ARMORED CORE V ―OASIS WAR―(改訂版) 作:キサラギ職員
規格外品がレバースイッチに反応した。
勝手に機体と直結。回路開く。ジェネレータ、ハック。出力値を操作、設計限界値に上昇。FCS、ドライブシステムを独自管制システムに変更。タンク型の両腕に握られた火器が専用アームに半ば奪い取られる形で背面部に固定された。逆流制御モノリス作動。
両肩の、円盤を複数並べたような特徴的な“砲”が起動し、水平に倒れた。砲はスライドシリンダーに従い背面に大きくせり出すと、スライドレールに沿ってパルス砲が機体側面まで滑っていき止まった。全体が俄かに青白い迸りを孕む。
機体の温度が急上昇。ラジエーターが限界稼働。冷却液が機体から噴出し、蒸気と化す。専用の放熱孔が四か所開いた。蓋が弾けるように跳ね上がるや、熱交換ユニットをさらけ出した。
もしそれが発動したのが前線だったのならば、仲間たちは誇らしげに笑みすら浮かべたかもしれない。
だが問題なのは、それが発動したのは味方の拠点内部だったということである。
兵器は感情を持たない。数字という名前の命令さえ下れば己を破壊することさえ辞さない。敵、味方、関係ない。命令がプログラムに反さない限りは実行する。それが機械の性質であり、逆らえない本質であり、存在意義である。
だから、パンツァーメサイアにしょい込まれた全方位殲滅火器――『MULTIPLE PULSE』は、味方を殺せという命令にも顔色一つ、出力数値の一つさえ変えずに、頷いたのだ。
円状レールを埋め尽くさんばかりに備えられた計130門のパルスキャノンが、レールの上下展開に興奮したように蠢いた。ジェネレータから供給される過剰なエネルギーがパルス装置の発振をより強固にしていく。破滅的な威力を宿したエメラルドグリーンのエネルギー場が機体両面に展開した装置を覆いつくし、その余波だけで大気中の塵が蒸発する。
弾倉交換を行っていた盾持ちが、味方の――レイヴン3の裏切りに気が付き旋回せんとしたが、既に遅い。
兵員輸送用のヘリが上空へ退避せんとしたが、既に遅い。
RPGを抱えた兵士が泡食って拠点から逃げ出したが、既に遅い。人の足は兵器が発揮する暴力から逃れられるほど機動性に富んではない。
次の瞬間、130門のパルスキャノンが前方から順々に破壊の津波を放った。盾持ちが溶ける。ヘリがエネルギーに晒され爆散する。戦車が吹き飛ぶ。地面が溶ける。電流が流れ四方に着弾する。拠点の塔が半ばから蒸発して倒壊する。瞬間的な電磁波が電子機器の回路に異常電流を齎す。エメラルドグリーンのエネルギー波が円状に周囲を溶かす。木管楽器を数千より集め怪獣に吹かせたとしか表現できない不快な音色が破壊を伴い遍く拠点を飲み込んだ。
弾薬に引火。拠点から火柱が上がった。
全てが終了した時、拠点には何も残ってはいなかった。少なくとも戦闘を継続できる存在は、OWの引き金を絞れたタンク型を除いて、いない。
まるで喜劇のように、やや遅れて、焼け野原になった拠点で辛うじて原型を留めた鉄塔が、倒れる。
火の中にぼんやりと浮かぶ影が一つだけ。爆発に耐えたレイヴン3の機体だった。OWは既に停止しており、きな臭い白煙がパルス砲の一門一門から立ち昇っていた。過剰なエネルギーがパルス砲を機能停止状態に追い込んでいたのだ。
砂漠迷彩をしたタンク型のパンツァーメサイアの手に武器が戻ってきた。言うまでもないがハンガーユニットに搭載できるものであり、大型火器ではない。拾おうと思えば可能だがパルスでこんがり焼けた火器を使う気にはなれなかった。
両手に握られたのは、ヒートハウザーとレーザーライフル。ショルダーには大型ミサイル。
「そこか」
太い鉄製の腕部が持ち上げられ、赤い閃光を放った。砲を失い、装甲の表面を真っ黒に焦がした戦車がこっそり離脱せんとしたのを撃ち殺す。装甲に穴が穿たれ、戦車は停止した。ハッチが吹き飛ぶと全身黒こげになった乗員が這い出し、もがき苦しみながら装甲の上で炭へ変わっていく。
さあ、始めよう。
味方の背中を撃とう。
パンツァーメサイアの無限軌道がキュラキュラと軋みを上げて戦車の残骸を踏み潰した。戦車、圧潰。
