遊戯王ARC-V 戦士の鼓動   作:ナタタク

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第50話 戦場での出会い

「…飲むか?」

手元にある懐中電灯のわずかな明かりを頼りにマッチで火を起こし、沸かした湯を注いだ欠けのある白いマグカップにわずかばかりのインスタントコーヒーの粉を入れる。

それと洗ったばかりのスプーンでかき混ぜ、十分に粉を溶かしたうえで月影に差し出す。

忍者ということもあり、欧米の飲み物であるコーヒーはなじまないのではないかと一瞬心配するヒイロだが、それは杞憂に終わる。

ヒイロに背中を向け、マスクを外した月影の喉から飲む音が聞こえたためだ。

「ランサーズはどうしている?」

「零児殿は拙者はまずは評議会に接触しもうした」

「成果はどうだ?」

「零児殿はあえて自らが持つすべての召喚法を公開し、そしてアクションデュエルを拙者と実演することで多次元の存在を認知させることには成功。されど、融合次元との戦争に対する我々への協力については難色を…」

「そうだろうな、よその厄介事にかかわりたくないのは普通だ」

もう1つのマグカップに入ったインスタントコーヒーを飲む。

元々ヒイロは幼少のころからコーヒーと甘いものが苦手だ。

甘いものは克服できたが、コーヒーはいまだにできていない。

しかし、このような事態であり、戦場で飲料食料の選り好みができないことはヒイロ自身が一番よく知っている。

月影の報告を聞く中で、ふと1つの疑問が頭に浮かぶ。

「そういえば、あの少年はどうした?零児と一緒ではないのか?」

「少年…零羅殿でござるか?」

空になったマグカップを机に置き、軽く会釈をした月影が確認するように聞く。

「これから拙者が探しに行くことになっております。その過程で遊矢殿や権現坂殿、セレナ殿達とも合流できればと…」

「そうか…」

耐水性の高い紙を懐からだし、それをひろげる。

それにはランサーズとシェイドのメンバーの顔写真と名前、デッキについて記載されており、これはシンクロ次元に到着したばかりの時に月影から渡された。

つまり、これが初対面と言うわけではないのだ。

「赤馬零羅…それが今の名前か」

夜空を見上げながら、ヒイロはあの日のことを思い出す。

 

