ブラック・ブレット〜Perfect Answer〜   作:哉識

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すみません!遅れましたっ!

では、ついに本編&主人公、ヒロインです!!


第一話

 

疲弊しきった身体でドアを開け、背をドアに預けその場にへたり込み、

 

「し、死ぬかと思ったぁぁぁ」

 

マリアナ海溝よりも深い溜息をついた黒ローブを纏った少年。

それを待っていた様に足音がして、長い黒髪の少女が少年を満面の笑みで迎える。

 

「おかえりなさいっ、兄さん」

「あぁ、ただいま、希」

 

ローブを脱いだ少年の顔があらわになる。その少年の顔はお世辞にもカッコいいとは言えず、多少整ってはいるが、十中八九、人は彼の顔を『悪い顔』していると言うだろう。目の下には濃いクマがあり、黒色の髪には寝癖が少々ついていた。

しかし、妹の方は掛け値なしの美少女である。肘ぐらいまで長く伸びた美しい黒髪、陶器の様に白く透き通る肌、スッとのびる手足、何よりもヒマワリが咲き誇んばかりの笑顔が彼女の可愛らしさをさらに引き立てていた。

 

「何かあったんですか?完璧の答たる兄さんがこんなになって」

「人とぶつかった。気を付けてたんだけどなぁ、最下位《ワースト》らしく、夢見望《ゆめみ のぞむ》らしくやらかした」

 

望は弱々しいながらも立ち上がる。しかし望の期待していた最愛の妹からの労いの言葉ではなく、冷たい視線を感じる。

 

「兄さん、わたしに嘘ついてたんだね。人間恐怖症は治ったって言っていたのに……」

「お、おかしいなぁ〜治ったと思ったんだけど」

 

そっぽを向いて答える望。望は正真正銘、人間恐怖症かつ人間不信でありコミュ症引きこもり童貞の社会不適合者である。唯一、気を許せる人間が妹の希《のぞみ》だけ。ある条件を除き、希以外の他人とはまともに喋ることすらままならない。そして、

 

「超がつくほどの美人さんで誰にでも優しいうちの希ちゃんとは出来が違うんだから、仕方ないだろ」

 

自他ともに認めるシスコンでもある。……認めるほどの他人との面識があるのか、というのもまた別の話だが。

 

「嘘を吐いてたのは許さないけど、いつまでも手のかかるそんな兄さんもお世話できて私的には好きですけどね。兄さん、ご飯できてるよ」

 

希は望の手を引く。望の言った通り、希は類稀な美貌を持つ美少女で人当たりも良く、誰にでも優しくするので、人によく好かれる。そして、料理洗濯掃除家事ならなんでもこなす。彼女の通ってる学校では絶大な人気を誇り、大きなファンクラブまであったと言われる。いわば、誰からも好かれる清楚系アイドルみたいなものだ。ちなみにファンクラブは開設一週間で何者かによって滅ぼされた。その犯人は未だに不明である。

 

しかし、希には死守せねばならない重大な秘密がある。それは希が『呪われた子供』であること。それがばれてしまえば、今のような生活はできなくなってしまう。あまりにも正反対の兄妹。オモテの世界に出られるのに合わなかったウラの世界の兄。ウラの世界の人間のため、本来ならオモテの世界にいられないはずのオモテの妹。

お互いに無い物を持ち、ある物を持たない。そのせいか二人はお互いに依存し合うようになってしまった。……特に望が。

 

「本当にわたしがいないとダメですね」

「まぁな、このまま一生守って欲しいまである」

 

2人は並んでリビングに向かう。最近、希の方はなりを潜めているようではある。が、望には悲しいかな年頃の乙女のことは分からない。

 

「ま、またそんな適当こと言って……少しは努力しようよ」

 

だから、希が必死に表情筋をコントロールしてることも当然、分からない。

 

「わたしが兄さんの側にいつまでもいるとは限らないんだよ?」

「何!?男が出来たのか!?よし、電話番号と住所と名前を教えろ。今すぐ東京湾に沈めてくる」

「兄さん、わたしそんなこと言ってないし飛躍し過ぎ……」

 

今までの気怠そうな少年はどこに消えたのだろうか、今の望は行動力に満ち満ちていた。希は兄の通常運転ぶりに苦笑を隠せない。昔は逆だったという事を棚にあげ。

 

 

「しかし、今日も希の作ってくれる飯は美味いな」

「愚問ですね、兄さん。わたしが兄さんのご飯を手抜きするとでも?」

 

