西住みほの追憶   作:なかた

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前編

「ねえねえ、今日学校終わったらさつまいもアイス食べにいこうよ」

いかにも明るそうな女の子、武部沙織さんが言いました。誰とでも仲良くなれて、親しみやすい人です

 

「それはとても良い案ですね。是非行きましょう」

それに返事をしたのは、五十鈴華さん。優しくて物静かなだけど、いざとなるととてもしっかりしています。

 

「私はいい。今日は朝練があったせいで眠くてたまらん。帰って寝る」

眠そうにしているのが冷泉麻子さん。クールそうだけど、家族と友達をとても大切に想っている心の温かい人です。

 

「ええー、麻子もいこうよー。て言うか授業中あんだけ寝てたのにまだ眼いの?」

沙織さんが呆れたように言いました。

今日麻子さんは学校にいる間ほとんど寝ていたように思います。それでも先生当てられた時はすぐに起きて、すべての問題に正解していました。麻子さんってすごい。

 

「私には早起きなど本来はできない。だがそれを今日してしまった。その反動が今出ている」

「そんなこと言わずにさ、アイス食べたら元気出るって」

「頑張ってその生活リズムを続ければ、直に慣れてくるのでは?」

「そんな事は人にできる事ではない!私に死ねと言うのか!!」

その言葉を言った麻子さんの声はすごく迫力がありました。そこまででもないとおもうんだけどな……

しばらく説得が続きました。どうやら麻子さんも行く事になったようです。

 

「あ、あの~」

控えめに言っているのがくせ毛が特徴の戦車が大好きな秋山優花里さん。

 

「あ、もちろんゆかりんも行くよね?」

「い、いいんですか!ありがとうございます」

優花里さんが嬉しそうに言いました。優花里さんはいつも遠慮がちです。私も気持ちは分かります。私も友達がいなかったから、積極的に話していいのか。もしそうしたら調子に乗ってるなんて思われるんじゃないかと思ってしまってなかなかみんなとうまく話すことができませんでした。

 

「ねえ、みぽりんも行こうよ」

「え、あ、うん、行こう」

ちょっと物思いにふけっていた所だったので、返事がぎこちないものとなってしまいました。

 

「どうされました?少し上の空でしたが」

「どこか、お体の具合でも悪いのですか?」

「無理はするな」

華さん、優花里さん、麻子さんが心配して言ってくれました。

 

「大丈夫だよ。ちょっと考え事してただけだから」

私は笑顔で言いました。そしてみんなが心配してくれたことが、とても嬉しかったです。

 

沙織さん、華さん、優花里さん、麻子さん、みんな私が大洗に来てできた、かけがえのない友達です。

友情は瞬間が咲かせる花であり、時間が実らせる果実である、と言う言葉通りの、大切な友達です。

そんな友達が出来た事が、大洗に来て本当に良かった。と思う一因でもあります。

 

しかし、大洗に来た事を考えていると、私の黒森峰にいた頃の、トラウマといっていい記憶も蘇ってきます。その事を考えてしまうと、今もまだ、とても胸が苦しくなります。

 

「みぽりん、置いていくよ~」

「あ、ちょっと待ってよ」

 

行きながら、思い出そうか。私が大洗に来るまでのこと。大好きな友達の近くなら、少しは苦しくないと思うから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒森峰女学園は、古くから伝統のある戦車道の強豪校です。私は憧れである、まほお姉ちゃんを追って、黒森峰に入学しました。そこで見たのは、凄い人数の人が、競い合い、良い戦車を勝ち取ろうとする、勝負の世界でした。ちょっと怖かったけど、それでも私は、憧れのお姉ちゃんと一緒に戦いたくて、がんばりました。その結果、私は全国大会で副隊長の役割を任されました。教官達や、OGの方々からは、反対の声もあり、他の部員からもよく思われていなかったようですが、それでもお姉ちゃんは私を信頼して、副隊長を任せてくれました。それは本当に嬉しかったです。

 

 

 

 