シンクロ次元へ向かう前、スタンダード次元にいたころ、ヒイロは零児の要請で侑斗と手分けをしてヴァプラ隊のメンバーとなりうる人材の発掘のために旅をしていた。

侑斗が台湾へ行っている際、ヒイロはバルカン半島にいた。

紛争地域や治安の極めて悪い地域については実戦経験の豊富なヒイロが適任なためだ。

その頃のバルカン半島は内戦が行われていて、毎日のように死者が出ていた。

ヒイロを敵軍と誤認した兵士が襲撃してくることが何度もあったが、口を利けるような状態ではなく、大抵の兵士は戦闘不能となり、一部の兵士は彼の銃に倒れた。

そんな極限状態の土地で旅をして3日目…。

「町か…。だが、もう崩壊している」

日の出とともに目をさまし、1時間近く歩いたヒイロの目にとまった廃墟の町。

戦闘が行われている様子もなく、建物は原形をとどめているものが多い。

人がいるかもしれないと思ったヒイロは迷うことなく町に入った。

確かにこの町の人々はいるが、誰もヒイロを邪魔者扱いすることも、歓迎することもなかった。

「死体…。何日もたっている…」

スカーフで口元を隠した状態で少し歩くと、ドアが開いたままで1階建ての家屋を見つけた。

そこに入ったヒイロの目に飛び込んだのは現在、零羅と呼ばれている戦災孤児だった。

見た目は今まで見た戦災孤児と変わらず、オドオドしていて、誰に対しても決して心を開かない。

そのため、ヒイロが飴を渡しても決して食べようとしない。

だが、彼の異常性に気付いたのはその後だった。

「おい!!そこを動くな!!」

突然、家に兵士が入ってきて、ヒイロと零羅(本来の名前がわからないため、この名前で呼ぶことにする)に銃を向ける。

若干痩せこけた頬とボロボロな靴の服、そして無精髭の多さから脱走兵だと思われる。

「ちっ…」

「動くなと言っているだろう!!」

腰のホルスターに手を伸ばしたヒイロに兵士が引き金を引こうとする。

だが、引き金を引く前に彼の銃弾が兵士の右肩を貫通させ、所持していた銃を落とす。

「おとなしくしてもらうぞ」

その場に銃を置いたヒイロは駆け寄り、兵士が持つ銃と弾薬を没収する。

「き、貴様ぁ…」

方から感じる激痛に苦しみ、脂汗をかきながら兵士がヒイロに目を向ける。

「痛みは激しいが、死にはしない」

情けとして、消毒のためにライターの火を直接兵士の患部に押し付ける。

「ぐうああああ!!」

「軽い火傷だ。その程度は我慢しろ」

消毒を終え、ライターをしまった後で零羅の下へ駆け寄る。

「あ、ああ…」

ヒイロが発砲するところを見ていたためか、零羅の怯えが増している。

「怖い思いをさせてすまなかった。お前の親は…?」

先程筆者は零羅のことを戦災孤児と言っていたが、その時のヒイロは彼の両親の安否について何も知らなかった。

家にいないということはもしかしたら別の場所にいる可能性もあったからだ。

だが、それは儚い願いだということがすぐにわかる。

「…」

返答代わりに首を横に振るだけだったためだ。

「そうか…」

これ以上聞くのをやめたヒイロは彼をこれからどうするか考え始める。

そんな時、急に兵士が左手で銃を拾い、ヒイロに銃口を向ける。

「ちっ…」

仕方がない、と考えたヒイロの右手が自然に置いてある銃に向かう。

しかし、銃に触れると同時に銃声が聞こえた。

「何…!?」

銃声が聞こえたのは背後ではなく、目の前。

兵士が驚愕に満ちた表情を浮かべながら倒れる。

零羅の手にはヒイロのもう1つのホルスターに入っていたはずの銃が握られていた。

(こいつ…兵士を殺したのか?)

先程と違って無表情で震えがない。

安全装置も外されており、銃口にブレがない。

そして、倒れている兵士に向けて再び零羅が発砲する。

ドン!ドン!!ドン!!!

弾切れになっても引き金を引き続ける。

まるで、壊れたレコーダーが何度も同じ曲を繰り返すように。

(どういう、ことだ…?)

なぜ彼がこのように機械的になったのか分からなかったが、ヒイロはゆっくりと彼が手にしている銃の上に手を置く。

「もういい。奴は死んだ。お前のおかげで俺は助かった」

「あ…」

声をかけられるのと同時に零羅は銃を離し、兵士の死体を見て怯えはじめた。

 

このような奇妙で不可解な出会いをしたヒイロは彼を紛争地域から連れ出し、日本へ連れて帰った。

その時にパスポートとビザの艤装を行い、着けた偽名がレイラ・ズィルカ。

そして、レオコーポレーションでの研究で彼のその異様な特質が判明した。

他者の行動の模倣、要請の無条件な承諾と実現。

そして、その特質の副産物として得た鋭い観察眼。

発砲した時の零羅はヒイロの動きを模倣していたにすぎなかったのだ。

この特異で機械的な能力に魅力を感じた日美香が彼を養子として引き取り、その時に彼は赤馬零羅となった。

 

「…ヒイロ殿、ヒイロ殿」

「すまない、少し考え事をしていた」

フゥと息をしたヒイロが今度は白湯を飲む。

コーヒーの味がやはりダメなためか、白湯はゴクゴク飲むことができた。

「月影、報告助かった。後は頼むぞ」

「はっ」

一瞬でその場から月影が姿を消す。

そして、ヒイロは再びじっと空を眺める。

(零羅を連れて帰ったこと、はたして正解だったのか?)

