東方増減記   作:例のアレ

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神無月

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とある日の昼下がり

 

さくやは寺子屋に行っていて、訪ねてくる妖怪や鬼もいない

 

完全な自由時間、英語で言うとフリーダムタイム! ………合ってるか知らないけど

 

とは言っても、普段からこんな時間はある

 

その度に何か良い暇つぶしは無いものかと模索するが、一向に良い案は出てこない

 

いっその事、遠出でもしてみようか? いや、また面倒に巻き込まれるかも知れない

 

だからと言って家の中に引きこもっているのもつまらない

 

また河童の所に行って話でもしてこようか……そうだな、それが1番良いだろう

 

思い立ったが吉日、早速河童の所に行こう……

 

 

 

『やっと見付けたよ』

 

 

 

 

最近呼び止められるのが無かったから油断していた

 

溜息を吐きつつ、声のした方を向いてみるが、誰も居ない

 

はて? 気のせいだったのかって……

 

 

 

『何処見てるんだい、こっちさ』

 

 

 

まあ、気のせいだった試しも無いけど

 

その声に従い、視線を下げてみると

 

見事なまでに純白の蛇が1匹、こちらを見上げていた

 

日本全国津々浦々、色んな所を旅してきたけど、蛇と知り合いになった憶えはない

 

「えーと……失礼だけど、どちら様で?」

 

『声を聞いて分からないかい? 神奈子だよ』

 

神奈子? 神奈子って言うと

 

「八坂さん家の神奈子さん?」

 

『妙な言い回しだねぇ。まあ、その八坂さん家の神奈子さんだよ』

 

……しばらく見ないうちに随分と縮んだなぁ。昔はもっと大きかったのに

 

『神奈子ー? 見付かったのー?』

 

茂みの中から蛙が1匹

 

聞き覚えのある声で神奈子を呼びながらぴょこぴょこ跳ねてくる

 

『ああ、諏訪子。こっちだよ』

 

やっぱり諏訪子か

 

こっちも縮んだなぁ

 

男子三日会わざれば刮目して見よ、なんて言葉があるけど、神もしばらく会わないでいたら活目して見なければならないらしい。いや、活目するまでもないか

 

『やっと見付けたねー。苦労したよー』

 

『まったく、こんな分かりづらい場所に住んでるとはねぇ』

 

和気藹々(わきあいあい)と蛇と蛙が話している

 

異様な光景に見えてしまうのは俺だけだろうか

 

「いやぁ……何て言うか…その……縮んだねぇ」

 

これ以外にどう声を掛ければ良かったのだろう

 

『縮んだ? あー、色々あったからねー』

 

諏訪子(蛙)が空を仰ぎ見て溜息を漏らす

 

『諏訪子、適当な事言うんじゃないよ』

 

その諏訪子(蛙)を睨むように見る神奈子(蛇)

 

『神奈子ー、バラすの早すぎ。もう少しノッてくれてもいいじゃんかー。空気読んでよね』

 

何時になったらこの漫才は終わるんだろうか?

 

いい加減に面倒になってきた

 

とりあえず、話を聞く為に2人を家に招き入れた

 

蛇と蛙ってお茶を飲むんだろうか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分の分を含めて3杯、お茶を煎れる

 

お茶菓子も出した方が良いのか迷うが、何も出さないのも味気ないので団子を用意する

 

居間に戻ると、机の上に蛇と蛙が並んで待っている

 

何も知らない状態だったらかなり驚く状況だ

 

「で、何か用なのか?」

 

煎れたお茶と団子を置きつつ訊いてみる

 

『何の用って、用が無ければ来ちゃいけないの?』

 

諏訪子(蛙)が器用に湯のみを持ち一口飲む

 

『今が何月か分かるかい?』

 

神奈子(蛇)が尻尾で串を持ち団子を食べている

 

「今? 今は……確か………」

 

『神無月だよ。神が出雲に集まる月さ』

 

思い出そうとしていると、神奈子が先に答えを言ってしまう

 

訊いた意味は何なんだ?

