中して頭部に浴びせ掛け、合間を縫うように大型のHEAT弾が装甲に張り付き、化学作用で貫徹そして内側に被害をもたらした。

 No.8の頭部が吹き飛び、よろめく。それでも反射的に引き金が落とされていた。やや遅れてガトリングとバトルライフルが応射され、フレイムスクリームに向かう。

 空中でハイブーストを吹かし、ゆらりゆらりと射線から逃れたフレイムスクリームは、敵の背後にまわるように機体の落下位置を調整し、オートブースターを切った。慣性と重力に従い、地面に対しほぼ垂直をとった放物線で赤黒い機体が落ちる。着地。数十トンもの重量が伸し掛かったためにコンクリートが罅割れ、コップに落とした水滴が如くはね上がれば赤黒い機体にかかる。マンホールが地面から飛ばされ、壁に刺さる。不気味な静けさでマニュピレータが掲げられ、ガトリングの銃身を零距離で押し付けた。メインカメラの青が輝く。

 銃身の回転から発射までのタイムラグは僅か数秒に過ぎない。その僅かな時間に、No.8の機体が必死に逃れる。グライドブースト。あえて距離を近寄せて、撃てないように、と。

 

 ≪野郎ぉ!?≫

 『野郎じゃない、アマだ』

 

 敵の悪態にわざと返事をすれば、No.8の重量感のある接近をコアの上に飛び乗るという身軽な動きで対処する。フレイムスクリームは重量二脚型であるが、コアと腕部は比較的軽量なフレームであるがため、こう言った軽業師染みた動きが実現できる。そしてその動きは、コア上部という、頭部パーツの欠落した穴を穿つに程よい上位であることを意味する。

 零距離。グライドブーストを吹かし、右へ左へ逃れる暴れ馬の上に悠々と陣取ったフレイムスクリームの手中でガトリングの回転が発射速度に達し、ただちに銃弾を吐き出す。例え戦車の複合装甲であれ方向さえよければ抜ける徹甲弾が、頭部とコアの接続部に殺到、鉄を削り、穿つ。がくんがくんと肢体が痙攣し、燃え上がる。徹甲弾に一定の割合で混ぜられた曳光弾が作用したのか、摩擦によるものか、確かめる術はない。コアを蹴ったフレイムスクリームはおまけにバトルライフルをコアに撃ち込むと、地上に降り立ちすかさず蹴りを見舞った。No.8の機体は横転すると、小爆発を繰り返しながら滑っていった。

 被ロック警告。真横より襲い掛かるロケットの弾幕に、すぐさま機体方向を変えるや、バトルライフルで迎撃する。一発に命中。KEロケットの信管が作動、続けざまに全弾が作動し、道路の真ん中に派手な爆発球体を構築した。破片が四方に飛び、フレイムスクリームの装甲にぶつかった。爆発で生じた煙を切り裂き、二条の赤い閃光が躍る。反射的に回避に移った刹那、No.8の残骸に照射が集中し、盛大に破裂した。ガトリングの砕けた根本が転がった。

 

 ≪やはりNo.8は違ったようだな……いや、我々も……≫

 ≪No.3、その発言は無意味だ。敗北主義とみなされる。証明する他に、我々の意義はない≫

 

 漏れ聞こえるオープンチャンネルの通信。まるでNo.8は捨石だったかのようであり、あたかも自分自身さえも捨石ととれる、ニュアンス。

機械的に放たれるレーザーライフルとスナイパーライフルが、爆発の渦中に巻き込まれたフレイムスクリームに殺到する。弾速の速さと、距離という障壁が、反撃も許さずに回避を強要した。ハイブーストを何度も使用し、ジェネレータ内部のエネルギーをブースターに流し込むことでいなし、No.8の機体を盾にしながら壁に取り付くや、十字路に逃げ込む。駆け込む先を予想して、短時間のチャージで済ました低威力のレーザーが壁を掠った。

 射程では負けている。おそらく弾速でも。仮に接近しても二機を相手にしなくてはならない。状況は、まだ良好とは言い難かった。

 機体がぐわんぐわんと機動する内部で、Gに歯を食いしばりながら、呟く。

 

 「味方を囮にしやがった!」

 