傍から聴いていると兄妹とは思えない会話に野暮な茶々が入る。

 

「電話……だね。こんな時間に誰だろう?」

 

希が受話器をとる。望は電話でもあまり話せないので希がいる時は希が電話に答えるという暗黙のルールがある。成分は希の優しさと諦めで構成されている。

 

「こんばんは、私です」

 

希は電話越しに聞き覚えのある、しかも一般家庭ならばあり得ない声を聞き取る。

 

「せ、聖天子さまっ、な、何かご用件でしょうか?……あ、また兄が何かやったのでしょうか?本当に申し訳ありません」

「希、お前は俺の保護者か?」

「似たようなものです」

「……言い返せないのが辛い。でも問題は起こしてないぞー……多分」

 

受話器の向こうで聖天子がクスクスと笑う声がする。希は少し恥ずかしくなり、切り換えて聖天子の用件を聞く。

 

「いえ、今日は『ワースト』に任務の依頼をするためにお電話させて頂きました」

 

希の纏う雰囲気が変わる。この少女が普通ではないことが手にとるように分かるほどに変わる。

 

「聖天子様毎度申し上げますが、直々にお電話を頂かなくとも……」

「私がしたくてしていますから、お気になさらないでください。望さんには誠意を込めて依頼しなければなりませんから」

「……だそうです、兄さん。」

 

はぁ、と溜息をつく望。望は相手が聖天子だというこの一本の電話に嫌な予感しかしていなかった。それに望は聖天子という人物像がよく分からない。何故か知らないのだが、やたらと世話を焼いてくるし、たまにこういった依頼を極秘でしてくるし、と望にとってよく分からない相手なのだ。

 

「何だ、聖天子?今、愛しの妹と自宅デートの真っ最中なんだが」

「ふふっ、そんな恥ずかしいこと素面で言えるのはあなたぐらいですよ。やっぱりあなたはおもしろいですね。自宅デートとおっしゃいましたが、いつものことではありませんか」

 

手馴れてきたな、聖天子。一国の長を呼び捨てにする望は自分のことは棚にあげ、この国家元首殿はこんなことをしていて大丈夫なのだろうかと心配になる。でも、頭が大丈夫ではないのは明らかに望の方だった。

 

「それはさて置き、一市民の俺になんの用だ?さっさと頼む。まだ希が作ってくれた飯食い終わってないんだよ」

「先日、ステージⅤガストレアを召喚することができる封印指定物が盗まれました」

 

さらっと言う聖天子。聖天子は軽く言ってはいるが、下手すれば街一個簡単に滅ぼす事になりかねない緊急事態である。それをゆっくり吟味し望は口を開く。

 

「なるほどなるほど、それはそれは……何してんだよ」

「申し開きもありません。ですが貴方なら」

「取り返せる、か?」

 

聖天子の言葉を横取りする。望は少し苛立っていた。

 

「はぁ、お前らが無能だという事と依頼の受ける受けないは置いといて質問がある」

「は、はい。どうぞ」

 

躊躇いもなく国家を無能呼ばわりした事に聖天子は相変わらず彼の傍若無人には驚かざるを得ない。

 

「何故俺たちなんだ?実力はどうであれ、それだけの大事。もっと上位ランカーに頼むべきじゃないのか?例えば……そうだな、一桁位内の奴らとか」

「……できるだけ内密にことを終わらせたいので」

「へぇ、その国家機密を知った奴は処刑ってか?相変わらずお国の考えることはクールだな」

 

望が茶化し気味に言っている事は正しい。最悪の場合、それも止む無しというのが会議での決定だった。しかし、全ての民警が全滅したら最後東京エリアの壊滅はまぬがれない。それでは元も子もない。だから、聖天子は秘密裏に個人的に頼める、かつ腕の立つ民警を探した。その腕の立つ民警が望である。

 

「事情は分かった」

「では」

「断る」

 

望は全ての事情を理解し、リスクリターンも考えた結果、この依頼を蹴った。

 

「な、何故ですか?報酬も用意しますし、もしものことがあれば貴方がたにも被害が及ぶのですよ!東京エリアが壊滅するかもしれないのですよ⁉」

「そんなものは関係ない。俺は人類がどうなろうと知ったことではない。これは前から知っているだろ」

「しかし……」

「理由は一つだ。もしも任務が平日だったら困るからだ。希の学校があるからな」

 