――――――――――
ACはほぼ退けることができたものの、まるで無尽蔵と言わんばかりにヘリや戦車や準人型が波状攻撃を仕掛けてきた。街の外縁部の防御陣地はとうの昔に破られ、迎撃兵器の多くが沈黙、敵軍勢の浸透を許す状況だった。
対空火器も既に半分が機能を失い、弾幕の希薄化は進行する一方。敵機動兵器の投下はその回数を増しつつあった。
ACの機動性を十分に活用して突出した敵を叩くという戦術は徐々に対抗され、逆に突出したACに濃密な死の弾幕が浴びせ掛けられるという苦しい状況。
しかし、それでもオアシス側が持ちこたえられたのは、見知った街という地の利と、仲間との連携という防御力があったからだ。
撃ち過ぎによる加熱と、作動機構の異常により動作しなくなってしまったガトリングを抱えたフレイムスクリームが拠点に滑り込む。後退するに当たっては例のシャンパン隊と隊からはぐれた戦車に場を任せた。拠点防衛用の砂漠迷彩の支援型と、高火力の大型ガトリングを抱えた盾持ちがACを一瞥した。識別装置が作動し、その機体が味方であることを告げる。早くしろと言わんばかりに盾持ちがガトリングを振った。
拠点にブースターで入るや、補給作業を行う台座に近づき、ブースターを停止、徒歩で登る。作業のしやすいように機体を屈ませるとガトリングとバトルライフルをそっと地に置いた。
すぐにヘルメットのマイクを外部音声出力に繋ぎつつ、タッチパネルを操作して作業員が必要とする操作の許可を出しておく。
『ガトリングがイカれてる! バトルライフルとロケットの弾も頼む!』
作業員らが帽子を振った。返事をするまでも無い、あとは彼らの仕事だ。万が一の奇襲に備えてメインカメラを上部に向けると、いつでも機体を使えるように意識をピンと張り直す。もし敵がやってきたら跳躍するつもりだった。作業員たちには悪いが自分の命が最優先なのだ、踏み潰してしまっても無視する。
専用の換装用クレーンが上部にやってくる。左右から機体を挟み込むように足場もやってきた。作業員が上に登り、ショルダーユニットに取り付く。機体によじ登った一人がメインカメラに洗浄液をぶっかけて清掃し始めた。
パワードスーツを着込んだ作業員がガトリングを慎重に抱えると、人間が扱う台車をスケールアップしたようなトレーラーに乗せて運び去る。バトルライフルに屈みこんだ作業員がコンディションチェックの為に差し込み口に端子を挿入した。新しいガトリングがやってきた。作業員が安全装置を外し、フレイムスクリームのすぐ横に置く。バトルライフルは問題が無かったらしくすぐさま弾倉交換が開始された。ショルダーユニットは自動拳銃の弾倉よろしく箱型の発射筒を丸ごと取り外して、弾が詰められたものと交換する。
それと同時進行して、作業員らの手によってコアの側面に複数のパイプが差し込まれた。温度が上昇しつつあった内部冷却液を、よく冷えた液に交換する作業である。
可能ならば各部のチェックと装甲の張り替え、腕の取り換えもやっておきたかったが、のんびり作業している間に戦況が危うくなるのでやめた。
作業が終了する僅かな時間を利用して栄養を補給しておく。高カロリーな携帯ゼリーの蓋をねじ切って中身を吸い取る。軍用の量産品にありがちな酷い味がした。だが、それがいい。普通の感性では理解不能であろうが、まずいのがおいしいのである。むしろまずいからおいしいのである。飲み終わったパックの殻はサバイバルキットなどを入れる場所に押し込んでおく。戦闘機動中に操縦席内部を舞うなどの事態を避けるためだ。
全工程終了。パイプが引き抜かれ、機体の上から作業員が下りる。クレーンが上からどく。足場が退く。タッチパネルを操作して外部からの操作を遮断するように設定を変更。操縦桿を握りしめガトリングとバトルライフルを拾う。
ややあってメインモニタに変化。電子音声。
『新しい装置を認識しました』
『武装 UBR-05/Rを取得しました』
『KO-5K4/ZAPYATOIを新しい左部兵装として認識 FCSと同期しました』
『UBR-05/R を再認識 FCSと同期しました』
