ヒカルの碁並行世界にて   作:A。

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毎週水曜日に投稿しようと思ったのですが、無事最終話まで書けましたので、一日一話更新しようと思います。この話以外で残りニ話です。十一話完結まで、お付き合い頂けたら幸いです。


第九話

「どうしたんですか? 会場がおかしい気がして来てみたんですが……」

 

途端、囲まれていた和谷が塔矢アキラに噛み付く。

 

「お前が知らねーことだから気にする必要ねぇって」

 

「知らない事?」

 

しかし、和谷を特に気にする様子もなく詳しく尋ねてくる姿に和谷は肩透かしをくらった。仕方なしに顛末(てんまつ)を語ることにする。

 

「インターネットにスゲー強い奴が居て、正体が全くの不明だった。けど、ソイツが偶然テレビに映ってたんだ。指導碁を打つプロ相手に劣勢の碁を引っくり返したんだ。ただ、絶対に公式の棋力からしてあんなに負けそうになるなんて事はない。ったく、普段通りに打てばいいのに……」

 

「それって何か事情があるんじゃないのかな?」

 

「何だよ事情って」

 

「それは僕には分からないけど、その映像に全部映っているんじゃないの?」

 

「あっ。そういえば、編集されてる!もっと前の映像がなかったんだ!!」

 

和谷が何やら閃いた。周囲は和谷の言葉を翻訳されて、NCC公式の手がかりを手に入れられたと大興奮だ。

 

テレビに出ているなんて流石だ。公式の活躍が見られるのかいアメージング! TV局に問合せをするからどこの局か教えて欲しいです。ビデオは持っていないの? と再び大混乱な模様。

 

そんな中、アキラに対して緒方が口を挟んだ。

 

「という訳でインターネット上に凄く強い人物が居るそうだ。それも……アマチュアの子供。アキラくん、心当たりはないかな?」

 

緒方は尋ねてはいるものの、明らかに脳裏にヒカルの姿が浮かんでいた。アキラはピクリと一瞬だけ反応をみせたが、その後は全くの無反応を貫いた。

 

ヒカルの強さは自分などでは推し測れない。底なしと言っても良いくらいだからだ。ただ、アキラがそれを話した所で憶測の域を出ない為、信じられないだろう。

 

そう、例えば実際に打てば別だが。そう考えての反応だった。そして迷いも大いに含んでいた。

 

が、些細とはいえ、リアクションを緒方は決して見逃しはしない。

 

「…………」

「…………」

 

暫く無言で探り合いを繰り広げるも、緒方が嘆息した事で終わりをみせる。緒方はチラリと付近に人が居ないことを確認すると、口を開く。

 

「彼には以前逃げられてしまったからね。しかし、興味がある。是非俺にも打たせて欲しい」

 

「僕に言われても困ります。本当に彼だと思うのであれば、直接頼んでみたらどうですか?」

 

「……それもそうだ」

 

そんな会話を繰り広げていると、男性がインターネットの出来るパソコンを持って飛び込んできた。それを緒方が受け取る。

 

「緒方さん?」

 

「直接頼むにしろ、自分で動かなければならないからな」

 

そう言うとインターネットに接続をし、件のネット碁のサイトに接続をする。和谷が人ごみの中から何とか抜け出し、発言した。

 

「もうコラボイベントが終了しているんで、意味無いっスよ」

 

「もしかしたら、続報が何かあるかもしれないと踏んだのと、その例のサイトだけでも知っておきたくてね」

 

そう言いながら操作する緒方だが、『お知らせ』に何も更新が見られない事を確認すると、少し残念そうな顔になった。他の覗き込んでいる人々も同様だ。

 

そんな中、和谷が気づいた。

 

「一般アカウントの欄に公式が居るッ!」

 

瞬時に、皆が画面に注目をする。そこには"NCC公式"の文字があった。しかし、特殊アカウントではない。ニセモノの可能性も大いにある。

 

緒方はそこで躊躇(ためら)いなく対局を申し込んでいた。そして直ぐに投了をする。周囲はどういうことだと言わんばかりだったが、緒方の態度は一向に変化が見られない。

 

「これ以上、この件で大会に影響を出す訳にはいかないですし。対局に関しては日を改めての再戦という形を希望してみます。断られる可能性の方が高い。ですが、もし受けた場合……そこで本物かどうかハッキリするでしょうね」

 

手を動かしながら話しつつ、素早くチャットでメッセージを作成する。

 

>翌日ニ再戦ヲオ願イシマス。

 

画面からは暫く応答がなく、会場には緊張のみが走る。そして――

 

>ワカリマシタ。午後1時デハドウデスカ。

>ゼヒ。

 

それだけのやり取りをすると、公式は画面上から姿を消したのだった。

 