 No.8が撃破されるや射撃が浴びせ掛けられた。おまけにNo.8直撃の射線をとって。命中すればよし、あわよくば爆発に巻き込んでしまおうという思惑が透けて見えた。

 ビルを利用して射撃を遮りながら接近、弾幕を浴びせかける作戦に切り替える。

 壁を蹴って高度を再び上げれば、滑空。わざと背後を晒すように、二機から距離を取った。すかさず赤い光線とAPFSDS弾が合計四発、フレイムスクリームの無防備な背中を押そう。ビルとビルの屋上と地面のちょうど真ん中に位置していたフレイムスクリームは、それを見越して横の壁を蹴ると、射線から逃れ、蹴った勢いを利用して空中で敵の方角に向き直った。空中にて、慣性で真後ろに機体が滑っている。

 No.3と5の機体が、屋上から屋上へと小ジャンプを繰り返しながら射撃してきているのが目前に入る。まるで狐を追い込む漁師のような、緩慢な機動。斜め上から撃ち下ろされる弾丸のタイムラグを利用し、ロケット弾を放つ。ショルダーユニットが箱状の肩から上にスライドするや、安定翼を後部に生やした弾頭が空中に放られる。ロケットモーター点火。弾頭が徐々に加速し、敵に向かった。

 が、両機一斉に散開すると、移動先に、壁に、弾を撃ち込んでくる。ビルの壁面に突き刺さったスナイパーライフルの弾丸がコンクリートを貫通し、嫌な音色を奏でる。低チャージのレーザーが、フレイムスクリームが潜む付近に照射される。牽制であり、命中に至らないことを頭で理解しても、レーザーとAPFSDS弾が己の方向に発射されているのに眉ひとつ動かさぬほど彼女の心は頑丈な造りをしていなかった。

 入り組んだ通路に入り込むとリコン投射。敵を、前回の襲撃で廃墟と化してしまった地帯に誘い込む。発射熱に大気揺らめかすガトリングは既に熱を失っており、バトルライフルも同様だった。フレイムスクリームの姿を見失った二機が、共に大通りの真ん中でじっと立ち止まっている。距離にして400以上の地点。

 システムを変更し、敵の位置をしっかりと把握していた彼女は、そろそろとブースターを弱く吹かし、壁際を移動して距離を詰めていた。

 

 ≪追いかけっこするのも悪くはないが、逃げおおせると甘いことを考えないことだな≫

 

 敵の通信に返事はしない。

 更に通信波を検知。OPより。

 

 ≪こちらオペレーター。無人機配置につきました。敵座標トレース開始。モニタを確認してください≫

 『助かる』

 

 情報更新。履歴の積載が増える。敵の位置座標が地図上に表示され、味方の位置も表示されるようになった。これで敵に対し先手を打つことができる。いつ敵が無人機を落としにかかるかもわからない状況下である。制空権が無い現状で無人機を飛ばしているあたり、味方の切羽詰まった感情が感じられた。攻撃を仕掛けるならば今しかなかった。この機会を逃せば永遠に手には入らない。

 フレイムスクリームに命じ、壁を蹴る。この際、両腕をもぎられても勝利しなければならない。

 

 ≪M3、損傷。レイヴン3がカバーに入ります。増援は出せません≫

 『……助かるよ、まったく……』

 

 更なる状況の悪化に舌打ちをして、無線を切る。敵が動き始めた。二機が固まって、こちらにやってくる。リコンで位置を知られたらしい。軽量四脚型と中量二脚型の二機は、その優れた機動性を持ってビルの上をまっしぐらに駆け抜けてきた。

 距離、既に100。グライドブースト。わざと上空にロケットを発射すれば、殺人的な加速に息が詰まりながらも壁に衝突する勢いで接近し、蹴っ飛ばす。ブーストドライブ。コンマ数秒遅れてロケットが点火。上空に昇る――狼煙のように。それを、No.5の中量二脚型機が距離を詰めてくるや、ビルから飛び降りて誰もいない地点にレーザーの雨を浴びせた。

 

 ≪謀られたか!≫

 

 すぐさま右腕に握られたレーザーライフルを振り、奇襲に備えたが、その時すでに落下地点を予想していたフレイムスクリームのロケット連射が『配置』されていた。予定調和。横殴りにNo.5の機体に突き刺さったロケット弾頭が信管を作動、HEAT弾が装甲をモンロー/ノイマン効果で流動体に変え、穿つ。回避機動。