けど、それは同時にプレッシャーでもありました。副隊長が隊長の身内だなんて、結果を残さなければ絶対に世間からはいろいろ言われるでしょう。それも私よりも、お姉ちゃんの方に……

 

それに加えて、黒森峰は全国大会九連覇中でした。あの読売ジャイアンツですら達成できなかった十連覇に挑戦していたのです。日に日に期待が高まっていくのを感じました。話したことのない人ですら、私に期待している等と言う言葉を掛けてきました。対戦校も十連覇はさせまいとうちを研究し、喰らいついてきます。

 

 

 

緊迫した戦いの連続、九連覇中の緊張、西住の名前などで、私は心身共に疲れ果ててしまいました。決勝戦前なんかは、とても試合のできる精神状態ではなかったと思います。しかし、私の引っ込み思案な性格と、西住の名前が災いして、そのプレッシャーや疲労を吐露できるような友達は一人もいませんでした。お姉ちゃんに話そうともしましたが、お姉ちゃんは学校の誇り、家の誇りをすべて背負って戦っていました。私よりもプレッシャーを感じ、疲れているはずなのにとても私個人の事など話せませんでした。そして決勝戦の日を迎えました。

 

 

 

その試合中、川沿いを移動していたら、相手の砲撃で足場が崩れ、仲間の一両が、川に落ちてしまったのです。

その瞬間、私は頭が真っ白になりました。

聞こえたのは、無線越しに聞こえた、チームメイトの悲鳴でした。

私は居ても立ってもいられず、ただ、助けたくて、気付けばその戦車が沈んだ川に自分が乗るフラッグ車を放り投げて飛び込んでいました。

 

 

その判断が正しかったのかは、今もわかりません。

きっと、これからも分からないのではないかと思います。

 

けど、分かるのは、この行為が西住流においては許されないことであったことと、十連覇を期待していた人達を、裏切る行為だったと言う事です。

 

 

川に落ちた戦車は引き上げられ、私も陸に上がった時、待っていたのは、皆の冷たい目と、プラウダ高校の人の、バカなやつがいて助かったとこそこそ話す声でした。そこで、私ははじめて自分の乗っていたフラッグ車が撃破されて十連覇を逃してしまったと言う事に気付きました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

表彰式も終わり、誰もがプラウダ高校の勝利を祝福し、黒森峰を嘲笑する中、多くはお姉ちゃんに対してですが、敗北の原因である私にもマスコミの方々からの質問が飛んできました。

 

「西住みほさん!十連覇を逃した今の気持ちをどうぞ」

「あの川に飛び込んで行った所、一体何を思って飛び込んで行ったんですか?」

「あの行為は、『何があろうと前に進み、相手に勝利することこそが全てである』と言う西住流の言葉とはちがっているんじゃないですか?」

「ええと、その、あの、」

 

すごい勢いで寄せられる質問に、もともと引っ込み思案である私に答えられるはずはなく、ただうろたえるだけでした。

 

「すみませんが、今、みほも私も負けたばかりで何も考えることができません。どうか、取材ならまた後日にお願い致します」

 

お姉ちゃんはそう言って取材をすべて無理矢理打ち切りました。そのお姉ちゃんも決勝戦が終わってから一度も目を合わせてくれませんでした。私がどんな失敗をした時でも、励まし、優しい言葉をかけてくれたお姉ちゃんでさえ、私に目すらも合わせてくれないのです。私にはすべての人が敵になったように感じました。

 

今思えば、あの時のお姉ちゃんは、私と同じで冷静になれていなかったのではないかと思います。いろいろな人から十連覇を期待され、家の名前まで背負って私以上にプレッシャーを感じていたはずです。その十連覇ができなくて、きっとどこかに心の拠り所を求めていたのでしょう。きっと私を罵倒したい気持ちもあったはずです。けど、それをしなかった。それどころか、私を庇ってさえしてくれていました。やっぱり、お姉ちゃんは今も昔も変わらないやさしいお姉ちゃんでした。けど、そんな事はまともな精神状態じゃないその時の私に分かるわけもありませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学園艦に帰った後、チームメイトからの厳しい追及が待っていました。皆が敗北の原因である私を一斉に責め立ててきました。