フレイムスクリームのメインカメラが一際強く光を放った。こうすることでカメラ素子の状態をリセットするのだ。
膝立ちの状態から通常立ちへ。機械的な唸り声が上がる。ジェネレータが戦闘出力域に戻る。
通信。OP。周波数の変更指示。CPUが自動で周波数を変更した。
無線から聞こえてきた声はひっ迫していた。
≪レイヴン各機、およびM1に通達します。味方補給拠点βにて爆発を確認しました。同時にレイヴン3との通信が断絶。位置トレースを遮断されました。偵察カメラからの映像からレイヴン3が裏切ったと断定、既に撃破命令が下っています≫
作戦更新。オアシス防衛任務の内容に『レイヴン3抹殺』が加わった。ACの詳細なスペックと搭乗者の顔つきのデータも表示される。
オペレーター、レオナの言葉は続く。
≪オアシス中心部にほど近い位置で攻撃されては補給を行うことができません。前線が崩れてしまいます。そこでM1にレイヴン3を撃破してもらいます。いえ、抹殺してください。あってはならない事態です≫
自分の口にしたことが信じられないとばかりに無線の向こう側で息を吐く音がした。やはり経験が足りないというべきか、素人の香りが漂うオペレーターだった。
だが指示内容は的確であり、すべきことが明白にされていた。彼女がレイヴン3を撃破するのだ。さもなくば前線は崩壊し、敵がオアシスになだれ込んでくるであろう。裏切り者は始末する。最優先事項である。
オペレーターは通信を切るかと思いきや一転して明るい声を上げた。
≪更に報告があります。増援が到着しました。AC一機です。以降、M2と呼称します≫
たかがAC一機で喜ぶようじゃまだまだ経験が足りないぞ。彼女はそう忠告を入れようとして、馬鹿馬鹿しくなってやめた。
無線から、別の声が飛び込んできた。
レイヴン2だった。
≪まさか奴が裏切るとはな≫
≪裏切りには死を≫
今の今まで一言も言葉を発さなかったレイヴン1までもが会話に参加した。そのあとに言葉は続かなかったが。無線越しにもひしひしと怒りがにじみ出ているのだけは感じ取れた。
仲良し時間はここまでだ。
彼女は拠点の警備兵にバトルライフルを保持した腕を掲げて合図すると、拠点を出た。拠点を守る対空機関砲が吼える。水が如き流れ落ちる薬莢が熱煙を纏い道路に伝った。
通信OP。情報更新。
≪レイヴン3を捕捉。随時情報を更新します。オアシス中央地点より東。情報を確認、周辺部隊と共闘して抹殺してください≫
『M1了解』
フレイムスクリームがぐっと腰を落とすや、対空機関砲に同調して上空に弾幕を張り始めた盾持ちの真横をグライドブーストで高速にて通過した。ビルの壁に接近、蹴り飛ばす。ブーストドライブ。壁材が粉々になった。前方への速力を活かし、道路反対側のビルにハイブーストで取り付き再びブーストドライブ。右、左とブーストドライブを繰り返して重量二脚とは思えない高速を生み出す。
十字路に到達。
ビルの上を駆け抜けるのはリスクが大きい。道を辿るほかに無い。
ブースターを停止、前方向へ機体を持っていこうとする慣性に抗うべく地面に足を突き立て、腰を落とす。曲がる方向に上半身を前傾させ、ブースターを再起動。コンクリートに二つの痕跡を刻みながら、速度を落とさずに曲がった。ハイブースト。背面から火炎が噴出し、交差点にポツンと立ち尽くしていた道路標識の看板部分が飛ぶ。
オペレーターからの情報が更新され、レイヴン3の位置を示す。
距離、1000。突然に情報が途切れた。
通信、OP。
≪カメラが撃ち落とされました。周辺の味方機も全滅しています。位置を追うことができませんが、少なくとも中心部には向かっていません。補給拠点β付近に潜伏していると思われます≫
通信切る。
フレイムスクリームは、指定された地点から距離500まで迫っていた。友軍機と思われる盾持ちが盾を失い横転していた。戦車の踏み潰された残骸があった。兵員輸送車両が横っ腹に大穴を開けられ炎上していた。あたかも戦場跡のように、道路、ビルの間、などに死が時間を刻んでいた。不気味なほどに静かで、戦場の音さえも遠く聞こえてくるようだった。
システム変更。リコン投射。
『システム スキャンモード』
