樹雷に着いて、やっぱり波乱な幕開けだったりする。
頭を振って、起き上がり、部屋に備え付けられているシャワールームに向かう。また開けてびっくりする。ホテルのスイートルームもかくやと思わせるような調度品や湯船等々。
それに驚いていても始まらない。ざっとシャワーを浴びてトイレ行って、水穂さん洗濯済みの下着を着け(まだちょっと恥ずかしい)、スラックスとワイシャツを着けて準備はOK。天木日亜さんよりの外見なので髪の毛も短めだし、特に手入れも要らない。ひげはこれもナノマシンテクノロジーか、完璧にそり残しがなく、剃ったひげが粉状に落ちたりもしないシェーバーで問題なく剃れたし。それで、やっぱり着けていた下着は、取り上げられて、どこかで洗濯してくれるようである。
「水穂さん、準備出来ましたけど・・・。」
水穂さんは、例の樹雷の衣服であった。今日の着物は、ピンクの部分が少しオレンジがかっているように見える。しかも髪がきちんと束ねられ、昨日よりもフォーマル度が高いように見える。
「それでは、守蛇怪ブリッジに行きましょう。」
守蛇怪の端末を操作して、瞬時に転送される。そして、守蛇怪のブリッジに着き、昨日指定された席に座った。もちろん、守蛇怪クルーは、西南君を始め全員そろっていて忙しく入港準備を進めていた。
「守蛇怪の洗浄は終了しました。船内スキャンによる自己検疫終了。結果を樹雷入国管理官に報告します。」
霧恋さんが、様々な入国手順をそつなく手早くこなしていく。
「火器管制系システムをオフし、樹雷入国管理官へシステム委任します。」
「メイン反応炉および推進機の出力ダウン。樹雷皇家専用ドックからのビーコン受信。専用ドックからの誘導により着水します。」
ドックからのビーコンを受信したのだろう、ほぼ自動操縦でドックに着水したようだった。わずかにゆっくりした周期での揺れがある。
「田本様、水穂様、お疲れ様でした。本艦はただいま樹雷星に到着しました。」
福ちゃんが伸びをして、西南君の膝に飛び乗っている。西南君がホッとした口調で到着を告げる。
「西南君ありがとう。快適な船旅でした。」
「あはは、そうでしたかねぇ。」
頭を掻きながらそう答える西南君は、一瞬高校生のように見える。
「さあ、樹雷からのお出迎えも来ているようです。ちょっとした儀式ですが、守蛇怪を降りて出港時と同じようによろしくお願いします。お荷物は一樹に転送しておきますので何も持たずにどうぞ。」
スッと、若き司令官の表情に戻る西南君。うん、精悍だな。
西南君を先頭に、守蛇怪の外部につながるエアロックに転送される。エアロックがすぐに開放され、半透明のタラップが樹雷星の港につながっている。それを歩いて渡ると樹雷の闘士なのだろう屈強な男性6名が3名ずつ左右に分かれ長い棒を持って立って待っている。西南君達は、そのタラップのそばに立ち、僕たちは数歩そのまま進み、回れ右をして振り返るように立った。直立不動の姿勢を取った西南君が敬礼する。こちらも敬礼の手を上げ、敬礼し、おろす。西南君はそれを見て敬礼の手を下ろした。
「銀河標準時、ななまるふた、樹雷本星に到着しました。以上をもちまして、田本一樹様、柾木・水穂・樹雷様の護衛・護送任務を完了します。」
「任務中の様々なご配慮など、誠にありがとうございます。また突然の海賊襲撃時の対応も、日頃の訓練のたまものでしょう、聞きしに勝る囮戦闘艦守蛇怪の強さを見せてもらいました。守蛇怪艦長山田西南殿、そして守蛇怪クルーの皆様には重ねてお礼申し上げます。短い間でしたが、ありがとうございました。」
左目で軽くウインクしながら、挨拶して敬礼する。西南君も敬礼を返してくれた。そのまま水穂さんに促され、闘士の男性が3名ずつ立った方向へ向き歩く。僕たちがその正面に到達すると、右手で持っている棒を地面に3度打ちつけ、棒を持ち替えながら器用にくるりと回し、屋根のように上方で合わせた。僕たちはその中をくぐり、転送ポッドにはいる。
