ARMORED CORE V ―OASIS WAR―(改訂版)   作:キサラギ職員

15 / 33
8、Chess piece(中)【オアシスルート】

 AC用銃器としては肉薄な銃身を持つショットガンに機体を覆い尽くさんばかりのマズルフラッシュが咲き誇った。速射型ハンドガンが唸りを上げ、大口径弾が連続して空間を飛んでいく。

 レイヴン1、ホワイトノイズの細身がコンクリートジャングルで踊る。軽量な上半身と、ジャンプ力に優れた脚部から生み出される出力が、ビルとビルの間をあたかも瞬間移動するがごとき速度を作る。

 ホワイトノイズは薄い装甲、貧弱な火力とおよそ戦闘向きの機体構成ではないが、軽量な構成故に推力重量比は極めて高い。

 対するは、ごくありふれた中量二脚型。塗装は赤黒二色。肩には白き翼の生えた王冠のエンブレム。刻み込まれた番号、No.0。機体構成、KE・CE・TE各攻撃に満遍なく対処可能な汎用型。装備はパルスマシンガン、速射型ライフル。良くも悪くも器用貧乏。

 レイヴン1は、相手の背後もしくは頭上に陣取らんと、ホワイトノイズに命じた。ホワイトノイズは支援を目的にした機体である。攻撃用装備は二つ。ショトガンとハンドガンのみ。支援、そして防衛、持久、それらの要望を満たすために両ハンガーユニットにハンドガンを装備してきたとはいえ、いずれも近距離武器であり、まず接近しないことには弾丸を届けることさえ叶わなかった。

 敵、赤黒二色は飛行機乗りからは『乱暴』、戦車のりからは『羨ましい』と評されるAC特有の機動とはまるで裏腹の、羽毛のようなつかみどころのない足運びにて、逆にホワイトノイズの死角を、腕の可動範囲外へと、機動しては射撃をしていた。例えるならば霧。例えるならば影。相手の傍にぴったり張り付き攻撃する、相手取ったことのない敵。

 

 「こいつが強いのか、俺が弱いのか……」

 

 レイヴン1は額にびっしょり汗をかいていた。元より真正面からの戦いは不得意とはいえ、素人や勘の鈍い輩ならば返り討ちにできると自負していたにもかかわらず、今まさにパルスとライフルの応酬で装甲の幾分かを持って行かれた。被弾。パルスが弾け、青白いエネルギーで装甲を溶かす。ライフル弾が空間をねじ切りながら装甲に食らいつく。

 ホワイトノイズ、ビルの壁を蹴った。ブーストドライブ。爪先が窓べりに食い込み、踏み砕く。細い脚部がしなり、軽量な体躯を滑空させた。危なげに上半身が傾ぐ。ブースターが姿勢を制御し、その姿勢の危うさすら利用してまたビルに取り付けば、丁度真下に潜り込まんとしていた赤黒二色の頭上目掛け、押しつぶし攻撃と銃撃を見舞う。

 速射型ハンドガンのサプレッサーから弾丸の雨が降り、ショットガンから傘のように弾丸が広がり、鉄塊が脚部を揃えて真下の敵を潰さんと迫った。

 が、敵ACはハイブースト。着地地点目掛けてパルスマシンガンでエネルギーの渦を構築すれば、勢いを活かして地面を急旋回、ライフルを構えた。ライフルの照準器がピントを絞る。

 

 『機体がダメージを受けています 回避してください』

 

 レイヴン1は無機質な電子警告を耳にした。ホワイトノイズは青白いエネルギーに飲まていた。生じる熱が装甲をぬらぬらと白熱させ、排しきれなかった熱が内側に浸透し機能を奪っていく。すかさずブースターを再起動。跳躍、ハイブースト。ボックスブースターが機体の重心を整えた。距離を詰める。敵ACとの相対距離30。速射型ハンドガンを構える。時すでに遅し。敵ACのライフルの暗い銃口がホワイトノイズの頭部に照準されていた。被ロック。

 ハイブースト。Gで肺の空気が歯の隙間から漏れる。ひゅう、と吐息が鳴った。殺到する弾丸が肩を掠め、火花が上がった。目まぐるしく移り変わる風景の中、赤黒二色だけは変わらなかった。