メインモニタが高感度カメラの映像に切り替わる。彼方から流れてくる焦げた黒い灰も、火の粉も、地面の陰影さえも事細かに映る。CPUのスキャニングがオレンジ色の波状となりて機体を中心に伝播し、危険を察知せんとする。
リコンは、映像はもちろん、ジェネレータなどが発するAC特有のノイズを検知する仕組みである。ジェネレータ回転を落として潜んでいた場合検知できないこともある。頼りになるのはいつの時代も「目」である。
「どこだ………どこに潜んでいる……」
バトルライフルを前に、ガトリングは銃口の向きを固定せずに緩く構え、ブースターで巡航に移る。リコン再投射。物陰、不意をとられそうなところ、ビルの屋上などに撒く。敵反応無し。物音にも耳を澄ますも、不審な音は発見できず。
ビルとビルの間を繋ぐ電線が前触れも無く切れた。
ガトリングの銃口を向けた。メインカメラが自動でそれを拡大した。
彼女は一瞬発砲しかけたがすぐに止めた。引き金から指を離す。半ば回転が始まっていたガトリングがカラカラと音を立てて静止した。
「……ッ!? ………なんだ、脅かさないで」
ただ、切れただけだった。部品と部品を繋ぐ金具が変形していた。元々脆くなっていたのだろう、部品が酷く錆びて老朽化しており、戦闘の衝撃で耐え切れなくなったのだとわかった。
更に、先に進む。足を止めれば逆に捕捉されて有利な位置を取られる恐れもある。
ブースターで巡航する。ビルの壁に機体をくっ付ける位置取りで、いつでもブーストドライブが行えるように安全策を講じてである。レイヴン3は随分と派手に暴れてくれたようで道端にはひき殺された兵士の跡や、対空機関砲が台座から根こそぎ倒されているものもあった。
そして彼女は不気味な静けさの中、拠点のあった地点へとたどり着いたのである。
リコンに反応。位置を特定できないがノイズを検知している。
フレイムスクリームは塗装の溶けた拠点の鉄筋コンクリートに取り付くと、軽く跳躍して塀に登って全体を観察した。盾持ち数機、戦車が少なくとも五台、兵員輸送用ヘリ、それらが拠点に転がっていた。どれもスクラップだったが。どれもが高熱で調理されたが如く溶けており、膨大なエネルギーが照射されたことを物語っていた。弾薬庫は燃え、ただごみの山となっている。その横にはAC用のオートキャノンが転がっていたが、弾倉部分が滑落し、銃身は熱でとろけていた。
情報を表示させ、確かめる。レイヴン3はMULTIPLE PULSEを装備していた。
つまりあろうことか味方拠点内でOWを起動、もろ共を焼き尽くしたのであろう。
なんて愉快な奴なんだ。
彼女は恐れを感じるとともに自身でも理解の及ばない愉悦を覚えるのを自覚した。
彼女が拠点から離れんとしたその瞬間。背筋に悪寒が走った。まるで凍える死人に背中を愛撫されたかのように。直感とも言うべきその感覚に素直に従い回避を行う。操縦桿、ペダルを操作。システム変更。
リコン情報更新。警告音。
『システム 戦闘モード』
弾薬庫のゴミ山が動いた。否、吹き飛んだ。
≪遅かったな、雇われ(ハウンド)≫
鉄板を、弾薬の燃え滓を、鉄塔の欠片を、そして火炎を、馬力で強引に押しのけながらタンクが出現した。無限軌道の四隅から青白い火炎を吐き、上半身の振りでゴミを落とす。機体が蒸気を噴いた。その機体はオイルを被ったかメラメラと焔に包まれており、塗装が焼け焦げ、しかしてメインカメラの涼しげな輝きがあった。
そしてその腕には、チャージが半ば終了したレーザーライフルが握られていた。
「待ち伏せ(アンブッシュ)!」
身を躱そうと半身を捻ったフレイムスクリームの右腕に光線が集束した。関節部に命中。TE防御力に乏しい装甲板が悲鳴を上げた。放熱、冷却が完全に置いてけぼりにされ、パイプのいくつかが断線、光線は身の捻りに合わせて腕を蹂躙した。
『右腕部小破』
感情を孕まない冷静な解説が状況を語る。
バトルライフルを構え、ガトリングを構え、撃つ。がしかしまともに関節に受けてしまったせいかバトルライフルを構え、照準するのに時間がかかり過ぎた。ガトリングが唸りを上げたがあろうことか装甲を貫通できない。
――ならば!
