ヒカルの碁並行世界にて   作:A。

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第三話

画してヒカルの一言は騒動を引き起こした。主に、北島がいきり立つ方向へだが。皮肉を存分に込め良い度胸だと発言すると、多面打ちのメンバーを集め始めたのだ。

 

それだけではない。どこまでも余裕の姿勢を全く崩さなかったのも予想外の展開へと話を進めてしまったのだ。当初はそのまま対局の流れに向かう筈が、ヒカルが付け加える様に「あ。置き石、置いても良いから」と爆弾発言。

 

場の沈黙を呼ぶと共に、その直後に大きな波紋を呼んだのだった。

 

「君、辞めておくなら今のうちだよ。完全に止めようがなくなる前に」

「辞めるつもりはないから大丈夫」

 

北島の挑発に挑発で返したが故にとうとう引っ込みがつかなくなったのではないかと心配してくれる人を安心させる言葉を返すと北島が割り込んでくる。

 

「けっ、今更後悔したって知るかってんだ」

「後悔もしないさ」

 

結局ゴタゴタの末に、置き碁になっても怯む様子は全くない。そんな堂々とした様子に周囲の人たちは面食らったらしい。顔を見合わせて相談をし始める。無謀な置き石を用いた多面打ちの宣言だったが、意外と実力を持っているのではないか、と。

 

そして、その答えを明らかにしてくれる対局が始まった。

 

ヒカルの相手は五人だ。もっと多いかと思っていたヒカルは内心で肩透かしを食らった。完全に拍子抜けと言っていい。しかし、顔には出さず只管マイペースで打っていく。

 

時間経過と共に徐々に明らかになっていく戦況に真っ先に反応を示したのは広瀬だ。

 

「あれ、これってギリギリで負けてる? 良い線行ったと思ったんだけどな」

「…………」

 

終局になり整地をすると、はっきりと白石と黒石が同数に分かれている。持碁だ。

 

「おしい。持碁か、もう少しだったのに」

 

広瀬が結果を口にすると同時に端の席の者が反応しだした。

 

「えっ、そっちも!?」

「そっちもということは持碁だったんですか?」

「あぁ」

 

自然と残る対局をしている三人に注目が集まる。当のヒカルといえば、素知らぬ顔をして淡々と打っている始末。年齢に全く見合わない態度である。どの盤面も差が見られるものの、徐々に調整され両者どちらが勝っているのか分からなくされていく。

 

「ありゃ、こりゃ凄い。こっちも持碁だったよォ」

「何感心してんだ! この坊主に一泡吹かせようって気概はないのか」

 

また一人と終わりをみせた碁。両の膝を打って賞賛を送る様子を見て北島が渇を入れた。しかし、他の盤面も既に決着はほぼ付いている。挽回は難しい。また一人終局をした。

 

「見事なもんだよ。ここまで来ると後は北島さん一人だね」

「絶対に勝ってやる!」

 

意気込むものの、手が空中で泳いでいる。次の一手がなかなか打てないのだ。どこへ打っても、既に読まれていて即座に切り返しがくる……そんな気がしてならない。

 

追い込まれている心境を薙ぎ払うかの様に一手を打つ。しかし、ヒカルの思惑は崩せずに終わりを見せたのだった。

 

―――五人全員が持碁。

 

この結果には、流石の北島も最早ヒカルの実力を認めざるを得ない。がっくりと項垂れる。どうしても納得のいかなさから小さく唸り声をあげ、悔しさは滲ませているものの、もう噛みつきはしなかった。

 

事の成り行きを見守っていたギャラリーから歓声が上がる。拍手を受けながらも一人一人しっかりとお礼を述べる様は、とても小学生とは思えない。

 

ずっと心配そうに見ていた市河は、アキラ君といい最近の小学生ってこんなに凄いのかしらと疑問符を浮かべていた。すると、横から小声で藤崎あかりに話しかけられる。

 