転送された先は、すべてが木でできた空間だった。真ん中に大きな木のテーブルがある。
「田本様、水穂様、ここでしばらくお待ちください。」
顔をフードで隠した女性が、テーブルにつくように勧めてくれ、すぐにお茶を持ってきてくれる。
「うー、肩凝りました・・・。樹雷はお茶なんですね。日本のものに良く似た湯飲みですけど。」
そう言いながら腕時計をスマホ形状にしてスケジュールを見る。細かくびっしり書き込まれている・・・。
「あのお・・・。今からこれだけのスケジュールがあるんですか・・・?」
思わず、スマホからタブレットに変えて大きな画面で見直す。
「皇族というものはそういうものですわよ。」
艶然と微笑む水穂さん。
「いまから30分後から樹雷皇家首脳会議に出席、その後、樹雷皇阿主沙様と船穂様、美砂樹様、神木・内海・樹雷様、神木・瀬戸・樹雷様との朝食会、その後も式典が目白押しですわね・・・。」
「ぜんぶ、水穂さんお願いってわけには・・・。」
「はい、だめです。その腕時計の無駄に広いストレージ空間に、発信器アプリを仕込むことなど造作もないことですわ。」
「水穂さんが悪魔に見えますぅ。」
「もお、こんなところで挫けていては、瀬戸様に良いように遊ばれますよ。30分後の首脳会議では皇家入りの承認の場ですから、1,2分程度のスピーチが必要です。例文と式典の進行順序を転送しておきましたから、見ておいてくださいね。」
うわ、それを早く言って!と思いながらタブレットにかじりつく。ある程度形式的な式典のようだが、簡略に自分が一樹に選ばれた経緯を申し述べる部分があるようである。
一生懸命その式典を頭に入れていると、先ほどの女官さんが来て、着替えだと言うことで別の部屋に通される。水穂さんも別室にて着替えだそうだ。僕の案内の女官さんはしずしずと渡り廊下を歩いて行く。樹雷は緑が多く、水も多い。天木日亜さんの記憶の通りだった。巨大な樹を中心に都市が精密に設計されたように広がっている。
「美しい星ですね・・・。樹がとても楽しそうです。」
前を行く女官さんに声をかけるともなく声をかける。しかし、長い廊下である。
「そろそろ着替えないと、時間に間に合わないのではないですか?瀬戸様。」
びくんと、引きつったように歩みを止める女官さん。
「くっ・・・。なぜ分かったの?。」
フードをかぶったままそう言う声はやはりあの瀬戸様である。
「人の歩き方を注意深く見る癖がついてしまっていましてね。介護保険の認定調査員などをしていましたので。それに、水鏡さんが、ネタバレしてくれています。」
「く~~、あれだけ言っちゃ駄目って言ったのに・・・。」
「さあさ、時間も押してますし・・・。」
「せっかく人目がないところにいるのに。そんなにイケズなこと言っちゃいやよ・・・。」
目にもとまらぬ速さで抱きすくめられた。うっとりと僕の胸に頭を預ける瀬戸様。
あとで水穂さんに怒られるのが見え見えなので、ちょっと一計。
「瀬戸様、あのとき約束したではありませんか・・・。」
朝の連続テレビ小説モード発動。
「私たちには身分の差がありすぎます。されど、もしかするとアストラルの海ではそのようなしがらみは全くないかも知れません。そう、あの夜、僕たちは誓ったはずです。アストラルの彼方、時の輪の接するところでもう一度誓いのキスをしましょうと。」
目と目を合わせて、こちらも背中に手を回す。
「しかしながら、まだその時には至っておりませぬ。この世での生を精一杯、生きてのち、僕たちにはその資格が得られるのではありませんか?」
一拍おいて。
「さあ、参りましょう。しがらみと世知辛いこの世界を、足下を泥だらけにしながら精一杯歩くのです。そうあの扉に向かって!。」
「はい!。」
少女のような声で答える瀬戸様。ぎ~~~、バタンと適当に指さした扉が開いた向こうには、樹雷皇ほか、首脳会議らしき面々がいらっしゃっていた。そして、やんややんやと拍手喝采してくれる。