「それで、まずは何をすれば良いのかしら?」
何処か不安そうな顔をしながら妖怪さんが聞いてきた。先ほどまで、問答無用で俺を殺してきた人物とは思えないな。まぁ、それだけ必死ってことなのだろう。
「とりあえず、弱っている花を全部教えて。申し訳ないけど、そいつらは全部処分することになると思う」
青枯病に対する薬の無いこの時代、他に方法はない。中途半端な優しさは、最悪の結果へと繋がってしまう。
この花畑に植えられているヒマワリの数は、全部で数千株ほどあった。そのうち青枯病と思われる株は、およそ百個体。
状況は予想以上に厳しい。
どうやら、この土地の土壌は水捌けがかなり悪いらしい。さらに、妖怪さんの能力によって無理矢理にでも育てようとした結果だろうか。土の中の栄養はほとんど吸い上げられてしまっていた。水捌けが悪く貧弱な土壌、細菌にとっては最高の環境だ。
病気と思われる株は、周りの土ごと全て抜き取り花畑から離れたところで焼く。その時に使った道具は一回一回、火で炙り消毒。
青枯病の特徴として、症状が短期間で悪化するというのもがある。できる限り急がなくては。
気の遠くなる作業を繰り返す。二人の間で、言葉を交わすことはほとんどなくなり、最後にした会話は
「辛いかもしれないが、やらなきゃいけないんだ。君には他の花を守る義務があるのだから」
「……わかってるわよ」
そんな、なんとも悲しくなるような会話だった。
作業中の妖怪さんの顔は、できるだけ見ないようにした。自分の手で育てたものを、自分の手で殺さなければいけないことが、どれほど辛いことかくらい俺にだってわかっていたから。
漸く作業が半分ほど終了。日は既に沈み、真っ暗な世界。消毒用の炎だけが莫迦みたいに輝いていた。
その時だった。ポツリと一粒の水滴が、俺の顔に当たったのは。それは気のせいなんかではなく、さらに顔に当たる水滴は増えていった。
ポツポツからザーザーへと変わり、数分もしないうちに土砂降りの雨へ。
ああ――最悪だ。
消毒用の炎も消え、地面には水が溜まっていく。
まだ間に合うかもしれなかった。もしかしたら、なんとかなるのではないかと思っていた。小雨程度ならと考えていた。
しかし、この土砂降りの雨がそんな甘い考えを全て洗い流した。
青枯病の病原菌は水によって広がっていく。病気の株は、まだ半分しか取り除けていない。この雨で、青枯病菌は花畑全体に広がってしまっただろう。そうなると、もうどう仕様も無い。そのことは妖怪さんにも伝えてある。
畑に広がった青枯病菌は気温が上がることで激発する。だから、気温の低い夜や曇りの日は、病気になった株も元気なように見えてしまう。
「……ごめん。これは無理っぽいわ」
妖怪さんに謝罪をし、上を見上げる。大粒の雨が顔に当たり続けた。
不死者になって、能力が使えるようになって、空を飛べるようになって……それでも、自然の気まぐれには抗うことすらできない。
情けない。自分の小ささを思い知らされる。
雨を吸った服が重くなる。はぁ、疲れたな。
水浸しになった地面に座り、もう一度空を見上げた。
厚く覆われた雲のせいで月や星なんて見えず、真っ黒な世界から雨粒だけだ降り注ぐ。
あれだけのことを言っておきながら、結局自分ではどうしようもできなかった。はぁ、ため息しか出てこねーよ。
目を閉じ、上を向いていると急に雨が止んだ。そして、バチバチと雨粒が何かに当たる音。どうやら、妖怪さんが傘を差してくれたらしい。
「無駄に手間をかけさせてしまったわね。それに、謝らないでちょうだい。なんとなく私もわかっていた。この子達にいくら能力も使っても元気にならなかったもの。貴方にはこの子たちの声は聞こえないでしょうから、代わりに言っておくわ」
――ありがとう。
優しい声が聞こえた。
これは、なかなかくるものがある。俺には何もできなかったのだから。
いっそ罵ってもらった方が楽なんだけどなぁ。
どれくらいの時間そうしていたかわからないが、かなり長い時間地面に座り、ただただ上を向いていた。現実はいつだって残酷だ。