 両腕の武器を撃つ。敵ACは後退すれば、パルスマシンガンとライフルで弾幕を形成した。当たるわけにはいかない。ペダル操作。操縦桿に力を込める。ホワイトノイズはジェネレータのエネルギー残量を盛大に食い潰しながら射線の真横に滑るや、ビルの壁に取り付き、前進した。建材が砕け、白い噴煙を晒す。ホワイトノイズはそれを背景に、敵ACに向かった。

 逃げる敵。追う自分。相対的に両者の速度は低下し、ホワイトノイズの持ち味である運動性と機動性が死ぬ。

ライフルとパルスの弾幕が、真正面から覆いかぶさろうとする。掻い潜るのは困難を極めた。ビルの壁を蹴り、高度を上げて、上空より牽制にショットガンを放つ。弾丸が敵のコアに弾かれる。敵、有効射程外。近づかなければ装甲に満足なダメージを与えることができない。

 一方の敵ACの有する火器はホワイトノイズが持つ火器以上の射程である。速力では勝るホワイトノイズでも、射程という無情な数値は覆しがたい。せめてガトリングを積んでくるべきと後悔しても、遅い。

 

 「く、しまった」

 

 パルスの放射が前方斜め下方より放たれ、空中で身を躱さんとハイブーストを吹かした刹那、まるでそれを予期していたかのように放たれたライフル弾が右マニュピレータに握られたショットガンを半ばで砕いた。銃身が粉となり、FCSと連動する照準用レンズが空中に舞った。

 

 『パージします』

 

 ホワイトノイズが銃を投げ捨てる。肩のハンガーユニットが小さな炸裂をみせ、ハンドガンを右腕に握らせた。瞬時にFCSと同期。メインモニタの情報が更新。

 空中で戸惑えば、撃ち落とされることが明らかだった。ホワイトノイズは搭乗者の苦悩の言葉とは裏腹に、猛禽類が如き鋭角な機動をみせ、空中でブースターを停止すれば慣性に身を任せて自由落下に移行した。赤黒二色の機体が銃身の位置を修正。射撃に移る、まさにその瞬間に壁に足を引っ掛け、更に壁面に腕を突き刺して強引な制動を行えば、ビルの壁面にぴったりと張り付くという妙技を披露した。衝撃がビルを伝播してガラスが滝のように砕け、地面に落ちる。

 予想された動きを凌駕したせいか、敵の弾丸は足元を抜けた。

 一瞬、敵が戸惑ったように足を止めた。まるで永遠のような一瞬が掌から零れていく。

 死を切り拓くためには、瞬間を活かすより手段がない。

 ホワイトノイズは瞬時に身を翻すや、二回、三回と壁を蹴って高度を上げると、曲芸染みた急旋回をみせ、更に放物線を描き、ブースターを停止すると、敵の頭上を越えて背後へと落下しつつ、両腕のハンドガンを撃ちまくった。より速く、より敵に対処させ憎いように、着地時の硬直も顧みず、ブースターも無しに数十mの高度を自由落下。内臓が上に寄る。本能的な恐怖に心臓が毛羽立った。

 

 「っ…………ここまで、か……ッ」

 

 がしかし、敵はその一歩先を行っていた。両腕から真下に放たれる弾丸というのは、つまり胴体部分を避けて降り注ぐ。

 敵は、その僅かな隙間に身を置いていた。銃弾が放たれる際に生じる反作用で発射点がずれ、数発はコアに着弾、装甲を抉ったが、致命傷にならない。頭部に命中することもなかった。弾かれ弾道を斜めに偏向された弾丸が地面に穴を穿った。

 敵ACが、すいと腕部を天空に掲げると、半ば背伸び体勢でライフルを撃ち放った――ブースターノズルに。

 数十mの距離を瞬きの間に埋めた弾丸がメインノズルの中央に突き刺さり、装甲を穿ち、内部構造を酷く痛みつけた。エネルギー供給用パイプが歪み、断線。行き場を失った力がノズルを内側から吹き飛ばした。黒い煙を背中から吐いて、ホワイトノイズが重力に引かれていった。

 赤黒二色が更にごく短時間のハイブーストで落下攻撃を易々といなす。両機の距離、紙一重で交差した。

 体勢を崩し、よろめいたホワイトノイズの頭部をライフル弾が砕く。アンテナが銃弾の圧力に屈し、半分になった。更にパルスマシンガンの放射で機体をトッピング。見るも無残に焼け焦げたその貧弱な機体を、勝者が踏みにじる。鋼鉄の爪先が炸裂し、ホワイトノイズは二回三回と地上を転がり、ビルの一階部分を占める巨大なガラスウィンドウに突っ込んで止まった。