 狙い澄ましたバトルライフルの三連射が更に横からNo.5を襲う。遅れてやってきたNo.3のレーザーがその連射を遮った。四脚特有の安定性と狙撃性能に優れた腕がたたき出す正確な射撃が、フレイムスクリームのコアの防御板を抉る。センサーの一つが死んだ。第二射。フレイムスクリームの右ショルダーユニットに命中。内部機構が歪み、ロケット弾発射が困難となった。

 反動で空中で仰け反ったフレイムスクリームはビルの壁に衝突し、ずるずるとだらしなく地面に着地した。

 体勢を整えたNo.5が無チャージのレーザーを放つ。赤い閃光がフレイムスクリームの脚部に命中し、装甲が白熱した。

 赤黒い機体は損傷しながらも、残された左肩のロケットを猛然と連射しながら距離を詰めんとグライドブーストを起動すると、火炎に乗って両腕から銃火をあげた。やや遅れて右肩の背面部ハッチが開閉し、ショルダーユニットを爆薬の力で強制パージした。

 

 「チャージなど、させるわけねーだろ!」

 

 真正面から二条のレーザーが襲い掛かるも、フレイムスクリームは止まらない。チャージが済んだレーザーは驚異的な貫通能力を誇ることはよく知られているが、チャージせずに照射した場合、パワー不足になる。連射能力に特化した速射型レーザーライフルならばまだしも、チャージすることを前提としたライフルならば、チャージさせなければよい。

 が、それを補うかのようにNo.3がスナイパーライフルを撃った。回避機動をとったフレイムスクリームであったが、それを見越した先読み射撃が左肩に突き刺さり、ロケット砲が潰れた。パージ。箱型のショルダーユニットに大穴が穿たれ、しかしその衝撃はロケットが緩衝剤となったため、緩和された。

 距離、30。極めて近い距離で戦闘することで知られるACにおいても、近距離と強調できる、近さ。

 両肩に積んだロケットがダメになった。火力は大きく低下し、遠距離戦闘における攻撃手段を喪失した。近距離で殴る以外に勝利要因の無くなった彼女は、恐怖をぐっと堪え、突っ込んだ。真正面からレーザーとスナイパーライフルの弾幕を突っ切らんと、速度を上げる。コアにレーザーが刺さる。頭部をスナイパーライフルが掠め、装甲板を割った。

 焦ったNo.3が、ミサイルを放つ。

 被ロック警告。敵ミサイルの種別は不明。効果も威力さえも。だが止まるわけにはいかない。あえて、突貫する。No.3のショルダーユニットから、一発のミサイルが白煙を曳いて放物線を、そして低空飛行に移ると、突っ込んできたフレイムスクリームに衝突する寸前に爆発した。近接信管を積んだミサイルだった。爆風にもめげず、とうとうフレイムスクリームが至近距離に寄ることに成功した。

 近距離からガトリングとバトルライフルを、そう攻撃するために入力を行ったと思うや、機体ががくんと跳ねた。脚部にスナイパーライフルが命中し、よろめいてしまったのである。更に敵のレーザーが放たれた。とっさに身を捩ったものの、バトルライフルの銃身に穴を空けられた。もう使えない。

 

 「撃たなくても、使えんだよ!」

 

 設定を操作し、パージを拒否。バトルライフルを握った腕を振りかぶるや、No.5目掛け振り下ろす。棍棒のように。

 

 ≪そのような使い方があったとはな≫

 

 しかし、ハイブーストで後退することで躱され、逆にレーザーライフルを撃ち込まれた。それをバトルライフルの銃身で遮れば、投げつけてガトリングを放つ。空中で弾丸を受けたバトルライフルは蝶のようにふわふわと舞うと、No.5の頭部に覆いかぶさる形でぶつかった。No.5はブースターで後退をする。

 フレイムスクリームが、右腕でコアを守るように肩を前にして、突進する。No.5のレーザーがチャージ開始。激しい発光が銃身を覆う。一方が後退していることで、距離がなかなか縮まらない。強力なレーザーが、右腕を食らう。KE防御に優れた装甲が光の集束で沸騰、蒸発。内部構造が熱で破壊され、動作不良を起こす。

 しかしそれでも、片腕を犠牲に接近するという常軌を逸した行動が功を奏し、その右腕で頭部を殴り付けるという攻撃に成功した。マニュピレータが悲鳴を上げた。

 

 『右腕部装甲板熱量限界突破』

 『エネルギー供給量低下』

 『メイン回路断線 バイパス開始』

 