 

「西住!!どうしてあそこでフラッグ車を放り出したりした!!お前には黒森峰の副隊長だと言う自覚がなかたのか!」

 

先輩が私に向かって厳しい口調で言ってきます。その声は怒りに満ちていて、私はまともに顔を見ることができませんでした。

 

「そんな、私はただ、皆を助けたくて……」

「たとえ戦車が川に落ちてもすぐに戦車に水は入らないし、救助隊もすばやく救助をしてくれていただろう。それなのにお前はフラッグ車を放り投げたりして……お前は皆の期待を裏切ったんだぞ!!」

 

何も言い返すことができませんでした。運営がそう言う事故に対して対策を練っていて即座に救助に行ける体制を作っていたことは事実でした。そして、私の行動が皆の期待を裏切ったことも……事実でした。

 

「聞いているのか!!」

「その辺にしないか」

 

私が言い返せず、下を向いて黙っていると、お姉ちゃんがそう声を掛けてくれました。私がホッとしてお姉ちゃんの方を見ると、お姉ちゃんは、とても冷たい目で私を見ていました。

 

「しかし隊長、コイツは」

「もう終わったことだ。それに、あそこで川沿いに移動するしか無い状況を作ってしまった私にも責任がある。あまりみほだけを責めるな」

 

その声は、無理に捻り出したようなぎこちない声でした。その目は、負けたのは私のせいにしたくてたまらないような、そんな目でした。そしてお姉ちゃんは続けます。

 

「皆、言いたいことはあるだろうが、試合直後で私達は冷静になれていない。そんな状況で敗因を分析した所で、一元的な結論になるだけだ。それに、先程も言ったように負けたのは副隊長だけの責任ではない。皆、今日はすまなかった。私からも謝罪する」

 

お姉ちゃんは、皆に向けて頭を下げて謝っていました。そしてその時、皆の私に対する非難の目が更に高まりました。

 

「それでは今日のミーティングは終わりにする。皆今日は休め。そして明日から、もういちど再スタートだ。では、解散」

 

「隊長はなんにも悪くないのに」

「悪いのは副隊長の方なのにねえ」

「なんでアイツは謝らないのかしら」

「しかもアイツなんか文句言ってなかった?」

 

そんな陰口が聞こえました。私は解散の指示が出ていたのに、先輩の言葉や、お姉ちゃんの態度などがあって私の行動は間違っていたんじゃないか、などといろんな思いがゴチャゴチャしてしばらく動くことができませんでした。

 

 

 

 

 

 

ようやく動けるようになり、寮に帰っていると、数人の先輩達が現れて私を取り囲んできました。全員、私が副隊長をしていた事を気に入らなかったらしい人達でした。

 

「西住ィ、お前ちょっと面貸せ」

「は、はい」

私はそう答えるしかありませんでした。

 

 

 

連れて行かれた先は、学校の人気のない路地裏でした。私は壁を背に囲まれ、厳しい追求を受けていました。

 

「お前、隊長に頭を下げさせて、なんで平気でいられるんだよ」

「へ、平気でなんて……」

「何にも悪くなかった隊長が皆に頭を下げたんだぞ。てめえのすべきことはなんだよ」

「………………」

「オイ、何とか言えよォ!!」

 

私が黙っていると、先輩が思いっきり私の頬を叩きました。それは一晩中腫れが引かなかったほどのすごい威力でした。それでも黙っていると、先輩はため息をついて言葉を続けました。

 

「はあ、そう言うと所がイヤだったんだよ。普段はそんな風におどおどしてるクセに、戦車に乗ってる時だけは一丁前に先輩である私達に向かって指図しやがる」

「そうそう、アンタ調子乗ってんじゃないの?」

「なんとか言いなさいよ!!」

 

リーダー格の人の言葉を皮切りに取り巻きの人も私に言葉を投げかけました。しかし、それでも私は俯いた顔を上げることができませんでした。

 