 

「ああ、そうだったな。で、それが?」

 

『あんたも神なんだから来るのが道理だろう? だってのに、待てど暮らせど来やしない』

 

『で、今回も来ないだろうなーって思って、だったらこっちから迎えに行けばいいんじゃないかってなったんだ』

 

成程、迷惑だ

 

「俺は神になった事を認めたつもりは無いんだけど」

 

『認めようと認めまいと、祀る人達が居て祀られる対象が居れば何を言おうとアンタは神なんだよ』

 

個人的には暴論に聞こえるけど、神の間では常識の範疇なのかも知れない

 

だったら仕方ない、大人しく行こう……とは、ならない

 

「悪いけど、忙しいんだ。さくやの寺子屋の事もあるし」

 

決して忙しくは無い。半ニートだし

 

いや、違う。俺は専業主夫なだけだ。でもさくやの事は本当

 

『忙しいって、さっき凄く暇そうにしてなかったかい?』

 

見られていたらしい

 

「それでも、うちの娘が寺子屋に通っているのは事実だから」

 

『娘ってあの時の赤ん坊でしょ? 今いくつ?』

 

「もうすぐ6歳になるな」

 

言われてみれば、さくやの誕生日が近い

 

何かプレゼントを考えなくちゃな

 

『だったらさくやちゃんだっけ? 一緒に連れてきちゃえば?』

 

さらっととんでもない事を言うな

 

『ちょいと諏訪子、何言ってんだい?』

 

日本の神が一堂に会する場所に人間の子供を連れて行けと?

 

『どうとでもなるでしょ。ほら、あのきーちゃんもよく赤ちゃん抱いてくるし』

 

まずきーちゃんが誰かが分からない

 

『あれは子供を守る神だから許される事だろう。灰刃は……子宝の神だったね』

 

面倒くさい事が起こりそうな予感、いや予感じゃないか

 

『ほら、子宝の神が子供を連れていても不自然じゃないでしょ』

 

まず妖怪が神になって、それが子宝の神って事が不自然だと思う

 

「………はぁ。分かったよ。行けば良いんだろう」

 

人間……いや、妖怪も諦めが肝心だ。……今は神か?

 

『良かったねー。これでようやく守矢の神が揃って出席できるよー』

 

出席って、同窓会みたいなノリなのか?

 

「それはそうと、何でそんなに縮んでるんだ?」

 

今の今まで訊けずにいた事を訊いてみる

 

『これかい? 私たちはもう出雲にいるからね。アンタを呼びに行く為に貸して貰っているんだ』

 

誰に貸して貰っているんだ?

 

素朴? な疑問を抱きつつ、帰っていく蛇と蛙を見送る

 

今日はさくやを迎えに行きつつ、しばらく休む旨を伝えよう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ」

 

っと言う間に出雲の目の前辺りまで来ていた

 

スキマを使えばすぐなんだけど、目的地は行った事が無い場所なので近くに適当にスキマを開いた

 

どっかの神社らしいけど、諏訪大社の前例がある。あの時以来あまり神社仏閣には近付かないようにしていたのが仇になった

 

「どうかしたの?」

 

「いや、何でもない」

 

いきなり「あ」とか言えば疑問に思うのも不思議じゃないか

 

今はさくやを背中に乗せて飛行中

 

時折人間に見られるけど、時期が時期だけにどっかの神だと思われているっぽい

 

別に姿を見られちゃいけないってルールは存在しないので、かなりおおっぴらに飛んでいる

 

1時間程、空を飛んでいくと目的地が見えてくる

 

かなり大規模な神社だ

 

「あそこに行くの?」

 

「らしい。ああ、面倒になってきた」

 

「父さんの場合は初めからでしょ」

 

さすが俺の娘、良く分かっている

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神専用の入り口から入ると外から見たよりも遥かに大きい部屋が広がっていた

 

和風な畳張りの部屋に入ると、いるわいるわ

 

