ARMORED CORE V ―OASIS WAR―(改訂版) 作:キサラギ職員
オアシスに対する謎の勢力の襲撃。
――この時期、多くにとって突然に、それは起こった。
そしてそれは、多くにとって、気が付くのが遅すぎた。
重工による、資金と資源に任せた間接的な侵略行為。
温和な資本主義集団であるはずの重工はオアシスに対する矛としてフリーランスのミグラントを雇用し、一方的な攻撃を仕掛けていたのである。
多くの戦力を削がれ弱体化したオアシスに重工の魔の手が忍び寄る。
夜空に騒音が鳴り響いた。乾いた砂漠の空に輝く星々も目を覚ます、大音響。
アラート!
オアシス中に敵襲来のサイレンが鳴り響いた。街の各所に設置された拡声器がくわんくわんとけたたましい警告を発する。これは演習ではない。敵襲である。の旨を告げる兵士の焦った口調が住民らの緊張を掻きたてた。が、腐っても戦時下、乱世に生きる人間たちである。慌てず焦らず戦える者たちは重火器を手にし、あるものはハンヴィーへ。あるものは主動で照準を合わせる旧式の対空機関砲に急いだ。女子供とて、避難するものもいれば、RPGを背中に担いで建物の二階に身を潜めるものもいた。
ガトリングを長距離砲に換装したR2Bシリーズ――盾持ちの編隊が、装甲化されたハンガーから無限軌道を唸らせて出てくるや、所定の位置に急ぐ。
街の各所に設置されたサーチライトが上空に光の帯を作り上げた。
対空機関砲、ミサイルランチャー、スナイパーカノン砲台なども動き始め、防空任務にあたるべくフラミンゴがビルの屋上から、航空基地から、次々に舞い上がる。CIWSの銃口が空を向いた。
だが、その防衛戦力は第一次襲撃と比較して明らかに弱体化しており、戦車や準人型などの陸上機動戦力が目減りしていた。プレッシャーを醸し出すためにサーチライトの数だけは大幅に増大したものの、肝心の対空火器は倉庫に眠っていたのをひっぱり出す、ニコイチで動けるものを確保する、など散々たる有様であり、更に悪いことに予想される敵戦力はいまだかつてない規模であるという、まさに絶体絶命の状態にあった。
一方で、増大した戦力もあった。重工に引き抜かれなかったミグラントの雇用に成功し、ACの数だけは確保できたのである。
レイヴン1。レイヴン3。そしてM1こと彼女。M2、軽量逆関節型。M3中量二脚型。いずれも市街戦を想定した機体構成の二機であり、オアシス側が敵を懐におびき寄せてから叩くという戦法に切り替えたことを窺わせた。それはまるで城の外壁を崩すことで敵兵を押しつぶすという先の続かない戦法のようでもあった。
ACの機数が五機というのは、かなり多いように思えるかもしれないが、実際にはそうでもない。大都市襲撃の際には十機単位で投下されることもあるのである。
ACがあれば勝てるのではないか。そんなことはありえない。都合のいいことは、相手も同じであることを考慮しなくてはならない。
ACは確かに高性能な兵器である。そう、かつて失われた技術(ロストテクノロジー)で構築された結晶である。高出力ジェネレータから供給される膨大なエネルギーにより重装甲と機動性を両立させるだけではなく、マニュピレータによる柔軟な武装運用と、障害物を利用した三次元機動を行うことができる、唯一にして最強の、機動兵器である。
というのはあくまで一般論であり、実際には違う。ジャマーなどの妨害兵器で足を止めたところで高火力の固定砲台に炭にしてやったなどザラな話。脚部を損傷したACを盾持ちが寄ってたかって殴り殺しただとか、つまるところ絶対無敵の最強兵器などではないのである。それでもACの性能は圧倒的であることに変わりはないのだが。
つまり、運用次第、乗り手次第、状況次第、なのである。ボルトアクションの銃が近距離(クロスレンジ)の撃ち合いには向かなくても、遠距離(ロングレンジ)の獲物を仕留める狙撃銃としては適しているように。
