「はあーーーー…」
「伊織、過ぎたことだろう。もう元気を出せよ」
「見られた…見られた…」
落ち込んだ伊織に案内される形で翔太は遊勝塾へ向かっている。
自分以外にペンデュラム召喚を使う唯一の人物、榊遊矢に会うために。
「翔太君は分かってないんだよ…。女の子のハートってすっごくデリケートなんだよ…」
「ふう…ポテトチップス食べるか?」
「ポテトチップス!?うん、食べる!!」
(施設長の言うとおりだな…。大好きな菓子を食べると機嫌がよくなる)
どこから持ち出したのか、箸でポテトチップスをとても幸せそうに食べる伊織を見つつ、翔太は水筒の水を口に含んだ。
「ここが遊勝塾…」
「うん。元デュエルチャンピオンでアクションデュエルのパイオニア、榊遊勝が作ったデュエル塾なの」
翔太は正直に言うと、拍子抜けしている。
今の塾長は榊遊勝の後輩で元プロデュエリストの柊修造だということはすでに伊織から教えてもらっていたが。
多くのデュエル塾が大通りにあるのに対し、その塾があるのは川沿いの小道。
そして、規模もそれほど大きくない。
(ここが遊勝塾なのか…?)
「じゃあ、さっそく中に入ろ!」
「ああ…」
伊織に手を引かれ、遊勝塾の中に入る。
「ごめんくださーーい!」
「は…はい。どちら様でしょうか?」
伊織の大声を聞いた少女が近づいてくる。
ピンク色の髪と青い2つの髪飾り、髪と同じ色のノースリーブな制服を着用していて、腕には宝石が付いたブレスレッドがある。
年齢は伊織よりも2つくらいしただろう。
「私は永瀬伊織。で、今私の後ろにいる男の子が…」
「秋山翔太だ」
秋山は翔太が戸籍発行の際に自分でつけた便宜上の苗字で、特に意味はない。
「翔太さんと伊織さんですね。あたしは柊柚子、この塾の見学に来たんですか?でも、今お父さんは留守で…」
「ううん、私たちは…」
「榊遊矢に会いたい」
伊織が言う前に、翔太が単刀直入に伝える。
「遊矢に…?」
「ああ。このカードについてだ」
デッキから《魔装騎士ペイルライダー》を柚子に見せると、彼女の目が大きく開く。
「これは…ペンデュラムモンスター!?」
「そうだ。榊遊矢に聞いて確かめたいことがある」
「…。分かりました。呼んで来ます」
カードを手にしたまま、柚子は足早に休憩室へ向かう。
(ここで分かるのか…?俺のことが…)
「なんで…?なんであんたがペンデュラムモンスターを!!?」
休憩室からかなり動揺している遊矢が飛び出してくる。
その手には柚子から受け取った翔太のペンデュラムモンスターが握られていた。
「答えてくれ!!なんであんたが…」
「お前が榊遊矢か…。実は、俺にも分からない。少なくとも、俺のペンデュラムモンスターはすべてお前とストロング石島のデュエルを見る前からあった」
「そ…そんな…」
多大なショックを受け、遊矢の膝が折れる。
「え…ええっと、遊矢君。ちょっといい?」
蚊帳の外になっていた伊織がようやく声を上げる。
「え…?」
「なんで遊矢君はペンデュラムモンスターを手に入れたの?」
「そ…それは…」
遊矢はペンデュラムモンスターを手にした経緯を述べた。
ストロング石島とのデュエルで窮地に陥った次の自分のターンのドローフェイズ時に首にぶら下げている水色の不思議な鉱石でできたペンデュラムが光った。
そして、その光によって遊矢が所持していたモンスターの一部がペンデュラムモンスターに変わってしまった。
また、ペンデュラムは幼いころに遊勝からもらったもので、彼がどこから手に入れたのかは遊矢自身も分からない。
「なら、ペンデュラムモンスターについてはお前もよくわからないということか…?」
「ああ。残念だけど…」
「なら、残るはお前にそれを託した榊遊勝か…」
遊矢の口調から、彼もペンデュラムモンスターのことだけでなく翔太自身の過去も知らないと理解した翔太にとっての残る手段は榊遊勝に会うことだった。
しかし、榊遊勝はストロング石島とのチャンピオンの座を賭けたデュエルの前に行方不明となっている。
こうなっては、手詰まりとしか言いようがない。
「くそ…!」
「…。あ、いい手があるよ!翔太君と遊矢君がデュエルをするのは??」
「俺とあいつで…」
「デュエル?」
「うん!ペンデュラムモンスター使い同士のデュエルなら、もしかしたら翔太君の記憶が戻るかもしれないし!」
「…。そうだな。駄目元でやるか」
伊織の提案には確証がない。
しかし、なすすべのない今の翔太にはそうするしかなかった。