人間にしか見えない姿の神やら俺みたいに翼を持っている神、頭が動物になっている神もいれば動物そのものな神

 

それらが床に座って酒を酌(く)み交(か)わしている

 

大部屋にたむろっている神々を見回していると、そこにいる神たちの視線が一斉に俺に向く

 

その見られた状態でひそひそと話し出す

 

聞こえてくるのは

 

「アレは妖怪か?」

 

「妖気を放っている、妖怪なんじゃないか?」

 

「妖怪が入り込んでいるぞ」

 

「人間の子を連れているね」

 

「助けた方がいいのかしら?」

 

とか話している

 

このまま面倒な展開になるのも面倒なので、面倒だけど神力を解放する

 

すると「何だ、お仲間か」と、途端に興味を失ったなくしたようだ

 

「あ! 灰刃、こっちこっち!」

 

離れた所に座っている諏訪子が俺を見つけ大声で呼んでいる

 

他の神たちの手を踏まないように、ぶつかったりしないように注意しながら近寄っていく

 

さくやは当然、抱きかかえている

 

諏訪子の周りには神奈子と見知らぬ神が座っている

 

「もー、遅かったじゃない」

 

「呼ばれてからすぐに出るって訳にもいかないだろうが」

 

こっちにもそれなりに準備があるっての

 

「ふったっへはいでふわりな」

 

既にかなり出来上がっている様子の神奈子に促されて座る

 

多分、突っ立ってないで座りなと言ったんだと思う

 

「直に会うのは久しぶりだねー。それで、その子がさくやちゃん?」

 

戸惑っている様子のさくやは自分の名前を呼ばれた瞬間、ビクッと反応する

 

「は、はい。始めまして、父さんの娘のさくやです。何時も父がお世話になっています」

 

緊張していながらも礼儀正しい、本当に俺に似ないで良かった

 

そういえば、こんなに大人数……大神数? の人……神がいる状況は初めてだったっけ?

 

「正確には初めてじゃないんだけどね」

 

さくやを預かった頃に一度だけ会った事がある程度だろう

 

憶えている筈はない

 

「で? そちらさんはどなたで?」

 

先ほどからこちらのやりとりを見ながら微笑んでいる神を見ながら訊いてみる

 

「前に少し話したよね? 鬼子母神のきーちゃんだよ」

 

座ったまま軽く礼をしてくる

 

「始めまして、鬼子母神の鬼衣(きい)と申します。同じ子供を司る神として一度お会いしたいと思っていました」

 

「これはこれはご丁寧に、始めまして灰刃です」

 

余りにも丁寧な態度に思わずこっちも敬語になってしまう

 

よくよく見れば赤ん坊を抱いている

 

「正確に言えばきーちゃんは日本の神じゃないんだけど、こっちでも信仰はあるからね」

 

その為にわざわざ海を越えてきたのか、ご苦労な事で

 

で、何でさっきから諏訪子しか喋らないかと言うと

 

「……うぅん」

 

神奈子は一升瓶を抱えて寝ている訳だ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、俺が育てたのは3人くらいだ。内2人は吸血鬼」

 

「まあ、吸血鬼?」

 

鬼衣と子育て談議に花を咲かせる

 

これが不思議と話が合う

 

何でも鬼衣には子供が500人程いて、更に増え続けているらしい

 

「そんなに多いと大変じゃないか?」

 

「いいえ、子供たちの笑顔を見れば大変さなんて何処かに飛んでいってしまいます」

 

「ああ、その気持ちは分かるな」

 

そんな会話をかれこれ5時間

 

さくやと諏訪子は既に寝てしまっている

 

さくやは俺の膝を枕に、諏訪子は神奈子の胸を枕に

 

逆に寝苦しくないか、あれ?

