「ここかな?。」
クルマを転回させて通行の邪魔にならないように、路肩めいっぱいまで寄せて駐める。
クルマのキーを抜いてズボンの右ポケットに入れ、パンフレットをもって石段を登り始める。やっぱりメタボにはきついなぁ。すぐに息が上がる。どっと汗も噴き出す。
ハアハア荒い息をしながら石段を登っていくと、90度に道は曲がっている。そのまま一〇mほどコンクリートに横筋を入れたような簡易舗装のゆるやかな坂を上ると、今度はさっきと反対方向に90度曲がって、正面を見ると年季の入った鳥居が眼前にそびえ立つ。
そこからがまた急階段で結構長い。手すりにすがって上る感じ。でもなんで、自動車でいける道の入り口がわからなかったんだろう・・・?
鳥居をくぐった瞬間変なめまいがした。う、ついに健康診断「要医療」の本領発揮か?と思ったが、その後は特に何ともない。
途中何度も休みながら何とか登り切ると、ようやく柾木神社境内に入れた。額から噴き出す汗をぬぐって腕時計を見ると、午後3時50分である。
いちおう神社だし、何の神様かは知らないが祭られている神様にご挨拶と言うことで柏手を打とうとしたとき、キンモクセイに似た、甘いようなそれでいてはかない清涼感を伴う風が通り抜けていく。あれ?この時期こんな香りの樹か花かあったっけ?
「あの、もし・・・」
ふと横を見ると、さっき上ってきた階段近くに、赤ん坊を抱いた女性が立っていた。和服に似ているけどもうちょっと原色が配された着物を着ている。雨合羽のようなふわりとした大きめのフードで顔はよく見えない。朱という感じの唇が声を紡ぐ。
「どうしました? 何か僕にご用でしょうか?」
目立たないおっさんに(目立つと言えばお腹周りくらいの)なんだろう?
「・・・ああ、ようやく見つけました。この子があなたを気に入ったようなのです。是非これからの時間をともに過ごしてやってください」
女性の声は心底うれしそうで、まるで若葉時期の木漏れ日のようだった。あかんぼうは、こちらに抱かれようとするかのよぅに、紅葉のような手を振っている。
「ちょ、ちょっと待ってください! 僕は子どもを抱いたことも育てたこともない人間です。こんな自分よりも、何か事情があるのでしたら児童相談所や児童養護施設を紹介しますけど・・・」
慌てて、スマホを取り出し連絡先に入れてあるそういった施設の電話番号を探そうとした。四角い、デザイン重視のアメリカ製のスマホはこういうときに手が滑って困る。案の定落としそうになり、視線を女性から外したらもう居なくなっていた。ふと左手に違和感を感じて、手のひらを開くとクルミよりもう少し大きめの褐色の種のようなものが入っていた。
「・・・田本殿、田本殿だよね?」
今度は反対側から若々しくも張りのある声がした。なれない呼ばれ方したのでびっくりする。
「はい、そうです。・・・、あ、柾木天地君の遠い親戚の叔母さんにあたる方ですか?」
「おば、おばさんぅ??」
い、いかん女性に一番言ってはいけない言葉を使ってしまったぁ。長く赤い髪を頭の後ろでまとめているが余った髪の毛が顔の両側で揺れていて、ちょっとカニのようなイメージの女性である。整った顔立ちは日本人離れどころかテレビでもちょっと見たことがない。
「天地殿がそう言ったのかい? 帰ってきたらおしおきだねぇ」
と言いながら、旅行添乗員のような小さなのぼりを両手に持つ。どこから出したんだろう?しかも「モルモットご一行様」ってなんのことよ?