 機体が訴える悲鳴が、メインモニタを彩る。更に、頭部を殴り付けた右腕で敵の腕を鷲掴みすると、手前に引き寄せて蹴っ飛ばす。よろめいた敵にガトリングを向け――撃つこともできずに、脚部に衝撃が走った。No.3の両腕から放たれた弾丸が、重量二脚の片方の装甲に穴を作り上げたのだ。

 

 「このっ……野郎っ!」

 

 No.3の攻撃を無視して、No.5にガトリングを撃つ。濃密な弾幕が中量二脚を包み込み、鋼を散らす。装甲板が欠落、火花があちこちで装甲し、横転。ガトリングの回転を納めずに銃身をNo.3に向けると、右腕を盾に接近を試みた。

 次の瞬間、敵の左右のスナイパーライフルの斉射が右腕を関節部から捻じ曲げた。腕自体が着弾の衝撃に曲がってはいけない後方へ向いてしまった。

 

 『パージします』

 

 ドロドロに融解した部位さえある右腕が根元から爆砕ボルトによって排除された。がくんと機体が左に傾いた。ドライブシステムが排除された右腕の分を通常重心として再設定・読み込みする僅かな空白に、No.3がミサイルを発射。更に、横転したはずのNo.5がレーザーを放った。右腕があった空間を赤い閃光が溶かした。

 迫るミサイルをガトリングで迎撃、爆破。爆風と煙をグライドブーストで抜ければ、No.3の軽量四脚型にガトリングを撃ちつつ接近した。FCSに頼らず、後方で姿勢を立て直そうとするNo.5にも弾丸をくれてやる。一発ごとに発生する射撃煙が、あまりの発射間隔に連なって、火山の蒸気噴出かのように噴く。薬莢が真横に雪崩れた。

 

 ≪この動き……≫

 

 No.3のつぶやきを聞いた。

 敵の動きを読み、ぐっと屈む。スナイパーライフルの銃口が遅れて火を噴き、フレイムスクリームの頭部を、背面部のOWを掠め、背後のビルの壁に着弾し、周辺の壁を陥没させた。

 タイムラグ。次弾装填の隙を狙い、ガトリングを集中。両腕を砕き、コアに弾幕を浴びせかける。グライドブーストで逃走を図ることなどできない。なぜならばガトリングがノズルを破壊していたから。

No.3の軽量四脚型が、突進を敢行した。それを見越して、彼女はコアを蹴った。

 前進と前進の作用が合致して、No.3のコアに太い足がめり込む。否、刺さる。数十トンもの重量物の衝突に装甲が耐え切れず、装甲が内側に凹み搭乗者は圧死した。そして四脚はがくりとその場に四脚を外側に広げ沈黙した。メインカメラから光が失われた。

 後方を振り向けば、よろよろと姿勢を正し、起立したNo.5の機体があった。

 

 ≪見せてもらったぞ、まがい物。貴様にこれほどの力があるとは俄かに信じがたい≫

 『そのまがい物とは、私のことなのか? 挑発するのがへたくそなだけか、それとも別なのか?』

 

 質問をする。

 答えは笑い声だった。

 

 ≪知らないままなのか! こんな愉快なことはない……だが答えることはできないのだ、私には。許しは請わん。恨めよ≫

 

 敵の機体が攻撃を仕掛けんと、腕を上げた。

 彼女はガトリングの銃身を掲げると、引き金を絞った。

 連続して放たれる弾丸がNo.5の機体を引き裂き、完全に破壊した。

 

 

 ―――――――――――

 

 

 投入されたACの内、M1たる彼女により三機が撃墜。レイヴン2により一機撃墜。その他が損傷により後退していったことで、戦況はオアシス側に傾いていた。短時間に三機を撃墜したことが知れ渡り、オアシス側の士気は向上していた。

 が、それはあまりに突然発生した。

 赤黒二色の所属不明のACにより補給地点が壊滅。レイヴン1に続き、傭兵のM3が撃破された。その機体は追っ手を次々と破壊しながら進軍し、ただの単機でオアシス中心部に到達してしまったのである。

 彼女が到達したとき、オアシス中心部は火の海に包まれていた。穏やかな水辺に建てられた軍事施設は半壊しており、各部防衛設備は悉くが潰されていた。通信施設も言うまでも無く。戦闘で広がった火災がオアシスの森に伝染しており、平和な水辺は地獄と化していたのである。