 

「でも、如何して妖怪である貴方が人間の子を育ててるのですか?」

 

鬼衣に俺が妖怪である事は説明済みだ

 

さくやがしっかりと眠っている事を確認する

 

「いやな、もう5年も前の事なんだが、偶然さくやの両親の死に目に遭遇してな……その時にさくやの事を頼まれたんだ」

 

あの時の事を思い出しながら酒の入った杯を傾ける

 

「初めは面倒だって思った。けど、頼まれたからにはって育てている内に段々と、な」

 

話をしつつ、もう一度さくやが寝ているか確認

 

お約束として、実は起きてて話を聞いてたってパターンが多いからな

 

フラグは潰しておくに限る

 

「とにかく大変だった。何よりも母乳の確保が」

 

あまり思い出したくないけど、昔に喰った騎士の中に女性が混じっていたらしい

 

この時代に女性騎士はかなり珍しい……ってか、まずいない筈なんだけど

 

その女性としての面を限界まで増やして、逆に男性としての面を限界まで減らした

 

結果として一時的な女性化をして、更にホルモンなんかの分泌を増やして母乳が出るようにして、と

 

今思い出してもトラウマものだ

 

一時は自分を見失いそうにもなった

 

さくやが早めに乳離れをしてくれなかったら、そのまま女性として生きていたかも知れない

 

考えただけで冷や汗が止まらなくなる

 

「まあ、すくすくと大きくなってくれちゃってな。俺に似ないでしっかり者で」

 

なんだろう、酔っているのか?

 

色々な事を思い出しては語っている

 

ああ、何だか眠くなってきた

 

そろそろ俺も寝るか

 

さくやをそっと抱き上げて翼を布団代わりにさせる

 

見た目は刃っぽいけど、妖力を込めなければ普通の羽毛と変わりない

 

鬼衣はその様子をみて微笑んでいる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その次の日もただただ酒を飲んでいるだけだ

 

そういえば、神無月って言うんだった。多分、一ヶ月は続くんだろうな

 

一ヶ月此処で飲み続けるのか……キリの良いところで帰るか、さくやの勉強が遅れるのはよろしくない

 

「ここ、座っても良いですか?」

 

不意な声に顔を向けると、赤いドレス? を来た女性が立っていた

 

「ああ、構わないよ」

 

今、俺の周りには誰もいない

 

神奈子と諏訪子はそれぞれ知り合いの神の所に。さくやは鬼衣の抱いていた赤ん坊に授乳する所を見に行ってしまった

 

やっぱり母親が必要なのかも知れないな

 

「始めまして、秋(あき)静葉(しずは)、紅葉の神です。貴方は灰刃さんですよね?」

 

「確かに俺は灰刃だけど、どっかで会った事でもあったか?」

 

俺の記憶が確かなら初対面の筈だけど

 

「色々と噂は聞いてましたから」

 

神が知れる噂って言うと、発信源は神奈子か諏訪子か

 

碌な噂じゃないんだろうな

 

「ある日いきなり祀られて神になったって、一部で有名ですよ?」

 

「それは自分の意思じゃ無い」

 

突然過ぎて驚いたのはこっちも同じだ

 

「どんな人が神になったのか興味があったから来てみましたけど、どうやら元人間って訳じゃなさそうですね」

 

何で昨日、鬼衣に説明したばかりの事を訊きに来るんだ

 

「俺は元妖怪、以上」

 

「そうなんですか。どうして妖怪が神になったりしたんですか?」

 

説明が面倒だからこそ、以上と切ったのに

 

「それ、説明しなきゃだめか?」

 

「神には娯楽が必要で、その為の集まりなんですから話して下さい」

 

ああ、そういう集まりだったのか

 

ただ呑みあかしているだけの集まりかと思っていた

 

秋はにこやかにこっちを見つめている

 

暗に話さないとここから離れないと語りかけているみたいだ

 

仕方ない、面倒だけど話すか

 

「長くなるから秋も呑め」

 

「あ、静葉と呼んで下さい。妹がいるんで、混同しないように」

 

言いながら杯を持ち、注いで貰う体制になる

 

手酌させるのもどうかと思ったので、注いでやる

 

話をしながら今日も夜が更けていく

 


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