「こいつまだダンマリかよ。こりゃもっと痛めつけてやんねえといけねえかなァ!!」

 

そう言うと、先輩達は私を叩いたり蹴ったりを続けました。この時は、今でも思い出すのが辛いです。

 

 

 

「あなたたち!!何をやっているの!!」

「やっべ、西谷だ」

「覚えてろよ!!てめえ」

 

先生が来て、やっと私は解放されました。痛みに悲鳴を上げる体に鞭を打って、フラフラしながらも私は立ち上がりました。

 

「ありがとう、ござい、ます」

 

私がそう言って立ち去ろうとした所、先生がこう言いました。

 

「あなたもあんな事をして、なぜ謝らないのです。素直に謝らないからあんな事になるのですよ」

 

先生は厳しい口調でそう言いました。私はその言葉に返すことができませんでした。先生にすらそんなことを言われて、私の気持ちは沈んでいっている太陽のように沈んでいきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

寮になんとか帰った後、私は体と心の痛みで何をする気力もわかず、ずっとベッドで横になっていました。真っ暗の部屋の中で一人でいるとチームメイトの言葉を思い出してしまい、胸が苦しくなりました。

 

『お前は皆の期待を裏切ったんだぞ!!』

『本当に悪いのは副隊長の方なのにねえ』

 

そんな言葉を思い出す度に思った事はこうでした。

 

(私、なにか間違った事、しちゃったのかな…………)

 

気が付けば、私の目からは涙が流れてきて、それはしばらく止まりませんでした。そして、戦車から逃げたくてたまりませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日、疲労のせいか頭が痛く、体がだるかった事を覚えています。私は気分が晴れないまま、重い足取りで学校へ向かいました。教室に入ると、普段は目立たない私に物凄く視線が集まってくるのを感じました。それも良い視線ならよかったんだけど、感じる視線はまるで腫れ物を見るような、そんな視線でした。そしてひそひそと話す声も聞こえました。

 

「西住さんって昨日の決勝戦に出てたよね」

「川に落ちた戦車を助けに行って、それで戦車が打たれて負けたんだよね」

「何それ。西住さんのせいじゃない?」

「しっ聞こえるよ?ほら、なんかこっち見てるし。で、聞いた話によると、全然悪くないお姉さんに頭を下げさせて、自分は平気な顔してたんだって」

「何それひっどーい」

「それに、副隊長になったのだって、お姉さんに頼み込んだかららしいし」

 

どうやら私の行動を良く思ってなかった人があることないことを広めたようでした。もともと引っ込み思案の上に、昨日あれだけの事があったので無関係の人にわざわざそれを訂正する気力は起きませんでした。けど、あまりいい気はやっぱりしません。

 

授業中も皆は私に視線を向けてきます。普段注目されるのに慣れていない私は、それだけで疲れている体にもっと負担がかかっていました。それに、戦車道のことをなにも知らない人にいろいろ言われて、苛々していました。

 

 

「ねえねえ」

放課後、重い体を押して戦車道の訓練に行こうとすると朝、私の事を話していた二人が私に話しかけてきました。

 

(確か小池さんと大沼さん、だったかな)

「西住さん、昨日の決勝戦残念だったね」

「おしかったね~」

「う、うん」

 

明らかにからかっているような声に、余計に私は腹が立ってしまいました。

 

「戦車が川に落ちなかったらまだ分からなかったのにね」

「う、うん。じゃあ私、今日も戦車道がありますから」

 

私が廊下に向かっていこうとすると、後ろから馬鹿にしたような声が聞こえてきました。

 

「またお姉さんに自分を副隊長にするように頼みに行くの?」

「あんなヘマやっちゃったんだから、今度はダメかもね」

 

(怒るな、この人達は何も関係ない。悪いのはこんな話を流した人達だ)

 

私はどうにか湧き上がってくる怒りを抑えて教室を出ようとしました。

 

「それにしても、西住さん他の人とちがって楽でいいね~」

「そうそう西住家にいるおかげで、楽して副隊長になれるんだもの」

「あははははそれ言えてる」

 

その言葉で私に我慢の限界が近づこうとしていました

 

(そんな勝手な事言わないでください!!私が西住流の名前のせいでどれだけ苦労したか知らないクセに、そんなに副隊長になるのが簡単なら今私はこんなに責任を感じてない!!副隊長は西住の名前関係なく凄い競争の末に勝ち取ったものなのに、こんな毎日を平凡に暮らしているような人に分かった風に西住の名前を語らないでください!!)