 防衛のために配置についていた武装ヘリは発進前に潰されたか、横倒しになって炎上しており、盾持ちは少なく見積もっても十機以上が残骸と成り果てていた。

 通信が繋がらない。オペレーターとの通信、情報中継は、オアシス中心部への侵入を許して以降、されなくなっていた。恐らく、命令系統は混乱していることであろう。

 彼女は片腕を失い、両方のショルダーユニットを潰され、更に脚部に被弾して機動性の低下した機体を引きずって、オアシス中心部に辿り着いた。

 燃え上がる水辺に、一機のACが涼しげに佇んでいた。砂漠を行き交うキャラバンのように、悠々と。

 新兵器試験の際に遭遇した機体と瓜二つであった。

 その肩には見慣れぬエンブレム。王冠に翼が生えた、特異なもの。さしずめキングと呼称すべきか。チェスを知らない彼女でもそれが王冠であり、王を示すことくらいは知っていた。が、翼の生えた王冠など知らなかった。天使(エンジェル)を気取っているのかと腹が立ったくらいである。

その機体はメインカメラでじっと炎上する水辺を眺めていたが、フレイムスクリームがやってくると、頭部をその方角に向けた。

 通信。

 

 ≪ターゲット………確認……≫

 

 その声に、彼女の背筋に鳥肌が経った。

 前回遭遇した時のような男の声、ではなかったのだ。それは女性の声であったが、喉を拘束具で押さえられているような、声帯を人工物に置き換えてしまったような、舌を切除されてしまったような、掠れた、疲れ切った声であった。年齢さえもわかりはしない。はたしてそれが、人間の声なのかもわからない。やもすれば男性の声に聞こえた。ともあれ、耳障りのいいACの電子音声とは比べ物にならない奇妙さと不気味さを備えた声が無線越しに言葉を届けてきた。

 赤黒二色の機体が、ゆっくりと一歩を踏み出す。

 メインカメラが発光した。

 背面のブースターユニットに火が灯り、両腕の武装が正面を向いた。

 撃ち合えば、撃ち負けることがわかりきっていた。予感でもなく、直感でもない。確信である。敵の武装はライフルにパルスマシンガン。近距離中距離で効力を発揮する武装。一方でフレイムスクリームは手負いの状態かつ、武装はガトリング一丁。

 迷わずにレバースイッチを倒した。

 

 『不明なユニットが接続されました』

 

 OW起動。HUGE PILEが目を覚ました。

 まるで同時に、敵もOWを起動。見たことも無い種類のそれに彼女は一瞬恐怖を覚えるも、OWの起動は既に始まっていた。自分のものも、相手のものも。

 ノイズ掛かった電子音声が警告する。

 

 『システムに深刻な影響が発生しています ただちに使用を中止してください』

 

 敵ACの背面にしょい込まれたそれが起動した。

 白塗りのそれが、羽を広げるように左右に展開する。固定器具が弾けた。両腕の武装が専用のアームに格納され、真後ろに垂れる格好となった。ジェネレータをハッキングして得られる規格外のエネルギーが、左右に展開した“翼”の各部に複数備え付けられた筒状の物体に宿り、紫電を散らす。エネルギー伝導回路を通ったことで生じる熱が発射装置兼放熱板である“翼”を白熱させる。赤黒二色の『キング』、もしくは『エンジェル』は、あたかも後光が差したが如く、光を背中の背景とした。逆流制御モノリスが青い電流を散らした。

 フレイムスクリームが、HUGE PILEの展開に成功した。右腕に“箱”。背面に推進用のノズル。二機がほぼ一斉に、円を描くように背後を取り合いだした。

 共にリミット解除状態であり、ハッキングにより出力はACの限界領域に達している。グライドブーストと、グライドブーストそして専用の推進装置で機動し、隙を窺いあう。

 フレイムスクリームの装甲が、バーニアの噴射と“箱”のチャージの余波で溶けていく。内部機関にさえ影響がおよび、電子音声による悲鳴が操縦席を満たす。『キング』の“翼”の輝きはいよいよ絶頂に達しかけており、専用の照準装置が赤黒い機体の高速機動を的確に捕捉し続けて、発射の機会をうかがっている。