敵の物量を殺すためには機動性の失われるような、侵攻が遅れるような地形に誘い込むことが肝要である。また入り組んだ場所や狭所であることが求められる。両側が壁などで制限された地形ならば物量差は意味をなさなくなるが、ここは市街地。そうはいかない。
オアシス側はあえて街に飛び込ませることで敵の進行速度を削ぎ、持久戦に持ち込むことで敵の消耗を狙う戦法をとるのだとブリーフィングで説明があった。
予定される敵侵攻段階は大きく分けて三段階。第一段階は街外縁部。第二段階が市街地。そして第三段階がオアシス中心部である。第一段階では散発的な攻撃でこちらの疲弊を伝えるそぶりを見せ、第二段階で敵の横っ面を張る。第二で抑えきれなければ、いまだに損害軽微な中心部に誘い込んで殲滅する。言うならば懐に飛び込ませておいてから相手の首をへし折るような乱暴な作戦が、この度の防衛である。
遠距離攻撃で敵の数を減らす、それも満足にできないのが実情である。遠距離攻撃可能な火器はかなりの数が稼働不能に陥っており、例の球状無人機も生産が間に合っていない。
この度の戦いはまさにACの働きにかかっていた。
パイロットスーツの手首を捻って全身を締め上げると、ヘルメットをすっぽり被って首元の固定具を装着する。そして、赤黒と反射消しの塗装に身を包んだ愛機を見上げた。フレイムスクリーム(焔の叫喚)は名称の火炎とは裏腹に冷たく硬い金属的な質感のまま、両腕に銃を、背中に超過武装(オーバードウェポン)を担いで、主人が乗り込むのを片膝立ちで待ち続けている。
哨戒網の弱体化に伴い、敵は既がまじかに迫った状況にならなければ察知できなくなっているため、もたもたしている暇は無かった。
装甲の出っ張りに足をかけて登れば、後付の手すりを使ってするするとハッチに辿り着き、その狭すぎる操縦席に身を滑り込ませた。手動でハッチを閉める。スライド。操縦席が所定の位置に移動した。生体認証。パスワード入力。キーを捻る。ジェネレータが戦闘域にまで回転を早めた。手早くシートベルトを巻き付けると椅子の位置を直す。
動入力設定を切り替え、操縦桿を握った。
『おはようございます メインシステム 戦闘モード起動しました』
ガラハッド卿の名を冠した頭部パーツのメインカメラが目を覚ました。
電子化された視界が俄かに騒がしくなった。
――――――――――
オアシスの貧弱な対空網を悠々と掻い潜って無人攻撃ヘリ『フラミンゴ』の大群が押し寄せる。ひっきりなしにミサイルを打ち上げるランチャーや、スナイパーキャノン砲台、遠距離戦闘に対応した盾持ち、そしてレイヴン2のドルイドの狙撃では落とし切れなかったそれはあたかも波のように街の外縁部に到達すると、ビルの屋上に設置されたCIWSや対空機関砲を物量で飲み込んだ。数の暴力が貧弱な対空陣地を更地に変えていく。有人の武装ヘリも、街の貧弱な防衛設備へと牙をむいた。対地ロケットが津波が如く押し寄せ、次々と設備がスクラップと化していく。迎撃のために空に上がった友軍のフラミンゴは、まるで羽虫のように物量に飲み込まれており、制空権は完全に敵方にあった。霧払いのためにヘリ集団に混じってやってきていたAS-12――偵察型もとい高機動型が、ビルの谷間にブースターから青い火を曳きつつ高度を下げると、精々がRPG装備の住民らに対してエネルギーマシンガンの掃射を浴びせかけた。
第一段階、外縁部防衛線はからくも崩れ去った。
第二段階、市街地へと敵航空兵力がなだれ込む。侵略すること火の如し。対空兵器の弾幕にプログラミングされた自動回避しかできないフラミンゴたちが穴を穿たれ、ポロポロと落ちていく。残骸がビルに突っ込み、ガラスを割る。錐揉みに入ったスクラップが道路に落ちた。
