遊戯王ARC-V 戦士の鼓動   作:ナタタク

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第92話 出発と黒い影

「サヤカ、大丈夫!?」

翔太に敗北し、吹き飛ばされたサヤカの元へ柚子が駆け寄る。

一方、黒咲は翔太の《CX魔装死獣プルートー》のやり過ぎた攻撃に腹をたて、彼の胸ぐらをつかむ。

「翔太!あの攻撃は何だ!?サヤカを殺す気…か…??」

胸ぐらをつかまれた翔太は白めになっていて、グラリと頭を後ろに傾けている。

左手の痣の色は元の緑色へと戻っており、黒咲に対して何も行動を起こさない。

(こいつ…気を失っているのか?)

「隼、私…私は大丈夫だから。その人を放して!」

柚子に助けられる形で起き上がったサヤカが黒咲に説得する。

派手に吹き飛ばされたものの、学校である程度訓練を受けていたおかげか、彼女は怪我をせずに済んでいた。

彼女の無事な姿を見て黒咲は安心する。

「奴は気を失っている。テントへ連れていくぞ」

「分かった。どこか、使えるテントがないか探してくるよ!」

「待ってユウ、私も探す!」

侑斗とウィンダがフィールドを後にし、黒咲は翔太をフィールドで横にし、彼のデュエルディスクに置かれている《CX魔装死獣プルートー》を見る。

「こんなカード…翔太が今まで使ったことないみたいだし、それに見たことがない」

《ルーンアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》などの未知のカードを生み出した遊矢が言っても説得力がないものの、翔太がなぜそのようなカードを持っているのか、疑問を感じていた。

とくにこのカオスエクシーズペンデュラムモンスターといえるこのカードは明らかにサヤカが使った《RUM-バリアンズ・フォース》と関係がある。

それに、《CXダーク・フェアリー・チア・ガール》を見たときに見せた翔太の異常な反応。

「サヤカ、そのRUMとカオスエクシーズモンスターって、剣崎さんが教えてくれたんだよな?」

「え…うん。剣崎さんがどうやってそのカードの存在を知ったのかはわからないけど…」

侑斗からそれらのカードについて学び、それらを使った戦術の訓練をしていた際、数人のレジスタンスのメンバーがどのような経緯でその存在を知り、そして手に入れたのかを尋ねることがあった。

しかし、侑斗はそれについての答えを常にはぐらかしていた。

「なあ…剣崎さんって、エクシーズ次元の人なのか?」

遊矢達は侑斗のことはレジスタンスとレオコーポレーションの協力者でありヴァプラ隊の創設者であること、カードの精霊の力を宿していること、ウィンダが彼女であること以外のことをほとんど知らない。

黒咲に聞いたことがあるが、彼もアカデミアの攻撃以前に彼がどこで何をしていたのかを知らないという。

「何者なんだろう…剣崎さんって」

 