 赤黒二色が止めを刺さんとブースターを吹かし滑走、接近する。

 レイヴン1は引っ切り無しに画面を、操縦席内に示される警告を無視して、落下そして蹴られた衝撃で胃液が逆流しそうなのも頭から外し、脱出しようとしていた。緊急用のレバーを引く。頭部パーツが固定を外すや否やハッチと共に炸薬で排除され、外部へと通じる道が開いた。シートベルトが外れる。サバイバルキットを引っ掴むと肉が焼けそうなまでに過熱したコアにパイロットスーツを溶かされながら、5mの高さから地面に飛び降りた。受け身を取ることもできず肩から叩き付けられ、悶える。

 

 「がっ………。ぐ、ぐぅぅ」

 

 平素の冷静沈着な態度行動を全て拭い去った、生々しい吐息。ヘルメットを脱ぎ捨てる暇も無く、ビルの奥へと避難しようと駆け出した次の瞬間、一階部分に例の敵ACがぬっと姿を現した。

 万事休す。

 ACと人間。敵機体は戦車を紙屑当然に貫通する威力の兵器を有しているのに対し、レイヴン1は対人用のハンドガンのみ。勝率など存在しない。

 レイヴン1がビル内部の柱の陰に飛び込んだ刹那、敵ACが放ったパルスマシンガンの連射がホワイトノイズをエネルギーの坩堝に拘束し、ものの数秒でごみ屑へ姿を変えた。必然的な結末としてジェネレータが過負荷を起こし、内側から機体が爆散した。接続部からねじ切れた腕部パーツがレイヴン1の隠れる柱に激突し、彼の頭上数mを薙ぐ。装甲の破片が人体を殺傷できる速度で散らばり、ビルの内壁や観賞植物を引き裂いた。

 レイヴン1は、ヘルメットを脱ぎ捨てると、半分から上の無くなってしまった柱の陰から顔を覗かせた。柱からは血管の走行を無理に引きちぎったかのように鉄筋がはみ出ている。

 

 「………!」

 

 敵ACの、メインカメラと目が合った。鼻血を拭うと、逃げ出そうとして足に力が入らないことに気が付く。ヘルメットがあったとはいえ、落下した上に機体を蹴られたのである。彼は脳震盪を起こしていた。

 およそ人体に向けられるべきではない威力をたたき出すライフルの銃口が、突き付けられた。

 レイヴン1は逃げるのを止めると、せめてもの抵抗にとサバイバルキットからハンドガンを抜くと、初弾を装填し、敵の頭部パーツにリアサイトとフロントサイトを重ね、撃った。

 チィン。

 空薬莢が地面に落ちて涼しげな音色を奏でる。

 

 「どうした! やってみろ!」

 

 無駄な抵抗とは分かっていた。拳銃では至近距離から射ち込んでも貫通はおろか傷一つ付けられないことくらいは。

 敵ACはハンドガンの弾が撃ち尽くされるまでじっとしていた。まるで岩のように。

 スライドオープン。全弾を撃ち尽くした証。レイヴン1は止まらない眩暈に膝を折ると、どっと倒れ込んだ。咽かえる鉄とオイルの黒い煙の中、身動きもままならない。無防備なレイヴン1を前にして敵の機体がゆっくりと銃口を下げると、ブースターに火を宿して去って行った。まるで人間などそこにいないとでもいうかのように。

 レイヴン1は最後の力を振り絞ってヘルメットを被り直すと、無線を繋いだ。

 

 『こちら……、レイ……ヴン1。繰り返す、レイヴン……1。撃墜された。無事だが………位置は………』

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 三機が一斉に各々の銃器を構えるや、たった一機に対して問答無用の火力投射を行った。No.3の軽量四脚型が両腕のスナイパーライルフでコアを狙う。No.5の中量二脚型が両腕のレーザーライフルで狙い、ショルダーユニットのロケット発射に身構えた。遅れて登場したNo.8がガトリングとバトルライフルを放つ。

 斜め上から、背後から、殺意を込めて殺到する射撃の応酬に、彼女は一瞬だけ早く反応した。いわゆる第六感に頼ったのでもなかった。敵がこちらを撃破しようと一斉に攻撃を仕掛けてくることを予見し、行動に移したのである。