 

そんな言葉をどうにか心の中だけに留めて、私は一言だけ言いました。

 

「名前だけで副隊長になれるほど、ウチは甘くないです」

 

それだけ言って、私は教室から出て、訓練に向かいました。少しドアを閉める力が強くなってしまいました。

 

 

 

廊下に出ても、すれ違う生徒達はみんな私の方を見てきます。そして、なにか私の悪口をこそこそ言っているようでした。頭痛とだるさは、歩く度に増して行きます。そして、私は体の異変に気付きました。

 

(あ、あれ?なんだかめまいがする)

 

なんとか歩こうとしましたが、私は倒れるのを我慢することはできませんでした

 

(我慢したの、やっぱりよくなかったのかなあ)

 

そう思ったのを最後に、私は意識を失ってしまいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、うーん」

 

目が覚めて、視界に飛んできたのは、白い天井でした。

 

「そうか、私、倒れて、気を失って…………ここ、保健室?」

「あら、起きたの」

「あ、先生、私はなんで倒れたのでしょうか?」

「過労ね。最近、大会があって、きっと気を抜いてなかったのでしょう。とりあえず今日は安静にしてなさい」

「そう、ですか」

(過労、か。思い当たる事はいっぱいある。練習、試合、試合の後……うっ)

「頭、痛い」

 

除々に意識が回復してくると、いろいろと考える事ができるようになり、そうすると、いやでも思い出したくないことが思い出されてきます。

 

「もう少し、ここで安静にしていなさい。ほら、これ薬」

「ありがとうございます」

「それとね、あなたをここまで運んできたのは、あなたのお姉さんよ」

「え?」

「西住さん、本当にあなたを心配していたのよ。みほは大丈夫なのかって何度も聞かれたんだから」

「お姉ちゃんが?」

「そう。ずっと付きっ切りで看病しててね。練習があるんだから速く行きなさいって言ったら、本当に苦しそうな顔をして出て行ったわ。みほの事、よろしくお願いしますって言ってね」

 

あんなに冷たい目をしていたお姉ちゃんが保健室まで運んでくれたなんてその時の私には、全く信じられませんでした。一体どう言う事かと考えていると、保健室のドアが開く音が聞こえました。そこには……

 

「お姉ちゃん」

「みほ、起きたか。大丈夫か。心配したぞ」

 

その声は、昔と同じ、とても優しい声でした。

 

「う、うん。大丈夫」

「そうか。では、寮に帰ろう。先生、ありがとうございました」

「うん、お大事にね」

「ありがとうございました」

 

その日は寮までお姉ちゃんと一緒に帰りました。それはとても久しぶりなことで、私に少しの安心感を与えてくれました。お互い何も話さず歩いていると、お姉ちゃんがこう言いました。

 

「そういえば、こうして一緒に帰るのは、小学校低学年ぐらいの時以来か」

「そうだね。あの頃はよく、一緒に遊んでたよね。それからはお姉ちゃんも忙しくなって、あまり遊べなくなっちゃったけど」

 

私は本格的に戦車道を始めたのは中学生になってからですが、お姉ちゃんは西住流の正統な後継者なので、早くから戦車道を始めていました。

 

「ああ、あの頃はみほも私も、家の名前など気にせず、ただかっこいい戦車に乗る事を心待ちにしていたな」

 

小学校の頃は、お母さんが戦車に乗っているのを見てあこがれて、自分が将来あんな姿になるのだろうと考えると、心が躍っていました。戦車に乗るのが、こんなに大変だと思わずに…………

