遊戯王ARC-V 戦士の鼓動   作:ナタタク

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第42話 伊織の放課後

夕方、レオコーポレーション社員寮の入り口前で、トルネイダーに乗って戻ってくる侑斗にウィンダが手を振る。

今の彼女の服装は自身がいつも着ているマントと同じ色の半そでTシャツとセミショート丈で水色のスカート、そしてアクセサリーとしてガスタの印がついたペンダントを首にぶら下げている。

それに対して侑斗は薄緑のライダーズジャケットに白いポロシャツ、茶色いメッシュタイプズボン姿で、同じペンダントを首にぶら下げている。

「待たせてごめんね?急に零児君から呼び出されちゃって…」

「んーん、お疲れ様!」

やさしく微笑みながら、侑斗の右頬に軽くキスをする。

キスされた場所に右手のひらを置き、顔を赤くした侑斗はすぐにトルネイダーを車庫へ入れる。

 

「ふーーん、恋人同士になるとキスは当たり前なのかー…。それにしても、剣崎さんってウブなんだー」

「い、伊織…このためにあたしをここへ??」

「なんで私まで…」

伊織が物陰から双眼鏡で侑斗とウィンダの姿を見る伊織のそばには柚子とセレナがいる。

セレナの今の服装はアカデミアのものではなく、赤いジャケットに黒いシャツと白いハイネックの重ね着、白いミニスカートになっている。

「えー?だってセレナちゃんが剣崎さんとウィンダさんがデートに行くって教えてくれたじゃん。それなら、柚子ちゃんとセレナちゃん、そして私で将来のための勉強を…」

「しょ、将来のためって…」

柚子の脳裏になぜか遊矢の笑顔が浮かぶ。

そして、そんな彼の隣で手をつなぐ自分自身の姿も…。

その瞬間、柚子の顔が一気に赤くなってしまう。

「もしかしたら…あたしも、遊矢と…」

真っ赤になりながら誰にも聞こえないくらいの小声でそう口にする。

「くだらない。男と女がイチャイチャする姿を見るなんて。私は帰る」

「まーまー、セレナちゃんも将来は誰かのお嫁さんになるかもしれないんだよ?」

帰ろうとするセレナの腕を掴みながら、双眼鏡で2人をじっとみる。

セレナは逃げようと何度もぐいぐい腕を引くが、なかなか解放されず柚子に助けを求めるために目を向けるが、トリップしてしまった彼女には全く歯牙にもかけられなかった。

(こ、これが…人間と精霊のカップル…)

柚子と同じく顔を真っ赤にするセラフィムがじっと2人の様子を見る。

同じ精霊であるためか、セラフィムは一目でウィンダが実体化している精霊であることを見破っていた。

彼女曰く、人間には感じられないオーラというものが精霊には共通して存在しているらしい。

 

「うわぁー、何度もここにはいくけど、にぎやかだねー!」

「ハートランドシティとは違う趣があるね」

寮を離れた2人が向かったのは舞網市の商店街。

耐久ガラスによって作られたアーチで歩道が覆われていて、食材を買いに来た主婦や晩酌の酒とつまみを探すサラリーマン、そして放課後デートを楽しむ高校生や大学生のカップルが多く存在し、シャッターで閉じた店は存在しない。

「あ、ユウ!!これ食べたい!」

ウィンダは遊戯王のカードを集めて作った《クリボー》の絵を展示している白い屋台を指さす。

屋台ではサービスエリア限定のアクションカードクレープが特別に限定販売されていて、店主の大男が作っている。

「ねえねえ、いいでしょユウー?」

「分かったから、そんなに引っ張らないで」

苦笑し、ウィンダの頭をやさしくなでた後で、侑斗は彼女と一緒に屋台の前まで歩いていく。

一方、商店街にある高さ160センチ近い熊のプラモデルの後ろ側に隠れている伊織たちは…。

「んー?翔太君にはこーゆー優しいところがほとんどないなー。多分、このシチュエーションだと知らね、とか買っていいけどお前のおごりでな、とか言いそう」

「ウィンダさん…うらやましい…」

(…こうなるくらいなら、アカデミアに戻ればよかった)

ちなみに、そこでクレープを焼いている男がボマーだったということには伊織は気づかなかった。

 