「すまない…。お前まで犠牲にしてしまうとは…」

コンクリートでできた部屋の中で、黒い服の少年が同じレジスタンスの仲間と思われる、同年代の少年を罪悪感で満ちた悲しい目で見る。

しかし、彼は逆に誇らしいと思っているのか、笑いながら首を横に振る。

「覚悟はできてる。俺の幼馴染はアカデミアに奪われたんだ。その仇を討てるというなら、この命は惜しくない」

3年前の悲劇を思い出しながら、彼の眼が少年から彼のフィールドにいるモンスターに向けられる。

背中に超の羽根のような透き通った光の羽根をつけた《銀河眼の光子竜》に似た姿のドラゴンだ。

一方、少年のフィールドにはカードがなく、手札は1枚だが、この状況をしのぐことができないことをわかっており、もうそれを見ることはない。

アカデミアを倒すために、カイトたちクローバー校のレジスタンスが決めたルールに従い、敗れた彼はその身を捧げる。

「《銀河眼の光波竜》でダイレクトアタック!殲滅のサイファーストリーム!!」

《銀河眼の光波竜》の口から放たれた青い光のブレスを受け、彼は吹き飛ばされる。

「アカデミア…俺たちの…奪われた者の怒りを…思い知れ…!」

少年がアカデミアを討ってくれる光景を目に浮かべながら、彼はカードに変わり、少年の手に渡った。

「力集めは順調のようだな…天城カイト」

白いコートを着た、白いロングヘアーの少年がカードを持つカイトの元へやってくる。

カイトは彼に何も言うことなく、カード化した仲間を渡した。

「なんだ…その顔は?仕方ないだろう?犠牲なくして何も得ることはできない。力を手に入れるんなら、それ相応の犠牲を払わないとな。その点、犠牲もなしにどこの馬の骨かわからないやつについていった彼らより…お前は強い」

「…その力が手に入るまで、あとどれだけデュエリストをカードに変えればいいんだ?…レナード・テスタロッサ」

「そうだな。仮にアカデミアを滅ぼせるだけの力がほしいとなると…より良質なデュエリストを手に入れないとな。君の知っているデュエリストで、強いデュエリストを知っているか?」

部屋の隅に置かれたパイプ椅子に座り、おいてあるノートパソコンを操作しながら質問する。

カイトにとって、その質問の答えになるようなデュエリストが2人頭に浮かんだ。

「隼…そして、ユート」

「あと付け加えるとしたら、彼らに力を与えたデュエリスト、剣崎侑斗もだ。彼らをカードにすれば、おそらく30人分の力を集めることができる。そして…力を手に入れるのに必要なデュエリストの数はあと…40人」

「その3人を30人の代わりとしたならあと13人…」

ノートパソコンの操作は短時間で終わり、閉じたレナードはじっとカイトを見つめる。

「ある人は言った。1人殺せば殺人者だが、100万人殺せば英雄だ。死者の思いを背負い、その力をアカデミアにぶつければ、特にな…」

「…俺は英雄になるつもりはない」

「なら、救世主と置き換えよう。君はエクシーズ次元を救うんだ。そして、家族と仲間たちの無念を晴らせ。多くの屍の山を築き上げたとしても」

レナードは出ていき、部屋にはカイト1人が取り残される。

(レナード・テスタロッサ…。斜に構えた物言いだが…)

カイトがレナードと知り合ったのは数か月前で、そのころはクローバー校のレジスタンスは物資や人員など、ありとあらゆる面で切羽詰まった状態だった。

レオコーポレーションなどの支援を受けておらず、ゲリラ戦を主体としている彼らはそうした物資を現地調達しなければならなかった。

現在、彼らがつけているデュエルディスクの多くは倒したアカデミアのデュエル戦士から奪ったものだ。

そして、カイトにはリーダーとしてのカリスマ性はあり、デュエルの力量にも恵まれてはいたものの、軍師としての才能には恵まれていなかった。

そんな中でレナードが現れ、彼の策によって難攻不落だったデュエル庵基地の陥落に成功したことで、カイトらから信任されるようになった。

他にも防衛や物資などの確保のためのプランを次々と提示しており、今では彼はクローバー校のレジスタンスではなくてはならない存在となった。

カイトも最初は素性のわからない彼について不信感を抱いていたものの、今では信頼している。

(隼…ユート、許せよ。エクシーズ次元を救うには…もう、この手段しかない。そして、平和をもたらしたその時には…)

 

「…太君、翔太君!!」

「うう、うるせえ…な…」

テントの中で、ゆっくり目を開いた翔太は伊織に悪態をつきながら体を起こす。

「うるせー、じゃないよ。デュエルの後で気を失ったって聞いて、それに変なこともいろいろ起こったみたいだから、心配したんだよ!?」

「ふう…悪かった。悪うございました」

「なによ!その態度!!」

2人のやり取りを見ていた柚子が起こった表情を見せ、翔太に目を向ける。

「んだよ…?」

「伊織がどれだけ心配していたかわかってるの!?伊織だけじゃない!デュエルをしてたサヤカちゃんも、ここにいるランサーズのみんなも、あなたを心配してた!それなのに、そんな心配されるのは迷惑みたいな言葉…いい加減にして!!」

