ARMORED CORE V ―OASIS WAR―(改訂版) 作:キサラギ職員
彼らの墓標に綴られた葛藤と苦闘は、新たなる抗争の声に掻き消されていく。
序曲―Overture―
いかなる時代、いかなる世界、いかなる思想のもとにおいても、人類は似通った空想をしてきた。
世界終焉の時―――終末思想である。
それはラッパの音色とともに大地から有象無象を喰らい尽す害虫の群れである。人々は慟哭と懇願の中で息絶えた。
それは空からやってきた巨大な岩である。人々は抵抗さえ許されず大地ごと削られた。
それは極めて小さく単純な構造の生命でもあり物質でもある存在である。人々は目に見えぬ恐怖に生命を刈り取られた。
“それ”がいつ何時起こったのか、もはや詳細に記憶する者のいない時代。
僅かな記録だけが当時の状況を示唆する。人類に、酷く恐ろしいことが起こったのだ。
現代の定義は諸説あるが、現在と認識できる時間を現在と定義するなら、現在はおよそ数百年前に発生した事変により人類の大部分が死に絶え文明社会が断絶した時代である。
大地は汚泥に塗れ、森は腐り、川は埋もれて、空は汚染された微粒子に覆われた。
辛うじて生き残った人類はかつての栄光にすがるようにして汚れた大地に生きていた。
それでも人は戦いを止められなかった。人はかくも過ちを繰り返すのだろうか?
ある者は言った。
――「生きることとはすなわち闘争である」と。
オーバードウェポン。
それは、全てを焼き尽くす暴力。
人の形を模した炎だけが扱うことを許される過剰兵装。
いくつかの種類が存在するがいずれにしても“規格外”であり、“圧倒的な”暴力を齎す兵器である。基準もなければ規格も存在しない。まさに亡霊じみた兵器であることだけが知られている。
人は、発掘兵器とも称される過去の技術の結晶を分析、解析、得られた技術をもってして、過剰な兵器を作ろうとした。その昔、栄華を極めた文明があったことに対するコンプレックスもあったであろう。工業力が失われて久しい世界では、かつてのような生産性は望めず、一点豪華主義が流行ったことも影響している。即ち、質をもって数を制する発想である。
チェーンソーをいくつも束ね、膨大なエネルギーを無理矢理注ぎ込み刃が過熱に陥ったところで力ずくで敵にねじ込み粉砕するもの。
建材を剣に見立て巨大なバーニアにより加速、装甲の有無を無視した打撃により粉砕するもの。
ジェネレータを過運転させることで無理矢理引き出した莫大なエネルギーにより核砲弾を加速させ、遥か遠方の敵を一撃のもとに粉砕するもの。
130門ものパルスキャノンをほぼ全方位に射撃することにより、遍く粉砕を齎すもの。
ACが扱うにはあまりに巨大すぎるミサイルをその場で組み立て発射、敵陣地ごと粉砕するもの。
40門ものロケット弾を並べ連続発射することで対象を粉砕するもの。
膨大なエネルギーを収束、ジャイロ型制波装置により広範囲の電子の瞳を制圧するもの。
原子炉を武器の発射装置に流用。膨大な電流で弾体を加速する三連装レールガンにより粉砕するもの。
大威力の機雷を大量散布することで周辺を根こそぎ粉砕するもの。
大威力砲とミサイルを全方位に射出して大量破壊をもたらすもの。
どれもがバカげている。規格を無視して製造されたものを、兵器側が機体にすがりつくようにくっ付き、使用にはCPUユニットが制御するのではなく、兵器側からの強制的な制御により使用するなど、兵器にあるまじきものである。
では、人間の方はどうなのだろうか。
ACという機械兵器に乗る人間は、人間であるとして設計されている。
一定の体格。一定の体つき。一定の反応速度。一定の心理傾向。