 敵の位置は、Yの字の末端に一機一機がいるようなもので、フレイムスクリーム正面斜め上に二機、真後ろに一機である。

 回避するためには、右か左しかない。上という選択肢は選べない。重量二脚は跳躍力に劣る。彼女は右に躱した。ジェネレータのエネルギー容量を大きく消費しながら赤黒い機体が横に滑る。弾列が数m横を貫き、ガトリングの一発が装甲を叩いた。

 次に、右方のビルに取り付くや左に蹴る。ブーストドライブ。敵の弾幕を真っ向から横切る形で、反撃のために必要な傷を負う。頭部のまじかを高速のスナイパーライフルが掠めた。空気中の微小物質と反応して赤い光を放つレーザーが彩った。アクティブ防御作動。液体が噴霧されレーザーを減退させた。

 左方の壁に取り付くや、蹴る。後ろに。

 フレイムスクリームそっくりの機体構成をしたNo.8に向かい、背中を晒すように接近。ACの装甲が最も薄い箇所、それは背中。No.8側からはカモが突っ込んでくるように見えたか、銃も撃たず、ブーストチャージの姿勢を取った。

 

 ≪雑魚の癖に粋がるから死ぬんだよォ!≫

 『馬鹿は貴様だ』

 

 無常な宣告。全てはシナリオ通り。あえて無防備な背中を晒し、傲慢さと機体性能に酔った典型的な戦場の興奮に当てられ正常な判断力を失っていたであろうNo.5のブーストチャージを誘う。

 一歩間違えばコアの背中を抜かれてミンチと化す、危険な賭けに、彼女は勝利した。

 敵の前蹴りが炸裂するのを、脳裏に浮かべた架空の機体位置図に当て嵌めて計算する。全ては感覚。機械のような数値による合理性ではなく、経験と直感が齎す操縦。

 敵機の蹴りが炸裂するであろう右側に対し逆の左回転をブースターの偏向で行い、腕の振りで勢いを得る。接触の瞬間、右腕を掲げ、前方の二機に牽制射撃を行えば、敵のコアと己の背面がぶつかる空間に自機を調整、強引に位置を入れ替える。No.8の機体を前に押しやれば、コンクリートに爪先を擦って反転した。

 眼前にはNo.8の無防備なコア背面部。あたかも焦ったかのようにブースターノズルが左右に揺れる。ガトリング銃身回転開始。バトルライフルをぴたりと宛がい、射撃を――回避。ハイブースト。No.8にバトルライフルのHEAT弾をお見舞い、ガトリングの徹甲弾を連射。が、既に回避に移られており、逆に遠方より飛来したスナイパーライフルの回避で射撃を継続できない。

 レーザーの赤い閃光が二条、No.8に掠る危うい位置を通過し、フレイムスクリームの脚部を擦る。液体噴射。装甲が耐熱限界を迎える前にレーザーを遮り、冷却を補助した。TE防御に優れた装甲が赤く発光。熱エネルギーを拡散、放熱し、装甲の貫通を防ぎ、レーザー照射に耐えた。コア用特殊冷却器が細長い蒸気を生む。

 彼女は、弾速に優れた計4門の銃撃により、後退を余儀なくされた。

 牽制射撃、後退。ハイブーストを連続で吹かし、ジェネレータに負荷を与えつつ、曲がり角に潜り込み様子を窺う。

 通信。No.5より。

 

 ≪面白い手品だな、驚かせてくれる。まがい物にしてはいい動きをする≫

 『何を………言っている?』

 ≪無駄な言葉は不要だ。傭兵は戦うことで語り合うものでないのか≫

 『……言いたいことだけ言って誤魔化してるだけじゃないのかよ』

 ≪そんなところだ。すまないが私は私を完全に自由にできないのだ≫

 

 彼女は容量得ない言葉に首を傾げた。静観や達観にも似た吐露に。

 自分の意思で戦っているようでもあり、操られているようでもある。どちらも正解で、どちらも間違いである。まるであべこべな感情と殺意を明白に感じ取ることができたのだ。

 通信。OP。

 

 ≪戦車隊壊滅しました。レイヴン1、ベイルアウト。M3到着遅れます、なんとか耐えてください≫

 

 状況の悪化を告げる無情な声がした。

 皮肉の一つでも呟きたかったが、渇いた喉の粘膜が許さなかった。

 

 

 




セリフなどを変更しています。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。