 

「すまなかった」

 

急にお姉ちゃんが私に頭を下げました。すると私はあわてて言いました

 

「いや、いやいや。お姉ちゃんは何も悪いことはしてないよ」

「いや、私としたことが、決勝で負けたことばかりに目が行って、部員をちゃんと見れていなかった。あの後二年に酷い事をされたのだろう。それから、噂の事も」

「…………しょうがないよ。だって、私のせいで」

 

(そうだ、私のせいだ。あの行動はまちがっていたかは分からないけど、あれのせいで十連覇は…………)

 

そんな事を思っていると、お姉ちゃんは優しい声で語りかけてくれました。

 

「みほ、あまり自分を責めるな。確かに直接的な原因はみほだったかも知れない。けど、負けた理由は他にもある。昨日も言ったように、私の指揮にも原因はあった」

「そんな、お姉ちゃんは別に」

 

私がそう言うと、お姉ちゃんは首を横にふり、

 

「そんなことはないさ。私は弱い人間だよ。プレッシャーから私は決勝にたどり着くまでも、何度かミスをし、チームを窮地に追い込んでしまった事もあった。決勝まで行けたのはみほ、お前がいてくれたからだ」

 

と言ってくれました。そして続けました。

 

「みほ、変な噂が流れているようだから言っておく。私はお前が一番適任だと思ったからお前を副官にしたんだ。あのチームの誰よりも、な」

「う、うん、ありがとう」

 

その言葉が聞けただけでも私はすごく嬉しかったです。私を肯定してくれる人なんて居なかったから。

 

「あと…………」

 

お姉ちゃんはとても深刻そうな顔をして切り出しました。

 

「お母様がお前と私を呼んでるらしい。明日、一旦家に帰るぞ。…………決勝戦についての事らしい」

「うん、わかった」

「後、なにか悩みがあれば、聞くぞ」

「…………ううん、大した事じゃないし、大丈夫だよ」

「……そうか、分かった」

 

お姉ちゃんは私に気を使って、私の悩みを聞いてくれようとしました。けど、それはできません。

 

その後は、私はできるだけ笑顔でいるように心がけました。お姉ちゃんは平気な風にしてたけど、絶対に十連覇を逃した事でいろいろな人からいろいろ言われて、きっと私よりも疲れていたのではないかと思います。この日迷惑をかけた分、もう迷惑をかけてはいけない。そう思いました。

 

けど、私の悩みは解決したわけではありません。私は昨日と同じように何もする気が起きず、横になりました。

 

______怖い、帰るのが、怖い______

 

明日家に帰れば、お母さんに何を言われるか分からない。私のせいで西住の名前を汚され、絶対怒っているはず。それだけじゃない。門下生の人もきっと私に腹を立てている。どんな目で見られるか、想像しただけで心が凍りつくようでした。

 

______戦車道なんて、もうイヤだ______

 

先輩からは暴行を受け、クラスメイトからは馬鹿にされ、助けた同級生はまるで私を庇ってくれない。戦車道なんかやっていなければ、こんなことにはならなかった。そんなどうしようもない考えが頭の中をグルグルしていました。

 

______西住の名前なんていらない。普通の学校生活がしたい。______

 

西住の名前を捨てて普通に友達を作り、他愛も無い話で盛り上がり、帰りに寄り道して何かを食べて帰る。そんな普通の学校生活ができたら、どんなに楽で、どんなに楽しいだろうか。けど、それを思い浮かべると、そんなことはありえないと思ってしまいました。私は人見知りだし、名前を捨てたとしても友達なんてできないんだろうなあと思っていました

 

けど、この願いは叶ってしまいました。それは私に声を掛けてくれた沙織さんと華さんのおかげです。二人共本当にありがとう。

 

それはともかくとして、その夜はその三つが私の中をグルグル回り、夜はまったく眠れませんでした。時間は流れてほしくなくても、容赦なく流れて行きます。私にできたのは、ベッドにうずくまって、ただ時間が流れるのを待つことだけでした。


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