「榊遊矢、デュエルしてくれるな?」
「ま…まあ、せっかくうちの塾に来てくれたし、それにあんたのデッキにも興味があるからな。あと、俺のことは遊矢って呼んでくれ」
「助かる、遊矢。なら、俺のことは翔太でいい」
翔太と遊矢がデュエルフィールドに出て、伊織と柚子がコントロールルームへ向かう。
フィールドは前に翔太がデュエルをしたカード屋のそれとは変わらない。
「柚子---!!早くフィールドを用意してくれよーー!」
「分かってるわよ!そんなに急かさないで、遊矢!」
「ねえ、柚子ちゃん。質問なんだけど…」
「…?なんですか?」
「遊矢君と柚子ちゃんって…恋人同士?」
「ぶっ…!?そ…そんなわけないじゃないですか!!?」
顔を真っ赤にしながら必死に否定する柚子。
「えーーー?残念」
「ざ、残念って…。はあ…。じゃあ改めて…フィールド魔法《ルネッサンスシティ》発動!!」
デュエルフィールドがソリッドビジョンにより、ルネッサンス期のフィレンツェをモチーフとした都市の一部に変化していく。
ルネッサンス期、それはイタリアでギリシャ・ローマの文化再興の運動が行われ、文化が大きく開花した時代。
ペンデュラム召喚という新たな召喚方法を持つ2人がぶつかり合うにはふさわしいフィールドだろう。
そして、伊織と柚子がデュエル開始の宣言を行う。
「戦いの殿堂に集いしデュエリストたちが」
「モンスターと共に地を蹴り、宙を舞い」
「フィールド内を駆け巡る!」
「見よ、これぞ、デュエルの最強進化形、アクション…」
「「デュエル!!」」
遊矢
手札5
ライフ4000
翔太
手札5
ライフ4000
「俺の先攻、俺は《EMディスカバー・ヒッポ》を召喚!」
蝶ネクタイとシルクハット、タキシードと星形のペイントが特徴的なピンク色のカバが現れる。
EMディスカバー・ヒッポ レベル3 攻撃800
「攻撃力800のモンスターを攻撃表示?何か策があるのか?」
「ご名答!このカードは召喚したターン、通常召喚に加えてもう1度だけ俺は手札からレベル7以上のモンスターをアドバンス召喚できる。俺は《ディスカバー・ヒッポ》をリリースし、《EMカモンキー》をアドバンス召喚!」
《EMディスカバー・ヒッポ》がシルクハットを外し、気取ったお辞儀でフィールドを後にする。
そして、屋根から屋根へと飛び移りながら虹色の星が体の各部分にペイントされた小猿が現れる。
EMカモンキー レベル7 攻撃2000
「あ…あれ??レベル7以上のモンスターのアドバンス召喚には2体のリリースが必要なはずじゃ…」
「《EMカモンキー》はEM1体のリリースでアドバンス召喚できる特殊なモンスター。そして、このカードは1ターンに1度、俺のモンスターたちの攻撃を放棄する代わりにデッキから魔術師と名のつくペンデュラムモンスター1体をペンデュラムゾーンに置くことができる。俺はデッキから《時読みの魔術師》をペンデュラムゾーンに置く!」
どこからかサングラスを取り出した《EMカモンキー》は《ルネッサンスシティ》で一番大きい教会へ向かい、鐘を鳴らす。
すると、その音を聴きつけた《時読みの魔術師》が《EMカモンキー》をにらめつけた後、遊矢の左側で浮遊する。
EMカモンキー
レベル7 攻撃2000 守備2000 効果 光属性 獣族
(1):このカードは特殊召喚できない。
(2):このカードは自分フィールド上の「EM」モンスター1体をリリースすることでもアドバンス召喚できる。
(3):1ターンに1度、自分のターンのメインフェイズ1にのみ発動できる。自分のデッキから「魔術師」Pモンスター1体を選択し、自分フィールド上のPゾーンに置く。この効果は両方のPゾーンにカードがあるとき発動できず、発動したターン自分のモンスターは攻撃できない。
「更に、俺は手札から《星読みの魔術師》を発動!」
続けて遊矢の右側に《星読みの魔術師》が現れ、浮遊を始める。
「これで、俺はレベル2から7までのモンスターを同時に召喚可能!」
「ワオ!!いきなりペンデュラム召喚!すごいね、遊矢君は」
「当然ですよ。遊矢は必死になってペンデュラム召喚をマスターしたんですから」
「あーそうだ、柚子ちゃん。これからは敬語なし、さん付けなしでお願いね。なんだかよそよそしいし…」
「え…?わ…分かったわ、伊織」
「うん、よろしい!翔太くーーん!君のペンデュラム召喚も見せてよー!」
強化ガラス越しに伊織の声が翔太の耳に届く。
(伊織…今は遊矢のターンだぞ?)
