ARMORED CORE V ―OASIS WAR―(改訂版)   作:キサラギ職員

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Pulverize:粉砕する


7、Pulverize【オアシスルート】

 

 先の防衛に投入された敵攻勢の規模からして、何か巨大な敵を相手にしてしまったのは想像するに難しくない。作業員の数もろくに確保できないほど弱体化しているならば、そろそろ逃げ出す準備が入用かもしれず。

 そうだ、と彼女は呟くと車の進路を変えた。備蓄の酒は十分な量があったものの、高い酒が飲みたくなったのである。

 街の、市民がひしめく繁華街にやってきた。例の酒屋がある付近である。車のエンジンを止めると鍵を抜いて地面を踏む。車は路上にとめた。

 繁華街は賑わっていた。客の五割を占めるのは兵士と思しき男たちであり、数日経過してもなお抜け切れない戦いの疲れとストレスを癒すべく、酒をかっ喰らっていたり、女の味を求めて建物の門をくぐっていた。数日経過したこともありまじめな兵士は仕事に復帰しているのであろうが、それでも数は相当なものであった。

 酒屋に入ろうとした彼女は、まず入り口でうんざりした。ボトルを抱えた男がドアの前でぐったりと倒れている。店員らしき女性が男を担ぐ――のではなく、足で転がしてドアの横へ。ドアの隙間から見えた店内は昼間だというのに混雑しており、酒を買うのも一苦労しそうだというのが否応なしに伝わってきた。野戦病院さながらの人口密度。手榴弾を投げ込んだらさぞ大量に死体が転がりそうであった。

 彼女は酒場のドアを恨めしそうに睨むと、ツナギのポケットに手を突っ込んで踵を返した。

 

 「昼間から酒ばっか飲みやがって……」

 

 一日中酒を飲むお前が言うな。指摘してくれる人間はいない。

 もっとも、執拗に酒に拘り、戦闘中でも飲むのには理由がある。彼女と生活を共にしたのならば、もしくは医者ならば、原因を察知できるかもしれない。アルコール中毒になりかけている、もしくは既に陥っているのだ。

 彼女は背中を丸めて車に乗り込むと、苛立ちを隠せずハンドルをとんとん叩いた。射撃練習場に赴いて火炎放射器で廃車を焼きたい気分であった。

 結局彼女が質のいい酒を入手したのはきっかり一時間後という有様で、途中で何のために出かけたのかを忘れかけたほどである。ともあれお目当ての品を入手して一息ついたところで、腹の虫がいい加減辛抱ならぬと直訴してきた。面倒極まったのでガレージに戻り機体でも弄っておこうかと思ったが、腹が減っては戦はできぬという言葉もある。彼女は車で食料品を買いに走った。

 車中で飯を食うのは、ACの中で食うのと同じ気がして、たまには趣向を変えてみようと外に出た。目についたのは、タイヤである。上空からやってくる敵の目くらましとして即席の煙幕代わりに燃やそうとしたのだろう、使い古したタイヤが道路の両端でピラミッド状に積まれていた。丁度いい椅子ではないか。腰かけてみるとゴムの匂いがした。

 携行食料の袋を破ってかぶりつく。しっとりとしたビスケット生地。嘘くさい合成のオレンジ味がした。もっとも彼女はオレンジという果実を生まれてこの方口にしたことがないため判断基準はあいまいだった。かつて人類が犯した戦いの痕跡は激しく、大規模農業――特に小麦や米などの量産が効く――を除いた一次産業は壊滅的な被害をこうむった。大気と土壌の汚染が激しすぎて生物が住めなくなった土地もある。余裕をなくした人類にとって、果物や野菜は作るに値しない食べ物であり、その必然的な収束として生産されなくなったのである。ゼロ、ではない。僅かな量が生産されているとはいえ、大金持ちか、コミュニティの頂点に座る人物にしか入手はできない。ちなみに肉の生産は行われていた。ただし大量の穀物や草を必要とする牛は無く、人糞でも生育可能な豚が殆どである。牛は絶滅したという説が一般的だったりする。

 ここは街からやや外れた地点。ガレージの方向にほど近い、場所。成形炸薬弾で装甲を穿たれ内側からローストされた戦車ががっくりと砲身を地面に垂れたオブジェがある。

 ふと、前を見遣った。

 かつてはガソリンスタンドだったであろう廃墟に、一人の男が佇んでいた。男自体は珍しくもない。休憩場にもなるタイヤの山にはほかにも数人の兵士が煙草を吸っているくらいなのだから。中には煙草のようで煙草ではない別の草を吸っているらしき人物もいるが。

 男は、彼女の主観からして、普通ではないと断言できた。

 あたかも衛星カメラで探知されることを恐れるが如くキョロキョロと周囲に視線を配りつつ、傍らに抱いた紙袋からハンバーガーを取り出しては口に運びモシャモシャと咀嚼している。瓶入り飲料をラッパ飲み。頬を緩め、見ている側が涎を垂らしたくなる爽やかな顔で飲み込む。