 速度に勝るフレイムスクリームが、旋回に耐え切れず軌道を外れた。推進方向はあくまで前方であり、曲がりきれない。ここぞとばかりに『キング』が背後に食らいつく。

 脚部を地面に食い込ませ、ブースターの噴射方向を偏向。機体の重心位置すら意図的に変えて、なんとか曲がろうとするも、敵ACの方が旋回性に優れており、小回りが利かない。

 彼女は悪鬼が如く表情を変え、Gという頸木に顔を顰めながら、背後から迫る静かな殺意にぜぇぜぇと吐息をし、そして、敵の攻撃を予想していつでも回避に移れるように心の油断を絞め殺していた。

 刻一刻と迫る、制限時間。OWが機体にかける負荷と、限界は数値上で決まっている。残り時間はたった五秒程度だった。ノイズと警告がひしめくメインモニタをまるで意識すらせず、背後の敵を討つ算段を演算する。

 ぐっと肺に空気を溜めこむや、あえてオアシスの水辺に突っ込んでいく。『キング』が追う。水辺という足場の悪いところでも、ACはブースター出力によって溺れることなく進むことができる。が、もちろんあえてブースターを停止することも、できる。

 意図的にブースターの恩恵を拒絶した赤黒い機体が、ずぶずぶと水中に沈む。二機が帯びる高熱で水が沸騰し激しい水蒸気が上がった。濛々たる白膜が一帯を覆う。

 背面部の推進装置から得た速力を水中で落とせば、ホワイトアウトした視界の中でこちらを見失った敵に、向き直る。水中での使用を考慮されていないOWのブースターユニットが急激な温度変化と水の侵入で破断し、爆発した。これで前に進む力に煩わされる心配は無くなった。

 フレイムスクリームが突如として水を絶叫させながら、水面に出現した。

 刹那、『キング』のOWが炸裂した。“翼”に無数に仕掛けられた高出力のレーザー砲が唸りを上げ、光の針山で前方を串刺しにする。余波で水が沸騰し、ますます視界が遮られる。不気味な照射音は続いた。無数の光が、薙ぎ払われた。咄嗟にブースターを切り、水中に退避する。水面に着弾した光はそのまま地面へと達し、砂を溶かし岩盤までをも過熱させた。水蒸気爆発が発生、一帯が白亜の衝撃波に薙ぎ払われ、二機のACの姿が掻き消えた。

 レーザーは地面ばかりか周辺にも被害をもたらし、オアシスに生えた木々を真ん中から溶断した。

 彼女は、水中に退避したはずが、レーザーの余波で洗濯機に放り込まれたネズミの気分を味わう羽目になった。悪いことにレーザーがコアを掠め、冷却システムの機能が低下してしまった。もはや残された時間は一秒と無い。相手にやられるか、やるか、OWの熱で死ぬかである。

 再び水上に姿を現したフレイムスクリームは、メインカメラをギラギラとさせ、その片腕に“箱”を抱いていた。OW格納という致命的な隙を晒した赤黒二色に、ハイブーストで肉薄、中身の長大な杭を叩き込み、コアに穴を増やした。

 命中の直前、こんな言葉を聞いた。「やはり……」。

 

 衝撃、そして静寂。

 

 「はぁっ………はぁっ……」

 

 吐息は荒く、しかし機体への指示は忘れない。周囲の水を沸騰させ始めた赤黒二色の残骸を尻目にOWを格納すると、機能不全に陥ったブースターを使わずに、徒歩で水辺から出る。片腕は失われ、あちこちの装甲は剥げ、ある部位は溶け、OWさえ損傷を受けたその機体は損傷した脚部を引き摺るようにして乾いた土地に足を付けた。

 ふと振り返ってみれば、戦闘と、『キング』のOW使用でほとんど燃え尽きたオアシスの中枢施設と林があった。レーザー照射を受けた地面には竜の吐息を圧縮して吹きかけたように、マグマ状となった傷跡があった。

 通信が入った。

 極めて聞き取り辛い、ノイズ交じりの。

 OP。

 

 ≪M1……応答してください………M1………≫

 

 通信を繋げ、なんだと聞き返す。

 オアシス施設の残骸からは、生き残った兵士や職員らが顔を覗かせていた。

 

 ≪敵の撤退を確認………これより……作戦を………通信施設が……≫

 

 彼女はフレイムスクリームに命じ、ガトリングを空に向かって放った。

 勢いづいた兵士達が鬨の声を上げ、早い勝利に酔った。

 

 

 

 




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