「うん、ここでならゆっくり食べることができるよ」

クレープを持ち、手をつないでしばらく歩くと、商店街の中心部にある、ベンチと芝生だけのシンプルな小さい公園に到着した。

2人は2人用ベンチに腰を下ろすと、クレープを食べ始める。

「んーー、アクションカードクレープすごくおいしいね!」

「うん。僕たちの世界にもこういうスイーツがあるといいな…」

「あ…そうだ!ねえねえユウ!」

「どうしたの?」

急にポンポン肩をたたかれ、何だろうと思いながらウィンダを見ると、彼女は笑顔で糸口だけ食べたクレープを侑斗に口の傍まで持っていく。

「あーーん…」

クレープの断面からは甘いチョコレートソースとスライスされた苺、そしてアクセントとしてのドラゴンフルーツが見える。

それを見た瞬間、ウィンダが何をしたいのかわかり、顔を赤くする。

「そ、それって間接キス…」

「もー、私たちはもう恋人同士なんだよ?もしかして…食べたくないの?」

少し悲しげな表情をしながら少し首を横に傾ける。

それを見た侑斗は…。

「…そんな、食べたいに…決まってる…」

顔を真っ赤にさせつつ、ゆっくりと目を閉じて口を開く。

するとウィンダはすぐに笑顔になって侑斗の口にクレープを咥えさせる。

ゆっくりと噛み切った侑斗はしばらく租借した後でそれを飲み込む。

「おいしい…?」

今度は笑顔で首を傾けたウィンダに侑斗は顔を赤くしたまま頷くしかなかった。

「じゃあ、今度はユウが食べさせて?」

どんどんウィンダにペースが持っていかれている。

それで少し負けてるなと思った侑斗が起こした行動は…。

「…いいよ」

そう言いつつ、自分のオレンジとイチゴ、パイナップルが入ったクレープを全部食べてしまう。

「あーーー!!ユウ、ひど…」

頬を膨らませながら文句を言おうとしたウィンダに侑斗が突然キスをする。

そして、ゆっくりとそのまま口を開いて自分の口の中のクレープをウィンダの口の中に運んでいく。

びっくりし、侑斗以上に顔を赤くしたウィンダもお返しにと口の中に残る自分のクレープを侑斗の口の中へと運んでいく。

2人の口の中は2種類のバリエーションのクレープと甘いキスの味で包まれていた。

 

「うーん、こういうのがいいよね!!まるでこの前立ち読みした少女マンガみたい!!」

興奮する伊織が物陰から2人の行動をじっと見る。

その一方で、公園の近くに来た独り身の男性が大急ぎでその場を離れ、カップルは顔を真っ赤にする。

「な…なんなんだこの空気は!!?こんなのアカデミアでは教わらなかったぞ!?」

「…」

セレナと柚子の顔はもうタコよりも赤く染まっていた。

柚子の脳裏にはどのような光景が浮かんでいたのかは読者の想像に任せる。

 