数えればきりがない。
――もし、その規格に外れた人間がいたとしたら。
――もし、その規格に外れて製造された人間がいたとしたら。
――もし、保有する心技体が規格から外れていたとしたら。
その人間は、一種のオーバードウェポンと言えるかもしれない。
とある人物が、その機体に乗り込むべくロックを外した。
人物は、体にぴったり密着する型のパイロットスーツを着用していた。その昔、人類が栄華を極めた時代のスーツの模造品である。
実弾防御に優れた頭部パーツが上に跳ね上がっており、ジェネレータを含む機関部が後ろに後退することでわずかなスペースが生まれていた。
乗り込むと手動でハッチ兼頭部パーツを、その内側の取っ手を引っ張って閉鎖する。続いて機関部とハッチが前方にスライドするや、操縦席などを含む重要部位が斜め前下方へと滑っていきコア内部にすっぽり収まった。ハッチの僅かな隙間が自動で埋められ完全密封された。かしゅん、と耳に気持ちいい空気圧の音色。
操縦席は酷く窮屈で、息苦しさを隠せない。それもそのはず。たかが4m程度の奥行に多種多様な機能と操縦系統を押し込んだうえで装甲を両立させているからである。安楽椅子を引き延ばしてみた、程度の空間の余裕しかない。まさに棺桶。だがその棺桶は堅固かつ先進的である。高性能電子機器群と埒外の出力を誇るジェネレータを搭載した鉄の猟犬なのだ。
先ほどまで暖気運転していたそれはとろ火で熱せられたかのように、仄かな鉄の体温を宿していた。自動で空調が始まる。温度が消え去り、快適な大気へと入れ替えられていく。その空気は不自然なまでに清浄であった。塵一つ、埃一つ、ない。
席に腰かけてシートベルトを巻く。一つ、二つ、三つ。きつく、きつく。操縦席自体が外部装甲などから浮く構造となっているので衝撃は多少緩和されるとはいえ、完全ではない。安全策は必要である。
そして自動で生体認証が始まる。パスワードを打ち込む。キーを定位置に捻る。機体が駆動を開始する。エネルギー兵器をドライブせしめる出力を誇るジェネレータが生み出す動力が肢体に通う。イルカやクジラの鳴き声とダンプのエンジン音を掛け合わせたような、耳障りな唸り声が高まり、機体が身震いした。
ジェネレータの運動値がアイドリングから通常値になるのをしばし待った。
そしてコントロールパネルに指先を通わす。
一瞬の点滅。
画面が黒から半透明の青色に変化し、感情の窺えない女性の声が操縦者を出迎えた。
メインモニタとサブモニタが点滅。瞬時に文字列がスクロールした。その文字列、OSの分類や名称などのデータの中に『ARMORED CORE』の英字が並んでいた。
もはや生産技術の失われた高度な電子演算装置が処理速度を高めていく。1と0の数字を電子の波に乗せて答えを出力していった。
前方、右方、左方の三枚のメインモニタと下方をサポートする六枚のサブモニタに外部の映像が投影された。メニンモニタには各部カメラから取り込まれた情報をもとに、機体後方からの視点を合成した映像が投影され始めた。
『おはようございます アイドリングモードを解除しました。メインシステム通常モードに移行します』
コントロールパネル横のスイッチを操作して機能の立ち上げと誤差修正およびレーダーの更新や通信その他情報を入力する。
操縦者がフットペダルに足を軽く乗せた。下半身や推進などを担当する装置である。ACは他の兵器に見られない独自の操縦を行う。ペダルもその独自の操縦を担う一部品である。
左右の操縦桿を握ると、軽く捻る。機体ステータスを示す半透明な3D像がメインモニタの隅で身じろぎした。
動入力許可。
前進開始。