「揺れろ!魂のペンデュラム!天空に描け光のアーク!ペンデュラム召喚!! 現れろ、俺のモンスター、《EMソード・フィッシュ》!《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》!!」
EMソード・フィッシュ レベル2 攻撃600
オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン レベル7 攻撃2500
「う…いきなり《ソード・フィッシュ》か…」
《EMソード・フィッシュ》の登場に翔太は露骨に嫌な顔をする。
このモンスターは自身が現れたときだけでなく、コントローラーがモンスターを特殊召喚する度に相手モンスターの攻撃力・守備力を600奪っていく。
ペンデュラム召喚主体の遊矢のデッキにとってはありがたい存在で、事実として翔太はモンスターとして現れた《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》よりも《EMソード・フィッシュ》を先につぶしたいと考えている。
「俺はこれでターンエンド!」
ターン終了宣言と同時に遊矢は《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》の背に乗り、アクションカードを探しはじめた。
遊矢
手札5→0
ライフ4000
場 オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン レベル7 攻撃2500
EMカモンキー レベル7 攻撃2000
EMソード・フィッシュ レベル2 攻撃600
星読みの魔術師(青) ペンデュラムスケール1
時読みの魔術師(赤) ペンデュラムスケール8
翔太
手札5
ライフ4000
「アクションカード…どこにある」
自分の手札を確認すると、周囲を見渡しながら翔太も探し始める。
カードを口に咥え、屋台を踏み台にし、窓やわずかな建物のでっぱりやへこみを利用して屋根の上に到達する。
「俺のターン!」
翔太
手札5→6
「俺はスケール2の《魔装槍士タダカツ》とスケール9の《魔装剣士ムネシゲ》でペンデュラムスケールをセッティング」
「出た!!翔太君のペンデュラムモンスター!」
「あれが…翔太さんの…」
翔太の左右に2体のペンデュラムモンスターが現れる。
「これで俺はレベル3から8のモンスターを同時召喚可能。来たれ、時の果てに眠りし英雄の魂。希望の道を照らし、勝鬨を上げろ!ペンデュラム召喚!!現れろ、俺のモンスターたち!!《魔装銃士マゴイチ》!《魔装鮫サッチ》!《魔装騎士ペイルライダー》!」
魔装銃士マゴイチ レベル4 攻撃1600
魔装鮫サッチ レベル4 攻撃1400
魔装騎士ペイルライダー レベル7 攻撃2500
ペンデュラム召喚成功と同時に、翔太の目が青白くなる。
「お、おい!?翔太の目の色が変わってるぞ!」
「分かっている。これについても俺にはよくわからない。《魔装鮫サッチ》の効果発動。このカードがいる限り、俺の魔装モンスターの攻撃力は400ポイントアップする」
魔装銃士マゴイチ レベル4 攻撃1600→2000
魔装鮫サッチ レベル4 攻撃1400→1800
魔装騎士ペイルライダー レベル7 攻撃2500→2900
「《ペイルライダー》の攻撃力が《オッドアイズ》を上回ったわ!」
「バトル。《ペイルライダー》で《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》を攻撃。クアトロ・デスブレイク」
《魔装騎士ペイルライダー》の五芒星が光ると、彼が赤いオーラに包まれ、猛スピードで《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》に向けて突っ込む。
「急げ、《オッドアイズ》!!」
遊矢の命令を受け、《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》が走るスピードを上げる。
そして、煙突の上にあるアクションカードを発見した。
「頼むぞ、アクションカード!!」
《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》が高く飛び、遊矢はそのアクションカードを手にする。
「よし、アクション魔法《論争》を発動!俺のモンスターが戦闘を行う時、そのモンスターの攻撃力を戦闘を行う相手モンスターと同じにする!」
《論争》の力を受けた《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》が反転し、《魔装騎士ペイルライダー》に突進する。