クレープとキスを楽しんだ2人。

このまま商店街を手をつなぎながら歩いている。

「うーん、そろそろ晩御飯かな?」

天井につるされている時計を見ると、時刻は午後6時49分12秒。

晩御飯を食べる頃合いだ。

「あはは、ユウは頑張り屋さんだからね。いっぱい作らなきゃ!」

「じゃあ…一緒に食材を探そうか」

「うん!それと…今日はトマト入れてみようかなー?」

「え…トマト!?」

トマトという単語を聞いた侑斗の顔が青くなる。

「僕…トマト苦手だって知ってるよね?」

「うん。精霊の頃からずっと知ってるよ」

「それならどうして…??給食でもいっつもそれだけは残して…」

「だーめ!今日こそはトマトを克服しないと!」

ニコニコ笑いながら会話していると八百屋に到着し、ウィンダがさっそくトマトを手に取る。

すると侑斗はゆっくりとなすびを手に取った。

「な…なすび??ユウ、私…」

「僕が克服するなら、ウィンダもちゃんと苦手なものを克服しないとね」

「うーーーずるいよーー」

「ずるくないよ」

「ずるい!」

「ずるくない」

「ずるい!」

「ずるくない」

ウィンダの抗議を微笑みながらかわす侑斗。

八百屋の店主はテレビでやっているプロ野球の試合を見ながら彼らが商品を選び終えるのを待っている。

そして、ずるいずるくない合戦が始まってから4分…。

「じゃあ、今夜はいっぱいユウと…」

「え…?」

ウィンダが言い終わらぬうちに侑斗の顔が真っ赤になる。

言っているウィンダも顔を赤く染めている。

「それなら…なすびとトマト…一緒に買っていこ…?」

「…」

彼女の提案に侑斗が顔を真っ赤にしたまま首を縦に振る。

野菜を買った侑斗とウィンダは2人で買い物袋を持ち、次の店へと向かう。

時間がたち、少し人の数が多くなっているようで、その人ごみの中に2人は入っていく。

「ねえ、ユウ…」

人ごみの中、ウィンダが小声で侑斗を呼ぶ。

「何?ウィンダ…」

「…栄養ドリンクも、買おうね…?」

「…うん」

 

「あーーー!!見えなくなっちゃった…」

人ごみの中に消えてしまった2人に伊織が本気でしょんぼりする。

手には双眼鏡ではなくメモ帳とペンが握られていて、デートの時にやることが箇条書きで書かれている。

柚子は顔を真っ赤にしたまま、十数分前から何も言わなくなっていた。

「…助かった…」

あの甘ったるい空気に耐えられなくなっていたセレナはようやく解放されたことに喜ぶものの、赤く染まった顔が元に戻らず、戸惑いを感じている。

「まあ、でもいっぱいメモがとれた。剣崎先生、ウィンダ先生、ありがとうであります!」

ピシリと背筋を立て、敬礼をする伊織のデュエルディスクが鳴る。

「ん…?もしもーし?」

(もしもし、伊織姉ちゃん??)

「あ、太一君。どーしたの??」

電話に出た伊織は柚子とセレナを連れて、商店街に設置されている携帯電話コーナーへ走って行く。

そこは少し広めの電話ボックスのような構造になっていて、電話するための静かな環境が確保されている。

(実は…翔太兄ちゃんがコーヒー豆を買いに行ったっきり、戻ってこないんだ)

「え…翔太君が!?それで…出て行ってどれくらい時間がたったの??」

(ええっと…もう2時間くらい。場所は施設からバイクで10分のところで、迷うような場所じゃないんだけど…)

「うん、私が探して一緒に戻るから安心して…ね?」

(伊織姉ちゃん、ありがとう!)

電話を切り、携帯電話コーナーから出ると伊織はデュエルディスクのGPS機能を起動する。

ちなみに、柚子とセレナはまだ元に戻っていない。

「ええっと…翔太君は…ここから東にある広い道の路地裏??とにかく、行ってみないと!!」

 

「…それで、翔太君を探しにここまで来たんだよ?」

伊織の説明を聞き終えた翔太は無表情で伊織をじっと見つめる。

「あ…あはははは、でも良かったー。翔太君が見つかって。じゃ…早く施設へ…」

「伊織」

後ろを向き、施設まで走って逃げようとした伊織の左肩に翔太の手が伸びる。

その間にようやく顔の赤みが収まったセレナが柚子と共にその場を離れる。

「翔太…君??」

翔太に振り向くが、顔には汗がたっぷりと流れている。

「安心しろ、すぐに済むぜ…制裁はな」

 

同じ時刻のレオコーポレーション本社ビルの社長室…。

「中島、あれから彼からの連絡は?」

「いえ…1か月前の”欠片”を発見したという連絡以降、何も…」

「…そうか。我々もこれ以上待つわけにはいかないな」

タブレット端末を手に取った零児はランサーズのファイルに保存しているメンバーの写真を移動させ始める。

そして、その中から翔太と伊織、里香、鬼柳、ジョンソン、漁介の写真を新しく作ったもう1つのファイルに移動させる。

「ランサーズはこの次元を守るための槍。この槍は決して砕かれてはならない。砕かれた時こそ…我々の次元が終わるときだ」

零児は新しいファイルの名前になっている『ランサーズ2』を削除し、新しい名前を書き込んだ。

 




今回は急造という形になりましたが、どうにか書きました。
こんな2回連続デュエルなし回ですが、しっかりと物語は進んでいます。

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