薄汚れた体育館――ではなく、倉庫から出る前に、武装の確認を行う。バトルライフル。ガトリング。ロケット砲。そして、背中にしょい込んだ異様な怪物を。
搭乗者が名付けたそれの名を、こう呼ぶ。
『HUGE PILE』と。
夕焼けを背に、奇妙奇天烈な形状をしたヘリコプターがローターを高速回転させていく。F21C型――四つの足を持つ特徴的なシルエットで知られるヘリである。
時間帯は既に夕方を過ぎている。太陽は地平線の半ばまで沈み、砂漠に朱色の光線を落としていた。ヘリのエンジンが発する熱が大気に揺らぎを形成していた。ローター回転速度が一定に達し、推進補助用ジェットエンジンが甲高い音色を上げて排気量を増やす。
ヘリが離陸した。ヘリの守衛らが手を振って見送る。ヘリの操縦席から兵士に向かって手を振りかえす者もいた。
AC搭乗者は、浮遊感を覚えた。
モニタに映る半透明な高度計と速度計が自己主張して点滅した。みるみるうちに数値が跳ね上がる。
ハイブーストの急なGとは異なったやんわりとした感覚が爪先の毛細血管から心臓に遡る。見えざる手が内臓を抱えて持ち去らんとするかのように感じられ、搭乗前に口にした栄養剤が口からはみ出る予感さえした。
ACの機動は心地よく感じるというのに、ヘリで運ばれるのは不愉快にさえ感じるのは、昔あったなんらかの事象が関係しているのかもしれない。定かではない忘却の彼方。苦痛と、悲しみと、憎しみの入り混じった、形容しがたい過去である。
搭乗者は己が思考にふけっているのを発見し、恥じた。傭兵ともあろうものが、戦いの中で戦いを忘れてしまっては、存在意義を疑われる。
重武装をしたタンク型ACでさえ悠々と運べる横タンデムローターのヘリコプターが、赤黒い機体を真下に抱えたままゆっくりと高度を上げていく。着陸用の『足』が自動で折りたたむ。はじめ、垂直に。ビルの高さを越えたあたりから、ガトリング砲の備え付けられた機首を前傾して、風を切り裂き飛び去る。
数にしておよそ三機の大型ヘリと、十数機の武装ヘリ、そして無人のレシプロ機が豊かな水を湛えるオアシスから発進した。一団は多少の間隔を取りながらも、オアシスに存在するビル群を抜けると、かつての高速道路の直上を舐めるように低空で飛行し始めた。
三機のヘリの腹には赤黒い塗装の重量二脚型のACと、機体と機体とがぶつかり合う戦場においてはあまりに頼りなく見える細見の軽量二脚型ACが懸架されている。一機は何も積んでいない。
ACを守るがごとく武装ヘリが左右正面を塞ぎ、群れからやや離れた先方の上空には無人のレシプロ機が飛んでいた。
赤黒いACの搭乗者―――つまり、ミグラント(運び屋・武器商人)に雇われた傭兵たる彼女は、操縦桿を握りしめ、俯き、ブーストが定期的に行う『溜息』をするが如く息を吸っては吐いていた。
重厚なヘルメットを被りつつも、いまだ酸素供給用マスクはつけないままで。
鼻を鳴らす。
「におうな……戦場が」
呟き、モニタから見える前方を睨み付ける。機器が自動で察知し、拡大した。シャッター式のメインカメラの奥でレンズが窄まる。
電子音声と共に映像が緑色に染まった。
『暗視モードに切り替えます』
打ち捨てられたかつての採掘施設にて派手な火災が上がっていた。
轟々と施設全体が火に包まれているが如く、火の粉が四方に揺らいでいる。
目に留まるは、地上から空に幾重にも線を描く曳光弾の光。上空を高速で旋回しては機銃とミサイルで攻撃を仕掛けるうるさい蠅を撃ち落とさんと、ひっきりなしに弾丸の列が旋回していた。時折ミサイルが打ち上げられ、高Gでターンをしつつ天を泳ぎ、ヘリを叩き落としていく。