高機動型三機が、今まさにオアシス側の盾持ちにパルスの雨を浴びせかけんと一機が放物線を描くように、二機が左右から追い込むような軌道を取りて迫った。偵察型などと呼称されるAS-12シリーズであるが、その実態は駆逐型とでも称すべきものであり、生半可な耐TE装甲であれば蒸発させるエネルギーマシンガンを装備した型も存在する。
そして現在、三機がフォーメーションを組んで襲撃をかけているのが、そのAS-12 AVESであり、戦車乗りを恐怖させたエネルギーマシンガン装備型である。ACの兵装に匹敵する出力のエネルギーマシンガン一般兵器にとって鬼門であった。
彼女は味方から送信されてくる情報から、機会をうかがっていた。視界は暗黒。どこか暗い所に潜んでいるのである。
メインモニタにちらつく情報履歴が、スクロールした。
三機が真上を通過する、まさにその瞬間を待っていた。
「こんにちは、死ね」
次の瞬間、道端にあったごくごく普通のコンテナが内側から千切れ、そして砕けるや、ガトリングとバトルライフルの銃口がレンガ色の鉄肌からぬっと出現し、真下から高機動型の装甲を蜂の巣にした。たまらず三機は制御を失い盾持ちの盾に突っ込む。爆発。
擬装用のコンテナをブースター出力に任せた体当たりで退けたその機体は、まさかそんな場所に隠れているとは思いもしなかったらしく回避行動に移った武装ヘリの群れに壁を蹴って高度を上げ、ハイブーストでお邪魔した。多目的ヘリの一機の側面スライドドアにバトルライフルの銃口を突っ込んで腕力で振り払い、別の武装ヘリに対し質量弾として投擲、潰した。テイルローターが手裏剣のように空中を滑って消えた。FCSの促しに従い、更に空中でガトリングを連射、死の嵐で二機目の多目的ヘリを穴あきチーズにしてやれば、空中で急速旋回して機首のガトリングを放とうとする一機のコックピット目掛けてロケットを発射、これを難なく破壊した。コックピットが高速ロケット弾頭に貫かれ、エンジンやローターなどがはじけ飛ぶ。鉄製の機体は小爆発しつつ地面に突っ込み動かなくなった。
至近距離では、ヘリは攻撃を行うことができない。誤射の危険があった。密集していたのが運の尽き。滞空したACが、にやりと笑う。両腕に握られた銃がカクンカクンと不気味な速度で照準を変え、ヘリの横っ腹を食らっていく。一機はガトリングで機体を切断され、一機はローターだけをHEAT弾に溶かされ重力に従い、一機は赤黒い機体が繰り出した弾列を躱そうとしてバランスを崩し、ビルに突っ込み無駄死にした。
すっかり綺麗になった通りから、フレイムスクリームがコンクリートの平地に降り立った。ヘリの残骸を無限軌道で踏み潰しつつ、盾持ちがACのそばに寄ってきた。通信の必要はなかった。盾持ちは、オアシスの文字が塗装された盾を振ると、その場の防衛任務に戻った。
彼女は能面のような無表情で呟いた。
「そしてお休み、糞野郎」
ロックオンシーカーがヘリの残骸から目を背けた。もはや敵に非ず、ただのゴミなり、と。
通信。OP。
ルートが更新した。道路上に指定地点までの最短距離を示す線が引かれた。
≪おみごとですM1。敵、ポイントE地点。距離1800。F21C STORK型ヘリを確認、AC搭載を目視。敵空挺戦車部隊およびACの投入を阻止……更新します、既に投入されました。敵部隊の侵攻を阻止してください≫
『了解』
≪M2接敵。敵AC二機確認。防ぎきれません、ただちに急行してください≫
『了解、オペレーター』
フレイムスクリームがゆっくりと、しかし徐々にブースターで方角を変えた。
フレイムスクリームはその線を無視してビルに取り付くと、壁を蹴っ飛ばしてブーストドライブ。高度を上げ、ハイブーストと併用して指定地点までの最短距離、すなわち一直線で向かう。ビルの窓に足を突っ込み、踏み砕きながら推力を得、前進。大重量のACが壁蹴りの度に低速度ロケット弾並の速力で空中を駆ける様は、悪魔のよう。