「……まだ、確実には分からないが了承したということは、本物の可能性の方が高いとみてよさそうだ」

 

緒方は満足そうにしている。未だ確信には至らないものの、対峙出来る相手が、ネットで名を()せるまでに強大な相手だったとは碁打ちとして心が(おど)ってしまうのだ。

 

しかし、気を引き締めてかかる必要があるだろう。緒方はどさくさに紛れて、公式の棋譜をこっそりと得る事を忘れてはいなかった。イベントの昼食後の休憩時間を見計らって情報収集をしていたのだ。

 

翌日12時50分。

自室の馴染みのあるパソコンの前に緒方は座っていた。考えるのは今まで得た情報についてだ。あの時、緒方が聞けば皆こぞって情報を提供してくれた。

 

反応は色々だったが、観戦するので頑張って欲しいと応援もされたり、公式がニセモノかどうか見破って欲しいと告げられたりした。特にその中で偶然棋譜を持っていた人物と巡り合わせがあったのは幸いだった。

 

コピーをしたその用紙を眺める。秀策を思わせる手筋にその強さ。じっとりと汗が伝うのを感じる。これは本気でかからないとマズイに違いない。しかし、ニセモノだった時には落胆が大き過ぎるが。

 

13時。時間だ。ネット碁のサイトにアクセスをする。相手も時間を見計らってきたのだろう。丁度、アカウントが表示されていた。緒方はマウスを握る。そしてカーソルを合わせた。

 

 

◇◆◆◇

 

 

緒方は椅子に腰掛けたまま、呆然としていた。姿勢が固定されており、手まで微動だにしていない。油断はしなかった。ニセモノでもそのまま捻り潰すつもりで、最初から本気で対局をしたのだ。

 

結果から言うと、NCC公式は本物だった。

 

何故、今更一般アカウントで現れたのか? 特殊アカウントではない理由はなんなのか?

 

もしかすると特に理由がなく単純に対局をしたくなったから、そんな気楽な気持ちでアクセスした可能性だってある。しかし、それは緒方にとってどうでも良かった。

 

単純に理由がどうであれ、偶然だったにせよ対局する事ができたのだ。誰かから話を聞いでのものではなく、直接実力を体感したのだ。それは碁打ちとしてどれほど、幸運な事だろう。とても充実感があった。

 

しかし、自分の負けで終わってしまった。いや、負けてしまったのは確かに悔しいが別段問題ではない。その実力の大きさにショックを受けたのだ。

 

緒方はもっと上があることをまざまざと見せつけられたのだ。全てにおいて自分の上を行かれてしまった。大分実力があると思っていた己が、未だ未熟であったのだと思い知らされたと言っても過言ではない。

 

いつまで、その体勢のままだっただろうか。やっと我に返り、メガネを外した。今更どっと疲労が押し寄せてくる。指で眉間の皺を伸ばしながら、そのNCC公式の正体についても考える。

 

一番の有力な候補は子供だという説から進藤ヒカルだが、それが本当だったとするとアキラくんと同い年ということになるのだ。あの洗練された碁を果たしてあの年齢で打てるものなのか。疑問は尽きない。

 

ただ、もし彼だとするならば、前回は逃げられてしまったものの、今度は捕まえることが出来たなら直接打つことも夢ではない。五人全員を持碁にし、アキラくんをも打ち負かす実力者。緒方が知らないだけで、もっと他にも色々とやらかしてくれているかもしれない。

 

自然と口角が釣り上がるのを感じる。

 

問題はどう接触するかだ。アキラくんはああ見えて頑固な所がある。一度決めてしまうと口は割りそうにない。ならば、あの狸ジジイの方がマシかもしれない。緒方は思わず渋い顔をする。

 

幾ら情報を得られるという点についてはマシとはいえ、精神的にダメージを負うので微妙な所かもしれない。あのジジイの事だ。のらりくらりと人の会話をかわし、核心を突かせないことも大いにありうる。

 

しかし、その障害を乗り越えてでも、打ちたいと緒方は思うのだ。一度経験した影響というものは大きかった。人々が熱狂してその正体に迫りたくなるのも大いに理解出来る。

 

すっかり緒方もその内の一人になってしまったのだから。果たしてNCC公式が、正体について皆が騒いでいることを知っているのかは定かではないが、こんな事態を引き起こしているとは予想もしてないに違いない。

 

今後、再び現れるだろう公式を見に、オフの時パソコンに張り付く自分を想像して緒方は苦笑した。

 

気が進まないが、まずは一番有力な心当たりの桑原に接触しよう。台所でコップの水を一気飲みをすると、緒方は車を取りに外に向かった。

 

そして日本棋院に向かう車の中で、どう言い逃れをさせまいか考えるのだった。


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