彼女はバトルライフルを敵の足元に撃ち込むと、ガトリングを敵頭部に集中した。正面から撃ち合うのはリスクが大きすぎる。左右にふらふらとステップを踏みつつ拠点という狭所から逃れんと後退する。
さすがに頭部はガトリングの直撃には耐えられない。パンツァーメサイアが片腕で射線を遮るや、おもむろにヒートハウザーを発射。榴弾が拡散しつつ着弾、拠点を揺るがす。爆発で破片が散らばりあろうことかパンツァーメサイアをも傷つけた。衝撃の巨大さにフレイムスクリームが踏ん張ってしまった。
パンツァーメサイアがショルダーユニットを開いた。
被ロック警告。
次の瞬間、パンツァーメサイアの肩から規格外の威力を誇る大型ミサイルが放たれた。
「ちぃいいいいいいっ!!」
彼女が恥外聞も無く叫んだ。
『パージします』
バトルライフルを投擲。ガトリングの弾幕で迎撃。大型ミサイルがバトルライフルに接触。信管が作動し大爆発。同心円状に広がる衝撃波がフレイムスクリームを軽々と跳ね飛ばし、拠点の壁面に背中から叩き付けた。爆発と衝突の威力はすさまじく、操縦席内部の柔らかい部品たる彼女の意識を激しく揺さぶった。どうあがいても鍛えることのできない脳という器官が揺れて、脳震盪を起こしかけていた。
呼吸もままならない。喘ぎ声にも似た吐息が漏れる。心臓が早鐘を打っている。
「んっ、う、う……ん、ぁあ、あぐ、げほっ……」
朦朧とする意識の中、もはや反射的に機体を駆る。エネルギー残量を度外視したハイブーストの連続使用で拠点から這い出ると、鉄骨のむき出しになった門をくぐって目測でショルダーユニットからロケットを撃ちまくる。小爆発が連続した。次いで、火柱が上がる。
リコン再投射。敵反応。
無線に怒鳴る。
『敵、レイヴン3と接触。損傷した。位置を送る!』
≪確認しました。継戦できそうですか?≫
『……なんとかやってみせる』
粘つく口内の唾を嚥下すれば、機体の状態に目を通す。右腕動作不良のほかに目立った損傷はない。装甲が何枚か削られているとはいえ、継続戦闘は可能だった。ただバトルライフルを身代わりに投げてしまったので火力が足りない。タンク型の防御装甲は厚く、ガトリングでは破れそうにない。通用すると言えばロケットしかない。
やるか、やらないか。
答えは戦闘で生じた煙幕を突き破って現れた。
輝きだ。レーザーライフルのチャージ。煙の中でエネルギーという光がにたりと微笑んだ。距離は100も離れていない。照射から着弾までのタイムラグは極めて短い。機動で回避するなど不可能に近い。
ならば事前に回避しておくしか方法がない。
ハイブースト。
『エネルギー 残り30%』
警告を無視してビルに取り付くや蹴っ飛ばす。機体が前方、すなわちタンクの上空を通り抜ける形で滑空した。拠点の四隅に建つコンクリート造りの見張り塔に取り付き、回し蹴りの要領で方向転換、ブースターを停止して煙幕の中に飛び込む。レーザーが煙中から照射、フレイムスクリームを数m掠め斜め上空に消える。ガトリングは撃たない。察知されたくない。
フレイムスクリームがパンツァーメサイアの背後をとった。
彼女はレバースイッチを倒した。
独立した規格外品がCPUをハッキング。ジェネレータを過剰運転させエネルギーを搾り取る。しょい込んだ巨大な一枚剣を保持する屈強なアームが稼働して、蒸気を噴く。
メインモニタにノイズが走り、異常を示すウィンドウが高速で展開しては消える。
無機質な電子音声はしかし羽を引き千切られる鳥の鳴き声が如く、ヒステリックな響きを帯びていた。
『不明なユニットが接続されました』
ガトリングが背面部の専用アームに奪い取られた。