AC二機に加え、空挺戦車部隊。おまけに空中に無防備な姿を晒しているならまだしも、投下が完了しているときた。M2は軽量逆関節型の近距離戦闘機体であり、優れた三次元戦闘能力と機動性で敵を翻弄することを主としている。が、いかんせん装甲が頼りなく、撃たれ弱い。もたもたとしていればAC戦力の五分の一が消えてなくなるであろう。穴が空けば、決壊した堤防よろしくである。
目標地点まで、あと1000。そこで嫌なものを発見した。状況の悪化を告げる、不愉快なオブジェが炎上していたのである。両手がコアの接続部より滑落し、頭部を半分喪失し突っ伏した逆関節型の機体。機体構成から雇われのM2の機体と断定できた。道路にはマンホールのあったであろう穴にショットガンが垂直に刺さっており、その横には発振装置のへしゃげたパルスマシンガンがあった。ハッチがぽっかり開いており、しかし内部を見る余裕はない。
通信を入れる。
『オペレーター。M2の機体を発見した。燃えている。死体は確認できない、MIAだ。座標を送る』
≪確認しました。悪い知らせです。偵察カメラが撃墜されました。ポイントEへ機材を送り込むのに、数分かかります≫
『……あぁ、素晴らしい。全く、ぞくぞくするよ……』
皮肉を口にして、通信を切る。
ビルの壁を蹴ると、ブースターを停止して地面へ。着地の寸前にブースターを再起動。落下速度を緩め前方にハイブースト。コンクリート道路の舗装を石つぶてに変えつつ脚部のバネを利用し、再び跳躍。十字路に入るや正面のビル壁面に飛びつき、ブーストドライブ。電信柱から伸びた電線が機体に引っ張られ、千切れた。
情報更新。通信、OP。
オアシスの市街地のマップに×印が追加された。
≪レイヴン2、ドルイドにより敵大型ヘリ撃墜。ACもろとも墜落しました。墜落地点の座標を送ります。ワイン隊に確認に向かわせます。M1の任務に変更なし≫
『それは助かるね』
ポイントEから距離、400。敵の移動速度からして既に近距離に潜んでいると考えてよい、超至近距離。
フレイムスクリームは一時静止すると、二階建ての建物の上に陣取って、銃口を絶えず四方に向けては変える。街を漂う火の粉と燃え尽きた炭素の綿毛のさなかに、佇む。
リコン投射、連続三発。機材が放物線を描いて投じられるや、壁や地面に付着した。敵反応無し。
『オペレーター! 目標地点付近に接近。敵反応が見当たらない』
≪ポイントEを正確に撮影可能なカメラ及び無人機無しです。移動まで30秒≫
が、オペレーターが言葉を言い終えるよりも前に、鮮烈過ぎる悪寒が走った。確信にも似た、直感である。嫌な予感がしたのだ。
刹那、リコンに感あり。震動、音、その他観測データから、およそ三の敵機の存在を示唆したのである。リコンの位置は道路上に一か所、ビルの壁面に二か所。反応数はいずれもバラバラであるが、少なくともリコンを打ち込んだ方角にいることは間違いない。空挺戦車のように道路上を走るしかない兵器にとって、この場所は投下地点からは離れすぎている。となれば、リコンが捉えた敵の予想図も大まか像を結んでくるというものである。
AC、それも複数が待ち受けていたのだ。
ペダル操作。
『いや、遅い。こちらM1。会敵した』
被ロック警告。上空よりミサイル二発を目視。上方から下方への発射のため、弾頭はまっしぐらに、真正面から突っ込む軌道を取った。上方からの攻撃となれば頭部に命中する確率が高い。命中を許せば著しい戦闘能力の喪失を意味する。
考える前に迎撃を行う。ガトリングの細長い銃身を掲げ、連射。壁に取り付くと蹴っ飛ばし通路を挟んで反対側のビルへ接近、再び蹴ることで前進。敵の真下に潜り込むように機動をとった。
ブーストドライブという航空機の戦闘機動とは異なる乱暴な機動が内臓を圧迫。パイロットスーツ越しにシートベルトが食い込み、柔肌が歪む。更にハイブースト。Gで体が痛む。