 男の外見、統括してオッサン。肌が黒いようでもあり、黄色いようでもある、しかし白くも見えるし、何より日焼けしているので正確に把握できない。顔立ちも一概になんとカテゴリーすべきか迷う。東西南北の人種の間に生まれた混血、そう表現すべき、顔立ち。黒み掛かった毛髪は白髪が目立っており、グレーに片足を突っ込んでいる。顎には無精ひげ。ラフなシャツを押し上げる筋肉は逞しい。娘にばれないように煙草を吸う父親さながらにオドオドしながらハンバーガーと瓶飲料を食し飲む姿は哀愁が漂っていたが、その瞳には尋常ならざる力が宿っていた。

 男はハンバーガーを平らげると、瓶をポイ捨てして、紙袋をその場でライターで燃やし始めた。

 ふと、男と目が合った。

 メラメラと燃え始めた紙袋は瞬く間に炭に姿を変えた。

 彼女は思わず携行食料の生地を丸呑みにすると、パック式の飲料で口を湿らせた。

 男が近寄ってくる。その腰には拳銃。

 こいつ、やる気なのか? 

 彼女は警戒心を強め、携行食料の袋を鷲掴みにして腰を上げた。

 男は更に近寄ってくると、いつでも懐のデリンジャーを抜けるように身構える彼女のすぐ横に腰かけ、無精ひげを擦りつつ口を開いた。

 

 「俺のためにバースデイ・スーツを着てみる気はないか?」

 「は?」

 

 見知らぬ単語に暫しぽかんと口を開きっぱなしになった。うっかりデリンジャーをツナギの中で滑り落としそうになり、慌ててもう片方の手で押さえた。取りあえず相手に敵意はないようなのでデリンジャーをツナギの内ポケットに入れ直す。

 彼女は暫し沈黙すると、口を閉じた。バースデイ・スーツの意味合いをとっくりと考えてみた。誕生日に着込む服。イメージされるのはドレスである。がしかしドレスを着てくれとは意味が分からない。戦闘や機械に関する単語ならば豊富な知識を保有するのであるが、こと一般的な知識には疎い彼女にとって、男が口にしたその単語は難解だった。

 相手が押し黙ったのをどう捉えたか、男は手のひらを蝶のように振って見せた。

 

 「わからないならいい。わからん方が身のため……」

 

 男は首を捻る彼女に片目に皺を寄せてみせた。どうやらウィンクをしているらしいのであるが、やり方がへたくそで目が閉じ切れていない。いい歳ぶっこいたオッサンだというのに仕草は若者のようだった。

 男が次に何か言おうとして口を開き、そしてふと道路の向こう側に視線を逸らした。

 やけに荒い運転の車が一目散に向かってきていた。アクセルをベタ踏みしているとしか考えられない速度にて、右に左に対向車を躱すと、男の方向にやってくる。

 男は彼女に手を振ると全力で逃走を開始した。

 

「糞ッ(シット)! もうか、早すぎるぞ! じゃ、縁があればまた会おう!」

 

 残された彼女は、あのオッサンは何者だったのだろうと捻った首を更に捻った。その後、とある整備員にバースデイ・スーツを着てくれの意味を尋ねて、赤っ恥をかいた。

 

 

 

 ―――――――――――

 

 

 すたこらさっさ、という表現がそっくり当て嵌められそうな走り方で逃走せんとする男を、その女性は巧みなハンドル捌きとブレーキペダルの扱いでドリフトしつつ滑り込み、進路を遮るという荒業をやってのけた。ブレーキ痕が道路に黒く残る。

 ドアを開いて出てきたのは女性もののビジネススーツを神経質に着込んだ、ショートカットの女性だった。

 女性は眉を釣り上げて、まだ幼さ残る顔立ちに余すことなく苛立ちを浮かべた。

 男は観念したのか、両手を肩のあたりに持ち上げた。ホールドアップである。

 

 「やっと見つけましたよ……なぜ逃げたのですか」

 「ちょっとくらい休ませてくれてもいいと思うがねぇ……一応、傭兵なんだぜ、俺はさ。仕事は好きだが休息も必要さ」

 「とにかく行きますよ。車に乗ってください」

 「了解した、雇い主ちゃん……痛い痛い引っ張るな」

 「ちゃんを付けるのをやめてください。私には名前がありますから、変な呼び方を止めてください。怒りますよ」

 「わかった、わかった。フラン」

 

 

 

 




バースデースーツを着てくれないか?→寝ないか? と同意義なそうな
かつて、私の恩師が海外に留学した際に男性から「着てくれないか」と言われポカーンとしたエピソードで知りました。

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