翔太がテントに運ばれて、すぐに出口に待っていたほかのメンバーに彼が倒れたことなどが伝えられた。

伊織はいてもたってもいられず、大急ぎでテントまで行き、翔太の看病をした。

にもかかわらず、相変わらずそういう言動をする翔太に柚子は我慢できなかった。

「お、おう…」

「だいたい翔太は伊織に会って、遊勝塾に来てからもいつもいつも…」

「ゆ、柚子…。翔太だって反省してるんだし、そろそろ…」

あまり時間がないことを考えると、そろそろ出発したほうがいいと思い、遊矢は声をかける。

「黙ってて!!」

「ひぃ!」

一瞬、オッドアイに変わった遊矢は柚子からドス黒い悪魔のような強いプレッシャーが見えてしまい、それに気圧されてしまう。

尻餅をついた遊矢を無視し、翔太への説教が再開された。

「じゃ、じゃあ!忘れ物がないかのチェックをしようか!」

「う、うん。一度出たら、ここには当分戻れないからね」

「じゃ、出発進こー…おー…」

「黒咲、一緒にデッキのチェックをしないか…」

「あ、ああ…」

小さく拳を上げた伊織を先頭にして、翔太を見捨てた6人組がテントから出ていく。

「あ、あいつら…!」

「キュイー!」

いつの間に翔太の後ろにいたビャッコも伊織についていき、彼は自分の精霊にすら見捨てられる格好となってしまった。

日頃のツケは悪い時に廻って来るという話があるが、今の翔太はそんな感じだ。

「あいつら、後で覚えておけよ…!」

「聞いてるの!?」

「…はい」

 

「みんな、お待たせー!」

約1時間後、6人が待つ基地の出入り口に柚子と翔太がやってくる。

翔太を見た伊織は声をかけようと思ったが、今の彼の様子を見て、あっさりと断念した。

文字通り絞られたのか、やせ細っており、白目をむいてしまっている。

そんな状態でテントからここまで歩いてくることができただけでも奇跡としか言いようがない。

「翔太がこうなっている間に、最後の準備をしておいた。この軽トラは俺たちが使ってもいいとのことだ。運転は俺がやる」

「黒咲、軽トラの運転もできるの?」

「だいたいの車とバイクはできる。免許はないがな。遊矢もさっき渡したカード、使えるな?」

「ん…ああ。やってみるよ。ユートの…カードなんだから…」

翔太を待っている間に黒咲から渡されたカードケースに入っている幻影騎士団カードをじっと見る。

これらはスタンダード次元へ飛ぶ際、デッドウェイトとなることから置いていかざるを得なかったカードで、スペード校のユートが使っていたロッカーの中に入っていた。

EM、魔術師、オッドアイズの3つのカテゴリーが入った遊矢のデッキに入る余裕があるかは疑問だが、新しい戦略としてこれらのカードを使うというのも一つの手だと考えることが現状での遊矢の結論だ。

「サヤカちゃん、あなたを助けてくれた凌牙君って人を最後に見た場所は分かる?」

「うん。そこまでの案内はできるわ」

「なら、お前は助手席に乗れ。残りは全員荷台だ」

メンバーから受け取った鍵で軽トラのエンジンをかけ、全員が乗り込む。

本来の軽トラの最大積載量は350キロだが、レジスタンス内で改造が行われた結果、オフロードに対応できるタイヤに交換されたうえ、600キロまで積むことが可能になっている。

人々に見送られながら、8人を乗せた軽トラは発進した。

 