「ヒカル、あんなに褒められているけど、勝ったんですか?」

「いいえ、引き分けよ」

「引き分け? なのに凄いんですか?」

「そうよ。複数の人相手に持碁にするなんて本当に彼、強いんだわ」

 

連れの彼女の方は余り、囲碁に詳しくないらしい。実力を示し、北島を黙らせた事まで理解が及んでいないのだ。せっかくの彼の活躍なのに、知らないなんて可哀想かもしれない。市河はそう判断し、成るべく分かりやすく説明をする。

 

「一体、どうしたんです?」

 

そんな時だ。賑やかさが奥の方まで伝わったのか―――塔矢アキラが登場したのは。

 

「あ、塔矢アキラ。俺、お前と打ちに来たんだ。良かったら対局してくれねぇかな?」

 

ヒカルにとってはチャンスだ。折角のこの機会を逃す訳にはいかない。

 

「えっ、僕と?」

「そう。お前」

 

アキラは突然の指名に面食らっているようだ。嫌ではなさそうだが、戸惑っている。しかし、ここで北島が介入してきた。

 

「若先生! 是非とも敵を打って下さい。この坊主にしてやられました。五人全員持碁にさせられたんです」

「五人全員……君、強いんだね」

 

この段階で、アキラに変化がみられた。純粋に棋力のある者を凄いと褒める真っ直ぐな眼差しになったのだ。ここまで純粋に見られると、どうにもくすぐったい。

 

「なぁ、駄目か?」

「ううん、いいよ。せっかくだし、中央で打とうか」

「え、あー……まぁ、いいけど」

 

アキラはギャラリーを気にしない性質なのをヒカルはすっかり忘れていた。現在、碁会所の関心を一心に集めた状況で、じゃあ解散します。と言えないものかもしれないが、まさか全ての人達を引き連れて対局する羽目になろうとは。

 

「君はもう知っているみたいだけど、僕は塔矢アキラ。君は?」

「進藤ヒカル。よろしくな。あ、互先でいい?」

「勿論。進藤君の棋力は良く分かったから、置き石はなしにしようか」

 

自己紹介をするも、ヒカルは進藤"君"と言われた違和感に噴き出してしまった。

 

「ちょ、待てよ塔矢。頼むから進藤君は辞めてくれ。普通に進藤でいいから」

「そう? 分かった。じゃあ、進藤がニギって」

「了解。……お! 俺が黒な。お願いします」

「お願いします」

 

無論ここでヒカルは指導碁を打つつもりでいた。幾ら相手が塔矢アキラといえど、小学生にまで戻ったのだから余りに棋力差があるためだ。

 

ただ、佐為と一番最初の対局の際では、アキラへ遥かなる高みから力量を図る一手を繰り出した事がある。更に記憶の中で、優しく考慮した碁をするつもりが、途中で変更を余儀なくされた場面もあった。そう考えると下手に甘く見るのは、命取りになると考える。

 

予想外だった事が一つある。上記の通りヒカルが子供でも塔矢アキラは塔矢アキラだと思っていたことだ。実力者だと全く疑わなかった点である。

 

つまり、例え子供であろうとこの程度の実力はあるだろうとヒカルが判断して繰り広げられた考えは、非常に甘かったのだ。そう―――予想よりも未だ実力が身についていない状況だったのだ。

 

その判断の差は塔矢アキラが身を持って体感する事となる。あっと言う間に形勢は傾いていく。どこまでも続く黒の有利。

 

アキラの目が余りの圧倒的な実力の差に絶望に彩られるまで、そう時間は必要とされなかった。

 

俯き、震える手で打ちながら何とか石が生きる道を生み出そうとするも全て潰されきっている。

 

「………あり、ません…」

 

アキラの中押し負けだった。ここまでの明白な実力差に、周囲の人々が息を呑む。結果を目の前にして尚、信じられない気持で一杯だったのだ。ヒカルの勝ちが決まっても、誰一人声を掛ける事も、動く事も出来なかった。

 

 


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