そう。望がこの依頼を蹴った理由は至極簡単である。ただ希のため、希のいつも通りのためだ。しかし、望は大きな勘違いをしていた。

 

「兄さん、ガストレアが襲ってくるなら学校どころの話じゃないんですけど」

「し、しまったぁぁ。この国落ちれば良いのにとか思ったのが裏目に出ちまったぁぁ」

「兄さんが学校に行ってないから、学校に行く感覚がなかっただけでしょ?」

 

希の鋭い(冷たい?)ツッコミに望はその場に崩れ落ちる。東京エリア壊滅はつまり、希の学校や友人も被害にあうということ。それは希の日常が壊れると同義である。友人がいない望はこのエリアが滅びようと知った事ではないのだが、希がいる限り見て見ぬ振りはできないようだ。

 

「だけど、希は学校あるしどうしたらいいんだ?」

「私に聞かれても……」

 

聖天子は本当に困り果てた。国の長たる彼女を個人的にかつこの様な訳の分からない理由で困らせるのは世界広しと言えど、望ぐらいのものだろう。

 

「……望さん、後日今回の事件を依頼する民警を集め会議を開くのですが、それに出席して頂けませんか?」

 

しかし、聖天子はとっさに思い付いた妙案をこれならばと口にする。

 

「その会議で民警の顔触れを確認し、奪還作戦が成功するかどうかを見極めて欲しいのです。もしも望さんが出来ないと判断した場合は『完璧の答』に依頼します」

「……」

 

望は沈黙せざるを得なかった。何故なら、こうなってしまったら望の退路は断たれたも同然だったからだ。

 

「……分かった。俺だけで構わないな」

「はい。……すみません、都合よく使ってしまっているようで」

「ほんと、それ。少しでも気になるようなら、羽振りよく頼む。これから希もお年頃なんでな」

「ふふっ、わかりました。善処します。詳細は会社の方を通してお伝えします」

 

聖天子に一言言うべきか否か少し迷い、望は心配そうにつぶやく。

 

「……期待すんなよ。俺にも人にも」

 

しかし、聖天子は望の心情を知ってか知らずか真面目に受け答えた。

 

「私は信じてます。昔の様にみんなが手と手をとりあえる未来があることを」

「……そうか」

「はい。では、失礼します」

 

聖天子がそう言うと電話は切れた。だから、電話は望の呟きを拾わなかった。

 

「じゃあお前と俺は敵なんだな」

 

望が電話を置くと希に見つめられている事に気付く。

 

「仕事?」

「まぁな、ちょこっと民警の品定めをしてくる」

 

まだ残っている夕飯を食べてしまおうと望は座る。望にとって希が作った食事を残すことは万死に値する。今までもどんなに不味かろう失敗しようと全ての料理を完食してきたという自負があった。

向かいに希も座ると言い辛そうに話しはじめる。

 

「まだ出来ない?」

「ん?あぁ……まだ無理だな」

 

さっきまで流暢に話していた望だが、顔は疲れ切っていて、手は汗にまみれていた。これでも電話をできるようになっただけマシになっている。そんな汗まみれの手を情けなさそうに望は見つめる。

 

「ま、待てっ。今、汗まみれだから!」

 

突然掴まれ、逃げようとする望のかすかに震える手を希が優しく包み込む。その手は暖かくぬくもりに満ち、望に安心を与えていた。そして、望は手の震えがだんだんと治まってくるのを感じる。

 

「兄さんがいくら拒絶しようとわたしはずっと側にいるから」

「俺が希を拒絶するとは思えないけどなぁ……」

 

冗談抜きで生きてけないし、と子供のように望は赤面した顔を隠そうとする。望の手をしっかりと握る希はとても大人びた顔をしていた。

 

「でも、少しは治すように努力して欲しいですね」

「の、希ちゃんこれでも兄ちゃんは頑張ってるんですよ」

「ずっと一緒にいますから、頑張りましょうね」

 

希の笑顔は望の闇をいつも優しく振りほどく。この笑顔には幾度となく助けられてきたが、希は何故か望に社会復帰させようとする節がある。自分を思ってのことだと分かってはいるが、正直社会復帰するつもりはさらさらない。

時がくれば滅ぼすつもりのこの世界に未練などさらさらないのだから。

 

 

この2人がIP民警序列最下位、通称『ワースト』夢見望と夢見希。また、何でも屋の夢見望。またの名を完璧の答《パーフェクトアンサー》。

 





……どこかの兄妹に似てるとか言っちゃいけないw

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