俺が座っている間、妖怪さんは俺の隣に立ちずっと傘を差してくれていた。
「これから貴方はどうするの? 一晩くらいなら私の家に泊めてあげるわよ?」
久しぶりに妖怪さんが口を開く。
「それはありがたいけど、遠慮するよ。またフラフラと旅でも続けるさ」
流石に泊めてもらうなんてことはできなかった。ちっぽけなプライドが自分を許さなかった。
雨に当たり冷え切った身体を動かして立ち上がる。雨はまだ、止んでいない。
「……そう」
「君はこれからどうするの? あまり言いたくはないけれど、この土地で花を育てるのはオススメできない。この病原菌は何年も何年も生き続けるんだ」
ホント、厄介な病気だよ……
「この子達が生きている間はここに居るわ。最期を見届けることも、私の役目なのだし……この子達から取れた種は使っても大丈夫なのかしら?」
最期を見届ける、か。どんどんと弱っていく花々を見守り続ける。なんとも辛い選択。俺みたいにメンタルの弱い人間では、そんなことはできないだろう。
「うん、大丈夫なはず。水捌けが良く、肥沃な土壌で育てればまた綺麗な花を咲かせてくれるよ。はぁ……それじゃ、そろそろ行くわ」
もう少しくらい強くならないと、雨だって止められるくらい。だってねぇ、こんなの悔しいじゃん。
「……これ、持って行きなさい」
妖怪さんはそう言って、差していた傘を渡してくれた。自分なんかには似合わない、なんとも可愛らしい傘を。
「その傘は一つの花。枯らさないよう頑張りなさいな」
「うん、ありがとう」
渡してもらった傘を差しながら歩き出す。足元は悪いし良い気分でもない。それでも進まなければいけない。
ああ、結局あの妖怪さんから名前を聞かなかったな。まぁ、きっといつか会う時が来るだろう。その時まで、もらったこの花は枯らさないようにしないとだ。
雨の日に咲く、なんとも不思議な一輪花。
後になってわかったが、どうやらこの傘、日傘らしい。
妖怪さんの花畑を去って二日ほど。既に雨は止み、空の上では太陽がさんさんと輝いている。
良い天気……ではあるけれど、身体の調子がどうにも悪い。寒気があり頭は痛いし、身体が怠い。たぶん、風邪なんだろう。あれだけ雨に当たり続けたのだし。その後も何処へ進めば良いのかもわからず、結局山の中を歩くことに。そりゃあ、風邪くらいひく。不死者になったからと言って、病気にならないわけではないらしい。
これは参ったな。もう体が動かない。
そして俺は何処の山かもわからない場所で力尽きた。
パチパチと何かの燃える音がした。
目を開けるとそこには、赤い帽子を被った少年と金髪の少女の姿があった。誰だろうか。
「おろ、漸く目を覚ましてくれたね。初めまして、僕は『郵便屋』です。んで、こっちの女の子はアシスタントのルーミアちゃん。身体の調子はどうですか? 一応“かいふくのくすり”は使っておきましたが……」
正直なところ死は覚悟していたが、彼女に会った記憶もないため、きっと俺はこの自ら郵便屋と名乗った少年に助けられたのだろう。体の調子も全快。ありがたい。
しかし、郵便屋? この時代に? どうにも違和感がある。
そして、何故か先程から動悸が鎮まらず、少年の顔を直視できない。なんだと言うのだ。
「体は大丈夫そうだよ。ありがとう、助かった」
「いえいえ~、お気にせず~。それにしても驚きました。届け先の相手が倒れているとは思いませんでしたし。あっ、バナナでもどうぞ」
俺の返事に少年は笑って答え、何故かバナナを渡してくれた。
どうしてバナナがあるのか。どうして渡す物がバナナなのかはわからない。そして、バナナを受け取ろうとした時、少年の手と俺の手が一瞬触れた。
さらに動悸が激しくなる。
えっ……なんだこの感覚。
この少年と会ってから、ドキドキが止まらない。
これってもしかして――
恋?
三人目のオリキャラ登場です
たぶん、これ以上は増えません
まぁ、オリキャラのうち二人は使い回しですが
と、言うことで第9話でした
ちょいとだけ真面目な回です
最後にぶち壊しましたが
次話は、きっと郵便屋とのお話
東方小妖録もよろしくね(小声)
では、次話でお会いしましょう