死に際の病人がするような、苦痛を伴った吐息が喉から漏れる。
「は、ぁ、ぁあ……っ」
赤黒い機体の急機動により追尾が間に合わなかったミサイルが、その頭を地面に突き立て、爆発。高性能炸薬が作動しコンクリートを吹き飛ばし下水道を露出させた。水道管が破裂して、噴水が如く水柱を作る。
真上より、ガトリングがフレイムスクリームの無防備な頭を食い散らかさんと、回転を始める。銃身が一定速度に達するや目にも止まらぬ猛連射。物理エネルギーという人類が初めて実用化した武器、棍棒とまったく同じ原理の破壊力が、コンクリートを耕す。
敵操縦者はアッと息を呑んだ。ミサイルで驚かせ、足を止めたところで真上からガトリングを放つという戦術をとったはずが、赤黒い機体はいなかったからだ。正確には、FCSロックオン圏内から外れていたのである。
彼女はミサイルの爆風に乗る、という荒業を披露してみせた。そして上空よりブースターの減速も無しに飛び降りてきた敵ACの踏み潰しを軽くいなせば、勢いを利用して地面に足を刺し、方向転換。腰を捻り、敵ACを空中で回し蹴り。オート入力ではどうあがいても取れない、マニュアル入力の格闘技が炸裂した。
装甲が紙屑のようにへしゃげ、機体が道路上を撥ねた。
≪ぎゃああっ!?≫
敵ACが何事かを無線に語ろうとしたらしくオープンチャンネルに悲鳴が受信された。だが彼女は容赦なく、蹴りで片腕を潰され、横転したACの頭部にバトルライフルを撃ち、更に近寄るとガトリングでコアに大穴を掘った。数十単位の薬莢が地面に転がり、チャイムを奏でる。オイルと装甲の飛沫に混じり、粘つく体液が散った。
ACのマニュピレータが誤作動したか、ガトリングが弾を吐きだす。その腕はとうに関節から曲がってはならぬ方向に向いており、装甲からはコード類が覗いていた。
フレイムスクリームはそのACに徒歩で寄ると、等速度で回転しては弾を発射するガトリングの銃身を踏み潰した。鉄がへし折れ、回転を維持できなくなった銃が破裂する。硝煙の煙の中、青いメインカメラが瞬いた。
彼女は一言呟くと、無断無く機体を次の機動へと備えさせる。
「やかましいんだよ」
重量二脚型は優れた装甲を有し、正面からの撃ち合いに関しては足を持つ型の中でも有数の安定性を打たれ強さを持つが、反面機動性に欠けるという欠点を持っている。彼女はその欠点をブーストドライブというAC特有の機動と、一気に接近して脚部から生み出される物理打撃を埋めようとした、それだけだ。逆に言えば重量二脚型はACという人型兵器の特性を理解し、引き出せなければ、ただの棺桶なのだ。
彼女は、頭部で空を仰いだ。
ビルの屋上に、悠々と構える二機のACが、灰色に塗装された頭部から覗くメインカメラの赤い光を投げかけてきていた。肩のエンブレムはチェスのポーン。ただし彼女はチェスをほとんど知らないため、それがポーンであると認識できなかった。
通信。所属不明機(アンノウン)より。
≪貴様が、あの………≫
≪お喋りは無用だ、No.3。純正がまがい物に敗北することなどありえないのだ≫
≪了解した、No.5≫
彼女にとって、敵の会話はまるで理解しがたき内容でしかなかったが、倒すべき敵であるということだけはわかった。
通信。OP。
≪レイヴン1、戦車隊が急行します。到着までおよそ5分≫
『助かる』
≪更新、レイヴン1が敵ACと接敵、戦車隊のみの増援です。M3到着までおよそ三分≫
一人でやれということらしい。
更に通信。所属不明機より。
≪俺も混ぜてほしいねェ、No.3、5≫
新たなACがビルの陰より出現するや、無線にケタケタと笑った。戦いこそが至上なのだと言わんばかりの、腹の底からの笑いを。
彼女は、三機のACに包囲されていた。
絶体絶命。
四面楚歌。
操縦桿を握る手に汗がじわり滲んだ。