 

それと同じ時刻、シェイドの隠れ家では…。

「《融合》…か」

戦いを終えた翔太達とトレーラーが戻っていて、食事を終えた後から伊織のバルサムとのデュエルで得た情報を共有した。

デュエル終了と同時に消えてしまった《融合》と《暗黒界の混沌王カラレス》。

目を覚ました彼に問い詰めた結果、その2枚の出所がセキュリティである可能性が浮上した。

バルサムはその2枚の代償として、リーダーを売ったことへのケジメとしてホイールズのギャング達の前で左手小指を詰めたうえで失脚、追放されることとなった。

他のメンバーはリーダーがセキュリティに掴まった理由は不幸なアクシデントと聞かされていたようだ。

他のホイールズのメンバーはギャングとしての掟に従い、シェイドの軍門に下った。

現在はモハメドの助言もあり、鷹栖区の警備と港の管理を引き続き行わせ、そして今後は要請があれば増援として駆けつけてシェイドと共闘することをメンバー全員の血判で約束させた。

「おそらく、あのジェルマンって部隊が持ってきたんだろう。シンクロ次元を内部から侵略するために…な」

「内部から…」

「もしかして、瑠璃や私そっくりな女の子を捕まえるために…?」

「それはないな、そういう女はもうすでに捕まっている」

柚子の言葉を遮り、翔太が言う。

リンが捕まっている以上、もうシンクロ次元には用が無いはずだ。

瑠璃が捕まってからエクシーズ次元への攻撃が散発化したのと同じように。

「なぜそれを知ってるんだ?」

鬼柳が翔太を見て、質問する。

「出発前にシンクロ次元のユーゴっていう遊矢そっくりのバナナ男とデュエルをしてな。そいつから聞いた」

「待つんじゃ!!それをなんで出発前に言わんかったんじゃ!?」

「誰も質問しなかったからな」

あっさりと答える翔太に伊織たちが全員ため息をつく。

確かに誰も聞いていないのは事実だが、気を利かせてその場で話すべきだったのではないのか?

「今はその話よりも次に打つべき手だ。今回で20人近いギャングを手中に収めた。ある程度は他の中規模、小規模のギャングとやりあえるくらいにはなった。訓練は必要だがな」

「そうだな…。それに、融合次元は今回のことからギャングにも何らかの手を加えている可能性がある。もしかしたら、私たち本来のデッキを使う時が思った以上に早く来るかもしれないな」

「だな。だがまずは…」

話しを進めようとする翔太だが、急にトレーラーの窓にコツンと石が当たる音がする。

「誰かいるのかよ…?」

遊び半分で入ってきた餓鬼の悪戯かと考えた翔太が1人でトレーラーから出る。

懐中電灯を使って周囲を見渡すが、誰もいない。

「逃げたか…ん??」

石があたった窓のそばにクシャクシャの紙があり、その上に石が乗っている。

「なんだよ…こいつは」

紙を手にとり、それに書かれている文章を読む。

『ホイールズとの戦闘は見事だった。私は風間区を仕切っているギャング、チームブレイドのリーダー、エリクだ』

「風間区…」

翔太の覚えている地図が間違いないならば、風間区は今いる旧レクス区の南隣にある。

最近は目立った攻撃を行わず、他のギャングの抗争も静観してばかりだとモハメドが言っていた。

そんな彼らがなぜ急にこのように奇妙なやり方で手紙を渡すのか?

それを気にしながら手紙を読み進める。

『ぜひともシェイドと同盟を結びたい。風間区西の深影区にいるギャング、チームオーファンが急激に勢力を伸ばしていて、風間区へ攻撃してくる時もそれほど遠くない未来だと思われる。そして、新興勢力である君たちにとっても脅威になりかねない。明日の午前10時、風間区の大型バッティングセンターで待つ。』

「同盟…か」

突然の見ず知らずの相手からの同盟要請、あまりにも奇妙だ。

そしてチームブレイドの実力がどの程度なのかの理解もできていない。

(チームブレイド…一体何者だ?)

手紙を懐にしまった翔太は伊織達にこのことを言うため、トレーラーへ戻って行った。


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