「わしゅうちゃん、役場の人は来てるのかのぉ」
社務所から白髪長髪で眼鏡をかけた高齢の男性が顔をのぞかせる。ああよかった、柾木勝仁さん生きていた(笑)。
「ああごめん、ごめん、勝仁殿。この方が田本殿だよ」
「おお、そうじゃったか。さささ、こちらへどうぞ」
「柾木勝仁様でしょうか? 西美那魅町役場福祉課の田本と申します。本日は急な連絡でお時間を取らせてしまって申し訳ありません」と言いながら名刺を差し出す。
「いやいや、かまわんよ。なにやら百歳のお祝いがあるとか」
「ありがとうございます。すみません失礼します」
靴を脱いで社務所に上がらせてもらう。そのときにさっきの女性が気になって振り返ってみたがやっぱりいない。
「どうしたんだい、田本殿? さっきも誰もいない方を見て何か話していたけど・・・」
「ええっと、済みません、なんとお呼びすれば良いのでしょうか」
「これはこれは私としたことが。私の名前は、白眉鷲羽。鷲羽ちゃんと呼んで」
にぱっと笑顔で、しかも真顔でそう言うか・・・。
「いや、あの、初対面の人にちゃん付けって・・・」
「田本さん、いいんじゃよ。それにそう呼ばないと鷲羽ちゃん怒るしの」
う、まあとりあえず、話を進めないと。
「あの、さっき階段を上ってきて、ふとみると赤ん坊を抱いた女性がいたんです。それで、突然、子どもが気に入ったようなのでこれからの時をともに過ごしてください、と言われて」
「ほお」
「今日暑いし、急な階段をメタボが上ったもんだから軽い熱中症でしょうかねぇ。白昼夢にしてははっきりしていたんですけどねぇ。自分も若くないです(笑)」といいながら、左手にあった褐色の種のようなものを見せる。
「で、気がついたらこんなものを持っていて・・・」
「なんと!」「こりゃまた!!」
「やっぱり赤ん坊抱いた女の人なんていませんよね・・・ってどうしたんですか?」
ふたりとも目を見開いて驚きの表情で見ている。そして、ずざざざっっと後ろによってなにやら二人でひそひそ話をしている。柾木勝仁さんは、懐から見事な細工の木の棒(?)のようなものを出して右手で握りなにやら念ずるような仕草をした。すると、ぽ~っと棒の下の部分がまるで赤色LEDのように光りはじめる。
「とりあえず、この木の実みたいなのはこっちに置いといて、今度の百歳慶祝訪問の説明を・・・。」
「「置いとかない!!」」
二人してえらい剣幕でハモって怒鳴られてしまった。
鷲羽ちゃんと呼んで、と言った女性は、空中にノートパソコンみたいな半透明の端末らしきものを開いて操作を始めて、同時に腕輪に向かって小声で話している。
「砂沙美ちゃんいる? ちょっと神社の社務所まで来て! え、夕ご飯の用意? いいから早く来て」
勝仁さんのほうは、「そうか、船穂の子どもの・・・第二世代のあの樹が・・・」とぼそぼそと言ったあと、慌てて電話機にかじりつき、「天地、はよ帰ってこい! なにぃ? 残業じゃとぉ、そんなもん明日すりゃぁええ、とにかく早く帰ってくるんじゃぞ」
今度は、社務所の文机の上に、聞いたことのない電子音とともに50インチはあろうかというこれまた半透明のディスプレイのようなものが突然出現し、
「ちょっと、遥照殿。うちの水鏡が新しい仲間ができたって・・・あらお客様??」
どこかのやんごとない女主人みたいな迫力のある女性がドアップで話しだす。
「あの、遥照様。うちの瑞輝ちゃんがお友達が新しくできたって・・・。福ちゃんも一緒になってはしゃいじゃって・・・」
今度は、つやつやの黒髪で日本美人を絵に描いたような若い女性。自動的に画面が二つに分かれる。
「天地先輩のおじいさんですか? あのぅ、うちのZINV(神武)も・・・」
はい、画面が三分割。今度は短髪で、浅黒く精悍な顔立ちの若者である。
「遥照お兄様、龍皇が・・・」
「遥照よ、霧封がなぁ・・・」
連絡が入るたびに画面が分割されていって、なんかもうてんやわんやの騒ぎになっている。