それを視認した《魔装騎士ペイルライダー》は真剣勝負を望んでいるのか、手にしているマシンガンを捨て、2本の光剣を抜く。
論争
アクション魔法カード
(1):自分のモンスターが相手モンスターと戦闘を行う時に発動できる。そのモンスターの攻撃力を戦闘を行う相手モンスター1体と同じにする。
「迎え撃て、《オッドアイズ》!!」
「斬れ、《ペイルライダー》!!」
《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》の牙と《魔装騎士ペイルライダー》の光剣がぶつかり合う。
すると、2体の間から不思議な波紋が発生し、道路や建物にひびを入れながら遊矢と翔太を襲う。
「こ…これは…!?」
「《オッドアイズ》と…」
「《ペイルライダー》が…」
「「共鳴している!?」」
波紋はいつまでも消えず、本来なら相内となって消滅するはずの2体のモンスターもいつまでたっても消滅しない。
「なぜ…《オッドアイズ》と《ペイルライダー》が…!?」
突然、翔太荷凄まじい頭痛が襲い掛かる。
「ぐ…う…うわああ!!」
「翔太君!?一体どうしたの!?」
「まさか、これが原因!?柚子!ソリッドビジョンを消してくれ!!」
「分かったわ!!」
遊矢の言葉を聞いた柚子は大急ぎで緊急停止スイッチを押した。
《ルネッサンス・シティ》と両者のモンスターは消滅し、共鳴は止まった。
しかし、頭痛によって翔太は気を失ってしまった。
「こ…ここは…?」
目を開くと、そこは何もない闇。
どこを向いても、どこを歩いても闇が広がるばかり。
何も言わず、歩き回っていると翔太の目の前に1枚のカードが現れる。
「《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》…」
なぜそのカードがあるのかわからなかったが、無意識にそのカードを手に取る。
すると、それから不思議な光が放たれ、翔太の体に取り込まれていく。
「四騎士が…鍵となるモンスターと戦えば、記憶が…」
「う…ん…」
休憩室のソファの上で翔太が目を覚ます。
「翔太君!大丈夫?熱はない??」
伊織が心配そうにしながら近づき、額を当てる。
「うん!熱はないみたい、良かったよかった!」
「い…伊織…」
伊織の大胆な行動で、翔太の顔が赤くなる。
彼女のかわいらしい顔が間近に迫り、更に自分が少しでも動いたら唇が重なっていた。
「翔太!!大丈夫か!?」
「遊矢…」
「一体どうしたんだよ?俺とお前のモンスターの共鳴が原因なのか!?」
「おそらくな…。そして、あの共鳴が教えてくれた。鍵となるモンスターと俺の四騎士が戦えば記憶がよみがえると…」
4体の魔装騎士を手に取る。
《魔装騎士ホワイトライダー》、《魔装騎士レッドライダー》、《魔装騎士ブラックライダー》、そして《魔装騎士ペイルライダー》。
それぞれ召喚方法も効果も能力値も異なるカード。
(俺の記憶を呼び覚ます四騎士…か…)
「あ、そうだ翔太君!柚子ちゃんが遊勝塾に入るかって言ってたよ!」
「塾に入る…?」
「もしよかったらでいいの。実をいうと、あなたと伊織が持っている特殊な召喚方法が気になって…」
「融合召喚とかのことか?」
「ええ。あたし達、アドバンス召喚以外に強力なモンスターを呼び出す方法がわからなくて…」
「えーーー!?融合召喚がわからないの!?」
今まで普通のことのように融合召喚を使っていた伊織がかなりびっくりしている。
「ええ…。最近入ってきた子も融合召喚を使っているけど、なかなか教えてくれなくて…。良かったら…」
「いいよ」
「え…?」
「教えてあげる!私の融合も、翔太君のシンクロとエクシーズも!」
ニコニコ笑い、即座に承諾する。
「ね、翔太君。いいでしょ?」
「まあ…俺は構わないけど」
「ありがとう、翔太さん、伊織!じゃあ、お父さんが帰ってくるまで待っていて!!」
「よーし、新しい仲間ができたってことで、さっそくアイスを…」
冷凍庫へ行こうとした遊矢にどこから取り出したのか、柚子のハリセンツッコミが炸裂する。
ハリセンを受けた遊矢はそのまま気を失ってしまった。
「遊矢君、大丈夫かな?」
「大丈夫だろう。死にはしない(鍵となるモンスター…。ペンデュラムモンスターのことなのか…?)」
その後、翔太と伊織は修造に会い、正式に遊勝塾の塾生となった。
ペンデュラム合戦と言っておきながら、デュエル中断ということになってしまいました(笑)。
さて、まだデュエルで活躍していない残り2体の騎士はどのような力を持っているのか、楽しみにしていてくださいね…と言いたいところですがまだ効果が決まっていません。
こういう効果がいいなと思った人は是非メッセージで送ってください。