黒々とした煙があたかも狼煙のようにまっすぐと天蓋に向かい、上空をひっきりなしに飛び交う無人の攻撃ヘリ『フラミンゴ』と、敵方のフラミンゴ、そして地上戦力が熾烈な射撃を繰り広げている。一機、また一機とフラミンゴが翼をもがれ、絶叫をあげ、朽ちた採掘施設やクレーンなどに突っ込んで塵になっていく。
もはや、街は占拠者のものと化しているに等しい状況にあった。
攻撃の様子は空ばかりに集中しており、採掘施設の近辺では爆発一つ上がる気配がない。対空砲火が航空戦力を圧倒している証左である。
通信。
『Cm/OP』の文字がメインモニタに点灯。
反射的に酸素マスクをヘルメットにハメ込む。
≪採掘施設に投入された戦力はほぼ駆逐されたらしい。残るはヘリと、我々だけだ≫
言うならば、疲れ切った女性の声。地声で喋っていることは理解していても、十人に聞かせれば十人が「体調不良」「疲労」「男の声?」などと感想を抱くであろう、ハスキーな声が、無線から聞こえてきた。
雇い主であり、指揮官であり、オペレーターである、キリエである。
赤黒いACに乗る彼女にとって、キリエの言葉は危険を示すに足りる材料であった。地上戦力が既にほぼ無く、上空のヘリだけとなれば、当然上空から接近する彼らは対空砲火の餌食になる。
それを避ける方法はただ一つ。
キリエらのヘリを守るべく、武装ヘリが街に向かい高速で隊列から飛び出した。
刹那、全機一斉にチャフ・フレアを放出。が既に遅く、そのうちの一機に対空ミサイルが真正面から突き刺さり、爆発炎上、ローターが根元からはじけ飛び宙を切り刻み、本体は地上に墜落した。
ガコンッ。
ACと大型ヘリを繋ぐロックが駆動した。
≪これより予定地点より遠いがACを投下する。ブリーフィングは覚えているな? 街を……元採掘施設を占拠するミグラントを排除せよ。成功すれば金を払う。成功しなければ、お前は死ぬぞ、犬(ハウンド)≫
避ける方法はただ一つ。ACを投下し、ただちに回避行動に移ることである。
返事すら聞かずに彼女の機体のロックが外れた。ワイヤの留め具が弾け、機体を空中に投げ出した。鉄塊が地上へと落ちていく。内臓が興奮に熱くたぎる。血流が下から上に遡る。機体各部のブースタと肢体の移動により重心がぶれることはない。
重力の理に従い、みるみるうちに地上が迫らん。機体各部、脚部のブースターが火を宿すや落下速度が急激に低下、落下の直前に、地上の掠れたコンクリートの地面に焦げ目をつける青白い火炎が脚部の四隅より噴出、二本の強固なる足が地上を噛んだ。
前方への慣性と落下の衝撃でコンクリートがひび割れ、粉末となりて散る。
赤黒いACは、街よりやや離れた地点のスクラップ置き場に降り立った。
システムを切り替える。
これよりACは歩く作業用機から、戦闘機械へと変貌するのだ。
メインモニタが、騒ぐ。
倒れていたHUDが前方に展開。半透明な薄緑色でメインモニタの情報に補足を加えた。
SYSTEM START UP.... .
ENERGY OUTPUT.
DRIVE SYSTEM.
FCS.
BOOST SYSTEM.
ALERT SYSTEM.
SHOULDER UNIT.
LEFT ARM UNIT.
RIGHT ARM UNIT.
GENERATOR.
ALL GREEN.
『メインシステム 戦闘モードを起動します』
騎士兜のような頭部パーツにあるメインモニタが、一際強く青い輝きを放った。
序章を変更。その他世界観とACの由来とメカニズムについて変更。OW追記(原子炉のとか)
その他微調整
Overture:序曲。AC4のオープニングで流れる曲。構成がMr.adamにそっくりな曲。