「はーい、はいはいはい。さっさと起きなさいよっと。まったく、最近の若い者はなっとらん!早寝早起きは3文の得ぅ!ママから教わらなかったかなぁ?」

天井にはLED電球1つが光っているだけの牢屋のような暗い部屋の中で、ゲイツはバケツに入っている水を椅子に座っているデニスにぶちまける。

彼の腕と足は椅子に固定される形で縛られており、おまけに首には高圧電流の流れる枷がつけられていることから、逃げることができない。

「それでぇ、なんで、計画に、失敗したんですかぁー?もしかして…スパイやってるうちに情が移ったとか?」

背後に回り、両肩に手を置いたうえで耳元でつぶやく。

このようなデニスとゲイツのやり取りは1時間続いているが、その間デニスは一言もしゃべっていない。

「ふぅーむ…だんまり。私は君の仕事を済ませた後、セレナちゅあんとトリップしたいのさぁー。今日で済ませたら、瑠璃ちゃんとリンちゃんでハーレムもできるってさぁー。だからさぁ、いろいろ教えてー。計画については聞かないからさぁー」

ゲイツに与えられている任務はアカデミアに戻り、シンクロ次元に柚子とセレナがいることを報告する以外、一切口を開かないデニスからランサーズに関するさらなる情報を聞き出すことだ。

手足や眼、臓器などへダメージを与えることを禁止したうえで、それ以外なら何をやってもいいという条件だ。

「うーん、拷問担当ならブーンがいるのに、なぁーんで私が選ばれたんだぁー。私が情報を聞こうとしたら、なぁーぜかもう死んじゃってたり、殺してくれとしか言わなくなっちゃったりするのさぁー。なんでか…教えてくれる?」

「…あんたが、へたくそだからじゃないの…?」

3日間、ゲイツという人間を嫌というほど見てきたデニスはようやく口を開く。

彼はコミカルさで自らの残虐非道を隠している人物であり、おまけに3日に1回は女性のデュエル戦士に手を出すような、今まであった中では史上最低の男だ。

彼に傷つけられた女性戦士は大抵戦線に出ることができず、アカデミア内の療養施設に入ることになる。

「へたくそ…?この私が?…まあいい。じゃ…余興として何か私に手品を見せてくれ。例えば、この高速状態からの大脱出ショーとか」

ピクピクと反応し、ナイフを抜いたゲイツはゆっくりと自分を抑えつつ、刀身を撫でながらデニスに言う。

しかし、帰ってきたのはデニスの血が混じった唾で、それがゲイツの頬に付着する。

いつもヘラヘラ笑っているが、それは自分にとって楽しいからにすぎず、だれともその笑顔を共有できない。

そんな彼を笑顔にするようなエンタメをデニスはするつもりはない。

「あっそ…。となると…もうこうするしかないなぁ」

「僕を殺す気かい…?いいさ、デュエル戦士になった以上、もうその覚悟は…」

「あぁーーん!?なーに勘違いしてんだ、このブァーカ。お前を苦悩から救ってやるのさー!」

ナイフを投げ捨てたゲイツはコートのポケットから緑色の液体が入った注射器を出す。

その液体を見たデニスの体からは冷や汗があふれ出る。

「それは…!?」

「ナノマシンさ…プロフェッサー特製の。といっても、あのプロフェッサーじゃないかもしれないけどなぁ」

「どういう…意味だ?」

「別にぃ、特に意味はない…」

そういった瞬間、首の枷が外れ、注射器がデニスの首筋に刺さり、ナノマシンが注ぎ込まれる。

首から感じる激痛に脂汗を流しながら苦しむデニスはそのまま意識を失った。

「…ボクに、とってはね」

注射を終えたゲイツは彼を拘束する縄をすべてほどき、外で待っているデュエル戦士3人を入れる。

「こいつを部屋に入れとけ。私のお仕事はこれでおしまいだ。あと、ポップコーンとコーラを買って来い。これからのお楽しみタイムに必要だからなぁ…ん?」

デニスが運ばれていくのを見送るゲイツは携帯電話を見る。

メールが届いており、その内容を確認した後で、それをしまった。

「これは…いつも以上に面白いイベントが起こりそうだな。エクシーズ次元で。さてっと…じゃあお客さんのお・も・て・な・しの準備をしないとっと♪」

両腕を伸ばし、スキップしながらゲイツは片づけをせずにその部屋を後にした。


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