パンツァーメサイアの無限軌道が左右で反対方向に回転。超信地旋回。5mもある鉄の城が独楽のように高速で方向転換した。
距離が近すぎる。加速が不足している。ブーストチャージで蹴りを入れたところでタンクの装甲厚を破れない。逆に重量で踏み潰されるのがオチだ。
フレイムスクリームが取ったのは更に接近して跳躍するということだった。レーザーとヒートハウザーが迎え撃つ。が、既にフレイムスクリームは敵の懐に飛び込んでおり、レーザーは後ろへ、榴弾は距離が近すぎ信管の安全装置が作動して炸裂しない。榴弾が装甲にカチ辺り、あらぬ方角に弾かれる。
ブーストドライブ。パンツァーメサイアが振り回した腕を足場に上空へ。
エネルギー残量表示にバグが発生。メーターが振り切れた。ハイブーストを連続使用。機体の姿勢を正さんと偏向するノズルが絶叫して火炎を吐く。右、左、右、右、塔に取り付くとブーストドライブ。ミキサーにかけられた果物よりなお強烈なGが内臓を引っ掻き回し携行ゼリーに混じった酸っぱい液が喉から逆流した。
機体の向きを修正して再びパンツァーメサイアの背後を奪う。着地。ブースターと脚部を屈伸の要領でバネとして衝撃が機体にかかる時間を先延ばしにする。鉄板で補強された地面がめくれ上がり、熱で弾倉と銃本体とが結合した対人用自動小銃が転がった。
遅れて、塔の壁面の破片が機体に落ち粉々になった。
『システムに深刻な障害が発生しています ただちに使用を中止してください』
規格外の大きさを誇る“巨大な実体剣”がアームにより右腕の接続ブロと結合する。逆の左側では刃を加熱する装置がぽっかりと放熱板があたかも翼のように展開した。真っ赤に燃えたぎるそれは、これより発動する破壊力を物語っていた。
右腕があたかも刃そのものとなる。刃から生じる熱が右腕を俄かに傷つけ、表面が溶ける。冷却パイプの何本かが動作不良を訴えた。全てを無視した。
刃が高周波振動を開始する。その余波は凄まじく機体とOWの接続を行うパーツが数秒と持たず塗装といくつかのナットを砕いた。
グライドブースト。
フレイムスクリームが、その巨大な刃を引き込み、ハイブーストで接近。その無防備な背中に一太刀くれてやらんとする。青きメインカメラに宿った殺意が膨張した。
≪貴様!?≫
『あばよ、裏切り者』
そして彼女は横を通りざまに、白熱した巨大剣でコアを刈った。液状になった複合装甲が地面に血しぶきのように飛び散った。剣の切っ先から液体と化した金属が滴った。
速力を地面に爪先を突き立てることで殺し、敵に向き直る。パンツァーメサイアがミュピレータから武装を取り落した。指がガクガクと震え、メインカメラは不規則に点滅していた。
二秒、三秒。フレイムスクリームの右腕を占拠していた剣がアームによって背面部に格納される。冷却機構が作動、刃が白煙に包まれる。放熱板からも煙が上がる。機体の重心がもとに戻ったことで、前傾姿勢が直立へと戻った。
OWによる攻撃は失敗だったのか?
答えは否である。
――コアに“横一文字に走る赤線”を受けた状態のパンツァーメサイアが、燃え上がる。
OW。それは、全てを排除する暴力の象徴。
メインカメラから電子的な光が失われた。
通信。OP。
≪敵ACの撃破を確認しました。街に侵入した他のACの撃破も確認しています。敵の撤退が認められるため、これより追撃作戦に移行します≫
彼女は耳を疑った。劣勢だったはずの戦況がいつの間にか巻き返しているからだ。
何が何やらわからなかったが、ともあれ生き残ることができそうだ。
あんまり変わらないですよ
巨大剣は浪漫。使用時の描写は主に時代劇からとりました。